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25話「お貴族様が襲来するみたい」
しおりを挟む「ということで二人とも、次の街に行こうと思うんだけどどうかしら?」
姫の何の脈絡もない一言に、ミルダとミャームは首を傾げる。それを見た姫は、自分が彼女たちに何の説明もしていなことに思い至り内心で苦笑いを浮かべる。
貴族の手から逃れるためリムの街に来て一月が経とうとしているこのタイミングで、なぜ姫が二人に拠点を別の街に移すことを告げたのか、それには理由が存在した。
まず現実的な問題として、現在間借りしている家の契約が切れてしまうため、次の家賃を支払わなければならない時間が迫っていたからだ。
金銭的な支払いについては問題ないのだが、拠点を移すとなれば契約切れによる更新をする必要はない。
次の理由としては、ミルダの身体的な問題についてだ。現状ミルダの体は右腕が欠損した状態となっており、五体満足な状態ではない。
それを何とかするためには、上級ポーションまたはそれに準ずる回復魔法の習得が必須となってくる。
この一月で姫自身も上位の回復魔法習得のため魔法の研究を行ってきたが、残念ながら習得には至っていない。そのため、さらなる上位の回復魔法習得法の情報収集と上級ポーションの情報が手に入る街に移動する必要が出てきたのだ。
最後の理由としては、現在姫が所持している【アイテム袋】の性能についてだ。
現在彼女が所持するアイテム袋は、時間経過による劣化が軽減されるタイプのものを使用しているが、それでも三日で腐ってしまう食べ物を五日程度に伸ばすほどしか効果を発揮しない。
姫が欲しているのは、完全時間停止の施されたアイテム袋なのだが、入手できるのは稀で高難易度のダンジョンで手に入れたらしいという噂が流れてくる程度の情報しかない。
そんなわけで、ここ一月の間に街の住人や商業ギルドなどで情報収集をした結果、リムの街から馬車で二週間程度の場所にダンジョンのある迷宮都市があり、そこでなら目的の上級ポーションとアイテム袋が手に入るかもしれないという情報を得られた。
思い立ったが吉日とはよく言ったもので、三人はさっそく行動を開始した。
まず彼女たちが向かった先は馬車を取り扱う店で、迷宮都市に向かうための個人用の馬車を購入しようということになった。実際に乗車するのは姫とミルダとミャームの三人だが、今後新たな仲間が増えるかもしれないこととスペースに余裕を持たせたいという理由から四人から五人用の馬車を購入する運びとなった。
ちなみに馬車の売っているお店に向かう前、商業ギルドのギルドマスターであるヘンドラーに街を出る旨を伝えるついでに馬車の店の紹介状を書いてもらっていた。
その紹介状が効いたのか、本来の価格が50万ゼノのところを40万ゼノに値引きしてもらった。この時姫は「持つべきものは、ギルドマスターだね」と内心でほくそ笑んだとかいないとか……。
馬車の購入後、保存食など旅立ちに必要な物資と親しくなった人たちに挨拶を済ませ最後の宿泊となる家に帰還すると、家の庭先に豪華な馬車が停まっていることに気付く。
何事かと思い家の方に向かって行くと、そこにいたのは貴族の格好をした恰幅のいい中年男性とそれに従う細身の執事らしき男性の二人組だった。
「遅い! 一体どこに行っていたのだ!!」
「……誰ですか?」
見知らぬ男が、いきなりケンカ腰で怒鳴り散らしてくる対応としては適切な反応を姫は見せた。だが、貴族という存在は得てして常識や人として当たり前のことができないものであるからして――。
「そんなことはどうでもよい! 貴様、商業ギルドにポーションを卸している薬師の女だな?」
「……だったらなんだというんです?」
名乗りもせず不躾に用件を述べてくる態度に内心イラッとしたが、早くこの馬鹿とのやり取りを済ませてしまいたいという思いが先行し、姫は男の目的を手早く聞き出すことを優先する。
剣呑な雰囲気を纏いだしたミルダとミャームを宥めつつ、頭の中でどうすべきか考える。
そんな中、男はただでさえ出っ張っている腹を、これでもかと言わんばかりに突き出すように背筋を伸ばしながらあくまでも不遜な態度で言い放った。
「喜べ、この栄えあるマディソン男爵家の専属薬師にしてやろう。これからはわしのためにポーションを作るのだ!」
「……」
男が何を言っているのか、姫は理解できなかった。否、言葉自体は聞こえていたのだが、その意図や意味がわからなかったのだ。
