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第二章
11話
しおりを挟む「こちらお約束していた白金貨二十枚になります。ご確認ください」
カリファーからそう言われて僕は皮の袋に入った金貨を確認していく。
二十枚あるのを確認した僕は、そのままクエストボードに行こうとするがカリファーに呼び止められた。
「ルークさん、あの……もうそろそろ高ランクのクエストを受けていただきたいのですが……」
「え?」
この数日間で初心者のクエストをいくつか受けていたが、どうやらギルド側としてはもっと高ランクのクエストを受けて欲しいようだ。
「僕はまだDランクですからね。いきなり難しいクエストを受けるのはちょっと……」
自分のランクにあったクエストをこなすことで、命の危険がある冒険者稼業から少しでも生存率を上げるようなシステム、それがギルドのランク制度だ。
元Sランク冒険者パーティーに属していたからと言って、高ランクのクエストをホイホイ受けるわけにもいかないのだ。
「だからと言って、駆け出し冒険者が受けるようなクエストばかりこなされても困ります。せめてDやCランクをクエストを受けていただかないと……」
「わかりました。じゃあちょっと見てきます」
「待ってください。もうすでにこちらでクエストは用意してありますのでそちらを受けてください」
ギルドの指名クエストってやつかな? でもそれって結構厄介だったりするんだよな。
パーティーに所属してた頃にも指名クエストを何度も受けているが、ほとんどと言っていいほどクエストボードに張られているものより何度が高かった。
今はソロでの活動を主としているため、これは新たにメンバーを募るしかないかもしれない。
でだ、肝心のカリファーが出してきた依頼書は以下の通りだ。
【魔物の調査依頼】
ランク:C
依頼内容:プリマベスタ北東にある森の魔物の生態調査
報酬金額:大銅貨15枚
うーん、これならモンスターと直接対決しなくてもいいけど、それでも危険なのは変わりないしな。
やっぱ誰かとパーティーを組んだほうが効率もいいよなぁー。
「おや、ルーク君じゃないか? 何か困っているようだが、どうかしたのか?」
「ああ、ナディアさんおはようございます」
そこにいたのは、僕が【レイブンフォール】の冒険者ギルドで冒険者に絡まれた時に助けてくれた知り合いの冒険者だった。
彼女は【メテオストリーム】というAランク冒険者パーティーのリーダーを務めており、その実力は折り紙付きだ。
その見た目の美しさもあって、かなり名の知れた冒険者でもある。
「実はギルドの指名クエストの魔物調査の依頼を出されまして、条件的に一人では厳しいのでどうしようかと思ってたんですが……」
「なにぃ!? そんな危険なクエストをルーク君だけで行かせるとは、ギルドは一体何を考えているんだ!?」
「……彼の実力であれば十分に達成可能な条件だと思いましたので、提示したまでの事ギルドとしては何ら落ち度はありません」
お互い一歩も引かず互いにいがみ合っている。
何故かは知らないのだが、この二人はよくこうしていがみ合っているのを見ることが多い気がする。
それについてルークは全く知らない事だが、ギルド職員として事務的に対応しようとするカリファーに対し、一人の女として「気安く自分の惚れてる男に話しかけるな」というナディアの個人的な感情による衝突だとは夢にも思っていない。
どっちが悪いかと言えば、完全に個人的な私情を挟んでいるナディアが悪いのだが、なぜかルークの事となると頑なに意見を曲げることがないカリファーにも問題がないわけではないのでこの場合どっちもどっちと言うところだろうか。
「……」
「……」
しばらく睨み合いが続いたが、僕が二人の間を取り持つとお互い引いてくれた。
だが、それだけで済むほど二人の仲はあまりよくなかった。
「ならわたしら【メテオストリーム】がルーク君を護衛するという形で付いて行くことにするよ。それなら文句ないだろう?」
「それはダメです。この依頼はあくまでもルークさん個人に対してギルドが指名する形を取っておりますので、仮にあなたがた【メテオストリーム】が随伴したとしてもギルドはあなた方に報酬を支払う義務はありません。そのようなことをなさる暇があるのなら、Aランククエストの依頼を消化していただきたいのですが?」
「ぐっ……」
ランクがB以上のクエストは一定期間中に同ランクのクエストを一つ受け依頼を達成しなければ、一つランクを落とされてしまうという規則が存在する。
ちなみにナディアたち【メテオストリーム】の冒険者パーティーは、未だノルマを達成していないためカリファーとしては早くAランクのクエストを受けて欲しいというのが本音だった。
「失礼します。クエストを受けるかどうか決めかねているのなら先に我々のクエストを受注手続きをして欲しいのだが?」
「マリアンナ!? いつの間にここに?」
二人のやり取りに気付かなったが、どうやら少し前から後ろで事の成り行きを見ていたようだ。
ナディアがマリアンナと呼称した人物は、ナディアと同じ冒険者パーティー【メテオストリーム】の副リーダーを勉めている人物だ。
