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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
149話
しおりを挟む「これより、ヒビーノ先生による【魔法理論】の授業を行っていただく。質問があれば、一定時間ごとに質問の時間を設けているので、そこで質問するように」
ダルタニアン魔法学園でもっとも大きな講堂に入場できる人数は千人だ。だが、その講堂に空席は一つとしてなく、授業が始まるのを今か今かと待っている人で埋まっていた。
あれから噂が噂を呼び、秋雨のことが生徒にも知れ渡ってしまったことで、授業の参加を希望する者が殺到した結果、このような事態となってしまった。
そうでなくとも、ダルタニアンに所属する職員全員が授業の参加を希望するという異例の事態が起こっており、普段自分たちを教えている先生全員が参加を希望する授業が、一体どれだけ有意義なものであるかは想像に難くない。それを見た生徒たちもその授業に参加してみたいと考えるのは自然な流れである。
「では、ヒビーノ先生。よろしくお願いします」
授業を希望する人間の代表者としてバルバスがそう締めくくると、彼も席に座る。ちゃっかりしているというべきか、その位置は秋雨の姿が見えやすい最前列のど真ん中である。
一体どれだけ自分の授業を楽しみにしていたのかと秋雨は内心で呆れるも、空気を読んでそのことには言及せずにそのまま授業を行うことにした。
「手短に自己紹介だけしておく。今日の授業を行うヒビーノだ。では、さっそくだが魔法に関する理論について話していく」
簡単な自己紹介を行い、注目の授業は静かに始まった。
彼の言葉を一言一句聞き逃すまいと、その場にいる全員が耳に意識を集中させている。一応、全員に声が行き届くように声を拡散させる魔法を使っているのだが、そんなことも忘れてしまうほど彼の言葉に全神経を集中させていた。
「まず、魔法とは何かから話していこう。魔法というのは、神が与えた奇跡の力……というわけではなく、魔力という大抵の生物が持っている力を使い、何もない場所に自然的な現象を引き起こす技術の総称だ。例えば、このように指先に火を灯したり、水を出現させたり、風を巻き起こしたり、といったものだ」
そう言いながら、秋雨が指をぱちんと鳴らすと、その指先にライターで着火した程度の火が灯る。かと思えば、左手にバレーボールくらいの水の球が出現し、その両手をパンと叩くと二つの魔法が空中に移動し、彼が手を開くとそこから少し強めの風がその場に吹き荒れた。
それを見て驚いたのは生徒だけではなく、職員もまた同じであった。秋雨は一切詠唱をしておらず、また魔法名すら口に出していない。つまりは……。
「む、無詠唱……だと」
「馬鹿な。あり、えない」
「それよりも、複数魔法の同時展開だと!?」
「三重詠唱(トリプルキャスト)……初めて見た」
まだ始まって数分と経っていないにもかからわず、場が騒然となる。秋雨にしては珍しく、自身の実力の一端をここまでためらいなく使うことに違和感を覚える。
今の彼の心境は、もう学園に残る選択を取らず、これが終われば誰にも告げずに雲隠れをするつもりでいた。そして、普段は抑えている力を出せる場であると考えた彼は、多少自重のタガが外れて大盤振る舞い状態となっていたのである。
普段何かを抑制するというのは、人間が持つ三大欲求である性欲・食欲・睡眠欲のように意識して抑えなければすぐにその欲に溺れてしまう。圧倒的な力もまた似た欲望であり、人は力を持つとその力を試したくて仕方がなくなる生き物なのだ。
講堂内が騒がしくなる中、ある人物が声を張り上げた。会場内の騒ぎ止めたのは意外にもあの男であった。
「静粛に!!」
「アルケノ先生?」
「諸君、いろいろと思うところはあるだろうが、今騒いでヒビーノ教諭の授業を聞きそびれることこそ人生の損失である! まだ彼の授業は始まったばかり。落ち着くのだ。ヒビーノ教諭、続けてくれたまえ」
その一言で、周囲も納得し騒ぎがおさまった。意外な人物によって再び静寂を取り戻した講堂に秋雨の声が響き渡る。
「話を続けよう。このように何もない場所から自然的な力を生み出す技術を魔法といい、それは神の奇跡や神秘的なものといった幻想的なものや抽象的なものでもなく、どちらかといえば科学的なものに近い。それを踏まえた上で、さらに踏み込んだ話をする。では、魔法の熟練度……端的に魔法が上手くなるにはどうすればいいのか? ここからは、実践的な要素を含んだ話をしていく」
そう前置きを話すと、秋雨は実践的な魔法についての話を展開していく。
「魔法の熟練度を決定付ける要素は二つ。一つは、体内にある魔力を制御する【魔力制御】。もう一つは、頭で実現させたい魔法を思い浮かべる【想像力】だ。特に重要なのは想像力で、これができないとどれだけ魔力があっても魔法を上手く操ることは難しい。逆に持っている魔力量が少なくても、想像力がしっかりできていれば、少ない魔力で思い描いた魔法を実現させることは難しくはない。では、その鍛錬法についても言及しておく」
そして、魔法の技術上達の方法についても言及した秋雨は、ここで一旦区切りということで、最初の質問タイムを設けることにした。
「では、ここで一度質問を受け付ける。質問があるやつは手を挙げてくれ」
そう言われて上がった手は千本だった。つまりは、全員質問があるということだ。
