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第四章 第二の街【ツヴァイトオルト】
19話「ロジェビ草を求めて……」
しおりを挟む「先ほどは失礼いたしました……改めて自己紹介を。俺はイールといいます」
「あたしはローザ、こう見えても大学せ――」
「さっそくですが、その【ロジェビ草】の自生している場所についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ちょっと、まだあたしの自己紹介が終わってないでしょう!」
自分の自己紹介をしたあと、ローピンさんにロジェビ草を採ってくる旨を伝えると、とても喜んでくれた。だがしかし、その後すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべながら話し始める。
「ですが、よろしいのでしょうか? 見ず知らずの私なんかのために、あなた方が危険を冒すようなことを……」
「こちらとしても、何もタダで助けようという訳ではありません。ローピンさんは、今患っている病気が治ればこの食堂を再開しますよね? その時に厨房を使わせていただきたいのです」
ここに来るまで散々探し回ったが、結局料理ができる場所を見つけることができなかった。そのことから、プレイヤーがこのツヴァイトオルトで料理をするためには、特定の条件を満たさないといけなのかもしれないという推測が成り立つ。そしてその条件とは、今回発生したNPCクエストが関係しているのではと結論付けたのだ。
「本当にそれだけのことでよろしいのでしょうか?」
「ローピンさんにとってはそうかもしれませんが、こちらとしてはそれで十分な報酬になります」
「わーい、イールお兄ちゃんありがとう!」
その後、二人から何度もお礼を言われた。現実世界で誰かに感謝されることが少ない俺にとっては少しむず痒い思いだったが、それでも誰かの役に立てるということは悪くない。それから、当初の目的だったローピンさんにスフェリカルラビットのステーキを食べさせてあげたいというディッシュの希望を叶え、彼にステーキを振舞った。病の体にステーキはどうかとも思ったが、思いのほかローピンさんは食べてくれた。
「こいつは美味いですね。いい仕事してます」
そんなお褒めの言葉もいただいたあと、ロジェビ草が自生しているという場所を教えてもらい一旦その場を辞去した。
「そうだ、おいローザ」
「……」
食堂をあとにしてすぐ、俺があることを思い出したためローザに話し掛けたのだが、なぜか彼女の返事がなかった。何があったのかと顔をのぞき込むと、そこにはこれでもかというくらいに頬を膨らませた俗に言うふくれっ面があった。どうやら、俺がローザを幼女に仕立て上げるために彼女の年齢を言及させなかったことにご立腹らしい。
「おい、聞こえているのか?」
「……」
「おい、それくらいにしていい加減俺の話を聞いてくれ」
「……」
それでも断固として俺の話に耳を貸そうとしないローザに若干の苛立ちを覚える。確かに俺が彼女にしたことはあまりに大人気のない行動であったという自覚はある。だがしかし、自覚はあるが反省はしない。そもそも、ローザが先に俺に対して迷惑を掛けたのが事の発端なのだ。
「……ふんっ」
「ふにゅ」
このままでは埒が明かないと考えた俺は、強行策に打って出た。ローザの膨らんだ頬を引っ掴み、口の中に溜まった空気を抜いてやったのだ。そして、そのまま掴んだ手に徐々に力を込めていくと、ローザの顔が痛みで歪んでいくのがわかった。
「ふぃふぁい、ふぁなふて(痛い、離して)」
「大人しく俺の言うことに耳を貸すか?」
「ふんふん(こくこく)」
どうやら俺の攻撃は地味に効果があったようで、素直に聞く気になったらしい。……よし、その素直さに免じて次ディッシュ親子と再会したときは、彼女の本当の年齢を打ち明けるとするか。そんなことを考えながら俺はローザの顔を掴んでいた手を離した。
「では、改めて話すが、臨時パーティの申請をしてなかったから今のうちにやっておこう」
基本的にパーティというのは、特定のプレイヤーが複数人集まってできた一つのグループを指すのだが、今回の場合は一時的にパーティを組むという方式を取ることにするのだ。パーティを組むことで得られる恩恵は様々で、そのうちの一つはレベルアップに必要なポイントの共有化である。
通常単独で行動する場合、入手できるポイントというのは自分自身で起こした行動の結果から得ることがほとんどなのだが、パーティ登録しておけば他のメンバーが得たポイントの一部を何もしていないメンバーも獲得することができる。ただし、全ての行動がその効果の範囲内というわけではなく、特定の行動で得たポイントに限ってのことだ。それだけでパーティとして登録する利点は十二分にあるだろう。
そんなわけで、無事に臨時のパーティ登録も済んだので再び今回の目的地へと向かった。
「ねぇ、目的の場所ってここだよね?」
ツヴァイトオルトの街を東門から出て三十分ほど進んだ場所が今回の目的地である【ヴィント山】だ。通称“風の山”とも呼ばれるその場所は、名前通り常に突風が吹き荒れる気候が非常に不安定な所として知られていた。その不安定な気候とは裏腹に、分布しているモンスターのレベルが高く攻略難易度もそれに見合った難しさとなっていた。