青色の艶のある髪と黄色い瞳を持ち、女性として均整の取れた体はナディアと並んでも引けを取らない。
顔立ちも整っていて、少女としての面影を残しているナディアとは対照的に大人の魅力あふれる知的美人な人物だ。
具体的な年齢は以前聞いたことがあるが、「君は死にたいのかね?」という意味深な言葉を発し、結局教えてはくれなかったが、ナディアさんとそれほど歳が離れているという訳でもないので、僕の個人的なものとして漠然と二十代と認識している。
「ルーク殿、ごきげんよう。先に並んでいた君には申し訳ないのだが、こちらもノルマの期日が迫っているのでね、先にクエスト受注の手続きを行ってもよいだろうか?」
「ええ、全然構いませんよ。お先にどうぞ」
「すまない」
「待て、マリアンナ! わたしは聞いてないわよっ、リーダーであるわたしに断りもなく勝手にクエストを受けるなんて」
「何を言っているのだ、ナディア? いつもは私にパーティーの雑務を押し付けて好きかってやっているではないか? それともこれからはリーダーとして真面目に雑務をやってくれるのか?」
「ぐっ」
彼女のぐうの音も出ないほどの正論に反論の言葉が見つからず、唇を噛みしめるナディア。
マリアンナの言う通り、【メテオストリーム】の雑務のほとんどは彼女が担当しており、実質的に【メテオストリーム】は彼女の手腕で成り立っていっていると言っても過言ではない。
一方のナディアの仕事は、モンスター討伐系の依頼が多くなる高ランククエストで、その高い戦闘力での戦闘と人懐っこい性格のため面倒な交渉事を担当している。
この二つも決して蔑ろにしていいものではないが、マリアンナが常日頃から担当している地味な業務の方が重要度は高いため、ナディアはマリアンナに対し、頭が上がらないでいた。
「というわけで、このクエストを受けたいのだが可能か?」
「はい、Aランククエスト【エルダーファングボア】の討伐クエストですね。確かに受注しました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ではルーク殿、カリファー殿、我らはこれにて失礼する。行くぞナディア」
僕とカリファーに挨拶をすると、早々にクエストに出かけるためナディアの首根っこを掴んで引きずるように彼女を連れて行こうとする。
「ま、待て、待ってくれマリアンナ! わたしにとってこれは今後の人生に関わる重大なイベントなのだ。だから――」
「Aランクに残留するために必要なクエストを受けるというのも、今後の人生に関わる重大なイベントなのではないのか? それともまたBランクに降格になってもいいというのか?」
噂で聞いた程度だが、以前【メテオストリーム】はAランクからBランクに降格処分を受けており、何でもナディアが原因でクエストを受けられず、一定期間が過ぎてしまっために降格となったらしい。
ちなみに一度降格処分を受けてから、次の昇格試験を受けられるようになるまで最低でも半年ほどかかるため、なんとしてもノルマを達成したいというマリアンナの気持ちは分からないでもなかった。
「ナディアさんの今後の人生に関わる重大なイベントってなんでしょうね?」
「……さ、さあ」
誰にとも問いかけない僕の呟きに適当に答えを返すカリファーだった。
だが、そのイベントにルークが関わっているため、下手な事は言えずに黙っておくという選択を彼女は取ったのだ。
ナディアとはよく言い争っているが、腐ってもAランクの冒険者パーティーのリーダーを務めているため、実力としてはカリファーは彼女を認めている。
だがいくらAランク冒険者とはいえ、聞けるお願いと聞けないお願いがあるため、彼女とはよく衝突することが多いのだ。
そして、今回のルークに対しての指定クエストもまたギルドの思惑があっての依頼のため、それに他の冒険者を巻き込むわけにはいかなかったというのが理由としては大きい。
「コホン、そ、それでルークさん、依頼の件いかがでしょうか? できることであれば今回もソロでお願いできたらと考えているのですが……」
「わかりました。できる範囲でやってみます」
「そうですかっ、良かったです!」
こうして、再びギルド指名のクエストを受けることになったのだが、このクエストが後に重大な厄介事を引き起こす始まりになるとは、ここにいる誰も知る由もなかったのであった。
余談だが、実はマリアンナも密かにルークに対して、並々ならぬ思いを抱いており今回の一件はちゃんとした理由があったものの事あるごとにナディアのアタックを何度も潰していたのだ。
そのくせ自らは陰から彼を見守るだけという言わば親衛隊のような活動をしているため、ルークに思いを寄せる女の子にとっては邪魔もの以外のなにものでもなかった。
彼女曰く、「私のような地味な女が、彼の隣を歩くなどおこがましい」という事らしい。
マリアンナを弁護するわけではないが、彼女は決して地味な女ではなく超絶美人な女性であることを強く言っておこう。
刻一刻と問題が迫りくる中、ルークはクエストに出かけるための準備をすべくギルドを後にした。
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