21 / 26
第四章 第二の街【ツヴァイトオルト】
21話「大蜘蛛との鬼ごっこ、そしてその結末」
しおりを挟む後ろから追走してくる大蜘蛛から逃走すること数分が経過していた。だが、その距離は一進一退で縮まらず離れない。というのも、大蜘蛛自体の移動速度はそれほど早くはなくどちらかといえば緩慢だ。
しかしながら、五メートルという巨体での一歩一歩の距離が大きく、実質的には時速二、三十㎞は確実に出ている。それでも、俺がこうして奴との鬼ごっこを継続できているのは、周辺に覆い茂る木々が障害物となり進行を妨げていたからだ。
「だが、それももう限界だな」
ここまでの逃走劇でかなりの体力を消耗しており、息が上がってきているのがわかった。ちなみにAFOにおけるスタミナという概念は、HPと防御力と素早さのパラメータが関係していると掲示板に書き込まれていたが、解析班の解析待ちということで具体的な計算方式は分かっていない。
「現実世界だったら、とっくのとうに死んでるな、俺」
現実世界の実年齢三十歳の俺がここまで逃げられているのは、ひとえに十八歳まで肉体を若返らせたお陰だろう。俺としては、少しだけ肉体を若返らせただけなのだが、三十歳から十八歳に若返ることは“少し”なのかと疑問に思うかも知れない。だから声を張り上げてこう投げかけよう。……いつまでも若くありたいと思うことは、いけないことなのですか?
そんなどうでもいいことを脳内で考えていると、いつの間にか木々が覆い茂っていない開けた場所に出てしまった。
「キシャアアア」
「やべぇ、追いつかれる!」
障害物となる木々が無くなったことで、大蜘蛛本来の移動速度が戻ってきた。それにより、元々一進一退だった距離も徐々に詰められ始めていた。……仕方がない、少し早いがここでカードを一つ切ろうじゃないか。
「くらえ、【フレイムアロー】、【ファイヤーボール】!!」
ヴィント山に入ってからモンスターの対処をローザ任せ――というか、ローザ自身が率先して突撃していた――にしていた結果、まだMPは残っていた。そのため、このタイミングで魔法を使って相手を牽制する攻撃に切り替えることにしたのだ。フレイムアローやファイヤーボール程度の魔法では、奴に致命傷は与えられないまでも火が弱点であることに変わりはないため、魔法をぶつけるだけで怯んでくれている。
「シャアアアアアアア」
「ふん、一丁前に怒ってやがるな。ほらほら、こっちだ。ついてこい!」
大蜘蛛が魔法攻撃に怯んでいるのを見計らい、言葉で挑発する。人間の言葉を理解しているのかはわからないが、こちらが何を言っているのか何となく理解できるらしく、さらにも増して激しい奇声を上げながらこちらに向かってくる。
奴に追いつかれる前に、再び木々の覆い茂るエリアへと逃げ込めた俺だったが、状況としては好転はしていない。攻撃魔法の行使によって、MPは確実に減っていきスタミナも自身の感覚からあまり多くは残されていないと判断した。
(ここが正念場ってところか……よし、一か八か勝負を仕掛けるぞ)
このまま逃げ続けても最終的にこちらが力尽きてしまうのは明白なため、どこかで起死回生の一手を打たなければならない。そう結論付けると、俺はさらに地面を蹴る力を強めスピードを上げた。
その場にあった岩を蹴り木の枝に飛び移ると、奴がこちらに向かってくるのを待ち構える。それから、十数秒と経たずに大蜘蛛の巨体が目に飛び込んでくる。奴は俺を見つけると、八個ある目をぎらつかせながら俺が足場にしている木に突進してきた。
(チャンスは一度きり、失敗すれば死だな。焦るな、タイミングを見極めろ)
徐々に迫ってくる五メートルの巨体は、物理的にも精神的にも重圧で押しつぶされそうになる。だが、ここで飲まれてしまえば死あるのみなので覚悟を決める。そして、奴がその巨体を活かした体当たりを繰り出した瞬間、俺は大蜘蛛の顔目掛けて跳躍した。
「これでどうだ、【フレイムアロー】!!」
俺は火魔法を取得した際に、一番最初に覚える魔法であるフレイムアローを唱えた。そして、いつもは矢の形に形成したそれを敵に目掛け放つのがいつもの使い方なのだが、今回はその矢を手で掴んだ。自分の魔法だからか、不思議と熱くはなかった。それから、その掴んだ矢を八個ある奴の目の一つに勢い良く突き立てた。
「グギャアアアア」
途端に絶叫とも悲鳴とも取れる奴の苦しむ大音量の声が響き渡った。弱点である火属性の攻撃と目の攻撃は、かなり効いたらしくその場で身悶えるような動きを見せる。
「悪いが、まだ終わってねぇぞ? こいつで仕上げだ! 【ストライクスマッシュ】!!」
さらに畳み掛けるように、俺は火の矢で突き刺したものとは別の目を狙い殴打術のアーツであるストライクスマッシュを放った。ここまでAPによって底上げしていた攻撃力と、ストライクスマッシュのアーツ効果である「必ずクリティカル攻撃になる」が重なり、かなりの手応えが伝わってくる。その重い一撃は、まるで水風船が割れるかのように大蜘蛛の目を粉砕する。
続けて目を二つも失った大蜘蛛は、その痛みで暴れまわっていた。その暴れっぷりは凄まじく、それ以上大蜘蛛の顔に立っていられなくなりそのまま地面へを飛び降りた。だが、これで攻撃を止めるほど俺は優しい人間ではないのだよ……ふふふ。
「ダメ押しだ。……【フレイムテンペスト】!!」
痛みで暴れまわる大蜘蛛に向かって、俺は更なる追撃としてフレイムテンペストをぶち込んでやった。奴の体全体を覆いつくす火の奔流は、その巨体を飲み込み焼き尽くした。それから、フレイムテンペストが大蜘蛛にどのような結果を与えるのか確認することなく、俺は地面を蹴り足早にその場を退いた。目を二つ潰された挙句、自身の体は火に焼かれている状態ではさすがのエリアボスと言えど追走することは叶わず、まんまと奴から逃走することに成功したのだった。
その一分後にようやく復帰した大蜘蛛だったが、当然そこにターゲットにしていた獲物はおらず、まんまと逃げられたことを悟った奴が怒りの咆哮を上げる声だけがヴィント山に響き渡った。
10
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説

