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第一章

10話

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 あの後、僕が用件を伝えると親指を見せの方に向け「入りな」とぶっきらぼうに迎い入れてくれた。
 年の頃は三十代くらいの黒髪黒目の男性でこの人も店の外で大の字になって倒れている男と負けないくらいの体躯をしている。


「俺ぁこの店の店員をやってるガドっていうもんだ。兄ちゃんは?」

「初めまして、Dランク冒険者をしておりますルークと申します」

「はっ、なんだ兄ちゃんも冒険者か、それにしたってDランクにしては覇気がないぞ、飯食ってんのか?」

「ええ、人並みには一応」


 喧嘩をする人だから怖い人だと思ってしまったが、話してみると案外いい人な気がしてきた。
 そりゃそうか、何の理由もなく殴りかかってくる人なんて盗賊くらいなもんかと改めてそういう結論に至った。


「それで、今日は何が欲しくてうちに来たんだ?」

「そうですね、見ての通り些か防具が心もとないですので、いいものがあれば見繕っていただけないでしょうか?」

「確かに、言っちゃあ悪いがかなりお粗末なもんだな」

「ええ、本当に」


 今の僕の装備は、使い古した外套の下に申し訳程度に装備しているヨレヨレの革の胸当てと膝当て、それに町人が普段着で着ているようなズボンと麻のシャツというかなり中途半端な装備をしている。


 まるで町人が、年に一度の祭りの日に狩りに出かけてきますといった格好で、とてもではないが現役冒険者だとは本人である僕ですら思わなかった。


「ちなみにだが、予算はいくらだ?」

「銀貨5枚程度でお願いします」

「おいおい、それじゃあ新しい胸当てと膝当てくらいしか買えないじゃねえか。それじゃあ装備を新調するとは言えねえぜ?」

「ちなみに相場ってどれくらいなんですか?」

「そうさなあ……」


 ガドが言うには、大体しっかりとした革製の軽鎧を上から下まで一式揃えた場合、大体銀貨30枚から50枚、大銀貨換算で3枚から5枚くらいでさらに良質なものとなればその倍以上はするとのことだった。


「革の装備でも意外と高いのですね……」

「というよりも、兄ちゃんも冒険者の端くれならその辺りの相場くらい調べとけよっ!」

「いやはや、面目ない」


 僕ののらりくらりとした態度にため息を吐きつつも、嫌な顔一つせず情報を教えてくれる辺り、僕は彼に対して少なからず好感を抱いた。
 別にそっち系の感情ではないことは、今ここで全力を持って否定するが少なくとも悪い人ではないことは十分伝わってきた。


「わぁーった、とりあえず一式見繕ってやる。足りねえ分は出世払いつうことで支払期限を設けることにしよう。それでどうだ?」

「いいんですか? 仮に僕がクエストを受けてる最中に死んじゃったら損をするのはガドさんですよ?」

「まあそこは、Dランク冒険者である兄ちゃんの実力を信用するっつうことにしておいてくれ」

「なら僕もこの店を構えているガドさんの選定眼を信じますよ。下手な装備を選んで僕が死んだらあなたの責任という事で」

「兄ちゃんも案外口がうまいねぇー、そんなこと言われちゃあ半端なもんは見繕えないじゃないか」


 そう言いながらも白い歯を剥き出しにして笑う彼はどこか嬉しそうだった。
 まるで昔から仲のいい級友と出会ったかのような清々しい笑顔そんな気分にさせる笑顔だった。……まあ見た目は完全に怖い人だけど。


