転生してもノージョブでした!!

山本桐生

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地下大迷宮編

ビスマルクとリコリス

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 二足歩行のその濃い茶色熊は体長が二メートルを優に超えていた。そして胴体と腕の部分に甲冑を装備している。獣人と呼ばれる種族だ。獣人は混じった獣の血により様々な容姿を持つ。
 この獣人はクマー、元の世界で言う熊に似た獣の血が濃く流れているのだろう。
 メチャクチャ強そうじゃん、俺が百人集まっても瞬殺されそうじゃん。いつもなら速攻で逃げ出すだろうけど……
 その熊の正面には一人の少女。
 年齢的には十歳前後だろうか。
 その様子を確認した瞬間、リアーナとロザリンドは既に飛び出していた。リアーナはハルバードを構え、ロザリンドは刀を抜きながら一気に間合いを詰める。そして繰り出されたのはロザリンドの一撃。
 ガギンッ
 耳障りな金属音。それはロザリンドの刀と、獣人の手甲が激しく当たる音。
 獣人はその野太い腕でロザリンドの攻撃を受け止めていた。そして腕力で弾き返す。
 しかしその一瞬で充分だった。リアーナが獣人と少女の間に割り込む。そしてハルバードで獣人を牽制しながら言う。それは少女に向けた言葉。
「ここはお姉ちゃん達に任せて早く逃げて」
「……その子を助けに来たのか?」
 獣人は言う。体格に見合うような太い男の声。
「その子は傷付けさせないわ。退きなさい」
 ロザリンドの毅然とした態度。
「お前達のような子供が私に勝てると思うのか? 命を掛けて見ず知らずの娘を助ける利点があると?」
 よし、ここでリーダーでもある俺がビシッと決め台詞を言ってやるぜ!!
「利点だけを考えて行動をするのが人間じゃない。助けを求めている人がいたら助けるのが人だよ」
「お前ね、僕の背中に隠れて小さい声を出しているんじゃないよ」
「自分が死ぬ事になっても戦うつもりか?」
 獣人がこちらに鋭い視線を向ける。
「……うわっ、聞こえてた……もちろん!! この男、タックルベリーがね!!」
「何でだよ!!?」
 ……少しの間があって……
「ガハハハハッ、気に入った!!」
 獣人の笑い声が響く。
「待って!! その人はお父さんなんです!!」
 少女は言う。
 ……えっ?
 お父さん? この毛むくじゃらが?

★★★

「私はビスマルク・ポーリン。この子は一人娘のリコリス。助けに来てくれて感謝する」
「リコリス・ポーリンです。助けに来て頂きありがとうございます」
「まぁ、私達の勘違いでしたけど」
 俺は辺りを見回した。
 転がる岩、岩、岩。俺達が戦っていた岩人形がここにも現れたのか……しかもこっちの岩人形は天井や壁と同じく光ってやがるぜ。これ地上に持ち帰ったら売れちゃうんじゃないか? こんな所に俺の商売チャンスが!!?
「お前達が勘違いをするのも無理無いぞ。私と娘は似ていないからな、ガハハハハッ」
 言って、ビスマルクは笑う。 
「似てる似てないってそんな次元じゃないよな?」
「ベリー、失礼よ」
「でもお父さんと似ている部分もあるんですよ」
 リコリスの髪は、父親の体毛と同じ濃い茶色。その肩口までのフワフワした髪の中に熊の耳。猫耳ならぬ熊耳。その熊耳がパタパタ動く。
「見て見て、シノブちゃん、可愛いね~」
「可愛いだろう? リコリスは母親似だからな、母親も美人だったんだぞ」
 美人だった……過去型……あまり踏み込んで聞く事じゃないか。
「ところでビスマルクさんは何でこんな所にいるんですか?」
「ああ、それについては後で話をしよう。ここで時間を使うとまた迷宮の構造が変わるからな」
 『また』と言った。つまり俺達が知らない何かをビスマルクは知っている。

