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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]

146話

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「というわけで、勝負よ!」

「なにが、というわけなんだ?」


 そう言いながら、部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、マジカリーフの王女アーシャであった。


 何の脈絡もない彼女の言葉に、訝し気な表情を浮かべながら問い掛ける秋雨が聞き出した内容な以下の通りだ。




 ・自分と同世代の若者で、その言動も愚かである。


 ・そう思っていたのに、他の職員から絶大な信頼を得ている。


 ・実はすごいやつではないのか?


 ・なら、実際にその実力を試せばいい。



「というわけよ」

「はあ。それで?」

「だから、勝負よ!」

「だが、断る!」

「なんでよ!?」


 アーシャの説明を受けても、秋雨が首を縦に振ることはない。それは当然のことであり、むしろなぜそんな曖昧な内容で勝負を受けると思ったのか、発案者の正気を疑うレベルである。


「そもそも、俺は言ったはずだ。俺はただの雑用をこなす事務員であり、正規雇用ですらなく非常勤の臨時雇いの職員だと」

「なら、なぜあんなに正規雇用の職員たちが、あなたのところに意見を求めにやってくるのよ!? おかしいじゃない!!」

「それは俺も思った。だが、残念ながら俺にもその理由がわからないから、お前の疑問に答えてやれん」


 秋雨は事実を包み隠しながら、おどけた様子でアーシャの疑問に答える。実際のところ、なぜ職員が彼のもとにやってくるのかは、彼が魔法陣の知識を持つ才人であると思われているからである。


 しかし、その事情はダルタニアンの職員のみが知らされているものであり、生徒や外部の人間には一切知らされていない。だがらこそ、ただの事務員である彼のもとに人が集まる理由が理解できないのだ。


「話は聞かせてもらったぁー!!」

「この声は……げっ、マッド」

「ヒビーノ教諭、某はマッドという名前ではない! ダルタニアン魔法学園における錬金術ならびに薬学担当職員のアルケノである!!」


 アーシャの勝負を断ろうとしている秋雨のもとに、さらに面倒なことになりそうな相手がやってくる。そう、アルケノだ。


 秋雨がポーション作りを行っているという情報を得てからというもの、定期的に彼のところにやってきては、その現場を押さえようと目論んでいる。


 だが、慎重派の秋雨はそういったことについて恐ろしく勘がいい。そのため、もう二度と無防備な場所での薬作りはやっておらず、アルケノの徒労に終わっている。


 そして、今回もその目論見のまま部屋にやってきたところ、何やら勝負をしろと宣う女子生徒がおり、その対象が自身の気になっている相手ともなれば、その実力を実際にその目で確かめてみたいと思うのは自然な流れだ。


「そんなことよりも、アーシャ女史とヒビーノ教諭の対決は、このアルケノが取り仕切らせてもらおう!」

「何を勝手に……学園長の許可なくやろうとしてるんだ? そういうのは、あの爺さんの許可が――」

「許可する」

「……クソジジイ」


 さらにさらにそこにやってきたのは、学園長ことバルバスだった。そして、あろうことかアルケノの提案を受け入れ、許可を出してしまったのである。


 その所業に思わず小さく呟くように悪態をつく秋雨でであったが、それを耳聡く聞きつけたバルバスが、その悪態に反論する。


「ヒビーノ先生、わしは確かに爺じゃが、クソではないぞよ? そこのところは声を大にして言わせてもらおう」

「そんなことはどうでもいい! とにかく、俺は勝負などはせんぞ!! せんと言ったらせんぞぉー!!!」


 秋雨の抵抗も虚しく、周囲の同調圧力のもとでアーシャとの魔法勝負を行うことになってしまった。果たして、どうなってしまうのだろうか。







「よいか? ルールは単純じゃ。あの的に魔法を放ち、その当てた回数を競う。では、まずは挑戦者アーシャ!」

(どうしてこうなった?)


 秋雨は納得がいかない様子で佇んでいる。あれから、周囲の人間がやる気になってしまった結果、その日のうちに勝負の場が整えられた。編入試験のような訓練場にやってきた秋雨であるが、気分は憂鬱である。


 ただでさえ娯楽の少ない世界でこのようなちょっとした争いごとが起こると、こうなってしまうということを秋雨はこの日初めて知ることになる。


(どうあがいても、魔法を使うのは避けられないなこりゃ。……逃げるか?)