 それから店のバックヤードからいろいろと引っ張り出してきたガドは、ああでもないこうでもないと僕のために最適な組み合わせと思われる装備の組み合わせを選んでくれた。


 そして結構な時間をかけて選ばれた装備を僕は受け取り、早速着替えるためのスペースを借りて新しい装備を着てみることにした。


 着替えを終えて出てきた僕を値踏みするように頭のてっぺんから足のつま先まで視線を巡らせながら感想を述べる。


「へえー意外と似合ってるじゃねえか、それなら冒険者って言われても納得だぜ」

「……まるで今までの僕が冒険者じゃなかったっていう口ぶりですね」


 ガドが見立ててくれた装備は、【レッサーリザード】と呼ばれる主に荒野や砂漠地帯に生息する体長が50から70センチほどの灰色のトカゲで、その皮を使って作られた軽鎧だった。
 動きやすさを重視するために使われている装備は可能な限り軽量化されているため、本当に大事な急所部分を守る役割しか与えられていない印象を受けた。


 だがそれとは裏腹に、しっかりと作り込まれている感じが素人目でも歴然で、今までの装備していたものとは比べ物にならないほど良質なものであった。
 それぞれ胸当て、膝当て、ベルト、ズボン、手袋がレッサーリザード一式で統率され、さらに追加で鎖帷子を胸当ての下に装着することで無防備になっている個所を補強する形を取っている。


「ぐはははは、そりゃあんな装備を付けてる冒険者は駆け出しでもなかなかいねえからな、それよか良くあんな装備でDランクまでいけたなと褒めてやりたい気分だ」

「それって褒められてる気分がしないんですけど?」


 僕がそう反論するとまた白い歯を剥き出しにして「ぐははは」と笑うと右拳を左手に殴りつける仕草をしたあと支払についての説明をし始めた。


「それで肝心のその装備の値段だが、レッサーリザード装備が一式で大銀貨4枚だな。鎖帷子は残りの金をちゃんと払ってくれたら、おまけってことでタダにしといてやる」

「太っ腹ですね、じゃあとりあえずこれ」


 僕はそう言うと今持っている所持金で支払い可能な金額である銀貨5枚をガドに手渡した。
 これで残りの金額である大銀貨3枚と銀貨5枚が借金という形で今後支払う事になるわけだ。


 だが、以前に受けたクエストの報酬と【マーブルスライム】の買い取り金額である白金貨20枚が近々手元に入ってくるため、近日中には支払う事は可能だろう。
 ……てか改めて思ったが、白金貨20枚って途方もない大金だな。


「おう、できるだけ早めに支払ってくれるとこっちとしても有難いが、無理して死ぬんじゃねえぞ? 命っていうのは一つしかないんだからな」

「わかってますよ。できるだけ早く支払うので期待してて待っていてください」

「おう、じゃあ気ぃ付けてな」


 そうガドに言われ、僕はそれに答えたあと店を後にした。
 店を出てしばらく歩いたところで、ふとある疑問が頭を過った。


「そう言えば、【ブルーノ武具店】っていう名前なのになんで店主の名前がガドなんだろう?」


 ふとした疑問だったが、前の店主の名前がブルーノでその店を引き継いだガドが前店主に敬意を表して店の名前をそのままにしたと結論に至った。
 まあそういった細かい疑問は頭の隅に追いやるとして、これでまともな装備を手に入れることができた。今はそれでよしとしよう。


 まだ時間的には昼前だったのだが、ラルドが作ってくれた弁当を食べていないことを思い出し、それを食べながらしばらく街を散策した後、少し時間は早かったが宿に戻ることにした。


 余談だが、ラルドの作ってくれた弁当は魔物の肉をパンに挟んだサンドイッチでとても美味であった。





「ああ、ルークさんお帰りなさい。お早いお帰りですね。クエスト受けなかったのですか?」


 宿に戻った僕を出迎えてくれたペロットから放たれた第一声だった。
 どうやら僕が早めに帰ってきたことに不思議に思い、クエストを受けなかったと彼女の中で結論付けたらしい。


