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第十四章 三つ目の国 寄り道編

155話

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「ぐはっ」

「な、なんだ!? 何が起きて――ぐふっ」

「お、お頭!? 一体なんなんだこれはぁー!?」


 秋雨が王都マギアクルスから旅立って早五日が経過しており、ペースとしてはだいぶゆっくりとしている。その原因として、道中の盗賊たちの駆除があった。


 命の軽いこの世界では盗賊による犯罪が横行し、旅人や行商人に被害が出ている。すべての盗賊を成敗するつもりはないが、相手を殺さないように無力化する実験と称して、秋雨は目に入った盗賊たちを積極的に狩っていた。


 たまに女性の混じった集団に出くわすこともあり、助けた報酬に気づかれないよう彼女たちの胸をタッチするという行為を繰り返してはいるものの、それ以上のことは行っておらず、そういった意味では盗賊よりはマシだと言える。


 よく聞く話だが、盗賊に捕まった女性は慰み者にされ、散々に弄ばれた挙句に奴隷として売り飛ばされることがこの世界の認識であり、そのあまりの酷さに奴隷に落ちた女性の中には自らの命を絶つ者も少なくない。


 それを未然に防いでいる秋雨の行為ではあるが、助けた後の行動があまり盗賊たちのことを悪く言えないようなことをしているため、第三者から見ると手放しで称賛できない部分があった。


 そんなことを繰り返しながら、秋雨はこの世界にやってきてから三つ目の国となるマジカリーフの東にある国へと向かっていたのだが、その最中再び何者かの気配を感じ取った。


(ん? またなんかいるな。この気配……複数か)


 常に周囲の気配を探っている秋雨が、不穏な気配を感じ取るのはすぐだった。だが、どことなく敵意や殺気ではなく別の目的があってこちらを窺っている雰囲気を感じ取った。


(人さらいか? それにしては動きが洗練されている。まるで、獲物を狙う狩人のような動きだ)


 人を誘拐するだけであればこれだけの手練れを送ってくるのは不自然であり、ますますもって相手の目的がわからない状況だ。


 そんな風に考えていた秋雨であったが、ここで相手に動きがあった。なんと、突如として何かが秋雨に向かって飛来してきたのだ。


 しかし、常に結界を防御している彼に死角はなく、カキンという音を立てて相手の攻撃は結界に阻まれる。よく見ると、それは小さな木製の針のようで、おそらくは吹き矢で飛ばしてきたものであると推察される。


「誰だ? 出てこい。いるのはわかっているぞ」


 さすがにそのまま無視を決め込むわけにもいかず、飛んできた吹き矢の方向に彼が声を上げる。しばらく沈黙が流れたが、観念したのか草陰のから数人が姿を現した。


 現れたのは四人組のエルフだったのだが、その中に見知った人物がいたことに嫌な予感を感じた。その人物とは、旅の道中に出会った妙なエルフのエーリアスだった。


 秋雨が戦闘態勢を取ったのを見て、慌てたように口を開いた。


「ま、待ってくれ! 別にあなたと敵対するつもりはない!」

「吹き矢を放ってきておいてよくそんな台詞が言えたな。エルフの間じゃ、吹き矢で攻撃するのが挨拶代わりとでも言うつもりか?」

「そ、そのことについては謝罪する。仲間の先走りを止められなかった。許してほしい」

「エ、エーリアス!? 人間相手になにもそこまでする必要は――」

「馬鹿が! 我が一族を救ってくれる救世主に攻撃したのだぞお前は!!」


 秋雨が先ほどの攻撃について追及すると、膝をついて頭を地面に付ける所謂土下座をしてきた。彼女の行動を仲間のエルフの一人が言及するも、その声は彼女の大声によって遮られた。


 そして、彼女が口にした言葉で、連中が何の目的でここにやってきたのかを秋雨は察した。要は、エルフを苦しめている謎の病の治療である。


 地球からやってきた秋雨にとっては、彼らの病の原因が遺伝性のものであると理解しているのだが、そういった知識のないものからすれば、自分たちに起きている病の原因がわからない以上、それは謎の病や呪いの類として認識することは想像に難くない。


 そして、先日エーリアスが罹患していた病気を治療したことで、彼女が上の人間に報告し、彼らが秋雨を連れてこいと命じたところまでなんとなく予想できてしまったのだ。


「だが、よそ者にエルフの里の場所を知られるわけには――」

「もうお前は黙ってろ!! ……とにかく、本当に仲間が申し訳ないことをした。こんなことをして不躾な願いだとは思っているが、伏してお願いする。我らエルフの一族をあなたの力で救ってくれないだろうか? もちろん、十分な対価は用意する。なんだったら、私のことを好きにしてくれて構わない」

「エーリアス!!」


 彼女の物言いに、他のエルフたちも動揺し、先ほどから彼女と揉めている男性のエルフが驚愕の表情を浮かべて彼女の名前を叫ぶ。


 エーリアスの決死の言葉に、秋雨はこの場に似つかわしくないことを考えていた。


(確かにこのエルフは美人だけど、いかんせん胸部装甲がな……まあ、ちっぱいはちっぱいでいくらでもやりようはあるんだが、やはりここはガツンと揉み応えのある爆乳がわかりやすくていい)


 などと、エーリアスの胸を内心で酷評する秋雨であったが、仮に彼女が爆乳であったとしても、それを差し引いても今回の一件については厄介な事案であることは間違いない。


 一体エルフの一族が何人いるのかは知らないが、少なくとも数十人単位、最悪数千人レベルの規模になることが予想され、さすがの秋雨でもその規模の人数を治療するのには相当な骨となる。


