上 下
125 / 180
第十一章 眠り姫メイラ

125話

しおりを挟む


「では、これより緊急招集による会議を始める」


 秋雨が王城に侵入してほぼ丸一日が経過する。突如として王族を含めた王城にいた人間すべてが深い眠りに就いていたことで、一時的に王城の機能が停止する事態に陥る。


 目が覚めた頃にはすでに外は朝を迎えており、城は大混乱となった。すぐに状況を把握するべく、国王を始めとする主要な人間たちは動き出し事態を収拾する。


 様々な人間から聞き取り調査を行ったのち、すぐさま王都にいた主要な貴族たちを招集させ、謁見の間にて緊急会議が開かれることとなった。


「まずは、状況を知らない者もいるため、昨日何が起こったのかについて説明する」


 国王ヨハネは、王妃とのあれこれは暈して昨日王城で起こった出来事を説明する。彼の説明を聞いて、王城の外にいた貴族たちは驚愕の表情を浮かべる。


 国で最も警備が厳重であるはずの王城に何者かが侵入し、それに誰も気づかずさらには賊を取り逃がしてしまうという失態を犯した。


「王よ、これは由々しき事態ですぞ!」

「王城に侵入されるばかりか、あまつさえ取り逃がしてしまうとは」

「これは責任問題ではないですかな」

(ふん、始まりおったか)


 ヨハネは、貴族たちの叱責に内心で悪態をつく。貴族の中には王家に付き従う者ばかりではなく、当然反意を持つ者も少なからずいる。そんな連中が徒党を組んで派閥を作り、王家に対して対抗する姿勢を見せているのだ。


 彼らにとって今回の一件は王家の、ひいては国王の権威を貶める絶好の機会であり、まるで水を得た魚のように国王や王城にいた者たちを非難する声が飛び交っていた。


「黙らんか! 今はそのような些末なことを言っている場合ではない!! ……陛下、ご無事で何よりでした」

「公爵か。そうだな、何とか命は取られずに済んだ。……それでだ。城に設置されていた魔道具の緊急装置が作動したことで、犯人の姿が映っておった」

「なんと」


 貴族の中でも最上位である公爵が一喝すると、途端に非難を浴びせていた貴族たちが黙りこくる。そんな公爵に内心で感謝をしつつ、ヨハネは話を進めていき、王城に仕掛けられていた魔道具について言及する。


 ちなみに、秋雨はこの魔道具の存在に気づいていない。理由としては、魔道具自体を隠蔽するために魔道具から発せられる魔力を極端に少なくする術式が組み込まれていたのだ。そのめ、秋雨も気づかなかったのである。


「さっそくだが、その映像を見ていこうと思う。準備を」

「はっ」


 そうして、魔道具の映像を確認するため、急遽放映会が始まった。最初に侵入者を捉えたのは、きょろきょろと視線を忙しなく移動させる田舎者丸出しの少年の姿であった。


「この少年が、侵入者ですか?」

「……そのようだな」

「父上、この者が例の少年です」

「例の?」


 会議には、秋雨と直接対峙したライラも参加しており、映像に映し出された少年について情報を伝える。


 あのあと、ライラがどうなったのかといえば、城にいた人間の中でも比較的早く目が覚めた彼女は、すぐにこの緊急事態を知らせるため、国王のもとへと向かった。


 その際、父と母のあられもない姿を見て、赤面する一幕があったが、二人が毎夜子作りのため励んでいることは彼女も知っていたのと緊急時であるため、王を揺さぶって起こしたのだ。


 叩き起こされた王はライラの報告を受け、すぐさま事態の収拾に動いた。国のトップという座にいる人間の手腕は伊達ではなく、瞬く間に事態を収め、今回の一件についての話し合いの場を設け、今に至るというわけだ。


