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地下大迷宮編
大原則とガララント退治
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簡素ながらもしっかりした作りのテーブルとイス。
テーブルを挟んだ俺の向かいに座るのはグレゴリ。イスは人数分用意をされていたが……
「君達も座ったらどうだ?」
「いえ、私達は大丈夫ですので気にしないで下さい」
俺の後ろに立つロザリンド。その隣ではリアーナも立ったまま。
「まぁ、僕は役に立たなそうなんで座っとこう」
タックルベリーはその場から少しイスを離して座る。
「……信用されていないようだね」
「いえいえ、そんな事は……」
俺は困った表情を浮かべる……わざと。
当たり前だろ、この馬鹿。
どんな相手なのか、どんな事があるのか分からない。だからこそロザリンドとリアーナはすぐ動けるように立ったまま周囲を警戒している。そして少し離れた位置、違う方向からタックルベリーが目を光らせる。
そもそも向こうだってグレゴリの後ろに中年エルフが控えてこっちを警戒しているクセに。
「ではまず、ビスマルクにどこまで話を聞いたのかな?」
「ここが竜の罠である事。二百年前に捕らえた竜がガララントである事。そのガララントのせいでここから誰も出られない事。そしてガララントのおかげでこの町が存在している事……その辺りの話を聞いています」
「……二百年の間、ガララントを倒そうとした事もあったが、結局は倒す事が出来なかった。だから私を含め、先人達がこの町を作り上げたんだ。少しでも快適に暮らしていけるように」
「飼われているみたいですね」
「口を慎め」
中年エルフの鋭い視線。今にも斬り掛かって来そうだぜぇ。
「ただ考えようによってはここは楽園だ。狭い世界だから争いが無い。外の世界より平和だと言える」
「グレゴリさんはいつからここに?」
「もう百年近く前だ。私が知る外の世界は争いに溢れていた」
確かに今でこそ王国やその周辺国は落ち着いている。しかし争っていた時代だってある。その時の事を言っているのだろう。
「でも今は違います。王国を含めて周辺国とは良い関係が築けていると思いますが」
「それがいつまで続くかは分からない。しかしこの閉じられた小さい世界ならば争いが起きたとしても収める事がより容易だ。そして外の世界の争いに巻き込まれる事も無い」
「要は私達にこの町の新たな住人になれ、って事でしょうか?」
「君達は若い、特に若い女性はこの町にとって貴重だ。それぞれに快適な住居を提供し、他の者よりも優遇させよう。君達にとっては残念な話だが、ここから出られないのだ。悪い話ではない」
若い女性が貴重……この閉ざされた町が存在するために必要なのは人。つまり俺達に子供を産む事を期待している、って事だ。
「……とは言え、突然の事で考えもまとまらないだろう。落ち着くまでこの家で過ごしていきなさい」
「そうですね。確かに私達も混乱していますし、すぐに答えを出せる問題ではありません。でもこの家は遠慮をさせて頂きます」
「どうしてだね?」
「そちらの方」
俺は中年エルフに視線を向ける。
「ダブローがどうかしたか?」
「怖い顔で睨んでいるので」
★★★
取り合えず、向かうのはビルマルクの所。教えられた場所へと歩を進める。
「シノブ。さっきの話、どう思う?」
「まぁ、話自体は分からない話じゃないけどね」
「私は絶対に間違っていると思う。閉じ込められて、誰かに生かされて……そんなの生きているなんて言えないよ」
少し怒ったようにリアーナは言う。
その気持ちも分かる。広い世界を見たいと言い、冒険者を目指すリアーナにとっては絶対に受け入れ難い話だもんな。でも、まぁ……
「別に良いんじゃない?」
「で、でもシノブちゃんも『飼われているみたい』って言ってたよ?」
