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プロローグ

三つ首竜と轟竜

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 その動きはまさに電光石火だった。目で追うのも難しい程の速さ。
 建物の上から飛び降りたヴォルフラム。その背中にはハルバードを前に突き出したリアーナ。そして着地するとそのままゴーレムの群れへと突進する。
 次の瞬間。

 ドゴガァァァァァンッッッ

 激しい衝撃音。破壊され、ガラクタと化したゴーレムが宙を舞う。
 ヴォルフラムの速さは全く落ちない。ゴーレムの群れを二分するかのように突き進む。その眼前にいたゴーレムは軽い人形のようにバラバラになりながら叩き飛ばされた。
 それはヴォルフラムだけの攻撃ではない。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
 リアーナの、ハルバードの一振りはゴーレムを複数体一気に斬り飛ばしているのだ。
 二人とも身体能力強化の魔法を使っているとはいえ……すげぇな、こりゃ……実戦で戦っている姿は初めてだが、その圧倒的な姿に、見てるこっちは興奮しちまうぜ!!
 ゴーレムの群れの背後に突き抜けたヴォルフラム。踵を返して再び突撃。リアーナが振り回すハルバード。ゴレームが安い玩具のように簡単に破壊されていく。
 再びゴーレムの群れを突き抜ける。そのヴォルフラムはお父さんの目の前。
「ヴォル? それにリアーナ?」
 リアーナはよくうちに遊びに来るから、もちろんお父さんもリアーナの顔は知っている。
「マイス助けに来た」
「大丈夫でしたか?」
「え、あ、こっちは大丈夫だが、助けに来たって、もしかしてシノブも……」
「もちろんいるよ」
 俺は建物から駆け下りていた。今ちょうどお父さんの所へ。
 お父さんが頭を抱える。
「全くシノブ、お前ってヤツは……リアーナまで巻き込んで……」
「で、でも見て、リアーナは強いから!!」
 絶対に怒られる流れなんで話を逸らそう。
 ヴォルとリアーナは再び突撃していた。
 とんでもねぇ、ゴーレムの群れなど全く問題にしない。二人だけで全滅させる勢いだぜぇ~
「それにお父さん。怒られるの覚悟なんだけど、これ私のせいっぽい。だから私が止めに行くの」
 うっ……お父さんの額に怒りの血管が浮かぶ……
「後でちゃんと説明してくれるんだろうな?」
「も、もちろん、行って良い?」
「どうせ止めても無駄なんだろう。でも絶対に無茶をするな、危ないと思ったらすぐに逃げろ」
「私が逃げたら、この町もムチャクチャになっちゃうよ」
 お父さんは俺の小さな体をギュッと抱き締めた。そして小さく呟く。
「町よりも……お父さんにはシノブの方が大事なんだよ」
「大丈夫だって。私、神々の手なんだから。だからここはお願いするね。少しでも時間が惜しいの」
「ああ……分かった」
 そう言って、お父さんは手を離す。
 もうゴーレムは半分以下にまで減っている。これならもう助けは大丈夫かな。
「ヴォル!! リアーナ!! こっちはもうお父さんに任せよう!!」
「分かったよ!! じゃあ、最後に……ヴォルちゃん、ちょっと離れて」
 リアーナが魔導書を取り出し、ページを開いた。そして一般的な魔法よりも長い詠唱。つまりそれだけ強力な魔法。
 ヴォルフラムはゴーレムから距離を取る。
 リアーナの周りにいくつものシャボン玉が浮かんでいた。そしてゴレームに向けて魔導書を薙ぐ。いっぱいのシャボン玉はフワフワと広がりならゴーレムに向かい、そのゴーレムの体に触れた瞬間に……大爆発を起こす。
 その衝撃に反応するように他のシャボン玉も爆発。
 大爆発の連鎖が、ゴーレム達をただのゴミの山へと変えていく。
 お父さんに任せようって言うか……ほぼゴーレム全滅じゃん。

