悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号

文字の大きさ
上 下
137 / 180
第十二章 魔法国家と魔法学園

137話

しおりを挟む


「これにて新学期の挨拶を終了とする」


 合格発表の日からさらに時間が経過し、いよいよダルタニアン魔法学園での新学期がスタートする。


 少し予定外だったのは、いち生徒としてではなくいち職員として学園に所属することになってしまったということだが、秋雨としては魔法の知識を手に入れるという目的が達成できれば特に問題はないので、もう気にしないことにしたようだ。


 ちなみに、魔法の知識に関して【鑑定先生】の力を使わないのかということに関してだが、秋雨が掲げている悠々自適なスローライフを送るという目的に準ずるために敢えて使わないという縛りプレイを行っているのと、【鑑定先生】で得た知識と実際にどの程度その知識が常識として世界に浸透しているかの確認も兼ねており、一応ではあるがしっかりとした理由はある。


(それにしても、この歳で先生になるとは……前世では卒業間近の大学生だったのに)


 そんな取り留めのないことを考えていると、ようやく学園長の話が終わったようだ。学校あるあるである校長の話は長いというのは、どうやら異世界でも同じらしく、そんな話を聞かされてうんざりしている生徒に混じって彼もまた内心でバルバスの話を右から左へと聞き流していた。


 あれから、バルバスと雇用に関する詳細な打ち合わせが行われた結果、雑務を担当する事務員的なポジションとして雇い入れるということが決定した。生徒に授業をするという業務内容で雇うことができないため、秋雨とバルバスが考え出した苦肉の策である。


 そして、秋雨を雇ったことを生徒たちには告知せず、しかしながら職員の一人であるため新学期の全校集会には参加するということで参加したのだが、生徒たちに紹介されないのであれば、集会が終わるのを別の場所で待っていればよかったと秋雨は思った。


「では、ヒビーノ先生。お主が普段使う自室に案内しよう」

「あ、ああ」


 雇用が決定した段階で、バルバスを含めた職員全員が秋雨のことを先生呼びするようになり、本人は断ったのだが、全員口を揃えて“魔法陣の知識を持つ人間を先生と呼ぶのは当然だ”と返されてしまい、半ばなし崩し的に先生呼びを受け入れていた。


 そして、話は秋雨がどこに泊っているのかという話になり、普通の宿屋だと彼が口にすると「栄光あるダルタニアン魔法学園の職員がそんなところで寝泊まりなど言語道断だ」ということで、その日のうちに職員専用の宿舎に引っ越しが決定したのである。


 現在、秋雨はバルバス直々の案内で魔法陣に関する知識を学園に伝えるためのレポートの作成を行う部屋へと向かっており、実質的な秋雨専門の部屋ということになる。


「ここじゃ」

「なるほど」


 案内された部屋は、錬金術や魔法関連の設備がある程度整えられており、まさに研究所といっても過言ではない。これならば、魔法についてのレポートを書くにはうってつけの場所である。


「ここならば、生徒も近寄ることはないじゃろ。危険物も取り扱っておるから、基本的に関係者以外は立ち入りを禁止しておる」

「それは助かる」

「それでじゃ。一応名目上は事務員として雇い入れておるから、一日のうちのどこかしらで事務職に勤めてもらうこととなるが、それ以外の時間はレポートの作成のために時間を使ってもらって構わんからの。すべてヒビーノ先生の自由じゃ」

「りょ、了解した」


 もはやどうとでもなれとばかりに、秋雨はあきらめた様子でバルバスの説明に耳を傾ける。説明が終わると、いろいろと確認したいことがあるだろうということで、バルバスは早々に去って行った。


