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第十三章 G・T・H(A)[グレート・ティーチャー・ヒビーノ(秋雨)]
142話
しおりを挟む「よいしょ、よいしょっと。まあ、こんなもかな」
秋雨が深夜にウルフェリアの部屋を訪ねるようになって二週間が経過する。もうそろそろ新学期最初の試験が始まるということもあり、彼の魔力制御のためのマッサージは佳境に入っていた。
あれから、夜のマッサージとは別のウルフェリア自身による魔力制御を行うための鍛錬メニューを置き手紙としていくつか残しており、レベル的にはすでにダルタニアンに同時期に入学した生徒と比べても頭一つ抜けたくらいの魔力量と魔法を操る能力が備わっていた。
これも秋雨のマッサージとウルフェリア自身の日々の鍛錬の賜物であり、この短期間で彼女の能力が向上した一番の理由でもあった。
「そろそろ、このマッサージをやめてもいいな」
マッサージを始めてから一週間ですでに開発は完了していたのだが、念には念を入れてということと、秋雨の悪癖が出たことによって、彼女の夜這……もとい、善意によるマッサージを継続し続けたのだ。
そして、その分だけウルフェリアのあっちの方も開発が順調に進んでおり、朝起きてストレッチを行ったあとの彼女の日課が、一人プレイに興じるというものになっていることを秋雨は知らない。
「この身体を好きにできなくなるのは心苦しいが、もともとそういうのが目的じゃないからな」
などと危ない発言が口に出ているが、彼としてももうそろそろ何かしらのポカをやらかしてこの秘め事がバレてしまう可能性があると考えていた。
彼自身これほどの恵体に触れられなくなるのは心苦しいが、最悪の場合、見目の整った女性がたくさんいる娼館に行けばいいので、苦渋の決断というわけではないが、ここらへんで彼女への施術はやめることにした。
「じゃあ、触り納めというわけではないが、今日は入念にマッサージをしておこう」
それから、全身の隅から隅まで触りまくった……否、マッサージを行った秋雨は、最後の置き手紙を残し、つやつやな肌でウルフェリアの部屋をあとにした。
もちろんだが、彼女に気づかれないよう毎回匂いを消す魔法はかけており、一番の懸念点である本人バレは完全に防いでいる。
「さて、暗躍タイムこれにて終了だ」
無駄に指をパチンとならしながら、誰にもバレることなく目的を遂行した自身の手腕に酔いしれながら、秋雨は日常へと戻って行った。
しかし、それが許されるほどこの世界は甘くはなく、当然この先彼の前に問題が立ちはだかることになる。
「すごかったですよ」
「そうか」
そう興奮しながら話すのは、秋雨の部屋を頻繁に訪れる魔法実技担当のアリマリだ。
言い方は悪いが、彼は彼女をウルフェリアの様子を探るための駒として利用しており、彼女が担当する魔法実技の授業でウルフェリアの様子をそれとなく聞き出していた。
もちろん、不自然にならないよう授業中の生徒の様子はどうかという濁した言い方にし、その延長線上でウルフェリアの様子も聞いていたのだ。
アリマリもまたウルフェリアのいじめの現場に居合わせた人間であるため、それを利用して彼女の様子を聞くことは、流れとしては自然なものだったのが秋雨にとっては助かっている。
「この時期でもう初級の魔法の練度が高くて、魔法耐性のある的に小さな傷がついてました。相当な努力をしていると思います」
「それは重畳。これなら次の試験は問題なさそうだな」
「ですね。ああっと、もうこんな時間です。次の授業がありますので、ヒビーノ先生これで失礼しますね」
そう言って、秋雨のもとを去って行くアリマリの背中を見送りながら、彼は悪い笑顔を顔に張り付けながら、自身の暗躍が成功した達成感に浸る。
「そうだよ、こういうのでいいんだよ。誰にも悟られることなく己の目的を達成する。まさに、これが俺の望んだファンタジーライフだ」
そう口にする秋雨であったが、そもそも彼の望んだのは冒険者になっていろいろなところを旅しながら生活するというスローライフではなかっただろうか?
何を間違ったら魔法学園の職員として働き、裏では若い生徒の部屋に忍び込んでその体を好き勝手に弄び、それが誰にもバレていないことを自慢げにほくそ笑む生活になるのだろう。
そんなことを考えていると、なにやら外が騒がしいことに気づく。何事かと外に出てみると、そこには生徒や職員が集まっており、上の方に視線が向いている。
「あっ、危ない」
「何をやっているんだ!?」
「いますぐそこから戻りなさい!!」
彼らの視線の先を見てみると、建物の屋上で三人が争っており、その三人とも見覚えのある人物であった。
一人はウルフェリアであり、そして残りの二人は彼女をいじめていたいじめっ子の生徒であった。
(家に直接釘を刺させたつもりだったんだがな。想像以上にものを考えられない馬鹿だったか)
そんな感想を抱きつつ、秋雨は屋上を見上げる。状況的には二対一だが、形勢は圧倒的にウルフェリアが有利で、余程のことがなければ二人に勝ち目はない。
もともと、獣人と人間では膂力に圧倒的な差があり、ウルフェリアが二人に反撃しなかったのは、膂力で劣る人間に対して力でねじ伏せることを良しとしなかったという思いがあったからである。
「こんなことはやめろ!」
「うるせぇ! 獣人のお前をこの俺が妾にしてやろうっていうんだ。だというのに、その申し出を断るとは身の程を知れ!!」
どうやら、最近みるみる綺麗になっていくウルフェリアを見ていじめていた生徒の片割れが邪な感情を抱き、彼女を手に入れようと妾になれと言ったようだ。
しかし、いきなりそんなことを言われても困るだろうし、ましてや相手は今まで自分をいじめていた人間だ。当然ながら、いい感情を持っているはずもなく、むしろ異性としては最低の好感度を持たれているだろう。
屋上で叫ぶ生徒の言葉は下にいる人たちには聞こえないが、もしその会話が聞こえている人間がいるのならば、こう突っ込むことだろう。“身の程を知るのはお前だ”と……。
(身の程を知るのはお前だろう。どう考えても、ウルフェリアに釣り合っていない)
どうやら、彼らの会話が聞こえた人間がこの場にいたようだ。言わずもがな秋雨である。
その言葉を口にした生徒は、貴族の家の出ということで見た目自体は整っており、一般的には美形に入る顔立ちをしている。だが、人間にとって重要なのは外見ではなく中身であるからして、ウルフェリアの表情は嫌悪感に満ちたものとなっている。
「よくもまあ、今までいじめていた人間にそんなことが言えたもんだ。こんな下らないことに心血を注ぐよりも、少しは魔法の訓練でもしたらどうだ?」
「うるさい! 獣人がこの俺に指図するな!!」
「おい、危ないぞ!」
「う、うわあー」
ウルフェリアの言葉に激昂した生徒が、足を滑らせそのまま屋上から転落しそうになる。辛うじて出っ張りに捕まることができたが、転落するのは時間の問題だ。
「た、助けてぇー」
先ほどまでの威勢はどこへやらとばかりに情けない声で助けを求める。いじめっ子の片割れは、何もできずただただ慌てふためいていた。
そんな姿に呆れながらも、ウルフェリアは彼から言質を取るため言葉を投げ掛けた。
「もう二度と私に関わらないと誓えるか? そうすれば助けてやる」
「誓う、なんでも誓うから早く助けてくれ!!」
助かりたい一心でいじめっ子が声を張り上げる。その声は下にいた人間にも聞こえており、なんとも情けない姿である。
彼女もこのまま彼を見捨てるわけではなく、もう二度と関わらないという言質さえ取れればよかったので、その言葉を聞いて彼を引きずり上げてやる。
獣人の膂力はすさまじく、自分と同じ体格の人間がいとも簡単に持ち上がった。
「約束は守れよ」
「ああ……とでも言うと思ったか!!」
「なっ!?」
助けた生徒がいきなりウルフェリアの横っ面を裏拳で殴り飛ばす。そこは手すりもない屋上であり、吹っ飛ばされた衝撃で彼女の体は宙へと投げ出された。
そして、重力に従いそのまま地面に向かって真っ逆さまに落下を開始する。誰もがもう駄目だと諦め、その瞬間を見ないよう目を伏せる。
(こ、ここまでか)
かくいうウルフェリアも、諦めの感情が支配しており、あとは地面に激突するのを待つ運命を受け入れていた。だが、そんな思いはある人物の叫びで吹き飛ぶ。
「諦めるな! 何のために訓練を積んだか思い出せ!!」
(あいつは……)
日々の日課……といっても、あっちのほうではなく魔力の鍛錬を行う中で差出人不明の置き手紙の内容をウルフェリアは思い出す。その内容とは――。
“一定の魔力制御を体得した者は、魔力で己が体を強化し膂力を高めることができる。これを【身体制御】という”
それを思い出した次の瞬間、ウルフェリアは体内の魔力を爆発的に高める。そして、それをすべて右手と両足に集中させた。
手に集中させた魔力を使って自身が使える風魔法で強風を発生させる。そうすることで、自身の体を建物の壁際へと寄せる。そして、残った両足の魔力を使い、勢いよく壁を蹴ってそのまま三角飛びのように空中へと飛翔しながら地面へと着地する。
飛び降りた勢いか、それとも彼女が使った身体制御による効果かはわからないが、まるで某漫画に登場するキャラクターが死亡した時のような小さなクレーターができる。ヤ〇チャしやがって……。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「はっ、やればできるじゃねぇか」
(ああ、そうか。今までの置き手紙は、アンタだったのか……)
着地後、ウルフェリアはすぐに叫び声を上げた人物へと顔を向ける。すると、上目遣いならぬ下目遣いで見下ろしながら彼の口から上から目線な感想が漏れる。そして、その言葉を聞いた彼女はすべてを察したのであった。
今までの置き手紙の差出人が彼であるということを……。
そんなウルフェリアの気持ちなど知らないとばかりに、踵を返してその場を去っていく彼の背中を、彼女はいつまでも見続けていた。
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