 そんな彼にとっては何の得にもならないことをやってくれと言われて、はいそうですかというほど秋雨はお人好しではない。むしろ、そういった面倒事は断固拒否したいスタンスであり、今もできればこの場から逃走できないかと彼らの隙を窺っているほどであった。


(だが、このスレンダー美人を好きにできる権利か。うーん、ちっぱいとはいえ、なかなかに魅力的な提案だ。もみもみはできなくともあんなことやこんなことはできるわけだし――)


「お前らも頭を下げろ! こちらはお願いする立場なんだぞ!?」

「人間如きに頭を下げるのなら、この呪いで死んだ方がマシだ!」

「そうだそうだ」

「お、お前たち……我ら一族がこのまま死に絶えてもいいというのか!?」

「ふん、どうやら人選を間違えたようだな。では、俺はこのまま失礼させてもらう」


 話が混み合っていると感じた秋雨は、その場をあとにしようとする。だが、エーリアス以外の他の三人に回り込まれて退路を断たれる。


「俺の行く手を阻むということは、敵対の意思ありと受け取るが?」

「長老には、連れてこいとだけ言われているのでな。多少痛い目を見てもらおう」

「人間が俺たちエルフに勝てると思うな」

「……」

「や、やめるんだお前たち! ソッシュまで何をやってるんだ!!」


 エーリアスの制止も虚しく、三人のエルフが秋雨に襲い掛かった。さすがに殺すつもりはないようで、懐に飛び込むと同時に秋雨の鳩尾を狙って攻撃を仕掛けてきた。だが、それは秋雨の手によって阻止される。


「な、なに!?」

「なかなか悪くない飛び込みだ。懐を取った点もいい判断と言える。だが、俺には通じない」

「こ、こいつただの人間じゃないぞ」

「危険だ。危険すぎる……」

「……」


 攻撃を止められたことに危機感を抱いたエルフたちの雰囲気が変わる。それは敵意から殺気へと変化し、明らかに秋雨を排除しようとする動きだった。


 そして、腰に下げいた剣やらナイフやらを抜き放ち、今度は殺傷能力の高い攻撃を仕掛けてくる。三人の連携によって繰り出された巧みな攻撃を回避することは困難だ。だがしかし、その攻撃をまるでなんでもないと言わんばかりに秋雨は涼しい顔で捌いていく。


「よっと、ほいっ、あらよっ」

「攻撃が当たらない」

「馬鹿な、あり、えない」

「……」


 尽く対処される攻撃にみるみるうちに三人の顔に焦りの色が浮かんでいく。攻め手がなくなったと思われたが、ここで彼らが切り札を見せる。


「ソルテガ、ソッシュ。この人間にスラッシュストリームアタックをかける!!」

「了解」

「……っ」


 一人のエルフの声に残りの二人が声と頷きで反応を示す。そして、そこから彼らの怒涛の攻撃が始まろうとしていた。しかし、それでも秋雨は動じない。


「屁のつっぱりはいらんですよ」

「な、なんだろう。言葉の意味はわからないが、とにかくすごい自信だ」


 彼らの言葉をどこかで聞いたことがあった秋雨は、それに倣うようにこれまたどこかで聞いたことのある台詞を口にする。秋雨の口にした言葉は、どうやら異世界でもその意味がよくわからないようで、元になっている某漫画のリアクションとまったく同じ反応をエーリアスが見せる。


 秋雨の言葉を皮切りにエルフ三連星の怒涛の攻撃が始まる。まずスラッシュストリームアタックをかけると言ったエルフが、短剣を構え再び秋雨の懐に潜り込み、そのまま直線的な攻撃を仕掛けてくる。だが、それとほぼ同時に弓を持ったソルテガが矢を射り、そしてククリ刀を持つソッシュがまるでブーメランのようにククリ刀を投擲する。


 秋雨はまずバックステップで短剣を躱し、そこから体を斜めに反らすことで矢を躱しつつ、最後のククリ刀をジャンプで回避する。


 それを見たエルフ三連星は、驚愕の表情を浮かべる。


「そんな馬鹿な!」

「我らの絶対回避不可のスラッシュストリームアタックを受け切っただと!?」

「……」


 目の前で起きた事態に、言葉を失う三人であったが、すぐに正気を取り戻し、言い出しっぺのエルフが声を張り上げる。


「ソルテガ、ソッシュ! もう一度だ。もう一度こいつにスラッシュストリームアタックをかける」

「了解だ」

「……」


 再びスラッシュストリームアタックをかけようとするが、同じ攻撃が二度通用するほど甘い相手ではない。次の瞬間、それを彼らは身をもって知ることになる。


「ほっ」

「なっ、俺を踏み台にした!?」

「っ!?」

「ソッシュ!」


 すでに彼らのスラッシュストリームアタックとやらを見切った秋雨は、最初に繰り出される短剣が出る前に前に前進する。その状態で短剣を繰り出してくるエルフを踏み台にして跳躍し、そのままククリ刀を投擲するエルフの懐に潜り込み、その腹に掌底を繰り出す。さらには、弓を持った相手に接近戦を挑み、回し蹴りで吹き飛ばした。


「なん……だと」

「お前も落ちろ」

「ご、ごぼぁ」


 最終的に秋雨の正拳突きが残った短剣エルフの腹に突き刺さり、そのあまりの威力に体が宙へと投げ出される。そして、いくつかの木々をなぎ倒し、そこまでしてようやくその勢いがおさまった。


 こうして、エルフ三連星と秋雨の戦いは、秋雨の圧勝という形で幕が閉じたのであった。
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