「それが悪いとは言ってないけど。狭い池で飼われる魚より、広い海の自由な魚が偉いわけじゃないし」
「魚……」
「良い悪いなんて本人達が決める事じゃん? あの人達が良いと思ってるんなら、一生ここに閉じ籠ってれば良いよ」
「そういうものなのかな……」
真面目だなぁ、リアーナは。
「まぁ、私は絶対に御免だけど」
何て言うか……グレゴリもダブローもどうでも良い。俺は絶対にここを出る。出る力だってある。それだけだ。
「じゃあ、シノブはガララントを倒すつもりなのね?」
「当然。リアーナもロザリンドもベリーも手伝ってくれるよね?」
「もちろんだよ!!」
「当り前じゃない」
「……」
「……ちょっとベリー?」
「……考えていたんだ」
「……何を?」
「……この町で若い女性が重要なのは子供を産むからだろう」
「……だろうね」
「……歳の近い者同士が結ばれるのがベストだと思うんだが」
そんなキラキラした目で言われても。
「ただ私達とエッチしたいだけでしょ」
その俺の言葉にリアーナとロザリンドが同時にタックルベリーから後退る。
「違っ、バッ、バカッ!! 知らない相手より知った相手の方が良いだろ!!」
「関係ない。ここから出るんだから。ベリーのアホ」
俺はそんなタックルベリーの頭を引っ叩くのだった。
★★★
それは町の端の方。
町の中心部はそれなりの建築物だったのに、何これ? この原始人みたいな横穴。
町を囲むような高い岩壁に横穴が掘られていた。
「みなさん、いらっしゃい」
「おおっ、来たか。こんな所で済まないな」
「ええっと、これ……ビスマルクさんはこういう所に住むんだ……やっぱりクマーの血ですか?」
ビスマルクは笑って答える。
「ガハハハハッ、そう思われても仕方ない。だが血は関係無いんだ。私達はこの町の規則に従わないからな」
「どういう事ですか?」
こういう事だった。
今の町の大原則はガララントに逆らわない事。
この町の存在はガララントに支えられている。そのガララントを倒してここを出ようとする者は、この町で冷遇を受ける。
結果として与えられた場所がここという事。
ちなみに町が得た配給は受けられない。
それでも竜の罠の中にはこの町しか存在しないので、出て行く事も出来ないのだ。
「つまりビスマルクさんもガララントを倒すつもりなんですね」
「……私がここに来たのが十年前。まだリコリスは赤ん坊でな。外の世界を知らない。そんなリコリスに私の……お父さんとお母さんが生まれた広い世界を見て欲しいんだ。だから絶対に倒すさ」
ビスマルクはリコリスを見て微笑む。そしてリコリスも微笑みを返す。
あっ……この目は知ってる……お父さんが俺を見る時の優しい目。
「……私達もです。私達もガララントを倒すつもりです。協力しませんか?」
俺は手を差し出した。
「ガララントを倒すまでこの横穴暮らしだが我慢が出来るか?」
「大丈夫です。大して長い期間ではないので」
「がハハハハハっ」
そして俺の小さな手を、ビスマルクの大きな手が握り返すのだった。
★★★
後日。
「そういう事になりましたので」
グレゴリ宅へ、俺達の意思を伝えに行く。
その俺達にダブローは吐き捨てるように言う。
「たかが獣人一人とお前達のような子供でガララントを倒せると思うのか? 馬鹿な勘違いも程々にしろ。お前らは黙って俺達の言う事を聞いていれば良い。余計な事をするな、余計な考えもするな」
その言葉を俺は自分の髪の毛先を弄りながら聞く。
「従っていれば良い暮らしをさせてやる。美味い物も食わせてやる。お前達の為だ。ここを出るのは無理なんだ、ガララントを倒す事など不可能。諦めて従え。おいっ、聞いているのか!!?」
「あっ、すみません。枝毛が気になって聞いてませんでした」
「ふざけるな!!」
「ダブロー。もういい。シノブさんでしたか」
「はい」