ローザの確認のための問い掛けに対して、俺は「そのはずだ」とだけ短く答えつつ周辺の様子を窺う。前の街エアストテールの北にある森では、初見のゴブリンにボコボコにやられてしまった苦い思い出があったので、初めて挑戦する場所は慎重に行こうという心構えができていた。
ヴィント山の地形は、最初なだらかな斜面が続いていて少し強めの風が吹いている。まだAFOでの経験が浅いせいもあるが、モンスターの気配は今のところ感じられない。
「ローザは、相手の気配が分かるスキルとか持ってるか?」
「ううん、持ってない。欲しかったけど、ポイントが足りなくて」
「ふーん、ちなみにどんなスキルを覚えてるんだ?」
「レディの秘密を詮索するのはマナー違反だぞぉー」
やれやれ、一体どこにレディがいるのやら……。もちろん、そんなことを口にすれば盛大なふくれっ面を拝むことになるのでここは空気を読んでおく。しばらく歩いていると、徐々に勾配がきつくなっていきなだらかな斜面から少し心臓に負担が掛かるくらいの斜度になってきた。
「ここが現実なら、いいダイエットになるのに」
「ダイエットするほど、肉なんて付いてないだろ?」
「ここにあるじゃん!!」
「個人的にだが、そこの肉は落としたらダメな肉だと思うぞ」
そう盛大に叫んだローザが、自身の持つ二つの果実を鷲掴みにした。彼女の行動に半ば呆れを含んだ視線を向けながら反論する。そんな当り障りのない会話を続けること数分、ようやく茂みがかさこそと音を立てた。何かの気配に二人とも警戒モードに突入する。そして、茂みから姿を現したのは……。
「ワオオオオオオン」
「狼だな」
「狼だね」
姿を見せたのは、まごう事なき狼だった。だが、一応相手はモンスターであるため警戒は怠らない。詳細を調べてみると、そいつは【ゲイルウルフ】と表記されておりレベルは13だった。北の森に出現したゴブリンのレベルが6から9だったことを考えればかなりの強敵となっている。
「おい、ここは一旦様子を見て――」
「先手必勝! ローザ、いっきまぁーす!!」
俺の言葉を遮るようにローザがゲイルウルフに突進していく、見たところ何も武器を持っておらずグローブのような装備を着けていることから、彼女が武術家であることはなんとか理解できた。……てか、いきなり何の考えもなしに突進するとかどんだけ猪突だよ!
「せいやー」
「キャイン」
彼女の正拳突きがゲイルウルフの顔面を捉える。たまらずそのまま吹き飛ばされ近くにあった岩にぶつかると、そのまま帰らぬ人ならぬ帰らぬウルフとなってしまった。
俺にとって嬉しい誤算だったのは、ローザが意外と強かったということだ。これは偏見になってしまうが、女の子である彼女が力に秀でているとは考えられなかったのだ。だが、先の戦いで、ここがゲーム世界だということをまざまざと見せつけられてしまい、俺の中での女イコールか弱い存在という固定概念が見事に砕け散った瞬間だった。
「ひどい、相手はただ茂みから姿を現しただけなのに……」
「ええー? なに言ってるのよ、相手はモンスターなんだから倒すのは当たり前じゃん」
「……と、ゴリラ女が申しております」
「誰がゴリラだ!! ……ってか、そんな冗談言ってる場合じゃないんじゃないこれ?」
俺とローザが誰に見せるでもなく漫才をやっているうちに周りをゲイルウルフの群れが取り囲んでしまっていた。どうやら、ローザが最初に倒した個体は偵察役だったらしく、今目の前にいるのがこの群れの本隊のようだ。
「くそ、だから言ったろう。一旦様子を見ようって」
「そんなこと、君は言ってなかったよ」
「俺が言い掛けてる途中でお前が突っ込んでいったからだろうが!」
そんなやり取りを黙って見ている道理はないとばかりに、ゲイルウルフたちが距離を詰めてくる。……どうする? 逃がしてくれるわけないし、かといって戦ったら大苦戦だぞこれ? くそー、あのデカ乳女め!
「グルルル」
「仕方ない、おいローザ、奴らの注意を引き付けておいてくれ、一発デカいのをぶち込む」
「オッケー、遠慮なくドピュドピュしちゃってね!」
なんか表現が卑猥だが、この際そんなことはどうでもいいとばかりに俺は詠唱を開始する。その間にローザは特攻を仕掛けゲイルウルフたちを翻弄している。武術家の特性でもある素早さを活かし、ヒットアンドアウェイを繰り広げていた。
「『我が盟約に従い、火の奔流よ、顕現せよ。そして、目の前の敵を焼き尽くせ』! ローザ、一旦下がれ! ……くらえ、【フレイムテンペスト】!!」
火魔法レベル3で覚えたフレイムテンペストをゲイルウルフの群れに向かって放つ。もちろんだが、魔法を放つ前にローザに指示を出すのを忘れてはいない。俺の手から放たれた火の奔流は、ゲイルウルフの群れをいとも容易く飲み込み辺り一帯を火の海へと変貌させる。
「やったか!?」
「ああー、それ言っちゃダメぇー!」
なぜか俺の口にした言葉に過剰に反応するローザだったが、彼女の心配もよそに見事ゲイルウルフの群れたちは帰らぬウルフとなった。その光景を見たローザが俺に向かって一言口にする。
「上手に焼けましたぁー」
「……なんだそれ?」
「え? このネタ知らないの!?」
とにかく、ゲイルウルフの群れを撃破することに成功した俺たちは、さらに先を進むことにした。
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