25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号

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15話「ペナルティを与えるみたい」

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 受付嬢の女性と共に商業ギルドへと戻ってきた姫は、彼女にギルドマスターを呼んでくるように指示を出した。


 その間に他のギルド職員の案内で応接室にて待機していると、しばらくしてギルドマスターのヘンドラーがやってくる。


「これはこれは姫殿、本日は私に何か用があるとのことだが、なんだね?」

「実は……」


 ギルドマスターがやってくるなり、姫は事の顛末を全てヘンドラーに説明した。姫が説明をするにつれ、ヘンドラーの顔が歪んでいくのがわかった。


「ということがあったのだけれど、これは常習的に行われていることなのかしら?」

「そ、そのようなことは決して――」

「そんなことはどうでもいいの。問題は本来伝えるべき情報を故意または過失で伝え忘れたという所にあるわけで、それによって商業ギルドの信頼が損なわれてしまったということにあるわけ、お分かりかしら?」

「そ、それはもちろんだ。おい、誰かいないか!? 誰かパメラを呼んで来い!!」


 姫の有無を言わせぬ雰囲気に事の重大性を理解したヘンドラーは、当事者である受付嬢を他の職員に呼んでくるよう指示する。


 しばらくしてやってきた受付嬢ことパメラに対し、ヘンドラーは姫から聞いた内容が真実かどうか問い質した。


「お前は自分が何をやったのかわかっているのか!?」

「わ、私はただギルドのためを思って――」

「いい加減にしろ! その行いがギルドの信用を損なう行為だという事に何故気付かないんだ!?」


 それからしばらくヘンドラーとパメラの詰問と釈明の応酬が続いたが、これ以上は無駄であると判断した姫が口を挟んだ。


「ヘンドラーさん、あたしは別に自分が騙されたことに対してはそれほど怒ってはいないの。ただ、こんなことが今後も続くようなら商業ギルド自体の信用問題にも関わってくるし、あたしも今後商業ギルドとの関係を考え直さなければならなくなってしまう……この意味わかるわよね?」

「も、もちろんだ」


 姫の圧倒的な雰囲気に、ヘンドラーは辛うじてそう答えるしかなかった。


 彼女が何を言いたいのか概ね理解できていたからだ。今後も同じことをすれば、ポーションの取引自体を白紙に戻され、二度と納品はしないという強迫にも似たことを言っているということも。


 だからこそ、ヘンドラーはギルドマスターとして間違った対応はできない。それは商業ギルドの信用としても、一つの大口の契約がなかったことになるという意味でもだ。


 この世界においてポーションを作れる薬師の地位は高く、貴族でも専属で契約している薬師は決して多くはない。


 だからこそ、ここで姫にポーションの納品を断られることは、商業ギルドとしてはなんとしても避けなければならなかったのである。


「そこで今回の失態に対する償いという意味でも、あたしからいくつか提案があるのだけれど、どうかしら?」

「き、聞かせていただこう」


 姫に対してどのような形で償うかをヘンドラーが頭の中で考えていたその時、姫が意外にもある提案をしてきた。


「現在あたしはとある物件の一月分の家賃として、十五万ゼノをそこにいる彼女に支払ったわ。でもその物件には、今日用品や家具などがまったく揃っていないのよね。もともと商業ギルドに頼むつもりだったけど、あたしが払った十五万ゼノを使って不足している家具を揃えてちょうだい」

「そ、それは……」


 姫の提案を聞いて、ヘンドラーは返答できずにいた。つまり彼女が何を言いたいのかといえば、家賃をタダにしてもらいかつ家具も揃えろというものだったのだ。


 ヘンドラーが返答に困っている中、さらに姫はこうも続けた。


「で、それだと商業ギルドが家賃分の十五万ゼノをタダにしているのと同じになるからその分損が出るわよね? だからその十五万ゼノをそこにいる彼女に支払ってもらうっていうのはどうかしら?」