「とりあえず、設備の確認でもするか」


 今日は新学期が始まったばかりということで、特に具体的な雑務はないらしい。そのため、秋雨はこれから利用することになる施設の確認を行うことにする。


「ほうほう、一通りの道具は揃っているようだな。試しに、何か作ってみるか?」


 そう呟くが早いか、秋雨はアイテムボックスからいろいろと素材を取り出す。初級の回復薬と解毒薬の材料である【ブルーム草】と【ジュウヤク草】だ。


 回復薬については、調合した経験がある。だが、その時は品質が満足のいくものではなかったため、今回は是非とも品質の高いものを作りたいと彼は意気込んでいた。


「前はボウルに薬草と水を入れて【調合】のスキルでできたんだったな。なら、今回はそれにひと手間加えてみるか」


 そう言って、彼はすり鉢を使ってブルーム草を粉状になるまですり潰し始める。そして、使用する水についてもただの水ではなく、自身の魔力を混ぜ合わせた【魔力水】に変化させた状態にしてからその二つをボウルに入れて調合を試してみた。


「スキル錬金術【調合】! さて、どうなりましたかね。【鑑定先生】結果よろしく!」


 できあがったものをさっそく鑑定する。するとこんな結果となった。



【初級回復薬(最高品質)】:この世界において最も下位の回復薬。調合前にひと手間加えられたことで、劇的に品質が向上している。効能:軽度の怪我はもちろんのこと重度の怪我(内臓損傷・複雑および粉砕骨折・全身打撲など)にも効果を発揮する。調合素材:粉状にしたブルーム草 + 魔力水



「うん、これは。でき過ぎているな……これも、女神印の錬金術の効果というものなのだろうか」


 鑑定の結果に思わずそんなことを呟く秋雨であったが、その答えを教えてくれる者はその場にはいない。しかし、彼の推測していることは的を射ており、ただの錬金術ではこれだけの効果を引き出すことは不可能とはいかないまでも難しいのは確かである。


 これもサファロデが恩恵として与えた錬金術の力であり、秋雨の持つ膨大な魔力と相まって、その効果は計り知れないものにまで昇華していた。


 彼自身病気や怪我になりにくい丈夫な体を得ているため、滅多なことでは体調不良になったりはしないのだが、万が一という言葉もある通り、何かあったときのために薬を持つことは悪いことではない。


 しかし、こんなものが作れるなどと知られれば、また国外へ逃亡しなければならなくなるのは目に見えているので、絶対に誰にも知られないようにしようと彼は心に誓った。


 そんなことを考えていたそのとき、突如扉がノックされる。慌てて器具を片付け、完成した薬もボウルごとアイテムボックスにぶち込み証拠隠滅を行ってから、部屋の入り口まで歩いていき扉を開けた。


「あんたは実技試験のときの」


 そこにいたのは、二人の男女であった。一人は秋雨が編入試験を受けていた際、実技の試験を担当していたアリマリという名前の女性職員だった。もう一人の男性は、名前は知らなかったが、初めてバルバスの部屋にやってきたときにいた職員の中に見覚えのある顔がいたため、彼女と同じ職員であると秋雨は推測する。


 紫のローブに身を包んだいかにも魔法使いらしい恰好に、ダルタニアン魔法学園の職員という身分を表すバッジを首元に付けている。年の頃は、二十代中盤から三十代前半くらいの女性として脂が乗っている時期である。


 薄い緑髪のショートカットに、淡いブルーの瞳が魅力的な女性であり、胸は慎ましいながらも落ち着いた雰囲気を持った大人な女性である。


 一方の男性は、ぼさぼさのグレーの髪に淀んだ黄色の瞳をした細身の体型をしており、もともとは真っ白だったローブが、長い間着続けたことで灰色に変色しているかのような、一見すると不衛生な服装をしている。痩せこけた頬に、どこか眠たげな目をしたどこぞのマッドサイエンティストな雰囲気を漂わせているような男だった。