 岩の迷宮を進む。いくつもの分かれ道があったが、ビスマルクは迷うこと無く道を選んで行く。ここは知っている場所なのだ。
「ここは竜の罠ですよね?」
 俺の言葉にビスマルクは頷いた。
「お前達は竜の罠をどの程度に知っているんだ?」
「竜を捕まえる為の罠だと聞いています。竜の力を封じ込める為に特殊な細工がしてあるとも。ただ竜自身は賢く、罠にはなかなか掛からない。その割に罠を設置する労力が大きく利益に見合わないために廃れていったって。それと……」
 それと竜の罠について書かれた文献は少なく、最新の記述でも百年以上も前の物。しかも罠が使われたのも一部の地域、一部の時代だけだったから情報は極端に少ない。
 竜の力を感知すると竜の罠は閉じ、それを解除出来るのは罠を設置した術者、もしくは術者が決めた条件を満たした時。設定される解除条件のほとんどは捕獲した竜を倒す事。
 ちなみに罠の誤作動を防ぐ為に、罠に携わる者は竜に関する物を所持しない。
「僕も前に文献で一度見ただけで、その他では見た事も聞いた事も無いな」
「私は初耳だったわ。シノブもリアーナもよく知っていたわね」
「うん、シノブちゃんと一緒に勉強したから」
「確かによく勉強をしている。それにその制服、王立学校か」
「あっ、自己紹介がまだでした。私はシノブ。王立学校に通っています」
「リアーナです。私もシノブちゃんと同じく王立学校に通っています。リコリスちゃんもよろしくね」
「はい、リアーナさん、こちらこそよろしくです」
 リコリスはニコッと笑う。可愛い。こりゃ将来、美人に育つぜ。
「ロザリンド・リンドバーグです」
「僕はタックルベリー・ヒュンカーヒッター。シノブ達はベリーって呼ぶから、チビっ子もそう呼んでくれて構わないぞ」
「チ、チビっ子じゃないです、もう十歳なんですよ?」
「王立学校、確かに優秀みたいだな。ロザリンドの一撃も、リアーナの動きも凄かった。同年齢の子を圧倒しているんじゃないか? それにシノブもリコリスと同じくらいなのに本当によく勉強をしている」
 ……ん?
 リコリスと同じくらい? さっき、リコリスは十歳とか言ってたよな?
「あー、みんな同級生ですよ?」
「……ん?」
「私……十四歳なんですけど」
「十四? いや、しかし、そう言われてもな」
 ビスマルクは俺とリコリスを交互に見る。
 確かに……俺とリコリスって、体格的にあまり変わらない。
「シ、シノブちゃんの成長期はこれからなんです!!」
「いや、リアーナ、そういうフォローいらないから」
「でもその趣味の方面には大人気なんじゃないか?」
「ベリーに言われなくても、こっちは経験で分かってるよ!!」
「シノブは確かに同級生です。私達はシノブをパーティーリーダーとして、学校からの依頼でここの探索に来たんです」
「ああ、そうか。それは悪かった。まぁ、そうだ、あれだ、シノブは女神に似ているから、きっと良い事があるぞ」
「ちょっとビスマルクさん!! それはどんなフォロー!!?」
 ビスマルクはガハハハハッと笑うのだった。しかしすぐに真剣な顔に戻る。
「確かにここはシノブの言う、竜の罠だった」
「……今は違うんですか?」
「今では竜の遊び場だな……ほら、もうすぐだぞ」
「シノブちゃん、見て、洞窟の先が明るくなってるよ」
 そこから差し込む光。この先が出口になっているのか……

 見上げれば青い空と日の光。
 しかも目の前には町並みが広がる。
「出られた」
「良かったねぇ」
「でもこんな町の中に出入口があるなんて聞いていなかったけど」
「出られたんだからどっちでも良いだろ。一時はどうなる事かと思ったぜ」
 安心した所にビスマルクの一言。
「残念だが、ここも竜の罠の一部なんだ」
 空は見えても、やっぱりここからは出られないようだ。

