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第四章 第二の街【ツヴァイトオルト】
21話「大蜘蛛との鬼ごっこ、そしてその結末」
しおりを挟む後ろから追走してくる大蜘蛛から逃走すること数分が経過していた。だが、その距離は一進一退で縮まらず離れない。というのも、大蜘蛛自体の移動速度はそれほど早くはなくどちらかといえば緩慢だ。
しかしながら、五メートルという巨体での一歩一歩の距離が大きく、実質的には時速二、三十㎞は確実に出ている。それでも、俺がこうして奴との鬼ごっこを継続できているのは、周辺に覆い茂る木々が障害物となり進行を妨げていたからだ。
「だが、それももう限界だな」
ここまでの逃走劇でかなりの体力を消耗しており、息が上がってきているのがわかった。ちなみにAFOにおけるスタミナという概念は、HPと防御力と素早さのパラメータが関係していると掲示板に書き込まれていたが、解析班の解析待ちということで具体的な計算方式は分かっていない。
「現実世界だったら、とっくのとうに死んでるな、俺」
現実世界の実年齢三十歳の俺がここまで逃げられているのは、ひとえに十八歳まで肉体を若返らせたお陰だろう。俺としては、少しだけ肉体を若返らせただけなのだが、三十歳から十八歳に若返ることは“少し”なのかと疑問に思うかも知れない。だから声を張り上げてこう投げかけよう。……いつまでも若くありたいと思うことは、いけないことなのですか?
そんなどうでもいいことを脳内で考えていると、いつの間にか木々が覆い茂っていない開けた場所に出てしまった。
「キシャアアア」
「やべぇ、追いつかれる!」
障害物となる木々が無くなったことで、大蜘蛛本来の移動速度が戻ってきた。それにより、元々一進一退だった距離も徐々に詰められ始めていた。……仕方がない、少し早いがここでカードを一つ切ろうじゃないか。
「くらえ、【フレイムアロー】、【ファイヤーボール】!!」
ヴィント山に入ってからモンスターの対処をローザ任せ――というか、ローザ自身が率先して突撃していた――にしていた結果、まだMPは残っていた。そのため、このタイミングで魔法を使って相手を牽制する攻撃に切り替えることにしたのだ。フレイムアローやファイヤーボール程度の魔法では、奴に致命傷は与えられないまでも火が弱点であることに変わりはないため、魔法をぶつけるだけで怯んでくれている。
「シャアアアアアアア」
「ふん、一丁前に怒ってやがるな。ほらほら、こっちだ。ついてこい!」
大蜘蛛が魔法攻撃に怯んでいるのを見計らい、言葉で挑発する。人間の言葉を理解しているのかはわからないが、こちらが何を言っているのか何となく理解できるらしく、さらにも増して激しい奇声を上げながらこちらに向かってくる。
奴に追いつかれる前に、再び木々の覆い茂るエリアへと逃げ込めた俺だったが、状況としては好転はしていない。攻撃魔法の行使によって、MPは確実に減っていきスタミナも自身の感覚からあまり多くは残されていないと判断した。
(ここが正念場ってところか……よし、一か八か勝負を仕掛けるぞ)
このまま逃げ続けても最終的にこちらが力尽きてしまうのは明白なため、どこかで起死回生の一手を打たなければならない。そう結論付けると、俺はさらに地面を蹴る力を強めスピードを上げた。
その場にあった岩を蹴り木の枝に飛び移ると、奴がこちらに向かってくるのを待ち構える。それから、十数秒と経たずに大蜘蛛の巨体が目に飛び込んでくる。奴は俺を見つけると、八個ある目をぎらつかせながら俺が足場にしている木に突進してきた。
(チャンスは一度きり、失敗すれば死だな。焦るな、タイミングを見極めろ)
徐々に迫ってくる五メートルの巨体は、物理的にも精神的にも重圧で押しつぶされそうになる。だが、ここで飲まれてしまえば死あるのみなので覚悟を決める。そして、奴がその巨体を活かした体当たりを繰り出した瞬間、俺は大蜘蛛の顔目掛けて跳躍した。
「これでどうだ、【フレイムアロー】!!」
俺は火魔法を取得した際に、一番最初に覚える魔法であるフレイムアローを唱えた。そして、いつもは矢の形に形成したそれを敵に目掛け放つのがいつもの使い方なのだが、今回はその矢を手で掴んだ。自分の魔法だからか、不思議と熱くはなかった。それから、その掴んだ矢を八個ある奴の目の一つに勢い良く突き立てた。
「グギャアアアア」
途端に絶叫とも悲鳴とも取れる奴の苦しむ大音量の声が響き渡った。弱点である火属性の攻撃と目の攻撃は、かなり効いたらしくその場で身悶えるような動きを見せる。
「悪いが、まだ終わってねぇぞ? こいつで仕上げだ! 【ストライクスマッシュ】!!」
さらに畳み掛けるように、俺は火の矢で突き刺したものとは別の目を狙い殴打術のアーツであるストライクスマッシュを放った。ここまでAPによって底上げしていた攻撃力と、ストライクスマッシュのアーツ効果である「必ずクリティカル攻撃になる」が重なり、かなりの手応えが伝わってくる。その重い一撃は、まるで水風船が割れるかのように大蜘蛛の目を粉砕する。
続けて目を二つも失った大蜘蛛は、その痛みで暴れまわっていた。その暴れっぷりは凄まじく、それ以上大蜘蛛の顔に立っていられなくなりそのまま地面へを飛び降りた。だが、これで攻撃を止めるほど俺は優しい人間ではないのだよ……ふふふ。
「ダメ押しだ。……【フレイムテンペスト】!!」
痛みで暴れまわる大蜘蛛に向かって、俺は更なる追撃としてフレイムテンペストをぶち込んでやった。奴の体全体を覆いつくす火の奔流は、その巨体を飲み込み焼き尽くした。それから、フレイムテンペストが大蜘蛛にどのような結果を与えるのか確認することなく、俺は地面を蹴り足早にその場を退いた。目を二つ潰された挙句、自身の体は火に焼かれている状態ではさすがのエリアボスと言えど追走することは叶わず、まんまと奴から逃走することに成功したのだった。
その一分後にようやく復帰した大蜘蛛だったが、当然そこにターゲットにしていた獲物はおらず、まんまと逃げられたことを悟った奴が怒りの咆哮を上げる声だけがヴィント山に響き渡った。
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