「アリマリです。いろいろとお忙しいところ申し訳ありません」

「なにか?」

「実は、ヒビーノ先生はまだこの学園に来たばかりだと思いますので、我々が敷地内を案内しようかと思いまし――」

「ちょっと待てっ!」


 アリマリの言葉を遮り、もう一人の男性職員がずかずかと部屋に侵入し、すんすんと鼻を嗅ぐような仕草を取る。そして、それが終わるとゆるりとした動作で秋雨に向き直り、彼に質問を投げ掛けた。


「ヒビーノ教諭。先ほどまで、薬を調合していなかったかね?」

「……いいや、なぜそんなことを聞く?」

「某の鼻はごまかされませんぞ教諭! すんすん、これは……そう、ブルーム草の香りだ」


 そう言いながら、男は両手で香りを手繰り寄せるかのように自身の鼻へ扇ぐ仕草をしており、傍から見てかなりの奇行に及んでいる。その一方で、アリマリは彼の行動については苦笑いを浮かべるだけで特に言及するようなことはしていないため、彼女にとっては彼のこういった言動は日常茶飯事なのだろう。


 しかし、秋雨にとってはあまりいい状況とは言えない。誰も解き明かすことができないとされる魔法陣に関する知識を有しているだけでも注目されているというのに、この上他の分野にも精通していると知れ渡れば、ますます注目度が集まってしまう。それは何としても避けなければならない。


「以前ここを利用していた人間が、調合を行ったというだけだろう?」

「いいや、この香りの鮮度からいって、調合されたのは極々最近だ。そして、教諭がここを利用する以前にこの場所を利用していた人間は皆無! つまりは――」

「誰かが許可なくこの部屋を利用していた可能性が高い……ということだな。ふむ、一体誰が利用していたのか気になるところではあるが、その話は学園長やそれを管轄している人間にでも話してくれ」

「……あくまでも白を切るおつもりか? それもまた一興」

「いい加減にしてくださいアルケノ先生! ヒビーノ先生に失礼ですよ!!」


 なんとかしてごまかそうとする秋雨であったが、頑なに男性職員は薬を調合した犯人が彼であると疑ってかかる。実際に薬を調合していたのは事実であるが、その現場を押さえられたわけでもないため、本人が認めさえしなければ、それは状況証拠と身勝手な憶測で難癖を付けているだけに過ぎない。


 犯罪というものは、白日のもとに晒されて初めて犯罪となる。裏を返せば、白日のもとにさらされなければ犯罪は犯罪足り得ないということだ。


 今回もそれと同じことであり、本人が認めさえしなければ、そして本人がやったという明確な証拠を提示できなければ、憶測の域を脱することはなく、下手をすれば名誉毀損になりかねないのだ。


 秋雨と男性職員の中で謎の攻防が行われていたそのとき、さすがにアリマリも男性の行いは踏み込み過ぎていると思ったのか、二人の間に割って入ってくれた。


 彼女のお陰でそれ以上男性の追及から逃れることができたため、秋雨は内心で助かったとホッと胸を撫で下ろしたのである。


「ヒビーノ先生、こちら錬金術と薬学を担当しておられるアルケノ先生です。アルケノ先生、自己紹介をお願いします」

「アルケノ・アブノマだ。一応、アブノマ子爵家の四男だが、すでに某は子爵家を出た身であるからして、家との関わりは一切ないので安心めされ」

(どこに安心する要素があるというのか。それにしても、アブノマね……これ絶対アブノーマル(異常)の略だろ!)


 秋雨はアルケノの名前の由来について考えていたが、彼が再び薬の調合を行ったことについて追及してこようとしたため、アリマリの提案を受け入れ、学園の案内をしてもらうことにしたのであった。


 余談だが、一通り案内が終わったところで、またまたアルケノの追及が始まってしまったが、同じ薬学を担当している職員に引きずられるようにして連れていかれたため、なんとか彼から逃れることができた。


 こうして、職員としての学園生活が始まったわけだが、この先一体どうなってしまうのだろうか。
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...