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第十六章 秋雨の暗躍と商業ギルドの追及
175話
しおりを挟む「ふぉふぉふぉ、だいぶ話が難航しておるようじゃの」
「ギ、ギルドマスター」
(とうとう親玉の登場ってとこか)
場の空気を変えるように白髪白髭の老人が姿を見せる。ジェイドの口からギルドマスターという言葉が出てきたことで、秋雨はその人物が商業ギルドのギルドマスターであることを察する。
「お初にお目にかかる。わしがこの都市の商業ギルドの全権を握るベラバザールという爺じゃよ」
「エチゴヤだ」
「どうやら、うちの部下が迷惑を掛けたようじゃ。あいすまぬ」
「では、木材の納品は今まで通りでいいということだな?」
ベラバザールの謝罪を受け入れた秋雨は、確認事項として木材の納品について問う。すると、なんの淀みもなくベラバザールは即答した。
「もちろんじゃ。現時点で木材の相場に変化はない。よってお主の納品に制限をかける必要はない。じゃが、今後本当に木材の相場が変化するというのならば、その限りではないがの」
「……そうか、それを聞いて安心した(この爺なかなかのやり手だな)」
今のやり取りだけで秋雨はベラバザールがやり手の人間であると感じた。現時点で木材の相場に変化がない以上、ギルドが一個人に対して納品の制限を設けることは難しい。ベラバザールもそれは理解している。
だが、仮に木材の相場に変化があった場合はジェイドの言った通り納品に制限をかけさせてもらうと暗に伝えており、そうすることで部下である彼の判断が必ずしも間違ってはいないということを強調する結果となった。
これ以上この場に留まれば、根掘り葉掘り聞きだされそうな雰囲気を感じ取った秋雨は、早々にこの場を去ろうとする。
「話は終わりだな。では、俺はこれで失礼する」
「今後ともよろしく頼むぞい」
なにやら、ベラバザールの言葉に含みがあるのを感じながらも、今は彼から距離を取ることを優先し、逃げるように秋雨はその場から離れたのであった。
「ふう、あれが例の小僧か。確かに、一筋縄ではいかんようじゃの」
「あのまま帰してしまってもよろしかったのでしょうか?」
秋雨がその場からいなくなると、ベラバザールが相手の印象を漏らす。ジェイドが問い掛けると、笑いながらこう答えた。
「途中から聞いておったが、どうせ追及したところで上手くはぐらかされて終わりじゃ。それに小僧の口から言っていたではないか。今回の一件の首謀者が自分であると疑うのなら、それを決定づける証拠を出せと」
「確かにそう言っていましたが、そんな証拠があるのでしょうか?」
「まあ、まずないじゃろうな。だからこそ、あんな強気な言葉が出てくるのじゃ」
「どうするんです?」
ジェイドの問いに、ベラバザールはしばらく顎鬚を弄りながら思案に耽る。今回の首謀者が少年であるという決定的な証拠がない以上、追及したところで彼が認めるとは思えない。
だが、逆を言えば証拠さえ提示することができれば、言い逃れができない状況となり、認めざるを得ないということを意味している。
「ジェイドよ。実際に商品を売っている人間と接触できたか?」
「いえ、未だできておりません。複数人の孤児であることは把握しているのですが」
「ふむ、この都市の地図はあるかね?」
ジェイドの言葉を聞いたベラバザールは、彼にウエストリアの地図を持ってこさせる。そして、その地図に赤いインクで丸を囲んでいく。一通り丸を付けると、ベラバザールの説明が始まった。
「よいか、この丸で囲ったところがハンガーを買った人間が住んでいる場所じゃ。なにか共通点があるじゃろ」
「スラム街の周辺ですね」
「そうじゃ。それと、買った人間じゃが、そのほとんどが家を預かる女衆に限定されている。女衆には独自の情報網があるからの。その情報網から、ハンガーの情報が出回っている。そして、おそらくじゃが孤児たちが客として相手をするのは、一度ハンガーを買った人間が紹介した相手か情報を漏らさない口の堅い人間に限定される」
「となってくると、次に孤児たちが出没する場所はそれなりに絞れますね」
ウエストリアはそれなりの商業都市ということもあってその規模もかなり大きい。しかし、孤児たちがターゲットとしている人間には限りがあるため、そろそろどこに出没するのかが絞れるようになってきていた。
「孤児たちが出没するであろう場所に何人か人を送れば、孤児たちと接触することは難しくはないじゃろ。問題は」
「こちらの話を聞いてくれるか、ですね」
そう、ハンガーを売っている孤児たちに接触することは可能だ。だが、問題はこちらの話に耳を傾けてくれるかである。
ここまで徹底した限定販売が行われていることから、当然首謀者がそういった販売方式を取るように指示を出した可能性が高い。そして、その目的は表沙汰にならないよう秘密裏に取引させるところにある。
基本的に商売をする際、商業ギルドに登録しその資格を使って商いを行うことになっている。だが、冒険者とは異なり商業ギルドの資格を手に入れるにはちょっとした試験をクリアしなければならない。
そして、商業ギルドの資格で許可されている商いは露店や店舗であり、特定の販売場所を必要としない訪問販売だとギルドの許可がなくても商いを行うことができる。
もちろん、行商人などある一定以上の量を取り扱う場合はその限りではない。だが、孤児たちが取り扱っている十や二十という小規模な取引であるならば、ギルドの許可がなくとも販売することは可能なのだ。
行商人レベルの商いとなれば、ギルドとしても咎めることができるかもしれない。しかし、子どもの小遣い稼ぎ程度の利益、それも孤児たちにとっては日々の糧を得るためのそれこそ命懸けの行動であるのだ。
それを禁止することはできず、もし仮にギルドが動いたとなればギルドを利用する商人やそれ以外の一般市民にすら白い目で見られることになるのは想像に難くない。
だが、ベラバザールもジェイドも孤児たちが行っている商いをギルドが管理する規模で行えば、莫大な利益が出ると考えていた。だからこそ、そんな儲け話を見過ごすなどいち商人としてはできないのである。
「まあ、そこは話をしてみんことにはなにもわかるまいて」
「わかりました。人を使って孤児たちに接触させます」
という具合で話がついたのだが、結局ギルドの人間が孤児たちから話を聞けることはなかった。
ベラバザールやジェイドも気づいていなかったのである。自分たちが対峙した少年が、恐ろしいほどまでに警戒心が強い人間であるということを……。
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