商業ギルドでポーションを卸す際のメリットの一つとして、王侯貴族に対する牽制ができるというものがある。アラリスの街では商業ギルドを通さず、薬屋やトルネルコ商会といったギルドとは別の場所での取引をしてしまったために、欲深い貴族に目を付けられ街を追われる結果となってしまった。
それを踏まえ、リムの街では手数料は取られるがしっかりと商業ギルドと取引をしようと、期限付きだがちゃんとした契約書も作製しているのだ。
そして、商業ギルドではギルドと契約している人間を個別に勧誘したり、職人や生産者に直接商品の注文をすることはよほどの理由がない限り基本的には禁止されている。
そういったことを行いたい場合、契約している人物と商業ギルドの職員が同席の上で交渉を行わなければならないのが決まっており、それに背いた場合勧誘してきた者はもちろんのこと場合によっては契約している人間にも何かしらのペナルティを課せられることすらある。
つまり、今目の前にいる男はそんな決まりがあることを知っているにも関わらず、直接ポーションの製作者である姫に交渉を持ちかけてきているということになるのだ。
「旦那様、こちら契約書になります」
「うむ」
「それにしても、新しい薬師が見つかってようございました。アラリスの街では有能そうな薬師に逃げられてしまいましたから」
「このわしに仕える機会を逃すとは、まったくもって運のないやつだ」
(あたしがアラリスを出て行くことになった原因はこいつらかあああああああ!!!!)
彼らのやり取りの中で身に覚えのある会話が聞こえてきたため、その内容が自分のことだと即座に理解した姫は、叫びたいのをグッと堪え心の中で雄たけびを上げる。
そして、貴族の男が契約書を差し出してきたタイミングで、姫は反撃に出た。
「お言葉ですが、あたしは商業ギルドと契約を交わしている人間であることは理解できていますか?」
「それがなんだというんだ? 商業ギルドと契約するより、我が男爵家に仕えた方がよっぽど名誉というものだ」
「わかっていないので説明しますが、商業ギルドと契約を結んでいる人間を勧誘する場合、商業ギルドの職員立ち合いのもとで行わなければなりません。それを破れば罰則を受けることになります」
「そんなことわしの知ったことではない! いいから黙ってこの契約書にサインすればいいのだ!!」
姫の言葉を無視して、男は契約書を押し付けてくる。その際チラッと契約の内容が見えたが、その内容はどこのブラック企業だと突っ込みたくなるほどの酷な労働条件だった。
そのあまりにも高圧的でこちらを見下した男の態度にさすがの姫も堪忍袋の緒が切れる寸前だったが、彼女よりも先に怒りが爆発した人物たちがいた。
「我が主を愚弄するとは、その罪万死に値する! 死んで詫びろ!!」
「ご主人に謝るニャ!!」
「ぐべぼらっ」
姫が止める間もなく、気付いた時にはミルダの左ストレートとミャームの右の前蹴りが炸裂していた。ただでさえ身体能力の高い亜人にも関わらず、主人である姫を馬鹿にされたことによる怒りにより手加減なしのナチュラルなパワーが男に直撃してしまい、まるでボールのように弾き飛ばされる。
「だ、旦那さまぁー!?」
あまりの事態に執事も困惑していたが、ボロボロになりながらも何とか立ち上がった男に駆け寄り安否の確認をする。
「き、貴様らぁああああ! わしにこんなことをしてただで済むと思っているのかあああああ!!」
「どうやら、まだ殴り足りないようだね」
「シャー、ニャーの爪の餌食になりたいのかニャー?」
ミルダとミャームの仕打ちに激昂する男だったが、二人の怒り顔に次第にその勢いも尻すぼみになっていき「覚えていろ、このわしをこんな目に遭わせたことを後悔させてやるわ!」という捨て台詞と共に逃げるようにその場から去って行った。
一方の姫は目まぐるしい展開に置いてけぼりを食らった感覚に陥っていたが、起こってしまったことをかみ砕き次の行動に移る。
「あなたたち、とんでもないことをやってくれたわね」
「も、申し訳ございません!」
「ご、ごめんニャー」
「もういいわ。あなたたちが動かなくても、最終的にあたしがぶん殴ってたと思うから。それよりも、状況が変わったから今から街を出るわよ。すぐに支度して!」
紆余曲折はあったものの、急な旅立ちとなってしまったのである。
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