★★★

 それは二百年も昔の話。
 竜の罠に一人の竜が捕まった。竜の名はガララント。
 ガララントは動物や魔物に近い下位の竜ではない。高い知能と強大な力を持つ高位の竜。
 しかし罠で捕まえたは良いが、そんなガララントを倒す事が出来なかった。そしてガララントもその罠から脱出する事が出来ない。
 そこでガララントは自分が捕らえられた報復として、ここに入った者を閉じ込める事にしたのだ。ここから出るのに必要なのはそのガララントを倒す事。それが出来ずにもう二百年。
 二百年の間、何人、何十人、何百人もの人を閉じ込め、閉じ込められた者は脱出する事も叶わず、この町を作り上げていた。
「閉じ込められたって……でも、この町並み、閉じ込められた状態で発展出来る水準じゃないんですけど」
 俺は辺りを見回す。
 整備され、固められた土の道。立ち並ぶ木造の建物。往来は様々な種族の人が行き交っていた。
「ここの住民は閉じ込められた人々だが、ある程度の生活物資は配給されている」
「配給? 配給って誰にですか?」
「洞窟の至る所に置かれるんだが、それを見た者はいない。多分、ガララントだと予想されているがな」
「ガラララントが? どうして?」
「ガララントは人を閉じ込める一方、生活出来るように援助もする」
「……ガララララントがふざけて遊んでいるみたいだから。竜の遊び場って事ですか」
「シノブちゃん、ガララントだから。『ラ』が増えちゃってるから」
「ガラララララァァァント!!」
「ぷふっ」
 リコリスが小さく吹き出す。
「シノブ、ふざけないで話を聞きなさい」
「はい」
「怒られてやんの」
「うるさい。ベリーのアホ」

 そんな所にである。
「ビスマルク。新しい子だな?」
 リアーナと同じ尖った耳、エルフの老人だった。そしてその老人の後ろに控える、同じくエルフの中年男性。年齢的にはお父さんよりちょっと上って感じか。腰には剣を携えている。護衛か?
「……そうだ」
 ビスマルクは答える。
 そして老エルフは俺達の目の前に。
「私はこの町で代表を務めるグレゴリ。少し話をしたいんだが良いかな?」
「その子達は私達の客人なんだが」
 そう言うビスマルクに向けて中年エルフの剣が抜かれた。その切っ先をビスマルクへと向ける。
「この町にも規則はある。従え」
「従う必要があると思うか?」
「お前なら腕の一本くらい斬り落としても死なないだろう?」
「ガハハハハッ、お前程度の力量でと思うと笑えるな。挑戦してみるか?」
 まるで空気に針が生えたようだ。突き刺すような空気が周囲を満たしている。どう見ても友好的な関係じゃ無さそう。
 その空気に割って入るのは毅然としたリコリスだった。
「お父さん」
「……すまんすまん、その子達とすぐにでも話をしたくてついな」
 ビスマルクはニコッと笑顔を浮かべ、俺達に向けて言葉を続ける。
「ここの事はグレゴリが説明してくれるだろう。その後に私達の所を訪ねてくれ。場所もグレゴリが教えてくれる」
 中年エルフは剣を収める。
 問題を大きくするつもりは無いし、荒立てるつもりも無い。このまま大人しくしていれば良いのは分かるんだけどな。ただこのまま言い成りになるのも癪である。
「危険な迷宮からここまで連れて来てくれたのはビスマルクさんなんです。そのビスマルクさんに剣を向ける人達と話をしようとは思えないんですが」
「この町の規則でね。ここに来た者には最初に話をさせて貰っている。この町の住人になるなら規則に従ってくれ」
「住人? ここの住人になるつもりはこれっぽっちもありませんので、規則に従う必要はありませんよね?」
「シノブ、お前、面白いな。無視して私達の所に来るか?」
「ちょっと、お父さん!!」
「シノブ」
 ビスマルクはリコリスに、俺はロザリンドに諌められる。まぁ、中年エルフが剣をまた抜こうとしているトコだし、この辺りにしとくか。
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