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第九章 王都バッテンガム

106話

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「そこの少年、止まれ!」

「……」


 バケラッタとの騒動があって数日後、いつものようにダンジョンへ向かおうとしたところ、誰かに呼び止められる。


 少年という呼び方に自分ではないと言い聞かせつつ、そのまま無視して行こうとも考えたが、相手は諦めてくれなかった。


「そこのフォールレイン、止まれと言っている!」

「これはこれは、ライラ殿下ではありませんか。本日もお日柄よく、殿下にお会いできましたこと誠にもって恐悦至極に存じます」

「お前はどこぞの貴族か? 回りくどい言い方をしおって」

「それで、何か御用でしょうか?」


 秋雨に声を掛けてきたのは、今彼が最も会いたくない人間の一人であるライラであった。彼の底知れぬ何かを感じ取ったライラは、部下である騎士を監視に付けた。だが、いとも簡単に監視の目を掻い潜り、好き勝手に動く彼に危機感を感じていたのである。


「どうやって騎士たちの監視から逃れた?」

「なんのことですか? まさか、監視をつけていたわけじゃあございませんよね?」

「……まあいい。貴様に聞きたいことがある。貴様、幻術魔法が使えるな?」

「幻術魔法?」


 ライラのいきなりの質問に、秋雨は顔色を変えずに頭の中で思案する。監視の目である騎士たちの証言から、秋雨本人または秋雨を陰から支援する存在が幻術を使って監視の目を逃れたという結論に至ったことをなんとなく察した彼は、即座にそれを否定した。


「そんな高度なものが使えるのなら、今頃僕はDランクやCランクの冒険者になってると思いますよ?」

「貴様、隠し立てすると――」

「であれば、拷問でもしますか? そうなった場合、然るべき方々にお知らせすることになりますが?」

「……」


 秋雨はそういった強行策に出るのならば、あなたよりも立場の上の人にそのことを伝えるという脅迫めいたことを口にする。それは暗に「やれるものならやってみろ。もしやったら、国王にバラすぞ」という内容のものであったのだが、そのメッセージはしっかりとライラに伝わったようで、苦虫を嚙み潰したような歪んだ顔をしながらも、それ以上の追及はしてこなかった。


「僕の目的は冒険者としてダンジョンに潜ることです。それ以外の目的はございません」

「その言葉に偽りはないと?」

「もちろんです。誰かさんがこれ以上の詮索をしてこないならば、という注釈が付きますがね」

「……そうか。手間を取らせたな、行っていいぞ」

「では、失礼します」


 秋雨はライラに「これ以上俺の回りを嗅ぎまわるのなら、どうなっても知らないぞ?」という言葉をぶつけた。謎めいたものを感じる秋雨に恐怖したのか、それとも彼の言葉に納得したのかはわからないが、その場で納得したライラは彼を開放した。


「よろしかったのですか?」

「構わん。今この場で追及したところで、奴が口を割ることはなかっただろうし、これ以上あやつの時間を奪えば、本当に父上に話を持って行きかねない」

「……」


 バルバド王国の第二王女であるライラは、主にその腕っぷしの強さを利用して軍事関係を担当している王族である。しかし、姫という立場上あまりそういったことに関わってほしくないと考えている国王や王妃に「おまえはもう少しお淑やかにできんのか?」という苦言を常日頃から呈されており、彼女の悩みの種でもあった。


 ここで何の罪もない若い冒険者を拷問したとなれば、そのことについてネチネチと非難と追及されることは自明の理であるため、ここは大人しく引き下がるしかなかったのだ。


 いくら王族といっても、なんでも権力を使ってどうこうできるわけではなく、国の代表者という立場上、常に国民の模範となるよう行動しなければならない。物語に登場する傲慢な態度の王族や貴族というのは、なかなかいるものではなく、決して存在しないわけではないが、基本的には善良な者がほとんどである。


「城に戻るぞ」

「はっ」


 そう言って、城に戻ることにしたライラであったが、何故か戻ったときにはすでに国王に若い冒険者を拷問しようとした情報が流れており、小一時間ほど説教される羽目になってしまった。