「父上のもとに脅迫めいた手紙を送りつけてきたフォールレインという冒険者です」

「ああ、あの者が例の少年であったか」


 そう言いつつ、ヨハネは映し出された少年の姿を見る。そして、映像は王妃の部屋へと切り替わった。


 その瞬間貴族たちは騒ぎ出し、会議に出席している王妃キーシャが顔を赤くしていた。


 映像に映し出されたのは、彼女とヨハネが同じ寝所で同衾している姿であり、あまり人には見られたくはない姿であった。しかし、状況の把握のためには映像を見る必要があり、幸いにも王妃の肌はベッドの掛布団によってほとんど隠れていたため、このまま止めることなく映像を見る流れとなった。


 そんな状況の中、映像に映し出された少年が口を開く。


『もしかして、この男が国王か? 一緒のベッドで寝てるってことは……まあ、お励みになったってことだろうな。それにしても、情報では四十代だという話だったが、綺麗な王妃だな。二十代に見えるぞ』

「まあ」

「むっ」


 映像内の少年の言葉に王妃は機嫌を良くし、国王はむっとした表情になる。いくら少年といっても、自分の最愛の妻が他の男の言葉で喜んでいるのは、夫としては思うところがあるのだろう。


 それに、少年とはいえ間近で王妃の肌を見ている以上、彼にとっては度し難い存在であることに変わりはなかった。そんな少年がさらに独り言ちる。


『国王も実年齢と見た目年齢が合致してない。これなら、もう一人子供ができそうだな。……調べてみるか』

「ふっ、わかっておるではないか」


 少年の言葉にヨハネは気を良くする。特に、少年の口にした“もう一人子供ができそう”という言葉が彼の琴線に触れたようだ。


 そして、そんな彼や彼女にとって聞き捨てならない台詞が少年の口から発せられる。


『やはり、見た目が若いだけあって、まだ子供を作る機能は失われていない。もっとも、年齢による機能の劣化は否めないといったところか。であれば、一時的に高めてやればいい。【生殖能力向上(リプロダクション)】。よし、これで問題ない。王城に侵入した罪は、これでチャラにしてもらうとしよう』

「……」

「……」


 少年の言葉を聞いた瞬間、二人とも沈黙する。だが、両者の沈黙はそれぞれ意味が異なっていた。


 まず、国王の沈黙は少年の言葉が真実であるかどうかという疑念の沈黙であり、本当に王妃に子供を授かる能力が失われていないのかという思いからくるものであった。


 そして、王妃の沈黙は少年の言葉に驚愕する沈黙であり、自身にまだ子供を授かれる機能が残されていたことを素直に驚いたためである。


 だが、続けざまに少年が取った行動に二人だけではなく、それを見ていた全員が騒ぎ出す。そんな状況で止めとばかりに少年が衝撃的なことを口にした。


『って、俺は何をやってるんだ? 王妃に子供を身ごもらせるためにここに来たんじゃないぞ』

「キーシャ」

「わかっております。あとで調べてみます」


 本当にキーシャに子供ができているというのならば、早急に調べる必要があり、仮にこれで子供を授かっているというのならば、二人が長年願い続けた悲願が達成されることになるのだ。


 もし、そうなれば少年の口にした通り、王城に侵入した罪を帳消しにするなどお安い御用であり、むしろ更なる褒美すら与えてもいいとすら考えていた。


 だが、その考えを一旦保留にしたヨハネは、映像に映し出される少年に注視する。少年の口ぶりでは、自分や王妃が目的ではなく別の目的があるような口ぶりであったからだ。


「ここは、メイラの部屋。メイラ!」


 そして、少年が辿り着いた先は第二王女が眠るメイラの寝所であり、その瞬間王妃は悲鳴のような声を上げる。冷静さを失ったキーシャを国王がなんとか落ち着かせると、再び映像に目を向ける。


