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第十五章 商業国家マセドニア編

172話

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 数日後、とある商会の代表とその関係者がウエストリアの都市から一掃された。表向きは禁止されている裏取引の証拠が出てきたため、商会の悪事が暴かれたということになっているが、その実情は誰も知らない。


 事情通の話では、誰かが商会が不正な取引を行っている証拠をリークしたという噂がまことしやかにささやかれているが、一体誰がリークしたのかまでは掴んではいなかった。


「まあ、俺なんだけどな」


 その人物が誰かは言うまでもなく秋雨であり、その商会の情報をリークした手口も実に単純なものだ。


 商会の代表の部屋に忍び込み、不正取引の証拠となる書類を兵士の詰所にこっそりと置いてきただけなのだ。


 その証拠をもとに兵士たちはさっそく商会に抜き打ちの調査が入り、詳しく調べてみたところ、他の証拠も出てきたため悪事に関わったすべての人間が御用となったのだ。


 そして、厳正な取り調べの結果、動かぬ証拠と本人の自白によって罪が確定し、商会の代表は死罪となり、悪事に関わった人間も数十年という重労働の刑罰が課せられることとなったのであった。


 これでレイチェルの邪魔をする者はいなくなり、彼女がこの都市を出て行く必要はなくなった。


「では、約束のものをいただこうか」

「いきなりやってきてなによ?」


 さっそくレイチェルの店を訪れ開口一番秋雨が宣言すると、胡乱な表情を浮かべた彼女が出迎えた。彼女としても、本当に自身の悩みの種であった問題を解決してくれるとは思ってもおらず嬉しい誤算ではあった。しかし、だからといって、その対価が自分の体であることに納得はしていない。


「助けてくれたことには感謝しているわ。でも、だからといって私が体を差し出す必要はないわよね」

「そうだな。だが、あんたは俺に救われた。それに対して言葉だけの礼で済むほど、今回の件は軽いものだったのか?」

「……」


 それを指摘され、途端にレイチェルは押し黙る。彼女自身が決して軽い問題ではないと考えていたからだ。


 あのまま秋雨がレイチェルを助けなければ、間違いなくカエル男に手籠めにされていたことは明白であり、その後の顛末も決して明るいものにはならなかっただろうことは想像に難くない。


 それを理解しているからこその沈黙であり、秋雨もそれについてはしっかりとわかっている。


「俺もあのカエル男みたいな要求をするわけじゃない。ただそのおっぱいを好きにさせてくれと言ってるだけだ。あのままカエル男の愛人になってたことを考えれば大したことはないと思うが?」

「……」


 それもまた正論である。生理的に受け付けない男に自分の体を好き勝手されるくらいなら、今目の前にいる少年にどうこうされることなど天と地ほどの差があるというものだ。


 どちらにせよ、彼には何かしらの形で礼をしなければならず、そしてそれは彼が望んでいるものを差し出す方がより望ましいのは明らかである。


「……ほんとに胸だけよ? それ以上のことはしないわよ」

「十分だ。逆にそれ以上やってしまうといろいろと面倒だからな」

「……そう。じゃあ、お好きにどうぞ」


 秋雨の言葉にそれはそれでどうなんだという思いを抱くレイチェルであったが、今目の前にいる少年にそのことを言ったところで意味はないと気を取り直し、大人しく彼のされるがままになることにした。


「では、遠慮なく。……ほほう。これはなかなかのもので」


 そこから、ゆっくりと時間をかけ秋雨はレイチェルの胸を吟味していった。最初は嫌々ながら彼の行為を受け入れていた彼女であったが、やはりそういったことに慣れてきたのか、最後にはしっかりとその気になっていた。


「うむ、余は満足じゃ」

(え? うそ。ここでやめるの? こんな中途半端なとこでやめられたら、ただの生殺しじゃない……)


 満足そうな顔を浮かべる秋雨に対し、未だ消化不良な感情をレイチェルは内に抱く。かといって、それを表に出せばそれこそカエル男と同じになってしまう。


 そんな彼女の思いとは裏腹に、彼女の胸を一通り堪能した秋雨は、そのまま店をあとにした。残されたのは、ようやくエンジンがかかりはじめたレイチェル一人であり、誰もいない店内で彼女の呟きが響いた。


