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第十章 気を付けていても、面倒事はどこからでもやってくる
116話
しおりを挟む「ふむふむ、なるほどな」
奴隷商会から速攻で図書館へと移動し、天災の魔女に関する本を片っ端から読み漁った。図書館は入場料を支払えば誰でも利用できるものであり、冒険者の秋雨でも入ることができた。
彼女に関する情報はいろいろと細かい部分は異なっているものの、要約するとこうなる。
ある村で一人の魔法使いが誕生し、その名声が世界へと轟く。だが、権力者たちが彼女を取り込むため、彼女と親しくしていた人間を人質にしようとした。
それに怒りを覚えた彼女は、強力な呪いを権力者たちにかけ、世界を闇へと陥れた。権力者たちが雇った多くの魔法使いが彼女に戦いを挑んだが、尽く敗れ去り、圧倒的な力を持つ彼女をいつしかこう呼ぶようになっていた。
“天災の魔女ペンドリクス”と……。
無敗を誇っていた彼女だったが、ある魔法使いとの戦いで致命傷を負ってしまい、その影響で彼女が権力者たちにかけた呪いが解けてしまう。
こうして天災の魔女の脅威は去り、再び世界に平和が訪れた。……かのように思えた。
残っている書物からは、天災の魔女が敗北したというところまでで、そのあとのことは記載されていなかった。だが、そこからは万物を見通す【鑑定先生】によって補足情報を得ることができた。
致命傷を受けた天災の魔女。もはやこれまでかと思われたが、残った魔力を使い、彼女は自身の魂を肉体から切り離すことに成功する。そして、自身の魂と共鳴する肉体を見つけては寄生し、来るべきときに備えている。
天災の魔女がいなくなってから千年の時が経過し、その存在はおとぎ話として語り継がれる程度にまで天災の魔女の情報が風化している。
「これは、まずいかもな」
そして、今回天災の魔女が寄生しているエリスの肉体と彼女の魂の適合率は九十七パーセントと高水準に達しており、これ以上の適合性は滅多になく、彼女が再びこの世に顕現する機会を窺っていることは間違いない。
さらに、知りたくなかった情報として、現在の天災の魔女の状態は封印と鑑定結果に表記されていたが、第三者の手による強制的な封印ではない。つまりは、力を温存するための自主的なものであって、それを解除しようと思えば、自分の意志で自由自在に解除できてしまうのである。
それに加えて、秋雨がエリスに結界を張ろうとしたことで自身の存在を悟られたことがペンドリクスにバレてしまった可能性が高く、今も彼が天災の魔女について調べている間も奴隷商会から逃げ出しているかもしれないのだ。
「くそ、失態だ。まさか、あんなものが封印されていたとは」
一通り情報を手に入れた秋雨は、何も起きていないことを祈りつつ図書館をあとにした。その祈りが聞き届けられなかったことを知るのに、それほどの時間はかからなかったことを知らされるのは、彼が宿に戻ってからしばらく経ってからであった。
(あの小僧、何者じゃ?)
牢の中でただただ過ごすエリスの体内では、妖艶な女性の声音が響く。当然ながら、その声はエリスにはおろか周囲の人間にも聞こえておらず、本人だけが聞くことができる。
(内在する魔力量から見て魔法使いのようじゃったが、わらわの存在に気づきおったか。これは、少しばかり復活を急がねばなるまいか?)
