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第十一章 眠り姫メイラ
128話
しおりを挟む「ん? つけられてる?」
メイラの契約魔法を解除し、王城を脱出した秋雨は、即座に王都からも脱出した。時は金なりという言葉もある通り、このまま王都に留まり続けることによって被る不利益を考えれば当然の判断だ。
王都に来てからというもの、魔法狂いの貴族やら自ら警備に参加する王女やらラビラタから追っかけてきた爆乳冒険者やらといろいろな面倒事が彼に降りかかってきた。挙句の果てにはスタンピードやら昔話に登場する【天災の魔女】と呼ばれるような存在とも戦わなければならない状況になってしまい、本当に踏んだり蹴ったりなことしか思い出がない。
さらに彼にとっては重要であろう女性の柔肌……特におっぱいに触れていないというのは由々しき事態であり、一刻も早くオパイニウムなる謎の成分を摂取しなければならないと考えており、飛行魔法を最大限に駆使して次の目的地となる魔法国家マジカリーフの国境に向かっていた。
だが、そんな中秋雨の気配察知に何やら不穏な気配を感じ取る。まさか、この状況で自分の存在に気づき追跡してくる人間がいるとは思わず、訝し気な表情を秋雨が浮かべる。
「かなりの飛行速度だな。下手すれば、俺よりも格上か? もうこれ以上の面倒事のおかわりはいらないんだ。ここは、三十六計逃げるに如かず!!」
そう言って、秋雨は自分が出せる最速の飛行速度で飛び出す。しかし、敵もさるもので、明らかに常軌を逸した速度で飛行する秋雨に追いすがるどころか、徐々に距離が縮まっていくことに彼は焦りを覚え始める。
「ちぃ、追いつかれる。……ん? この魔力の質は、魔族っぽいな。なら、ここは一つトラップを発動させよう」
追いかけてくる存在が魔族であることを確認した秋雨は、ここで一つ一計を案じることにする。まずは、転移魔法を使って先ほどまでいた王都近郊の草原まで転移する。
相手が魔族であることを考えれば、転移魔法くらいは覚えているはずであり、このままだと転移してくることは想像に難くない。そこで、秋雨は転移するとすぐに結界を発動させた。
「永遠に閉じ込めておくことは無理でも、せめて俺の魔力が感知できないところまで逃げきれればいいからな」
そう言って、秋雨は直径五メートルほどの球体状の結界を張り、即座に地上に降りて自分の魔力の放出を抑えながらその場から逃走した。
そして、それからすぐに追いかけてきていた存在が罠にかかったことがわかり、彼は安堵のため息をつく。
「なんとかなったか。それにしても、なかなかの使い手だった。魔族じゃなかったら、直接対峙して戦うことになってただろうな」
今の自分が出せる最速で逃げたにもかかわらず、余裕を持って追いついてくる存在に、さすがの彼も少々焦ったようだ。
だが、今回は相手が油断をしてくれていたお陰もあって、見事罠にはめることができたのだ。
「込めた魔力量から換算して、五日はもつだろう。その間に隣国へ逃げてしまおう」
これ以上の面倒事に巻き込まれないよう、秋雨は早々にその場から逃亡する。もちろん、逃げた先を特定できないように飛行魔法は使わず己の足を使ってだ。
少々時間はかかっても相手に位置を悟られないためには必要な措置であり、それでも強靭な肉体を持つ秋雨が走ればかなりの速度で移動することが可能である。
そのまま夜通し走り続け、バルバド王国と魔法国家マジカリーフの国境に到着したのは、昼を過ぎたあたりであった。
すぐに国越えをするための手続きを行い、特にトラブルもなくすんなりとマジカリーフに入国ができた。
「よし、これでひとまずは大丈夫だろう」
国を跨いだことで安心したのか、街道沿いにあった切り株に腰をおろしひとまず休憩に入る。
「そういえば、最近はいろいろ行動に偏りが出ていたから、この国ではもう少しスローライフに行ってもいいかもな」
最近の出来事といえば面倒事を回避するための工作ばかりで、本来の目的である悠々自適でスローライフな人生を送れていない気がすると彼は感じている。
これでは一体何のためにサファロデから第二の人生を送るチャンスをもらったのかと思ってしまうほど、最近の生活は悠々自適とは程遠い日々であった。
「そろそろ、料理とかにも着手していきたいな。生活基盤となる拠点を作るのもありだな。秘密基地作り、小学生の頃よくやってたっけ」
今までの秋雨の行動理念は、魔族という未知なる存在と邂逅したことによって自身が無敵の存在ではないということを認識した。そして、その強大な力に対抗するべく、ラビラタや王都バッテンガムのダンジョンで修業と称したレベリングを行ってきたのだ。
しかし、何度も言うように彼の本来の目的は悠々自適な生活を送るということであり、決して面倒事に首を突っ込むような悠々自適とは真逆の行動を取りたいわけではないのだ。
もちろん、のちのちにやってくる面倒事を回避するという意味合いで、あえて面倒事に首を突っ込んでいくということはままある。だが、それはあくまでも“のちのちにやってくる面倒事を回避する”という目的が主体であり、のちのちに面倒事がやってこないというのであれば、積極的に面倒事に首を突っ込んでいくような愚行を犯すことはないのだ。
そして、異世界においてスローライフといえば、三大欲求の一つである食欲を満たす料理を食すことや生活の基盤となる拠点づくりを行ったりすることであり、決して死なないように己を鍛えたり、のちの面倒事を回避するための工作に勤しむなどというようなことではない。
「まあ、ここからはゆったりとマイペースに行くとしようか」
それなりの強さを手に入れた秋雨は、新たな国へ訪れたことによって、ここで一度自身の生活を見直そうと考えたのだ。
命の価値が軽いこの世界で、ある程度の自衛のための強さを持つことは重要なことではある。だが、それにばかり意識が向いてストイックな生活になってしまっては一体何が楽しくて生きているのかわからない。
日本でも、ただ自宅と仕事場を行き来するようなストイックな生活を送っている人間は、決して少なくはなく、俗に言うワーカーホリックな人間だ。
わざわざ異世界に来てまでそんなことをする必要はないだろうし、このままでは【異世界転生したら、ワーカーホリックな生活が待っていた ~それって、前世でやってたことと変わらなくね?~】という別のタイトルに変更することになってしまうだろう。
そんなことは誰も望んでおらず、もちろん張本人である秋雨も望むところではない。彼の目標は、面倒事を避けながら平穏で悠々自適な生活を送ることなのだから……。
「……歩くか」
たまには、ゆっくりとした行動を心がけようと、秋雨は飛行魔法で飛んだり己の体を強化して走ったりはせず、一歩一歩踏みしめるように歩き始めた。
こうして、バルバド王国での騒動は終わり、平穏な日々を求めて新たな国へとやってきた秋雨であった。だが、規格外な力を持った彼を待ち受けていたのはやはりというべきか騒動であった。
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