「別に、大人しく引き下がれば伝えないとは言ってないもんね」


 という秋雨の言葉があったとかなかったとか……。


 どちらにせよ、ライラはこのとき秋雨の行動力と実行力に戦慄することになった。






 ライラと別れたあと、秋雨は魔法を使って国王に先ほどのライラとのやり取りを書いた手紙を送った。


「これで少しは大人しくなるだろう」


 自身の行動に責任を持てという意味で国王に伝えることにした秋雨だが、もちろんこれは軽率な行動からくるものではない。


 国王に手紙を送るという行為は、正規の方法だとかなり時間がかかってしまう。そのため、即座に伝えるには国王に直接届ける必要があった。


 しかし、そんな手段を持っている者に興味を持たない人間はおらず、手紙を送ることでそういった存在がいるということを不用意に知られてしまうことになりかねない。


 その点を考慮して、国王の手紙に「この手紙の送り主については詮索するな。それがお互いのためだ」という釘を刺すということも怠ってはいない。


 本当はあまり王族と関わりを持つこと自体がよくないのだが、これ以上ライラに振り回されたくはないし、面倒臭いというのが彼の正直な感想である。


「まあ、これで国王が出張ってきたら、他国に逃げるだけだしな」


 転移者または転生者が波風を立てずに生きていくには、目立たないことが大事だ。だが、その特性上どうしても目立ってしまうのであれば、逃げの一手を打つというのも選択肢の一つである。


 秋雨にとって現在滞在しているバルバド王国に愛着はなく、面倒事に巻き込まれそうになれば、すぐに他国に流れるという選択肢を取ることができる。それが流れ者の強みでもある。


 王族を味方につけ面倒事から守ってもらうという選択もあるが、その分厄介事を持ちかけてくる可能性もあり、そういった部分では王族との接触は避けるべきだと秋雨は考えている。


 今回、王女であるライラ……そしてその父親である国王と接触してしまったことで、特異性の塊である自分自身を知らしめてしまった。


「一応、他国に逃げる準備をしつつ、ダンジョンでのレベリングを考えるべきだな」


 少々迂闊なことをしてしまったかもしれないと、反省しつつも、すぐに切り替え最悪の事態を想定しつつ秋雨は動き出す。


 まずは、各店舗で旅の準備をしつつ、必要な物資を買い込む。そのための資金は前回ラビラタで入手したスチールスライムから入手できるメタリカ鉱石だ。


 その金を使い、次の拠点を見つけるまでの道中の食料品などを買い込む。秋雨の持つアイテムボックスに入れておけば、時間経過による劣化を防ぐこともできるし、常に手に持って運ぶこともないため、負担にはならない。


「さて、今日もダンジョンに赴くとしますか」


 そう独り言ちると、今日も今日とて彼はダンジョンを攻略するのであった。





「時にライラよ。この儂に手紙を寄こしてきた人物に心当たりがあるのではないか?」

「そ、それは……」


 ところ変わって王都バッテンガムの中心部にそびえ立つ王城内のとある一室で、ライラとその父である国王が対峙していた。


 バルバド王国現国王ヨハネ・フィル・テスラ・バルバドその人である。


 四十代後半ながらも、その肉体は未だ衰えておらず、精悍な顔つきに顎に蓄えられた白髭は、彼の持つ雰囲気と相まってイケてる親父……所謂イケおじのそれである。


 そんな国王でもあり父の鋭い視線を向けられ、さしものライラも言い淀んでいたが、それを勘違いしたヨハネが溜息と共に寂しそうな顔をしながらその気持ちを吐露する。


「パパは悲しいぞ。もう、秘密を話してくれなくなったのか?」

「そ、そのようなことは」

「じゃあ、言えるな? 大体、国王である儂にも言えないことってよっぽどだぞ? てことで、話なさい」

「……」


 親としても国の統治者としても頭の上がらない存在に、ライラは秋雨のことを包み隠さず話した。もともと、彼女が件の少年の存在について隠すつもりはなかった。だが、彼女にとっては国王の耳に入れるほど重要なことでもないという楽観的なことを考えていたため、くだらないことだと一蹴されやしないかと考えていたのだ。


 彼女が秋雨のことを話している間、ヨハネはそれを黙って聞いていた。そして、一通りライラが話し終えると、顎鬚を触りながらこう口にしたのだ。


「面白い少年だ。まさか、この儂を脅迫の材料に使うとは……」


 その顔は迫力が籠っており、明らかにいいように利用されたことを不快に思っている顔であった。


 そんなヨハネの顔を見ないよう、護衛の騎士の中には顔を背ける者もいたが、ライラも顔を背けたい衝動を抑えつつ、彼に問い掛けた。


「いかが、いたしましょうか?」

「そう、だな。このまま黙って利用されてやるのは癪だな……。であれば、一度釘を刺しておくのも一興であるか? よし、そのフォールレインとかいう少年。儂のもとに連れてまいれ」

「かしこまりました」


 こうして、秋雨の知らぬところで国王の不興を買ってしまい、事態は彼の嫌う面倒事へと発展していくのであった。
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