「……もしここの正式な住人になりたかったら、いつでも声を掛けてくれ。この町はいつでも君達を歓迎する」
「はい、ありがとうございます」
こうして俺達のガララント退治が始まるのである。
テーブルを挟んだ俺の向かいに座るのはグレゴリ。イスは人数分用意をされていたが……
「君達も座ったらどうだ?」
「いえ、私達は大丈夫ですので気にしないで下さい」
俺の後ろに立つロザリンド。その隣ではリアーナも立ったまま。
「まぁ、僕は役に立たなそうなんで座っとこう」
タックルベリーはその場から少しイスを離して座る。
「……信用されていないようだね」
「いえいえ、そんな事は……」
俺は困った表情を浮かべる……わざと。
当たり前だろ、この馬鹿。
どんな相手なのか、どんな事があるのか分からない。だからこそロザリンドとリアーナはすぐ動けるように立ったまま周囲を警戒している。そして少し離れた位置、違う方向からタックルベリーが目を光らせる。
そもそも向こうだってグレゴリの後ろに中年エルフが控えてこっちを警戒しているクセに。
「ではまず、ビスマルクにどこまで話を聞いたのかな?」
「ここが竜の罠である事。二百年前に捕らえた竜がガララントである事。そのガララントのせいでここから誰も出られない事。そしてガララントのおかげでこの町が存在している事……その辺りの話を聞いています」
「……二百年の間、ガララントを倒そうとした事もあったが、結局は倒す事が出来なかった。だから私を含め、先人達がこの町を作り上げたんだ。少しでも快適に暮らしていけるように」
「飼われているみたいですね」
「口を慎め」
中年エルフの鋭い視線。今にも斬り掛かって来そうだぜぇ。
「ただ考えようによってはここは楽園だ。狭い世界だから争いが無い。外の世界より平和だと言える」
「グレゴリさんはいつからここに?」
「もう百年近く前だ。私が知る外の世界は争いに溢れていた」
確かに今でこそ王国やその周辺国は落ち着いている。しかし争っていた時代だってある。その時の事を言っているのだろう。
「でも今は違います。王国を含めて周辺国とは良い関係が築けていると思いますが」
「それがいつまで続くかは分からない。しかしこの閉じられた小さい世界ならば争いが起きたとしても収める事がより容易だ。そして外の世界の争いに巻き込まれる事も無い」
「要は私達にこの町の新たな住人になれ、って事でしょうか?」
「君達は若い、特に若い女性はこの町にとって貴重だ。それぞれに快適な住居を提供し、他の者よりも優遇させよう。君達にとっては残念な話だが、ここから出られないのだ。悪い話ではない」
若い女性が貴重……この閉ざされた町が存在するために必要なのは人。つまり俺達に子供を産む事を期待している、って事だ。
「……とは言え、突然の事で考えもまとまらないだろう。落ち着くまでこの家で過ごしていきなさい」
「そうですね。確かに私達も混乱していますし、すぐに答えを出せる問題ではありません。でもこの家は遠慮をさせて頂きます」
「どうしてだね?」
「そちらの方」
俺は中年エルフに視線を向ける。
「ダブローがどうかしたか?」
「怖い顔で睨んでいるので」
★★★
取り合えず、向かうのはビルマルクの所。教えられた場所へと歩を進める。
「シノブ。さっきの話、どう思う?」
「まぁ、話自体は分からない話じゃないけどね」
「私は絶対に間違っていると思う。閉じ込められて、誰かに生かされて……そんなの生きているなんて言えないよ」
少し怒ったようにリアーナは言う。
その気持ちも分かる。広い世界を見たいと言い、冒険者を目指すリアーナにとっては絶対に受け入れ難い話だもんな。でも、まぁ……
「別に良いんじゃない?」
「で、でもシノブちゃんも『飼われているみたい』って言ってたよ?」
「それが悪いとは言ってないけど。狭い池で飼われる魚より、広い海の自由な魚が偉いわけじゃないし」
「魚……」