 まるで小動物のように小首を傾げる様を見ていると思わず頭を撫でたくなるが、先ほどからラルドが厨房の入り口からこちらを睨みつけていたため辛うじてその衝動を抑えた。


「ぐぬぬぬ、おのれうちの娘とイチャイチャしおってからに……」

「あなたそんなところで一体何してるのかしら?」


 ラルドが厨房の入り口の柱を掴みルークを睨みつけていると後ろから見知った人物から声を掛けられた。


「なんだ、お前か」

「最愛の妻に向かってなんだはないでしょ、なんだは。それともわたしのことなんてもう眼中にないと……?」

「はっ! そ、そそんな事は、なな、ないぞ……俺は今でもお前の事を……」

「まあ! ルーク君帰ってたのね!!」

「ぶべらっ」


 ラルドがローラの殺伐とした雰囲気を敏感に察知し、取り繕う様に言い訳を開始するのと、ローラがルークの帰還に気付き彼の元に走っていくのがほぼ同時であったため、ローラにとってルークの元へたどり着く障害物にしかならなかったラルドを突き飛ばす形となってしまった


「ああ、ローラさんただいまです。今帰ってきまし――ってラルドさん!? どうしたんですか?」


 今のラルドの状態は自分の妻であるローラに突き飛ばされ壁に頭だけが突っ込んでいる状況となっていた。
 彼にとって運が悪かったのは、ローラに突き飛ばされた壁がたまたま厚みが薄い木材が使われていたことで勢いを殺しきることができず、頭が壁にめり込んでしまったことだろう。


「うー、うぅー」


 おそらく救助を求める声なのだろう。ラルドが懸命に木造の壁にめり込んだ自分の頭を引っこ抜こうと必死にもがいている。
 僕はすぐに彼に駆け寄ると、「今すぐ助けますから」と一声掛け壁からラルドを救出した。
 その時に壁を少し破壊する形になってしまったが、彼を助けるためなので仕方がないと割り切ることにした。


「はあー、はあー、はあー」


 壁から必死に抜け出そうとしてもがいたせいだろう、額に汗をかきながら荒い息で呼吸するラルドに僕は安否確認をする。


「ラルドさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、すまない」

「いえ、ラルドさんが無事ならそれで結構ですが、この壁ってどうするんですか?」

「え?」


 そこにはぽっかりと直径25センチほどの穴がぽっかりと開いており、異様な存在感を放っている。
 この宿はラルドが大枚をはたいて漸く手に入れた彼にとっては金銀財宝にも等しい存在だった。
 それが営業開始から十日も経たないうちに傷物になってしまったことに彼自身その事実を受け入れることができずしばらく放心状態が続いていた。


「……お、俺の、や、宿が……お、俺の、た、宝が……」

「あ、あのー、ラルドさん?」

「そんな、ま、まだ十日くらいしか経ってないのに……」

「あのローラさん、彼は大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、気にしないでいつもの事だし、それと修理代とかは気にしないでいいわよあの人が壊したんですから」

「そ、そうですか。じゃあ僕は夕飯の時間が来るまで部屋で休ませてもらいますね?」

「ええ、ごゆっくり」


 僕はローラに挨拶をしてその場を後にした。
 部屋に戻る途中でペロットとも挨拶を交わし、自分が泊っている部屋へと戻っていった。


 その後部屋のベッドで横になり、少し仮眠を取った後食堂に行くとそこには釘で打ち付けられた板によって穴が修復されていたが、なぜかラルドとローラの頭に大きなたんこぶが三つほどできていた。


 そのことをペロットに問い質すと「さあ? 変な事ばかりしてるので神様の神罰でも受けたんじゃないんですか」という返答をいただいたのでそういう事にしておいた。
 いろいろと追及したい気持ちはあったが、触らぬ神に祟りなしという言葉に従い深くは追及しなかった。僕は基本的に厄介事には巻き込まれたくない事なかれ主義なのである。


 その後、美味しい夕食に舌鼓を打つとそのまま寝る準備を整えすぐに眠りについた。
 この短い間にいろいろと興味深い出来事が襲ってきたが、とりあえずパーティーを追い出された直後と比べて、ソロで活動していく目途は立ったと思う。
 この調子でコツコツとクエストをこなしていくと心に決め、僕は意識を手放した。
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