 もはや面倒事に巻き込まれたどころの話ではなく、むしろ話題の中心にいることに内心で嫌気が差す秋雨。もうそろそろ潮時かと考え、他国に流れるかどうかを本気で考え始めていた。


 今までの彼であればもうすでにこの場にはおらず、とっくのとうに他国へと移動していることだろう。だが、それができない事情があった。


 ダルタニアン魔法学園の職員として雇われている秋雨であるが、その実態は基本的に何もしていない。唯一学園が秋雨に要求したことといえば、魔法陣に関するレポートの提出であり、それさえこなせばあとは自由にしていいというなんとも緩い雇用内容となっているのだ。


 といっても、学園側も秋雨も魔法陣についてどこまでのレポートを書けばいいのかわかっておらず、とりあえず秋雨が知っている範囲で基本的なことからちょっとした応用までをレポートにまとめるということになっていたのだ。


 だが、彼自身どこまでがちょっとした応用なのかという線引きができておらず、実際にレポートとして残す規模がレポート用紙数百枚にまで及ぶ可能性があり、現状秋雨がまとめたレポート用紙の枚数は百五十枚を超えていた。


 一応だが、学園との約束があるため、ここで中途半端に投げ出すことはあまりいいことではないと秋雨は考えており、少なくとも魔法陣のレポートが完成するまでは学園から出て行くことはできないのである。


 もちろん、貴族や王族といったやんごとなき連中が出てきたときは、問答無用で逃亡するつもりだが、まだなんとかごまかしが効くレベルだと秋雨は判断していた。


「はい、いきます。炎よ、我が盟約によりその力を示せ! 【火球の礫(ファイヤーボール)】!!」


 バルバス立ち会いのもと、まずはアーシャからの挑戦で始まった。しっかりと詠唱をした彼女の魔法は、吸い込まれるように的へと向かっていき、人の形をした的が炎に包まれる。


 そして、間髪を入れず連続して的に当て外れたのはたったの一発というとても優秀な結果に終わった。


「そこまで! ふむ、十発中九発とはなかなかの成績じゃ。次、ヒビーノ先生」

「……」

「ん? どうしたのじゃ、ヒビーノ先生?」


 秋雨はものすごく嫌な顔をバルバスに向ける。その顔の意図がわからず、バルバスはどうしたのかと首を傾げる。そんな様子に何を言っても無駄であると悟った秋雨は、仕方なく挑戦することにした。


「せんせぇー、頑張ってくださーい!!」

(くっ、ウルフェリアめ。他人事みたいに応援しやがって……俺と代われ!!)


 実際他人事ではあるのだが、今自分が置かれている状況がとても理不尽に思えてならない秋雨にとって、そんな理屈は受け入れがたいものであった。


 バルバス立ち合いの非公式な勝負のはずだが、どこからか噂を聞きつけてきた職員や一部の生徒がおり、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。


 そして、その状況にイライラしていた彼は、このまま全力で魔法をぶっ放してやろうかとよからぬ思考が頭を過る。


(いや、ダメだ! 落ち着け。このまま圧倒的な力を見せつけたらそれこそ厄介なことになる。ここは手加減だ。必要最低限の魔力を使って適当な詠唱でごまかそう)


 バッドエンドな思考を破棄すると、無難な立ち回りをする選択を取るべく、秋雨は詠唱のような言葉を紡いでいく。


「火よ、我が手に集いて力となれ。【火球の礫(ファイヤーボール)】」

「おお」

「ふむ、なかなかの攻撃ですな」

「さすがは先生です!」

「ふん、結構やるじゃない」


 秋雨の放った第一射にそれぞれが評価を下す。実際のところ、一部職員たちの間で秋雨の魔法使いとしての実力を疑っている者もいた。実際に編入試験で好成績を見せている彼だが、それはあくまでも結果だけであり、その過程をすべて見たわけではない。


 場合によっては、過程が重要視されることがあり、今回はそれに該当する。そして、初めて秋雨の攻撃魔法を見た彼らの反応は好意的なものであった。


「火よ、我が魔力を糧とし、顕現せよ。【火球の礫(フレイムスフィア)】」

『……』

「炎よ、その力をもって敵を討て。【火球の礫(ブレイズボール)】」

「え?」

「業火の炎よ、その力もて万物を掌握せよ。【火球の礫(フレアボール)】」

「ちょ、まっ――」

「火の精霊よ、我が魔力を対価にその力を示せ。【火球の礫(サラマンダースフィア)】」


 秋雨の放った魔法を見た瞬間、その場にいた全員が言葉を失うことになってしまった。
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