★★★

「来ちゃった」
「来ちゃった、ってお前……」
 身体能力を強化をしたヴォルフラムの速さは圧倒的。そしてリアーナの武器と魔法が魔物を全く寄せ付けない。アバンセの元には飛竜のゴーレム達よりも早く辿り着いた。
 そこには巨大化した本来の姿のアバンセ。
「しかもヴォルフラムとリアーナも一緒か」
「先に言っとくけど『危ないから帰れ』とか無駄だから。2年前、アバンセが協定を破ったのは私のせいでしょう? だから責任を取りに来たんだよ」
「協定は竜と竜との間で決められた事だ。人間には関係無い。だからお前達は……」
「友達はこういう時に助け合うんだよ。アバンセだって私の力を知ってるでしょ?」
「ねぇ、シノブちゃん、その『私の力』って、シノブちゃんには何か特別な力があるの?」
「うん、リアーナには秘密にしていたんだけどね」
 もうリアーナになら良いだろう。
 俺は自分の能力をリアーナに説明する。
 その能力。時間制限や使用制限が弱点になる事。その強力さにどれだけの危険があり、どうして秘密にする必要があるのか。
「シノブは俺より強いぞ」
「アバンセさんより!!?」
「ああ。俺は10歳のシノブに負けたからな。それが元で友達になったわけだが」
「それって4年前だよね……もしかして前に竜の山で起こった異変の原因って……シノブちゃん?」
「正解」
「でもあれはアバンセも本気じゃなかったと思う」
 確かにヴォルフラムの言う通り、最初からアバンセが本気だったならどうだったか……まぁ、今となっては分からんかぁ。
「とにかくそんなわけだから。私は大丈夫」
「……アバンセさんとヴォルちゃんが言うなら……本当なんだね。分かったよ」
「そろそろヴォルフラムとリアーナは少しここを離れた方が良いな」
 空を見上げたアバンセ。
 金色の飛竜を模したゴーレム達が上空に集まり始めた。クルクルと台風のように渦巻いて回っている。
「リアーナ。俺達がここにいたら邪魔になる」
「うん……そうだね……」
 逆の立場で考えたら、友達を置いてここを離れたくないリアーナの気持ちも分かる……が、竜が相手となれば出来る事など無いに等しい。
 二人は黙ってその場から離れていくのだった。
 残された俺とアバンセ。
「ふふっ」
 アバンセが小さく笑った。
「どうしたの?」
「いやなに、竜が人間の娘と友達になって、その友達と一緒に戦おうというんだから、こんなおかしな話はないだろう?」
「しかも竜が子供に求婚するって。コイツまじロリゴン」
「いやいや、シノブが大人になってからの話だ!!」
「まぁ、その話は置いといて。そろそろ来る?」
「……そうだな」
 今、目の前に三つ首竜が現れる。

★★★

 アバンセと同様に大きな体だった。その体は金色の鱗に覆われ、太陽の光を反射して輝いて見える。同じく金色の翼をはためかせ空から舞い降りる。
 何人もの人間を一口に出来そうな巨大な口を持つ頭。胴体から延びる三つの首に一つずつ。

 人形使いの三つ首竜。ポキール、ピンサノテープ、イスウ。

 ただよく見れば、三つの竜の首は微妙に違っていた。
「本当にアナタは馬鹿ですね。自分から協定を破るなんて。殺されても文句は言えませんよ」
 三つ首竜の左頭が言う。
「殺す? イスウ、誰がこの不死身のアバンセを殺せるのだ?」
 左頭、イスウ。鋭く突き出た口元が鳥にも見えた。
「このピンサノテープがお前の首を噛み切って殺す」
 右頭、ピンサノテープは単眼だった。
「お前達がか? 無理だな」
「久しぶりだなぁ、アバンセぇ」
 じゃあ、真ん中、額に巨大な一本の角を持つのがポキールか。そのポキールが笑う。その歪んだ笑みはただただ気持ち悪い。そして言葉を続ける。
「まぁ、誰が噛み切ってやっても構わないが、やっとお前が殺せるなぁぁぁ。このポキールに出来ないと思うか? ん? 今まで協定が邪魔していたが、その気になりゃお前を殺すのは簡単なんだよぉぉぉ!!」
 笑いながら言うポキールだが……
「ねぇねぇ、アバンセ、笑っちゃうよね~」
「おい、シノブ」
「んん~? 何だ、この小さいのは?」
「友達だけど」
「ぶふーはははははっ、ピンサノ、イスウ、聞いたかぁ? 友達だと!! アバンセに友達? こんな子供が!!? はははははっ」
「アバンセ、お前は協定を破る。こんな子供と一緒にいる。本当に頭がおかしくなったのか?」
「人間の娘。アナタは何で笑ってるんです?」
「だってポキールだっけ? アバンセを殺すのは『協定が邪魔していた』から今まで出来なかったんだよね? それって協定を破るのが『怖い』からだよね?」
 怖い、の部分を強調してやる。
「他の竜が来ちゃうのが『怖い』から、協定を破って殺されちゃうのが『怖い』から出来なかったって言ってるのと同じじゃん」
 もちろん、怖い、という部分をさらに強調してやる。
「協定なんて気にする事も無く破ったアバンセと、協定にビクビクしてる三つ首竜、どっちが強いかなんてすぐ分かるでしょ。なのに、アバンセを殺すって、ぶふーはははははっ、この三つ首竜、頭が三つあってもそんな事すら分からないんじゃ、その頭の中にはウンコでも詰まってんじゃないの?」
 ふぅ、気持ち良いぜ。
 この気持ち良く相手を罵れる快感。たまらんね。
「人間、アバンセの後はお前だ」
 ポキールの低い声が響くが……
「あっ、頭にウンコが詰まっているせいか口が臭いんで喋らないでもらえますぅ?」
 三つ首竜の野郎、スゲェ顔して睨んでくるぜ。怒りが大気を震わしているようにさえ見える。
「シノブ……ビックリするぐらい口が悪いな」
「こいつのゴーレムが私の町にも攻めて来たんだよ。これぐらい言ってやっても良いでしょ」
 三つ首竜が再び、空高く舞い上がった。そして入れ替わるように飛竜のゴーレム達が降下してくる。
「まずは俺が相手をする。シノブは下がって……必要な時は頼んだ」
「ガッテンでさぁ!!」
 アバンセは俺が少し離れたのを確認すると……
「機械仕掛けの木偶人形どもが」
 アバンセは空に向け大きく口を開いた。そしてそこから吐き出される灼熱の炎。空全体を焼き尽くすかのような、まるで炎の弾幕。
 飲まれた飛竜は融解し、マグマのような液体になりボタリと落ちる。
 そしてアバンセも空に飛び立つのだ。