「っ!?」

「そ、それはいくらなんでも無理が」

「無理じゃないわよ。どの道今回の件で彼女は何かしらの罰を受けることになるわけでしょ? だったら自分で出した損害は自分で補填させるべきよ。それに何も一括で支払えって言ってるわけじゃないのよ?」

「ど、どいうことだ?」


 パメラは、自分の仕出かしたことで生じた十五万ゼノを肩代わりさせられることに顔を青くし、ヘンドラーは姫の説明で不明慮な点があることに疑問の声を上げる。


 そこからさらに細かい姫の説明が続いた。彼女の説明としてはごく単純なもので、所謂一つのローンというものである。


 パメラの月の給金の一部を借金返済として差し引き、それを長期間に渡って続けるというものであった。


「彼女の給金がいくらか知らないけど、例えば一月の給金のうち250ゼノを差し引いて支払い、その金額は借金の返済分に充てる。そうすることで一年間で支払う金額は3000ゼノになるから、あとはそれを50年続ければ十五万ゼノを返せるわ。簡単な話でしょ?」

「そ、それは……」

「いくらなんでも無茶では?」

「なら彼女の処遇はどうするの? こんなことを仕出かしてこのまま商業ギルドに置いておくなんてことはできないだろうから、当然解雇になるわよね? 商業ギルドを解雇されたなんて話が広まったら、まともな職に就くなんて難しくなると思うのだけれど? だったら、あたしの提案に従って、十五万ゼノを払った方がまだマシだと思うのはあたしだけなのかしら?」

「「……」」


 姫の冷静な言葉に、二人ともぐうの音も出ない。ヘンドラーとパメラの二人が押し黙ってしまった理由はただ一つ、姫の言っていることが正しいからだ。


 商業ギルドという場所は、信用というものが重要視される。その中で信用を損なうことをした者は、当然ながらそのまま雇い続けることはできないのである。


 さらに一度商業ギルドを解雇された者は、信用のない者としての誹りを受け、まともな職場で雇ってもらうことは難しくなってしまう。


 そのことに思い至った二人は、姫の言っていることに反論できなかったという訳なのだ。


「それでどうするの? あたしはどっちでもいいわよ。あたしの提案を受け入れて彼女が借金を支払っていくか、提案を拒否して彼女はくび、あたしとの取引もなかったことにするかのどっちかをね」


 姫の問い掛けに、二人は複雑な表情を浮かべる。もはやヘンドラーとパメラにとって取るべき選択肢は一つしかなかったからだ。


 偽りのジレンマという言葉がある。それは一見正しそうで実は理不尽な選択を強いられているというもので、例えるならコンビニの発注ミスがそれに当たる。


 店長の指示で発注したにも関わらず、発注ミスを指摘され店長に「お前が責任とって全部買い取るか、損失分次の給料から減給するか、どちらか選べ!」と言われてしまうが、どちらの選択にせよ自分が弁償しなければならないという理不尽を強いられている。


 今回の場合もその偽りのジレンマに相当するように見えるのだが、姫の言っていることは至極まともなのだ。


 ミスを犯したパメラに借金を肩代わりさせるか、責任を取って辞めさせるかという二択を迫っているだけなのだから。


 結局パメラ自身が借金を背負うという形を取り、このままギルドに残るという選択に落ち着いたのは言うまでもない。


「ヘンドラーさん、今後彼女にそれなりに重要な仕事を割り振ってあげてね」

「え?」

「それはどういうことだろうか?」

「彼女が出世すれば、その分給金も上がるだろうし、それならすぐに借金も返せるでしょ。これから忙しくなると思うけど頑張ってね」


 そうパメラに言うと、家具はできるだけ早めに届けてねと最後に言葉を残し、姫はその場をあとにした。残された二人はただ姫が去っていくのを呆然と見送るしかなかったのであった。
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