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第四章 第二の街【ツヴァイトオルト】
18話「NPCクエスト発生!」
しおりを挟む「随分脆い建物だね。こんなとこに人なんているの?」
ローザが怪訝な表情を浮かべながらそう呟く。彼女がそう呟いてしまうほど、目の前に建つ建物はボロかった。
AFOの建築物は大抵の場合レンガ造りが基本なのだが、この建物は完全に木オンリーの木造建築というやつだ。一見すると西部劇に登場する年季の入った酒場を彷彿とさせるのだが、さらに建物の入り口に取り付けられた両開きのスイングドアも、これまた西部劇を思わせてしまう。
「とりあえず、入ってみよう」
このまま建物の前で突っ立っていてもしょうがないと思い、建物内に入ってみようと提案する。ローザとしても、俺の意見に否やはなかったらしく素直に従ってくれた。
スイングドアを両手で押し中に入ると、そこには十数組のテーブルの上に数脚の椅子が置かれた光景が目に飛び込んできた。見た感じ開店前の店という印象が浮かんだが、長い間テーブルの上から椅子が下ろされた形跡はなく、そこには埃が溜まっている。
「酒場……かな」
「いや、どっちかていうと食堂のようだ」
ローザがここを酒場ではないかという意見に俺は異を唱えた。その理由としては、店の内装に対してやけに厨房が広かったからだ。これは、この店の店主がかつて料理に重きを置いていたのではないかという俺の個人的な推測に過ぎなかったが、今となってはそれを確かめる術は存在しない。
もっとも、そもそも“酒場”という定義は、アルコールが含まれている飲料を提供する飲食店の総称であるため、ほとんどの飲食店が厳密には酒場と言えないこともない。
「誰っ、そこに誰かいるの!?」
そんなどうでもいい豆知識を脳内で考えていると、突如として誰何の声が響き渡る。ただその声が妙に鈴を転がしたような高い声だったことに一瞬違和感を覚えたが、姿を現した人物を見てその違和感も露と消えた。そこにいたのは、幼い少年だったのだ。年の頃は八歳か九歳くらいで、ブラウンの髪に緑色の瞳を持つ男の子だ。
「きゃあ、可愛いっ!!」
「うわあ、ちょ、ちょっとお前、何するんだ!?」
少年のあどけない姿を見て思わず興奮したローザが、少年に襲い掛か……もとい、彼に抱き着いた。少年の視点から見れば、突然自分よりも幼い少女が抱き着いてきた構図になっており、戸惑いを禁じ得ないようだ。
というのも、少年の身長は目算で百五十センチ代の半ばほどの高さだが、ローザの身長はそれよりもさらに低く百四十センチ代の後半程度しかないため、今の状況を彼女という人物を知らない人間が見れば、少年に幼女が抱き着いているという光景に移ることだろう。
「おい、いい加減に離してやれよ。びっくりしてるじゃないか」
「うおっ、ちょっと君、いきなりなにをするんだ!? 離して、離してよぉー!!」
いきなりのローザの奇襲に少年が不憫に思えてしまい、助け舟として彼女の首根っこを掴んで持ち上げてやる。俺の手から逃れようと、ローザが自身の体を揺さぶって抵抗する。その運動によって、彼女の二つの膨らみがぷるぷると揺れまくっていた。他の男であればしばらくその光景を堪能しただろうが、いくら巨乳といえど見た目が幼い少女に欲情するほど、俺は特殊な趣味は持ち合わせていないのだ。
「いきなり抱き着くのは、この子に対して失礼だぞローザ。彼に謝るんだ」
「……ごめんなさい」
少年に取った行動に対しての謝罪を俺が促すと、ローザは素直に従った。いくら咄嗟の行動とはいえ、自分のしたことが礼を失していると今になって気付いたようだ。少年もいきなりのことで多少驚きはしたが、別段気にしていないようでローザの謝罪を受け入れてくれた。
「ホントに悪かったな少年。うちの連れが」
「ううん、気にしてないよ。僕の方がお兄ちゃんだからねっ」
「あたしはこれでも大学せ――はむっ」
「そうか、そう言ってくれるとすごく助かる」
少年がローザを自分よりも年下であると勘違いしていることに対して訂正しようとしたようだが、彼女の口を塞ぐことでそれを阻止する。俺にも迷惑掛けやがったんだ。これくらいの意趣返しは許されるだろう。……てか、ローザって大学生だったのか? まあ、胸だけは大学生並だが、それ以外は幼女のそれだぞ?
