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第九章 王都バッテンガム
111話
しおりを挟む「というわけで、スタンピードについては終息したものと見て間違いないかと」
「で、あるか。ご苦労であったライラよ。疲れただろう、しばらく休むとよい」
「ありがとうございます父上。ですが、今回のスタンピードについて、少しばかりおかしな点があるのです」
「おかしな点?」
スタンピードが終わり、その内容をライラは父であるバルバド国王に報告した。そして、自分が実際に戦場で体験した違和感について話し始めた。
「今回のスタンピードでキング種であるゴブリンキングやオークキングなどが出現し、そこから突然変異体であるオーガエンペラーも確認されました」
「おまえの口から聞くまでは信じられない事態だが、実際に討伐したのだろう?」
「はい、間違いなくオーガエンペラーは私が討伐しました。ですが、奇妙な点があるのです。私は自分で言うのもなんですが、戦士としてそれなりの実力を持っていると自負しております。それでも、Sランクに分類されるオーガエンペラーを単独で倒せるほどかと言われれば、そうでないとはっきり言えます」
「なるほど」
「そして、実際のところオーガエンペラーは討伐されている。可能性としては、今回のスタンピードで出現したオーガエンペラーを含めたモンスターの強さがそれほどではないというものですが、あれらは確実に冒険者ギルドが定めた規定通りの強さを保持していた」
ライラの言葉に、ヨハネは怪訝な表情を浮かべる。今回のスタンピードで襲ってきたモンスターの強さが、ギルドが定めた基準よりも下回っていないと暗に告げ、そのあと一つの可能性を彼女は提示する。
「可能性としては二つ。一つは何らかの魔法によってモンスターが弱体化していた場合、そしてもう一つが何らかの魔法によって我々が強化されていた場合です」
「あるいは、その両方という可能性もあるかもな」
実際現場にいたライラは、モンスターの強さが戦っている途中から変化していたということに気づいた。最初は、モンスターも生き物であるため、体力の消耗によって動きが鈍ったと考えていた。だが、それにしては体力が消耗するほどの激しい戦闘があったわけではなく、何かしらの原因によってモンスターの動きが鈍ったという感じに映ったのだ。
魔法の中にも、指定した相手を弱体化させる魔法というものが存在し、実践経験をある程度積んできた彼女は、そういった魔法を目にする機会もあった。今回のスタンピードもキング種が出現してからしばらくしてモンスターの動きが鈍っていったことからも、そういった類の魔法が使用された可能性は高いと考えていた。
それに加えて、キング種の出現によって本来であれば体力の消耗が激しくなるはずの終盤から、自分以外の戦っていた者たち全員の動きがよくなった感じがしたのだ。
これは、強化魔法をかけられた人間によく見られる挙動であり、これもまた可能性の一つとしてライラは推測していた。
そして、その二つの可能性が両方とも考えられるのではないかという国王の言葉に、ライラの推測は確信へと変わっていく。
「確かに、弱体化と強化の魔法が同時に展開されていたとすれば、あれだけの強さを持ったモンスターと渡り合えたことにも頷けます。ですが……」
「ふむ、一体誰がその魔法を使ったか、だな」
「はい、宮廷魔術師の中にも弱体化や強化の魔法を使えるものはいます。しかし、広範囲の、しかもあれだけの人数に同時に魔法を展開できる者はおりません」
この世界での一般的な魔法の効果範囲は、攻撃魔法であれば上位のものだと有効範囲も広く、数多くの対象を指定することができる。だが、それが弱体化や強化などといった支援型の魔法となれば話は変わってくる。
攻撃魔法とは異なり、殺傷することを目的としない魔法の場合、効果範囲が狭く、実現できたとしても、一人や一匹という一個体のみという限定的な範囲にしか使えないのだ。
だが、ライラの見た限りでは、弱体化と強化の魔法が及ぼした範囲は、少なくとも数十匹から百匹前後、数十人から百人前後程度はいると思われ、かなり広範囲にその影響が出ていたように思えた。
仮にこの状況を再現しようとした場合、弱体化と強化の魔法を使うことのできる一般的な魔法使いをそれぞれ百人ずつ合計二百人も連れてこなければならない。そんな状況ならば、戦場では嫌でも目立つため、一目で気がつくだろう。だが、ライラの見た限りでは弱体化や強化の魔法を使っていた魔法使いの集団はいなかった。
「では、ダンジョンで入手した国宝級の魔道具か何かの可能性は?」
「現実的ではありません。なにより、それほどの魔道具ならば魔法使いの魔力感知に引っかかります。私も魔力は多い方ですので、一般的な人間よりも魔力の感知については敏感なほうです。しかし、あの時戦場では何も感じられませんでした」
「つまりは、弱体化と強化の魔法を誰にも悟られず同時展開し、お前や魔法使いたちにそれを悟られないように行使した存在がいる……ということか?」
「状況的には、そうとしか考えられません」
そのような結論に至った二人であったが、さらなる疑問として、一体何の目的でそのような回りくどい行動に出たかという考えが浮かんでくる。
王家に対して恩を売りたいのであれば、堂々と表立ってやることで地位や名声を得ることもできるだろうし、隠れてそんなことをする意図が理解できない。
逆に目立たない行動を心掛けている人間であれば、そういった行動に出てもおかしくはないが、そんな人間そうそういるわけが……。