「良い悪いなんて本人達が決める事じゃん? あの人達が良いと思ってるんなら、一生ここに閉じ籠ってれば良いよ」
「そういうものなのかな……」
真面目だなぁ、リアーナは。
「まぁ、私は絶対に御免だけど」
何て言うか……グレゴリもダブローもどうでも良い。俺は絶対にここを出る。出る力だってある。それだけだ。
「じゃあ、シノブはガララントを倒すつもりなのね?」
「当然。リアーナもロザリンドもベリーも手伝ってくれるよね?」
「もちろんだよ!!」
「当り前じゃない」
「……」
「……ちょっとベリー?」
「……考えていたんだ」
「……何を?」
「……この町で若い女性が重要なのは子供を産むからだろう」
「……だろうね」
「……歳の近い者同士が結ばれるのがベストだと思うんだが」
そんなキラキラした目で言われても。
「ただ私達とエッチしたいだけでしょ」
その俺の言葉にリアーナとロザリンドが同時にタックルベリーから後退る。
「違っ、バッ、バカッ!! 知らない相手より知った相手の方が良いだろ!!」
「関係ない。ここから出るんだから。ベリーのアホ」
俺はそんなタックルベリーの頭を引っ叩くのだった。
★★★
それは町の端の方。
町の中心部はそれなりの建築物だったのに、何これ? この原始人みたいな横穴。
町を囲むような高い岩壁に横穴が掘られていた。
「みなさん、いらっしゃい」
「おおっ、来たか。こんな所で済まないな」
「ええっと、これ……ビスマルクさんはこういう所に住むんだ……やっぱりクマーの血ですか?」
ビスマルクは笑って答える。
「ガハハハハッ、そう思われても仕方ない。だが血は関係無いんだ。私達はこの町の規則に従わないからな」
「どういう事ですか?」
こういう事だった。
今の町の大原則はガララントに逆らわない事。
この町の存在はガララントに支えられている。そのガララントを倒してここを出ようとする者は、この町で冷遇を受ける。
結果として与えられた場所がここという事。
ちなみに町が得た配給は受けられない。
それでも竜の罠の中にはこの町しか存在しないので、出て行く事も出来ないのだ。
「つまりビスマルクさんもガララントを倒すつもりなんですね」
「……私がここに来たのが十年前。まだリコリスは赤ん坊でな。外の世界を知らない。そんなリコリスに私の……お父さんとお母さんが生まれた広い世界を見て欲しいんだ。だから絶対に倒すさ」
ビスマルクはリコリスを見て微笑む。そしてリコリスも微笑みを返す。
あっ……この目は知ってる……お父さんが俺を見る時の優しい目。
「……私達もです。私達もガララントを倒すつもりです。協力しませんか?」
俺は手を差し出した。
「ガララントを倒すまでこの横穴暮らしだが我慢が出来るか?」
「大丈夫です。大して長い期間ではないので」
「がハハハハハっ」
そして俺の小さな手を、ビスマルクの大きな手が握り返すのだった。
★★★
後日。
「そういう事になりましたので」
グレゴリ宅へ、俺達の意思を伝えに行く。
その俺達にダブローは吐き捨てるように言う。
「たかが獣人一人とお前達のような子供でガララントを倒せると思うのか? 馬鹿な勘違いも程々にしろ。お前らは黙って俺達の言う事を聞いていれば良い。余計な事をするな、余計な考えもするな」
その言葉を俺は自分の髪の毛先を弄りながら聞く。
「従っていれば良い暮らしをさせてやる。美味い物も食わせてやる。お前達の為だ。ここを出るのは無理なんだ、ガララントを倒す事など不可能。諦めて従え。おいっ、聞いているのか!!?」
「あっ、すみません。枝毛が気になって聞いてませんでした」
「ふざけるな!!」
「ダブロー。もういい。シノブさんでしたか」
「はい」
「……もしここの正式な住人になりたかったら、いつでも声を掛けてくれ。この町はいつでも君達を歓迎する」
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