秋雨が奴隷商会を去ってからエリスの体内にいるペンドリクスは、自分の存在が悟られたことを確信する。抵抗したとはいえ、彼の放った結界は強力なものであり、辛うじて跳ね除けることができたが、そう何度も上手くいくとは限らない。
そして、時間が経てば経つほど天災の魔女が健在であり、再びこの地に舞い戻ろうと画策していることを知られる可能性が高くなっていく。
幸いなことに、ペンドリクスにとって今回の寄生主であるエリスと自身の魂の適合率は高く、かつてないほどに魔力の高まりを感じていた。それこそ、今までの寄生主とは違い、体内にいるにもかかわらず魔法を使用することができている時点で、相性がいいということはすぐに想像できた。
(潮時じゃな。そうと決まれば……【魂解放(ソウルリリース)】)
「っ!? ……上手くいったようじゃな」
思い立ったがなんとやらとばかりに、すぐに封印を解き、エリスから身体の主導権を奪い取る。千年ぶりの身体の感触に両手を閉じたり開いたりを繰り返す。
「それにしても、前は男好きする艶めかしいものであったが、此度の身体は随分と貧相じゃのぉー。おお、まさか下からのぞき込んで床が見えるとは!」
そんなことを呟きながら、感慨深そうにペンドリクスが独り言ちる。
彼女の言動からわかるように、かつての彼女はすれ違った男が十中八九誰もが振り返るほどの美貌を携えており、まさに傾国の美女という言葉通りの見目をしていた。
かつての権力者たちが彼女を欲した理由は、何も魔法使いとしての圧倒的な力だけではない。そのあまりの美貌と妖艶さに、心惹かれたからでもあったのだ。
それが、相性がいいとはいえ以前とは比べ物にならないほどの貧相な体つきに、少々複雑な気持ちになっても不思議ではない。
「うーむ、手を胸に当てても埋もれんとは……これが、乳なしの心境というものか」
かつての自分の身体にあった爆乳と今の身体を比べつつ、貧乳の女性を敵に回しそうなことをペンドリクスが口にする。
「じゃが、動きやすそうな身体じゃ。この身体なら、ポロリを気にする必要もないしの」
前世の彼女は布面積の少ない服を好んで着ていた。そのため、激しい戦闘になるとよく局部がポロリと出てしまうことが多々あったのだ。そして、この行為が実は彼女が無敗を誇っていた要因の一つでもあった。
大抵の場合、優秀な魔法使いというのはそのほとんどが男性であり、女性の魔法使いは珍しかった。そのため、ペンドリクスが戦った魔法使いの実に九割九分が男性ということになる。
さて、先の言動として彼女は布面積の少ない服装を好んで着ていた。それが原因でよく局部をポロリしていたのだが、ここで対戦相手が男性だった場合ということに着目しよう。
敵とはいえ、傾国の美女とまで称されるペンドリクスがそういった行動を取れば、大抵の男性はそこに目が行ってしまうのは自明の理であり、寧ろそうならない男など男に非ずと断言してもいい。
つまりは、彼女の美貌とそういったハプニングに見舞われた結果、隙を見せる形となってしまい、彼女に敗北したという要因も含まれていたのではないかということである。
もちろん、魔法使いとしてペンドリクスが天才のだったということもあるにはあるが、それでも国が差し向けてくるほどの魔法使いが簡単にやられてしまうのかということに疑問が浮かぶ。
倒せないまでも、逃げることくらいはできたはずなのだ。だというのに、彼女と戦ったすべての男性魔法使いは帰らぬ人となってしまっている。その結果から推測されることは、彼女のポロリによって隙ができたところを突かれ、反撃も防御もできずに散ってしまったというのが真相ではないのだろうか。
まさに“かわいいは正義”ならぬ“おっぱいは正義”であり、この真実を知れば女性は白い目で見るだろうが、男性であれば誰もが納得してしまう珍事であった。
「さて、どう動いたものやら」
一通りエリスの身体を弄ぶ……もとい、確認したペンドリクスは、このあとの行動に思考を向けることにする。
現状、秋雨がエリスに結界を張ろうと画策した時点で、彼女の体内に天災の魔女であるペンドリクスが封印されているということはバレている可能性が高く、このまま奴隷商会に留まっても百害あって一利なしといったことになる。であれば、彼女の次の行動は……。
「あの小僧をなんとかせねばなるまい」
そう、ペンドリクスにとって不利な情報を掴んでしまった者の排除という結論に至ることは自然であり、この時点で彼女が秋雨と事を構えることが決定してしまった。
「しかし、あの歳で、あれだけの、結界を、操るとは……はあ、はあ、かなりの手練れ……」
などと秋雨の評価をしていると、ペンドリクスは体に違和感を覚える。その答えは、今彼女が乗っ取っているエリスが本来持っているスキルにある。
二十歳という若さで、房中術と性豪の両方を保持している人間は少なく、毎日そういった行為をする娼婦ですらどちらか片方しか持ち合わせていない。
日常的に行為が行われていた人間の身体を乗っ取ったことで起きる現象……それは、性的高揚感である。
ペンドリクスがエリスの身体を乗っ取った直後は魂が身体に馴染んでいなかったため、その違和感には気づかなかった。だが、魂が馴染んだことでエリスの身体が性的なものに敏感だということを認識してしまった。
「あっ、て、手が勝手に……」
性的欲求が高まった人間が行うことは一つであり、そこからは彼女のワンマンプレイが行われることとなる。
当然のことであるが、彼女が入っている牢は幸いにも一人牢だったが、その周囲には同じ奴隷が収容されており、中には男性奴隷もいる。そんな状況で女性がそういうことを始めてしまうと目が行ってしまうのは当たり前のことであり……。
「あんっ、やんっ」
『ご、ごくり……』
その場にいたすべての男性の心の声が一つとなった瞬間であった。それから、ペンドリクスが満足するまで彼女のワンマンショーが開かれることとなり、気づいた時にはすでに日が暮れてしまっていたのはご愛敬である。
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