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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
151話
しおりを挟む「というわけにございます」
「であるか」
秋雨の授業から数日後、マジカリーフの国王であるディルクのもとに秋雨の情報がもたらされた。しかし、彼はすでにこの国を旅立ったあとであり、その行先もわからないという情報も入ってきた。
「ダルタニアンの怪しい動きの正体は、その職員を王家に知られないためのものであったか」
「おそらくは」
「しかも聞くところによれば、それがダルタニアンに雇われる条件であったと? 本人が提示したらしいではないか」
「そう聞いております」
「なんということだ」
その情報を聞いて、ディルクはがっくりと項垂れる。もし彼が秋雨の情報をいち早く手に入れていれば、いずれ宮廷魔術師として雇入れたことは想像に難くない。
だからこそ、それを未然に防ぐという目的でも秋雨はそういった特殊な条件での雇用を提示したのである。
「陛下、今ならまだ間に合うかもしれません。早馬を走らせれば、まだ件の職員は国境を越えていないやも――」
「よい、ここまでして王家に関わりたくないという者だ。仮に追いついたところですげなく断られよう。残念だが、かの職員のことは諦める」
ディルクの判断は正しく、たとえ秋雨に追いついたところで彼が予想した通り、十中八九断るつもりでいる。そんな人間をいくら勧誘したところで、意味はないというものだ。
そんな結論を彼が出したところで、執務室の扉がノックもなしに開かれる。そこに現れたのは、彼の娘であるアーシャだった。
「お父様、ヒビーノ先生を連れ戻すための手配をしてください!」
「アーシャよ。そのヒビーノという者は自らの意思で学園を出て行ったのだ。それを無理やり連れ戻すなど、例え王族であっても許されぬことであるぞ? 今までのお前であればわからなかっただろうが、再び教養を身に付けたお前であれば、私の言っている意味がわかるな?」
「……はい。ですが、だからこそなのです! 私がここまでまともになれたのも、あの人のお陰なのです!」
「そうか、お前が変わるきっかけを作ってくれた人物であったか。父としても、その者には礼を言いたいところだが……」
「でしたら!」
「それでもならぬ。この話はこれで終わりだ。部屋に戻りなさい」
そう言って、ディルクが頑なな態度を見せると、アーシャは諦めて帰って行った。彼としても、娘がここまでまともになってくれたことを喜んでおり、そのきっかけが件の職員にあるというのなら、一目会って例の一つも言いたいというのが本音である。
しかし、自らの意思で去って行った者を強制的に連れ戻すなど、いくら国王といえど、それは傲慢が過ぎるというものだ。
であれば、彼にできることといえば、その者の意思を尊重しこのまま何もしないというのが、去った者にとって一番の礼になると考えた。
「宰相! ヒビーノという者を知っている人間からその者の姿を聞き出し、我が都市の最も目立つ場所に銅像を建てよ!!」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
その後、国王の手によって建てられた銅像は、王都マギアクルスの新たな人気スポットとなり、特に待ち合わせの場所として重宝された。都民曰く「ヒビ公前集合な」という言葉が流行し、それ以降ごくごく当たり前の言葉としてマジカリーフ国内で定着したとかしなかったとか……。
「……」
ある部屋の一室で腕を組み、目をつむって瞑想に耽る人物がいた。ウルフェリアである。
秋雨が学園を去ったという知らせは、彼女のもとにも届いており、そのことで選択を迫られていた。
その選択とは、師である彼を追いかけその側で彼の指導のもと魔法を極めるか、このまま学園に通い卒業するかである。
「……残ろう」
最終的には、このまま学園に通い続けることにしたウルフェリアであったが、卒業後の方針は未だ決めていない。とりあえず、学園に入り魔法の鍛錬を行うという目標があった彼女であるが、卒業した後のことは何も考えてはいなかったのだ。
「先生を探すのは、卒業してからだ。まずは、父上や母上、親戚たちの厚意を無駄なものにしないためにも、学園を卒業する。先生の匂いは覚えた。例えこの世界のどこにいようとも、私の鼻はごまかせない」
などと宣う彼女であったが、その頼りの鼻を二週間もごまかし続けた秋雨の能力もあっぱれである。
ウルフェリアにとって、恩師である秋雨が学園を去ってしまったことは残念ではある。だが、今生の別れというわけではなく、長い目で見れば彼女にとっては“ちょっと離れるだけ”程度のことであり、それも彼女が学園を卒業するまでの数年間だけだ。