★★★

 不死身のアバンセ、人形使いの三つ首竜、ポキール、ピンサノテープ、イスウ。
 その激しい戦いに大気は振動し、大地すら揺らす。
 これが竜と竜との戦い。
 どっちが優勢なんだ? まだ決着しないの? アバンセは本当に大丈夫なんだろうか? 助けに入った方が良いんじゃないのか?
 なんて考えている時だった。
 男の声が空に響き渡った。
「俺も混ぜろよ!!」
 炎がそのまま形作ったかのような赤い竜。
 竜はそのままアバンセに向かって行く。あれが……

 轟竜パル。

 これで一対二。ヤミはサンドンが相手をしてくれるはず。俺が助けに入るならここ。
 限定的な俺の力で本当にパルに勝てるのか? もちろん不安はある。けど、やるしかねぇもんな!!
 俺の意識に反応するように魔力は体から溢れ出て淡い光を放つ。能力の発動。
「オラッ!! やったるぜ!!」
 そうして俺も空へと飛び上がるのだった。飛翔魔法で一気に轟竜パルに迫る。そしてその巨大なパルの顔を小さな拳でブン殴る。
 バゴンッと骨まで響くような衝撃。パルは殴り飛ばされるがそのまま空中で体制を整える。
「お前か? 今、お前がやったのか!!? 誰だ!!?」
「私はシノブ。アバンセの友達。だからお前をブッ倒す。以上」
 時間が無ぇ!! 無駄話は後!! 今、ここで、パルをブッ倒す!!
「ワケが分からねぇが面白ぇ!! 人間如きがやってみろ!!」

 竜と小娘との肉弾戦。
 殴り、蹴り、殴り、蹴り、殴り、蹴り、合間に魔法をブッ放つ。無詠唱魔法、そこから放たれる強力な魔法がパルを撃つ。
 閃光と爆発、さらにまた殴って蹴って、肉と肉とがぶつかる鈍い音。人の身なら塵さえ残らないような凄まじい攻撃がお互いに続く。
 そして最後の一撃は超高空から大地への背負い投げだった。
 大口を開けて突進してくるパルを俺は真正面から受け止めた。そして鋭い牙を掴み……
「どっせぃぃぃっ!!」
 背負い投げ。ひっくり返ったパルの頭を地面へ向けて、上空から投げ落とす。
 ドズゥゥゥッ……頭が地面にめり込んだままパルは……動かなくなる。
「……マジでギリ」
 俺の魔力を使い切るのと同時。マジでギリギリだよ。
 その少し後、上空から三つ首竜が落下した。気を失った状態で。
 つまりアバンセの、俺達の勝ち。

★★★

「凄いよ!! 本当に竜を倒しちゃうなんて!!」
 リアーナは興奮気味に言う。
「まぁ、でもしばらく使えないけどね。何かあったらリアーナが守ってよ。もちろんヴォルも」
「シノブは自分から、その何かに首を突っ込むから困る」
 さすがに力が尽きたアバンセ。小さくなったアバンセは俺の胸に抱かれていた。
「でも助かった」
 アバンセは呟くように言う。
 そこに二人の巨大な竜が現れる。
 体中を白く長い毛が覆う、老齢の竜、それはもちろんサンドン。
 そしてもう一人、西洋的な竜というより、東洋的な龍。蛇のような長い体は青白く輝いて見えた。不思議なのは水をベールのように纏っているところ。これが麗しの水竜と言われるヤミなのだろう。その姿は優雅で美しい。
「この子が本当に?」
 ヤミは言う。それは透き通るような女性の声。
「そうだ、アバンセを倒し、今回はアバンセを見事に助けたようじゃな」
 サンドンが向けた視線の先、そこに転がるのはノビた三つ首竜と轟竜。
「ああ、パルを倒したのはシノブだ」
 アバンセが補足するように言う。
「この状況を見たら信じるしかないじゃない」
 言ってヤミは大きく息を付くのだった。
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