(ん? 目立つことを好まないかつ弱体化と強化魔法を使えそうな人間に一人心当たりがあるじゃないか)
考えを巡らせているうちに、ライラは今回の件に該当する人物が一人いることに思い至る。言わずもがな、フォールレインこと秋雨であった。
だが、それと同時に探りを入れたところでいいようにはぐらかされる可能性が高く、出会ってまだわずかだが本人の性格を考えれば、下手に追及すれば最悪の場合、他国に逃げられてしまう。それをためらいもなくやってしまうのが秋雨である。
「どうした?」
「いいえ、何でもありません」
「まあ、とにかくだ。王都が無事だったのは幸いだ。しばらくは事後処理に当たることになるだろうが、よろしく頼む」
「かしこまりました」
スタンピードによってもたらされたのは、王都の危機だけでなくその後の書類整理なども増え、実質的に王族の人間が忙しくなる事態になっていた。
そんな状況下では、今回の弱体化と強化を使った存在や、以前国王に手紙を送ってきた者に会うという余裕はなく、二人の会話にもその話題が上がることはなかった。
(今はまだ泳がせておいて、言い逃れできない状況で追及するしかないな)
しかし、ライラの中ですでに今回の一件に絡んでいるのが秋雨であるということは確定事項のようだが、明確な証拠はどこにもない。そして、それを追究しようにも今はスタンピードの後処理が忙しく、とてもではないが件の少年に会いに行く暇を作ることができなかった。
彼女の取れる選択としては、今はまだ下手に彼と接触するようなことはせず、次に尻尾を見せた時、言い逃れできない状態で問い詰めるしかないという結論に至った。
状況的にはまだ予断を許さない状態ではあるが、時間的余裕ができたことは秋雨にとっては僥倖ではある。
(必ずやその尻尾を掴んでみせるぞ。それまで精々楽しんでおくんだな)
まるで罪人を追い詰めるかのような言動だが、秋雨は何も悪いことはしていない。日頃から警邏に出ているため、人を疑う癖がついているライラがおかしいのである。
兎にも角にも、スタンピードが起こったことで、秋雨が王家から追及されるまで今しばしの時間ができたのであった。
「ん? 嫌な予感が薄れたな」
ライラが秋雨についての処遇を遅らせたタイミングで、彼の中にあった嫌な予感が感じられなくなった。どういった原理なのかはわからないが、秋雨の中で面倒なことに遭いそうになるとまるでセンサーのようにそれが発動するらしく、今までもそれに従って行動してきた。
そのお陰でいくつかの面倒事を回避できているため、彼の中ではこの感覚をなによりも重要視している。そして、その感覚が薄れたということは、ひとまず何かしらの面倒事は回避できたと判断した。
「でも、まだちょっとだけ残ってるところを見ると、完全に払拭できたってわけじゃなさそうだな」
それでも、状況的にそれは一時的なものに過ぎないという感じがしており、問題が解決したとは言い難いことにも気づいていた。だが、王都でまだ用事がある彼にとっては時間的な余裕ができたことは有難いことであるため、さっそく用事の一つを済ませることにした。
「よし、ここら辺でいいな」
彼がやってきたのは、王都の中心部であり位置的には王城の少し手前にある広場だった。時刻は人々が眠りに就く深夜であり、当然だが広場には人っ子ひとりいない。
今回秋雨がそこにやってきた目的は、魔族に対する対抗策として結界を張っていなかったため、それを実行するためである。
しかしながら、今の秋雨の魔力でも百万人規模の大都市を覆いつくすほどの結界を張ることは不可能であり、どう頑張っても半分程度が限界である。
ならば、どうして広場にやってきたのかといえば、とある方法を使えば結界を張ることが可能になると気づいたからだ。その方法とは、媒介物を使って結界を展開するという方法だ。
魔力を通しやすい素材を媒介にして、それを発動するためのトリガーにすることで、術者の魔力を用いなくても結界を発動させることができるという方法が存在する。
今回使用するのはラビラタのダンジョンで入手したイービルトレントの魔石で、これならば媒介としては申し分ない。
「掘り返されないよう少し深めに埋めておこう。三十メートルくらいでいいか」
そう言いながら、秋雨はアイテムボックスから取り出したイービルトレントの魔石を、魔法を使って地中深く埋めていく。隠蔽能力を使って魔石から発生する魔力を隠し、存在自体に気づかれないよう工作をしたうえで掘り返されない深さまで魔石を埋め込んでいく。
魔石を埋め終わると、その魔石に魔力を送りながら以前行ったように王都全体を結界で覆う作業を行った。魔石を肩代わりしたことで、広大な王都を覆うほどの結界も難なく展開でき、あっさりと結界を展開することができた。
「よし、これで魔族の侵入は大丈夫だな。ふぁー、まだ夜だし宿に帰って寝るとするか」
もはや秋雨の目的の一つとなっている“魔族に対しての対抗手段として街を結界で覆う”という大掛かりな作業が終わり、一度宿に戻って寝ることにした。
余談だが、結界を張ったことでどこぞのマッドな魔族が王都に入れず「なんでこんなものが張られているんだぁー!!」という嘆きの声が聞こえてきたが、その声を聞いた者は誰一人としていなかったとか。
こうして、魔族絡みのスタンピード騒動が解決し、王都に再び平和が戻った。
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