「名乗るのが遅くなったが、俺はイール。この子がローザだ。ここには調理場を借りられないかと思って入ってみたんだ。ここは食堂だろ?」
「うん、そうだけど、今はちょっと調理場は使えないかな。あ、えっと僕はディッシュ。この食堂の息子さ」
「ふごっ、ふごふごふご!」
お互いの自己紹介が終了したところで、ローザが自分の口が塞がれていることに抗議の声を上げ始めたので、離してやった。
「はあ、はあ、……ちょっと君、レディの口を何の断りもなく塞ぐなんて酷いじゃない!」
「出会い頭に抱き着いてくる奴の方がもっと酷いと思うがな」
「うっ」
「イールお兄ちゃん、ローザちゃんだってわざとやったわけじゃないんだし」
ローザの抗議に対して、先ほどの彼女の行動を引け合いに出して反論する。それを見かねてか、ディッシュが俺とローザの仲裁に入ってくれた。子供にフォローされる大人たちって一体……。
そんなやり取りをしていると、ふいにディッシュがお腹を押さえながらその場にしゃがみ込んでしまった。
「どど、どうしたの? 大丈夫!?」
「どうしたんだ、ディッシュ? 腹が痛いのか?」
俺たちの問い掛けにディッシュは首を横に振る。一体何があったのかと、再び彼に問いかけようとした時、彼の口からその答えがもたらされる。
「お腹が空いて動けないよ……」
「……」
「……」
何かしらの体調不良からくるものではなく、ただの空腹からくる行動だったようでひとまず安心といった所だろうか。それからストックしていたスフェリカルラビットのステーキを出してやると、ディッシュは顔を輝かせながら食べ始めた。なぜだか知らないが、さっきのお詫びに自分にもステーキを寄こせと言ってきたので、少しだけ食わせてやったローザの方が食が進んでいたのは気のせいだと思いたい。
「ふうー、食った食った。ありがとうア〇パンマン」
「誰が、ア〇パンマンだ。誰が」
俺とローザのそんな一幕があったものの、ディッシュも腹が満たされたことで落ち着いたようで、今は腹をさすりながら満足そうな表情を浮かべている。そして、はっとした表情を浮かべると急に真剣な表情で話し出す。
「イールお兄ちゃん、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「こんな美味しい料理を食ったのは初めてだったから、その……父ちゃんにも食べさせてあげたいんだ! お金は働いて必ず払うから、だから……」
真剣な表情を浮かべながら、ディッシュは俺に懇願してくる。ディッシュにとって初めて会ったばかりの人間である俺にこんなことを頼むのはかなり勇気のいることなのかもしれない。兎にも角にも、話は彼の父に会ってからということにしてディッシュに案内を頼むことにした。
「ケホ、ケホ、こんなところによくおいでくださいました。私が、そこにいるディッシュの父ローピンにございます。冒険者様に置かれましては……ケホ、ケホ」
「と、父ちゃん、無理しちゃダメだよ!」
ディッシュに案内され、店の奥の住居スペースに案内された部屋のベッドに横たわる男性がいた。年の頃はおそらく三十代くらいなのだが、何かの病気に罹っているらしく衰弱しているため老人のように見える。息子のディッシュと同じくブラウンの髪だが、その瞳はターコイズのような青色をしている。
「とりあえず、これを飲んでください」
このままでは話もままならないと判断した俺は、手持ちの回復薬を渡そうとするのだがローピンさんが首を左右に振って受け取ることを拒んだ。
「父ちゃんの病気は、回復薬では効果がないんだ」
「私の病は【ウィクネス病】と言いまして、どんどん体が弱っていく病気なのです。治すためには、【ロジェビ草】という薬草を煎じて作った薬を飲まなければならないのですが、ごく限られた地域にしか自生していないため貴重な薬草となっているのです」
「ロジェビ草があれば、父ちゃんの病気が治せるのに……」
ディッシュが言い終わったタイミングで、ウインドウが表示された。
【NPCクエスト:病に伏せる父にロジェビ草を……】
食堂の一人息子ディッシュの父ローピンが【ウィクネス病】に苦しめられている。助けるためには【ロジェビ草】が必要なのだが……。
成功条件:ロジェビ草の納品 失敗条件:ゲーム内時間で一週間の経過 報酬:?????
