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第九章 王都バッテンガム

104話

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「おかしい……ですか?」

「ああ、あれから数日経った。いくらなんでも、それほど長い期間宿に籠りっきりは不自然過ぎる」


 秋雨が王都へやってきて数日が経過したが、その間彼を監視していた騎士たちの報告を逐一ライラへと報告していたベルトンであったが、この数日の報告を受けて、彼女はかの少年の行動に対し違和感を覚える。


 駆け出し冒険者であれば、その日の宿代もままならない人間は珍しくなく、何日間も依頼をこなさないばかりか宿の外に出ないのはおかしいのだ。


「私が見てきましょうか?」

「そうだな。見張りの騎士たちの報告が虚偽でないことは間違いないが、何かが起きていることもまた事実だ。手間をかけるが頼めるか」

「承知いたしました。では、行ってまいります」


 ベルトンはそう言うと、ライラに頭を下げて執務室をあとにする。彼女の護衛騎士隊長である彼が護衛対象から離れるのは、騎士としてあまり褒められた行為ではない。だが、監視対象となっている秋雨に不審な行動が見られる以上、監視する指示を出した人間が直接確認する必要があるのだ。


 一体現場で何が起きているのか、理解が追い付かないまま、ベルトンは秋雨の拠点先となっている宿へと赴く。現場では、目立たないよう彼の部下たちが密かに秋雨を監視している様子が目に映った。


「様子はどうだ?」

「ベルトン隊長。特に変わりありません」

「そうか。……ん? おい、監視対象はどこにいる?」

「あちらにおりますが」

「なに?」


 秋雨の姿を確認しようとしたベルトンであったが、部下が指を刺した方向に彼の姿はなく、訝し気な表情を浮かべる。


「っ!? まさか。おい、貴様。ちょっと目を見せろ!」

「え? あ、はい」

「……やはり、幻術にかかっている。目を覚ませ!」

「ぐはっ、な、なにをするのですか!?」

「もう一度確認してみろ。一体、どこに監視対象がいる?」

「あ、あれ? い、いない?」

「……とりあえず、宿の人間に話を聞きに行くぞ」


 そして、ベルトンはある一つの可能性に行きついた。それは、部下が何かしらの幻術にかかっている可能性である。それを確認するため、彼は部下の目を見ることで部下が幻術にかかっていることを看破した。


 幻術にかけられた者は、主に視覚的な部分を惑わせられるため、相手の魔力が目に宿ることが多い。それを知っていれば、幻術にかかっているかどうかの判定を相手の目を見ただけで行えるのである。


 さらに言えば、幻術にかけられると視覚もそうだが、脳自体が騙されていることになるため、頭にちょっとした衝撃を加えると幻術が解けてしまう。強力な幻術であれば、その程度で術が解けることはないが、今回部下にかけられた幻術はそれほど強力なものではなかったようだ。


 幻術が解け、騎士として醜態を晒している部下に呆れながらも、情報収集のため秋雨が泊っている宿へと向かう。


「いらっしゃい。泊りかい?」

「いや、客ではない。二、三聞きたいことがある。茶色い髪に青い目をした成人したばかりの駆け出し冒険者風の恰好をした少年を知っているか?」

「ええ、確かにそういう客はうちに泊まっていますが」

「どこに行った?」

「いつも通りなら、今頃ダンジョンに潜っているはずですが」

「ちなみに、その少年は一人で泊っているのか? 他に仲間は?」

「一人だと思いますよ。泊っているのも一人部屋ですし、今まで彼を訪ねてきた人はおりません」

「なるほど、了解した。協力感謝する」


 宿の店員から秋雨がいないことを確認したベルトンは、すぐさま城へと取って返す。部下については、相手の掌の上で転がされていた事実を叱責したことは言うまでもなく、二人の部下については始末書を書かされる羽目になってしまった。


 すぐにライラのもとへと戻ったベルトンは、現場で起きていたことをすぐさま彼女に報告した。


「幻術? あの少年……確か、フォールレインといったな。あの者が幻術の類を使用して、騎士たちを煙に巻いたと?」

「現場に赴いた限りでは、そうとしか結論付けられませんでした。仮に、他に仲間がいるとすれば、相手はかなり幻術に長けた者になるかと思いますが、店員の話ではここ数日あの少年を訪ねてきた人物などいないとのことでしたので」

「秘密裏に見張っている可能性は?」

「ゼロ……とは言い切れませんが、もしそうなら部下たちが気づくはずですし、私が現場に赴いたときに確実に気づきます」

「相手は優れた幻術使いなのだろう? 幻術で気配を殺すことなど容易なのではないか?」

「そう言われては自信がありません。ですが、少なくともそういった気配は感じられませんでした」

「ふむ」


 ベルトンの報告を聞いて、ライラは頭の中で思案する。しばらく考えたのちいくつかの可能性を口にする。


「今回の場合、考えられる可能性としては三つだ」

「三つ、ですか?」

「一つは、フォールレイン自身が幻術使いの可能性だ。宿の店員の話が仮に真実であった場合、件の少年に仲間はおらず一人で行動していることになる。であるならば、お前の部下に幻術をかけた相手は少年ということになる」

「なるほど、二つ目はなんです?」


 ライラの言葉に、ベルトンは納得の表情を見せる。あの状況下で部下の騎士に幻術をかけることで得をする人間は秋雨ただ一人であり、他の第三者が幻術をかけたところで利益になるとは言い難い。もっとも、少年を陰から見守る存在がいれば話は変わってくる。


「二つ目は、あの少年以外の第三者が幻術をかけた可能性だ。それに加えて、その幻術使いは少年と繋がりがあり、少年を助けることで何かしらの利益が発生する。具体的にどんな利益が発生するかはわからないが、少なくとも何かしらの意志で少年を手助けしているということは確実だろう」


 仮に少年が幻術使いではなく、第三者が騎士たちに幻術をかけたのであれば、その人物にとって少年を助けることは何かしらの利がある行為になる。


 現時点で幻術使いが少年かそれ以外の第三者かは確定していないが、もし第三者の存在であった場合、事はかなり厄介なことになるとライラは苦虫を嚙み潰したような表情で告げた。


「そして、三つ目の可能性だが、我々に敵対する勢力が今回の少年との邂逅を利用して妨害工作を行っている可能性だ。少年とその幻術を使ってきた人間は、まったく関係のない別の存在であり、その存在が少年と我々の関係を見てそれを利用しているといったところだ」

「なるほど、さすが姫様です!!」

「とにかく、今は幻術を使った人間が少年かそれ以外かを確定させる必要がある」

「少年に問い詰めますか?」

「無駄だ。追及したところでおそらくは知らぬ存ぜぬを貫くだろうし、明確な証拠もない。仮に幻術使いが少年本人だった場合、警戒させてしまうことになる。しばらく少年を監視する風を装って、少年に協力する第三者の存在がいないかを探ってくれ。それと幻術に対して有効な魔道具の貸し出しを許可する」

「承知しました。すべて、姫様の仰せのままに」


 もちろんだが、ライラの推測とは違い秋雨に仲間はおらず、彼以外の幻術使いがいるわけではない。すべて秋雨一人で行っていることである。


 それでも、騎士たちが幻術をかけられた可能性の一つとして秋雨が原因であるということを指摘できている以上、ライラの上に立つ人間としての才は確かなものであった。


 こうして、ライラの秋雨に対する警戒レベルがまた一つ上がる出来事になってしまったのは言うまでもないことであった。
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