「よし、そうと決まれば次の目標はこの学園を首席で卒業し、その結果を先生に報告することだな」
今後の方針が決まったことで、迷いがなくなり、ウルフェリアはもとの学園生活へと戻って行った。
それから、数年後彼女がダルタニアン魔法学園を本当に首席で卒業することになるのだが、それはまだ先の話である。
「ここが、マジカリーフの王都か」
そう呟くと、その人物はきょろきょろと周囲に視線を彷徨わせる。とうとう、彼女が秋雨のいる都市までやってきたのだ。
誰かといえば、それはもちろん長身爆乳美人冒険者ことミランダのことであり、あれから二か月弱という時間をかけて魔法国家マジカリーフの王都まで辿り着いたのである。
その執念を褒めるべきなのか呆れるべきなのかはさておき、彼女が王都へ足を踏み入れたのは、奇しくも秋雨が授業を行っていた日であった。
時間は夕日が沈みかけの時間帯であり、心なしか行き交う人々の量も少なく、いたとしてもそのほとんどが帰路に就く人間ばかりである。
「とりあえず、適当な宿を取るか」
そう言って、宿のある場所へと移動しようとしたそのとき、ミランダはある少年とすれ違う。少年自体はどこにでもいるだろうが、問題はすれ違った少年に見覚えがあったからである。
「そこの少年待て!」
「ん? 俺か?」
「お前、アキサメだな?」
「秋雨? 誰だそりゃ? そんな名前をしたやつなんて知らんぞ」
少年は否定するも、ミランダにはなぜかその少年が秋雨であるという根拠のない自信があった。それは直感的な勘のようなものでしかなかったが、それが外れているとはどうしても思えなかったからである。
「とぼけても無駄だ。あたしにはすべてわかっている」
「何のことかはわからんが、俺の名はヒビーノであって、そんな秋雨だか春雨だか区別がつかないような名前じゃない」
「どうして、あたしから逃げるんだ? あたしのこと嫌いか?」
「だから、俺はその何たらっていうやつじゃないって言ってんだろ? 俺は忙しいんだ。じゃあな」
少年はそう言って、ミランダが来た方向に去って行こうとする。それを止めることはできたが、彼女はそうしなかった。
理由を問われれば、彼女が感じているのは感覚的なものであり、絶対的な動かぬ証拠がないからだ。もし、なんの根拠もなく一人の行動を無理に縛ろうとすれば、場合によっては衛兵に通報されてしまいかねない行為になる可能性があった。
そして、何より彼女が少年を制止できなかったのは、彼の髪と目の色が秋雨ともアキーサともフォールレインとも違う青髪青瞳をしていたからである。
「ちぃ、本当に人違いか。まあ、とりあえず。今は宿だ宿」
そのまま去って行くミランダを尻目に、その少年は内心で安堵の声を漏らす。
(あっぶねぇ。あいつ、こんなところまで追っかけてきやがったのか。これは、早いところここを出た方がよさそうだ)
もちろん、最初からそのつもりであった少年は、足早に王都を旅立った。だが、そうなってくると彼女の神がかり的な勘が働くのは自明の理で……。
「なに、もういない……だと? そんな馬鹿な。さっきまで王都にいるという感覚があったのに……。っ!? やはりあの少年がアキサメだったか?」
秋雨がマギアクルスを出た直後、ミランダの勘がもう王都にはいないと告げてきた。一体全体その精度の良さはどこからくるものなのかと問い詰めたくなるが、彼女の勘が彼はもう王都にいないと告げている。
そして、その理由が先ほどミランダが出会った少年にあると結論付けるのにそれほど時間はかからず、彼女は少年を見逃してしまったことを悔いた。
「逃がさん、逃がさんぞアキサメぇー! 地獄の果てまでも追いかけて必ずやお前に追いついて見せる!!」
彼女の行動は良く言えば一途な想い故からくるものだが、悪く言えば一人の人間に固執するが故の利己的な行動と言えなくもない。
どちらにせよ、彼女が秋雨を求めるのはただ側にいたいだけであり、そのためには手段を選ばないという感情で動いている。そのために、客観的視点から見ると、ミランダの行動が秋雨にとっての迷惑行為に見えてしまうのだ。
ここで彼女のしおらしい態度の一つも見せれば、彼女を応援してくれる人間の一人や二人くらいいそうなものだが、その勝気な性格が仇となってしまい、どことなく悪者に見えてしまう。
秋雨の言を借りるのなら“おっぱいの大きな女に悪いやつはいない”というものなのだが、彼が出会った未だ実力が知れぬ女魔族もまた豊満な肉体をしていたため、この理論が破綻しているのは火を見るよりも明らかである。
とにかく、母を訪ねて三千里ならぬ、ミランダの秋雨を訪ねて三千里の旅は、まだまだ終わらない様子であった。
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