このタイミングでまさかのNPCクエストが発生した。クエストとは、冒険者ギルドから発行される依頼のことで、その内容は基本的には納品・討伐・調査・護衛の四つに区分けされている。今回はNPCから直接発生したクエストで、平たく言えばミッション系に属する依頼ということになる。
「おいローザ、このクエストどうす――」
「えいやっ、ポチッとな」
俺が今回の同行者であるローザに相談しようと彼女に目を向けると、既にクエストを受けるかどうかの選択肢の“YES”のボタンを押した後だった。そのことに一瞬呆然としたが、すぐに思考を戻すと彼女の首根っこを掴んだ。
「ちょっと君なんで首を掴むんだ!」
「すまない二人とも、ちょっとこいつと話さなきゃならんことがあるから、待っててくれ」
そう言い終わると、俺はローザの首根っこを掴んだまま親子に聞こえない距離まで移動した。当然その間もローザが抗議の声を上げていたが、そんなことはどうでもよかった。
「おい、お前なんで俺の相談もなしに勝手にクエストを受けたんだ?」
「え? だってかわいそうじゃん」
「いや、そういうことじゃなくてだな。今俺たちはチームで動いてるんだ。そこにNPCクエストが発生したってことは、それを攻略するかどうかの意思確認をする必要があると思わないか?」
「……だってかわいそ――」
「あの親子がかわいそうなのは一旦捨て置け! 今大事なのは俺とお前の意思の疎通だ!!」
俺が言いたいことは一つ、それはチームとしてこのクエストを受けるかどうかの意思の確認だった。俺がゲームというものをまともにプレイするのはこのAFOが初めてだが、この場合は人間としてのマナーの部分に重きを置いている事案のため、俺がゲーム初心者というのは考慮されないはずだ。つまりなにが言いたいかというと、今の俺とローザはチームとして動いていた。少なくとも俺はそう思っていたので、このNPCクエストを受けるかどうかの確認の相談をしたかったのだが、ローザは俺に何の相談もなしに勝手にクエストを受けてしまったのだ。
「……というわけなんだが、なんで俺に相談せず勝手にクエストを受けたんだ?」
「だから、あの親子が、かわいそう、だったから」
「いや、お前の言ってる意味が通じてないわけじゃないから区切って言う必要はないんだ!」
会話のキャッチボールがまるでできていない。俺自身頭が固い方ではないので、彼女の言っていることは十分理解できる。理解できるが、納得はできないというだけだ。
「はぁー、もういい。どのみちこのクエストは受けるつもりだったから」
「じゃあいいじゃん、さっきから君がなにを言ってるのかまるでわからないよ」
「はは、さいですか」
もう彼女に何を言っても無駄だと悟った俺は、事後報告という体裁でローザが独断でクエストを受けたと自分自身に言い聞かせ、「クエストを受けますか?」の選択肢の“YES”のボタンを押した。……まだ納得いかないけどな。
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