「やるなら、最後までやりなさいよ」


 それから、店を臨時休業した彼女がそのあとなにをしていたのかは言うまでもない。その日レイチェルの店の前を通った人間は、そこから艶のある女性の声が聞こえてきたと証言した。


 それが彼女のものだったのか、それとも人々の幻聴だったのかは定かではないが、少なくともレイチェルが秋雨に弄ばれた事実を知る人間からすればそういう顛末になることは想像に難くないと理解できることだろう。


 こうして、その日自身の欲求を抑えることに一日の大半を使う羽目になってしまったレイチェルだったが、彼女としても久々に楽しめたようで、結果的には丸く収まる形となったのであった。








「これで、問題は解決したことだし、木を切ってみようか」


 レイチェルの店をあとにした秋雨は、まだ時間があるということで、商業ギルドで手に入れた木こり業者の資格を利用して木材を入手することにした。


 都市の外に出て兵士から聞き出した場所へ向かってみると、そこには木材場と書かれた看板が見えてくる。


 そこには、鬱蒼と茂った森が広がっており、木材となる大木が所狭しと生え揃っている。


「坊主、ここへなにしに来た?」


 そんな秋雨に声を掛けてきたには、筋骨隆々な肉体を持つドワーフだった。訝し気な表情を浮かべながらその髭を撫でつける様子は堂に入っており、いかにも職人といった具合だ。


「ここは木を切る場所だろ? だったら、目的は一つだろ」

「ならギルドからもらったカードを見せてみろ」

「ん」


 別段隠すことでもないため、秋雨はドワーフにカードを見せる。それでようやく彼が木を伐りに来たと理解してくれたのか、警戒心を解いた。


「すまねぇな坊主。たまに、木こりの資格がねぇのに勝手に木を切ってく連中がいてな。だから、こうして見張ってるんだ」


 それから、簡単な木材場のルールを教えてもらい、秋雨はその場を離れる。


 木材場では、できるだけ奥にある木から伐採していくルールとなっているが、たまにモンスターが出るため、無理はせず可能な限りということになっている。


 伐採可能な木の本数は木こりのランクによって制限が設けられており、一番下のランクだと一回の作業で最大十本までだ。


「なになに。冊子に付属されている斧で木を切り、さらに付属の魔法鞄に切った木を収納するか。至れり尽くせりだな」


 ギルドからもらった冊子に付属品として木を切るための斧と切った木を収納するための魔法鞄があり、それを使うことで多くの木材を手に入れることができるようになっている。


 しかも、魔法鞄は冊子と紐づいており、仮に奪おうとしても一定距離を離れれば冊子を持つ人間の手元に戻り、その魔法鞄自体も木材以外のものを入れることもできない仕様になっているようだ。


 そして、冊子自体は木こりの業者資格と紐づいており、仮に冊子を奪われてもその冊子自体資格を持つ者の手元に戻る仕様となっている。これならば、魔法鞄と冊子の両方を奪われても問題ない。


「さっそく切っていこうか」


 入り口からある程度離れた場所まで移動すると、秋雨は手頃な木を見つけて木を切りはじめる。“コンコン”と小気味いい音を立てながら斧を入れていき、それを何度か繰り返すと木が傾きはじめた。


「よし、まずは一本だな」


 いとも簡単にやってのけている秋雨だが、木を切るのには相当な体力が必要であり、たとえ一本であろうとも相当な重労働になる。


 だが、化け物染みた体を持つ彼にとっては特に苦になることはなく、あっさりと木を切り倒してしまった。そして、まるで何でもないように一本、また一本と木を切っていき、気づけば最大本数の十本まで切り終えてしまった。


「よし、戻ろう」


 それからやることのなくなった秋雨は、早々に作業を切り上げ商業ギルドで成果を報告する。職員もまだ若い秋雨が十本もの木を切って戻ってきたことに訝し気な様子だったが、特にルール違反をしているわけではないため、特に突っ込まれることはなかった。


 ちなみに、木こり業者は手に入れた木材のうち一割を自分のものとしていいらしく、今回は木一本分まるまる秋雨の取り分となる。


 そして、木こりとしての報酬も受け取り多少懐が潤った秋雨は、満足げに商業ギルドをあとにしたのであった。
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