『この人が第二王女メイラか。どれどれ』


 部屋に入ると、メイラが眠っているベッドに近づき何かを調べている様子だった。なにか危害を加えるのではないかと不安に思っていたが、少年の言葉は意外なものであった。


『うーん、毒……ではないな。呪い……でもない。となってくると、また幻術か?』

「なんだと」


 少年の言葉に、ヨハネは驚愕する。確かに、メイラが昏睡状態になりすぐさま腕のいい医者と薬師に治療を依頼した。だが、彼女が目を覚ますことはなく、もしや呪いではないかと考えた彼は、呪いをかけられた可能性がある結論に至り、腕のいい神官に解呪も依頼していたのである。


 だが、少年はそのどれでもないことを瞬時に導き出し、また別の可能性を提示したのだ。だが、少年は即座に幻術の可能性を否定し、最終的な結論を出した。


『いや、こりゃあ幻術でもないな。とすると、契約魔法の類になってくるんだが、条件はなんだ? 時間経過かそれ以外の要因なのか……』

「契約魔法だと? そんな方法で、人を眠らせるなど聞いたことがない」


 契約魔法は、もともと商いでの取引や奴隷契約などを結ぶときに使用される魔法であり、眠らせるために使用するなどヨハネは聞いたことがなかった。


 いろいろと彼が困惑する中、さらに詳しく調べている少年がとんでもないことを口にし始める。


『こういう時、おとぎ話だったら王子様のキスとかで目覚めるんだけどな。……いっちょ試しにやってみるか?――」

「やめろ!!」


 静寂に包まれる謁見の間に国王の叫びが響き渡る。その叫びには殺気を含んでおり、そんなことをすればどうなるのかわかっているのかという雰囲気を纏っていた。


 幸いにも、彼の思いを感じ取ったのかはわからないが、少年が続きを口にする。


『いや、やめておこう。俺は王子様じゃねぇし、後でバレたら国王とかに殺されそうだ』

「よし! 賢明な判断だ」


 映像の向こうにいる少年に向かってヨハネは大きく頷く。それを見ていた他の者たちは彼の言動に若干引いており、「王よ、そこまでなのか」という感情を抱いていた。


 それから、少年があーでもないこーでもないと考える姿が映し出され、最終的に答えを導き出した。


『五十年の経過または体内魔鍵を解除のどちらかを満たせば彼女にかけられた契約魔法が解けるみたいだな。それにしても、五十年とかえげつないな』

「そ、そんな五十年だなんて」

「……」


 少年の言葉に、家族である王族たちは絶句する。それほどまでに、少年から出た言葉は衝撃的だったのだ。そして、彼が発した決意の言葉で場にいた全員の意識が彼に集中する。


『まあ、とにかくやってみるしかないな』


 その言葉の通り、少年はメイラの契約魔法をなんとかするため、行動を開始した。
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

家族に辺境追放された貴族少年、実は天職が《チート魔道具師》で内政無双をしていたら、有能な家臣領民が続々と移住してきて本家を超える国力に急成長

ハーーナ殿下
ファンタジー
 貴族五男ライルは魔道具作りが好きな少年だったが、無理解な義理の家族に「攻撃魔法もろくに使えない無能者め!」と辺境に追放されてしまう。ライルは自分の力不足を嘆きつつ、魔物だらけの辺境の開拓に一人で着手する。  しかし家族の誰も知らなかった。実はライルが世界で一人だけの《チート魔道具師》の才能を持ち、規格外な魔道具で今まで領地を密かに繁栄させていたことを。彼の有能さを知る家臣領民は、ライルの領地に移住開始。人の良いライルは「やれやれ、仕方がないですね」と言いながらも内政無双で受け入れ、口コミで領民はどんどん増えて栄えていく。  これは魔道具作りが好きな少年が、亡国の王女やエルフ族長の娘、親を失った子どもたち、多くの困っている人を受け入れ助け、規格外の魔道具で大活躍。一方で追放した無能な本家は衰退していく物語である。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた

こばやん2号
ファンタジー
 とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。  気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。  しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。  そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。  ※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

処理中です...