Free Emblem On-line
ユキさん
ファンタジー
今の世の中、ゲームと言えばVRゲームが主流であり人々は数多のVRゲームに魅了されていく。そんなVRゲームの中で待望されていたタイトルがβテストを経て、ついに発売されたのだった。
VRMMO『Free Emblem Online』
通称『F.E.O』
自由過ぎることが売りのこのゲームを、「あんちゃんも気に入ると思うよ~。だから…ね? 一緒にやろうぜぃ♪」とのことで、βテスターの妹より一式を渡される。妹より渡された『F.E.O』、仕事もあるが…、「折角だし、やってみるとしようか。」圧倒的な世界に驚きながらも、MMO初心者である男が自由気ままに『F.E.O』を楽しむ。
ソロでユニークモンスターを討伐、武器防具やアイテムも他の追随を許さない、それでいてPCよりもNPCと仲が良い変わり者。
そんな強面悪党顔の初心者が冒険や生産においてその名を轟かし、本人の知らぬ間に世界を引っ張る存在となっていく。
なろうにも投稿してあります。だいぶ前の未完ですがね。

神速の冒険者〜ステータス素早さ全振りで無双する〜
FREE
ファンタジー
Glavo kaj Magio
通称、【GKM】
これは日本が初めて開発したフルダイブ型のVRMMORPGだ。
世界最大規模の世界、正確な動作、どれを取ってもトップレベルのゲームである。
その中でも圧倒的人気な理由がステータスを自分で決めれるところだ。
この物語の主人公[速水 光]は陸上部のエースだったが車との交通事故により引退を余儀なくされる。
その時このゲームと出会い、ステータスがモノを言うこの世界で【素早さ】に全てのポイントを使うことを決心する…

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

誰も火力をやりたがらないVRMMO
面白かったら「お気に入り」してください
ファンタジー
VRゲームが世界的に流行した中、龍樹は【Arma《アルマ》.Lethal《リーサル》.Online《オンライン》】というVRMMOゲームに手を出す。
チュートリアルをクリアした頃、とあるチームが動き始めていた。
龍樹はアタッカーが減っていくゲーム世界で、最強の剣術を編み出す。数少ないアタッカーの上、一撃で仕留める変わった戦法に、いつしか【伝説の突き職人】と言わしめていく。
運極さんが通る
スウ
ファンタジー
『VRMMO』の技術が詰まったゲームの1次作、『Potential of the story』が発売されて約1年と2ヶ月がたった。
そして、今日、新作『Live Online』が発売された。
主人公は『Live Online』の世界で掲示板を騒がせながら、運に極振りをして、仲間と共に未知なる領域を探索していく。……そして彼女は後に、「災運」と呼ばれる。
鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~
月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。
目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。
「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」
突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。
和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。
訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。
「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」
だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!?
================================================
一巻発売中です。

チートな親から生まれたのは「規格外」でした
真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て…
これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです…
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます
時々さかのぼって部分修正することがあります
誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)
感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる