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第十二章 魔法国家と魔法学園

137話

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「これにて新学期の挨拶を終了とする」


 合格発表の日からさらに時間が経過し、いよいよダルタニアン魔法学園での新学期がスタートする。


 少し予定外だったのは、いち生徒としてではなくいち職員として学園に所属することになってしまったということだが、秋雨としては魔法の知識を手に入れるという目的が達成できれば特に問題はないので、もう気にしないことにしたようだ。


 ちなみに、魔法の知識に関して【鑑定先生】の力を使わないのかということに関してだが、秋雨が掲げている悠々自適なスローライフを送るという目的に準ずるために敢えて使わないという縛りプレイを行っているのと、【鑑定先生】で得た知識と実際にどの程度その知識が常識として世界に浸透しているかの確認も兼ねており、一応ではあるがしっかりとした理由はある。


(それにしても、この歳で先生になるとは……前世では卒業間近の大学生だったのに)


 そんな取り留めのないことを考えていると、ようやく学園長の話が終わったようだ。学校あるあるである校長の話は長いというのは、どうやら異世界でも同じらしく、そんな話を聞かされてうんざりしている生徒に混じって彼もまた内心でバルバスの話を右から左へと聞き流していた。


 あれから、バルバスと雇用に関する詳細な打ち合わせが行われた結果、雑務を担当する事務員的なポジションとして雇い入れるということが決定した。生徒に授業をするという業務内容で雇うことができないため、秋雨とバルバスが考え出した苦肉の策である。


 そして、秋雨を雇ったことを生徒たちには告知せず、しかしながら職員の一人であるため新学期の全校集会には参加するということで参加したのだが、生徒たちに紹介されないのであれば、集会が終わるのを別の場所で待っていればよかったと秋雨は思った。


「では、ヒビーノ先生。お主が普段使う自室に案内しよう」

「あ、ああ」


 雇用が決定した段階で、バルバスを含めた職員全員が秋雨のことを先生呼びするようになり、本人は断ったのだが、全員口を揃えて“魔法陣の知識を持つ人間を先生と呼ぶのは当然だ”と返されてしまい、半ばなし崩し的に先生呼びを受け入れていた。


 そして、話は秋雨がどこに泊っているのかという話になり、普通の宿屋だと彼が口にすると「栄光あるダルタニアン魔法学園の職員がそんなところで寝泊まりなど言語道断だ」ということで、その日のうちに職員専用の宿舎に引っ越しが決定したのである。


 現在、秋雨はバルバス直々の案内で魔法陣に関する知識を学園に伝えるためのレポートの作成を行う部屋へと向かっており、実質的な秋雨専門の部屋ということになる。


「ここじゃ」

「なるほど」


 案内された部屋は、錬金術や魔法関連の設備がある程度整えられており、まさに研究所といっても過言ではない。これならば、魔法についてのレポートを書くにはうってつけの場所である。


「ここならば、生徒も近寄ることはないじゃろ。危険物も取り扱っておるから、基本的に関係者以外は立ち入りを禁止しておる」

「それは助かる」

「それでじゃ。一応名目上は事務員として雇い入れておるから、一日のうちのどこかしらで事務職に勤めてもらうこととなるが、それ以外の時間はレポートの作成のために時間を使ってもらって構わんからの。すべてヒビーノ先生の自由じゃ」

「りょ、了解した」


 もはやどうとでもなれとばかりに、秋雨はあきらめた様子でバルバスの説明に耳を傾ける。説明が終わると、いろいろと確認したいことがあるだろうということで、バルバスは早々に去って行った。


「とりあえず、設備の確認でもするか」


 今日は新学期が始まったばかりということで、特に具体的な雑務はないらしい。そのため、秋雨はこれから利用することになる施設の確認を行うことにする。


「ほうほう、一通りの道具は揃っているようだな。試しに、何か作ってみるか?」


 そう呟くが早いか、秋雨はアイテムボックスからいろいろと素材を取り出す。初級の回復薬と解毒薬の材料である【ブルーム草】と【ジュウヤク草】だ。


 回復薬については、調合した経験がある。だが、その時は品質が満足のいくものではなかったため、今回は是非とも品質の高いものを作りたいと彼は意気込んでいた。


「前はボウルに薬草と水を入れて【調合】のスキルでできたんだったな。なら、今回はそれにひと手間加えてみるか」


 そう言って、彼はすり鉢を使ってブルーム草を粉状になるまですり潰し始める。そして、使用する水についてもただの水ではなく、自身の魔力を混ぜ合わせた【魔力水】に変化させた状態にしてからその二つをボウルに入れて調合を試してみた。


「スキル錬金術【調合】! さて、どうなりましたかね。【鑑定先生】結果よろしく!」


 できあがったものをさっそく鑑定する。するとこんな結果となった。



【初級回復薬(最高品質)】:この世界において最も下位の回復薬。調合前にひと手間加えられたことで、劇的に品質が向上している。効能:軽度の怪我はもちろんのこと重度の怪我(内臓損傷・複雑および粉砕骨折・全身打撲など)にも効果を発揮する。調合素材:粉状にしたブルーム草 + 魔力水



「うん、これは。でき過ぎているな……これも、女神印の錬金術の効果というものなのだろうか」


 鑑定の結果に思わずそんなことを呟く秋雨であったが、その答えを教えてくれる者はその場にはいない。しかし、彼の推測していることは的を射ており、ただの錬金術ではこれだけの効果を引き出すことは不可能とはいかないまでも難しいのは確かである。


 これもサファロデが恩恵として与えた錬金術の力であり、秋雨の持つ膨大な魔力と相まって、その効果は計り知れないものにまで昇華していた。


 彼自身病気や怪我になりにくい丈夫な体を得ているため、滅多なことでは体調不良になったりはしないのだが、万が一という言葉もある通り、何かあったときのために薬を持つことは悪いことではない。