それを見た秋雨は内心で「ですよねー」と思いながら、上がった手の中から一人の人物を指定した。魔法実技担当のアリマリである。
「では、アリマリ先生」
「はい、ヒビーノ先生が最初に使った魔法について知りたいのですが、あれは無詠唱ですよね?」
「そうだな。詠唱をしていないから、無詠唱かと問われれば、その問いは是になる」
「そもそも、魔法名すら口にしていませんでしたよね!? どうなってるんですか?」
興奮するアリマリを宥めつつ、秋雨はその質問に答える。
「先の説明にもあったように、魔法を使用する上で大切なのは魔力制御と頭で思い描く想像力の二つだ。つまり、逆に言えばそれ以外は不要ということになる。その二つを極めれば、詠唱はおろか魔法名すら口に出すことなく思い描いた魔法を出現させることが可能になるということだ。だが、個人的には無詠唱はおすすめしない」
「なぜですか?」
「見てもらった方が早い。火よ、我が手に集いて力となれ【火球の礫(ファイヤーボール)】。そして、もう一つはこれだ」
そうアリマリが問い掛けると、秋雨は二つの魔法を発動させた。一つは、しっかりと詠唱を行った【火球の礫(ファイヤーボール)】。そして、もう一つは無詠唱で発動させた【火球の礫(ファイヤーボール)】だ。
「この二つは、まったく同じ効果の【火球の礫】だ。だが、違いが二点ある。一つは詠唱か無詠唱で発動したかということと、もう一つが……何かわかるか? アーシャ」
「わ、わたし!? えーっと、あの、その……魔力の量?」
「正解だ。詠唱した魔法と無詠唱での魔法との違いは、一回当たりに消費される魔力量が圧倒的に違う。使用する魔法にもよるが、おおよそ五倍から十倍ほど異なり、高位の魔法になればなるほど消費魔力が跳ね上がっていく」
とりあえず、目に付いた誰かに投げ掛けるように質問しようと思った秋雨だったが、ちょうど目に入ったアーシャに投げ掛けることにした。突如呼ばれた彼女も、多少困惑しながらもしっかりと正解を答える。
詠唱と無詠唱の違いはいくつかあり、一つは発動する時間だ。詠唱する手間がある以上どうしても詠唱魔法は発動までに時間がかかってしまう。その点、無詠唱はすぐに発動するため、より実践的には優れているように見える。
だがしかし、無詠唱魔法の欠点として挙げられるのが、消費魔力が通常の何倍膨れ上がってしまい、燃費が明らかに悪くなる。詠唱した魔法数回分もの魔力を使って一回の魔法を使用するのならば、多少時間がかかっても詠唱魔法で数回の魔法を放った方が継続戦闘的には得であり、魔力の消費が激しい無詠唱は実用的でない。
「以上の点から、俺はある一つの仮説を立てた。その仮説とは……」
一度そこで言葉を切って、秋雨は周囲に視線を向ける。そして、しばらくの沈黙を破って彼はこう口にした。
「もともと、魔法使いという存在は全員が無詠唱魔法の使い手であり、魔法とは無詠唱魔法のことを差していたという説だ」
その突拍子もない説に、生徒だけでなく職員も騒めく。一般的に魔法を発動させるには詠唱が必要とされており、無詠唱を行使できるものは限られた存在というのが定説であった。
だというのに、秋雨はそれを覆すような説を打ち立てたのである。
「根拠としては、詠唱魔法にある。例えば、無詠唱魔法を一発放てる魔法使いと、詠唱魔法を五発放てる魔法使いがいたとする。詠唱魔法が使える魔法使いは、無詠唱魔法の魔法使いが放つ一発の魔法をやり過ごすことができさえすれば、あとは自分の詠唱魔法で止めを刺すだけだ。これが原因で無詠唱魔法の魔法使いは淘汰され、徐々に無詠唱魔法が廃れたのではないかと俺は予想している。そして、無詠唱魔法が廃れるのとは逆に、詠唱魔法が主流として生き残り、今の時代まで受け継がれてきたのではないかということだ」
さらに、秋雨は続ける。
「詠唱魔法はその名の通り詠唱を行うことで魔法を発動させる。この詠唱という工程には、消費魔力を抑える何かしらの細工が含まれており、なおかつ魔法の威力や効果を劣化させない機構が構築されていると俺は見ている。実際に検証したわけではないが、おそらくはその可能性は高いと考える。まあ、そこについては、他の魔法を研究する者たちにお任せするとして、それが無詠唱魔法が詠唱魔法に取って代わられた要因ではないかということだ。考えてもみろ。一回しか使えない無詠唱魔法と五回も使える詠唱魔法なら、後者の方が攻撃できる回数が多いわけだから、魔法使いの活躍の場が増えるのは想像に難くない。しかも、無詠唱だろうが詠唱だろうが、もたらされる威力や効果はほとんど変わらない。おそらくは、なんとか魔法使いの魔法の使用回数を増やしたかった人間による研究の成果が詠唱魔法なのだろうな」
そう締めくくると、秋雨は喋り続けた喉を潤すために腰に下げたバッグからコップを取り出し、魔法で水を生み出すと、それを飲んだ。その間にも、職員や生徒たちは彼の説明に驚愕を禁じえなかった。
彼の仮説は、今まで正しいと思われてきたことが覆る要素が含まれており、もし彼の言っていることが本当であれば、世紀の大発見に等しいことなのである。
「よし、これで基礎的な魔法のあれこれは終了して、次に属性魔法についての話に移る」
そう言うと、秋雨は次に属性魔法についての話を始めた。その話も実に興味深いものであり、彼の授業は魔法の専門家である職員たちをも唸らせたのであった。
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