 しかし、こんなものが作れるなどと知られれば、また国外へ逃亡しなければならなくなるのは目に見えているので、絶対に誰にも知られないようにしようと彼は心に誓った。


 そんなことを考えていたそのとき、突如扉がノックされる。慌てて器具を片付け、完成した薬もボウルごとアイテムボックスにぶち込み証拠隠滅を行ってから、部屋の入り口まで歩いていき扉を開けた。


「あんたは実技試験のときの」


 そこにいたのは、二人の男女であった。一人は秋雨が編入試験を受けていた際、実技の試験を担当していたアリマリという名前の女性職員だった。もう一人の男性は、名前は知らなかったが、初めてバルバスの部屋にやってきたときにいた職員の中に見覚えのある顔がいたため、彼女と同じ職員であると秋雨は推測する。


 紫のローブに身を包んだいかにも魔法使いらしい恰好に、ダルタニアン魔法学園の職員という身分を表すバッジを首元に付けている。年の頃は、二十代中盤から三十代前半くらいの女性として脂が乗っている時期である。


 薄い緑髪のショートカットに、淡いブルーの瞳が魅力的な女性であり、胸は慎ましいながらも落ち着いた雰囲気を持った大人な女性である。


 一方の男性は、ぼさぼさのグレーの髪に淀んだ黄色の瞳をした細身の体型をしており、もともとは真っ白だったローブが、長い間着続けたことで灰色に変色しているかのような、一見すると不衛生な服装をしている。痩せこけた頬に、どこか眠たげな目をしたどこぞのマッドサイエンティストな雰囲気を漂わせているような男だった。


「アリマリです。いろいろとお忙しいところ申し訳ありません」

「なにか?」

「実は、ヒビーノ先生はまだこの学園に来たばかりだと思いますので、我々が敷地内を案内しようかと思いまし――」

「ちょっと待てっ!」


 アリマリの言葉を遮り、もう一人の男性職員がずかずかと部屋に侵入し、すんすんと鼻を嗅ぐような仕草を取る。そして、それが終わるとゆるりとした動作で秋雨に向き直り、彼に質問を投げ掛けた。


「ヒビーノ教諭。先ほどまで、薬を調合していなかったかね?」

「……いいや、なぜそんなことを聞く?」

「某の鼻はごまかされませんぞ教諭! すんすん、これは……そう、ブルーム草の香りだ」


 そう言いながら、男は両手で香りを手繰り寄せるかのように自身の鼻へ扇ぐ仕草をしており、傍から見てかなりの奇行に及んでいる。その一方で、アリマリは彼の行動については苦笑いを浮かべるだけで特に言及するようなことはしていないため、彼女にとっては彼のこういった言動は日常茶飯事なのだろう。


 しかし、秋雨にとってはあまりいい状況とは言えない。誰も解き明かすことができないとされる魔法陣に関する知識を有しているだけでも注目されているというのに、この上他の分野にも精通していると知れ渡れば、ますます注目度が集まってしまう。それは何としても避けなければならない。


「以前ここを利用していた人間が、調合を行ったというだけだろう?」

「いいや、この香りの鮮度からいって、調合されたのは極々最近だ。そして、教諭がここを利用する以前にこの場所を利用していた人間は皆無! つまりは――」

「誰かが許可なくこの部屋を利用していた可能性が高い……ということだな。ふむ、一体誰が利用していたのか気になるところではあるが、その話は学園長やそれを管轄している人間にでも話してくれ」

「……あくまでも白を切るおつもりか? それもまた一興」

「いい加減にしてくださいアルケノ先生! ヒビーノ先生に失礼ですよ!!」


 なんとかしてごまかそうとする秋雨であったが、頑なに男性職員は薬を調合した犯人が彼であると疑ってかかる。実際に薬を調合していたのは事実であるが、その現場を押さえられたわけでもないため、本人が認めさえしなければ、それは状況証拠と身勝手な憶測で難癖を付けているだけに過ぎない。


 犯罪というものは、白日のもとに晒されて初めて犯罪となる。裏を返せば、白日のもとにさらされなければ犯罪は犯罪足り得ないということだ。


 今回もそれと同じことであり、本人が認めさえしなければ、そして本人がやったという明確な証拠を提示できなければ、憶測の域を脱することはなく、下手をすれば名誉毀損になりかねないのだ。


 秋雨と男性職員の中で謎の攻防が行われていたそのとき、さすがにアリマリも男性の行いは踏み込み過ぎていると思ったのか、二人の間に割って入ってくれた。


 彼女のお陰でそれ以上男性の追及から逃れることができたため、秋雨は内心で助かったとホッと胸を撫で下ろしたのである。


「ヒビーノ先生、こちら錬金術と薬学を担当しておられるアルケノ先生です。アルケノ先生、自己紹介をお願いします」

「アルケノ・アブノマだ。一応、アブノマ子爵家の四男だが、すでに某は子爵家を出た身であるからして、家との関わりは一切ないので安心めされ」

(どこに安心する要素があるというのか。それにしても、アブノマね……これ絶対アブノーマル(異常)の略だろ!)


 秋雨はアルケノの名前の由来について考えていたが、彼が再び薬の調合を行ったことについて追及してこようとしたため、アリマリの提案を受け入れ、学園の案内をしてもらうことにしたのであった。


 余談だが、一通り案内が終わったところで、またまたアルケノの追及が始まってしまったが、同じ薬学を担当している職員に引きずられるようにして連れていかれたため、なんとか彼から逃れることができた。


 こうして、職員としての学園生活が始まったわけだが、この先一体どうなってしまうのだろうか。
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