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第八章 ダンジョンの最下層
97話
しおりを挟む「……潮時だな」
宿のベッドに腰を下ろしながら、秋雨はそうつぶやく。ちなみに、現在は人々が寝静まる深夜の時間帯だ。
一体何の話をしているのかといえば、ラビラタでの活動についてである。
突発的な事故に遭ったものの、当初の目的であったレベル上げについては十分とはいかないが達成し、ラビラタの最深部にいるボスも攻略した。
このままここに留まっても得られるものが少なく、それに伴う面倒事の度合いを考えれば、ここらで拠点を変える頃合いだと秋雨は判断した。
ちなみに、ダンジョンから脱出した後、ミランダをどうしたのかといえば、彼女が泊っている宿に連れて行き、部屋にぶち込んだようだ。
その際、受付に勘違いされてしまい「これからお楽しみですか?」などと言われたが、秋雨がすぐに宿を後にすると、ちょっぴり残念な表情を浮かべていた。
宿の場所がわからなかったため、最終的に鑑定先生にお願いしたところあっさりと場所が判明した。この時、改めて鑑定能力の便利さを彼は思い知らされる。
もっとも、通常の鑑定スキルであれば誰かが泊まっている宿の場所などというピンポイントな情報を得ることなど不可能で、精々がモンスターや人物などの能力、素材の説明とその価値を知ることができるくらいなのだ。
これも、サファロデからもらった鑑定能力であればこそのものであり、はっきりいってチート以外の何物でもない。
「てことで、この街はもう用済みとして次はどこに行くべきか」
目的を達成した今、もはやラビラタには用はない。であれば、次の拠点をどこにするべきかと考えるのが自然な流れである。
「やはり、王都へ行くべきだろうか」
現在秋雨がいる国の名はバルバド王国といい、四つある大陸のうちの一つイースヴァリア大陸にある国だ。主な産業としてダンジョンから排出される素材による取引がなされている国であり、その素材は他国から重宝されている。
それと同時に、その恩恵を我が物にせんとする周辺諸国から戦争を仕掛けられることもしばしばあるが、荒事に慣れている冒険者が多くいるということもあって、その牙城を崩すことはできないでいた。
そして、王都周辺にもいくつかのダンジョンが点在しており、その中でも国内最大の規模を誇るといわれる【メビウスダンジョン】は、少なくとも百階層はあると噂されていた。
「そうだ、王都へ行こう」
まるでどこかの旅行のキャッチフレーズのような物言いをする秋雨であったが、思い立ったが吉日と言わんばかりに早々に王都行きを決定する。
決断すればあとは早いもので、部屋の私物を片付けると、鍵をかけて一階へと降りる。
「あら、こんな時間にどうしたの?」
一階に降りると、受付をしていたナタリーヌが声を掛けてくる。宿を出る旨を伝えると、怪訝な表情をされた。
「こんな真夜中に出ていくの? せめて、朝になってから出た方がいいんじゃない?」
「いや、なんか嫌な予感がするから今出ることにする。ところで、最後の記念におっぱいを揉ませてくれないか?」
「どういう記念よ!? うちはそんなサービスやってないわよ!!」
最後の最後でも彼らしい言動に、呆れるナタリーヌであったが彼との数日間はあまり嫌いではないと感じていた彼女がしんみりとした雰囲気で話す。
「寂しくなるわね」
「だから、最後の思い出に――」
「それはもういいって!!」
最後まで締まらなかったが、世話になったナタリーヌに挨拶をした秋雨は宿を後にし、そのままラビラタの街を出立した。
街を出る際にも兵士に怪訝な表情をされ、ナタリーヌと同じように明るくなってからの出立を提案したが、彼は断固として首を縦に振らなかった。
一体何の理由があってそこまで頑ななのかと思うが、のちにこの判断がファインプレーだということを思い知らされることになるのであった。
「ん、んぅ……」
秋雨がラビラタの街を出立した朝、ミランダが目を覚ます。しばらくボーっとしていた彼女であったが、すぐさま昨日の出来事を思い出しベッドから飛び起きる。
「そうだ! アキーサ!! って、なんも着てないじゃん!!」
装備していたものは武器以外すべて失ってしまっており、現在ミランダは生まれたばかりの全裸の状態であった。
ちなみに、武器は秋雨が彼女の気を失わせた後しっかりと回収し、宿のベッドに寝かせてから部屋に設置されたテーブルの上に置いておいたのだ。
「確か、予備の服があったはず」
備えあれば憂いなしというわけではないが、こういったことが起きた場合の備えとしてミランダは予備の服を持っていた。装備は失ってしまったが、とりあえず外に出られる格好になった彼女は、足早に冒険者ギルドを目指す。
「シェリル! アキーサはどうなった!?」
「……そのことでお話があります。こちらへ」
冒険者ギルドに向かうと、すぐさま応接室に通される。部屋には待ち構えていたかのようにギルドマスターのガガレスが厳しい表情でソファーに座っていた。
「とりあえず、座れ」
促されるままにミランダが座ると、しばらく重苦しい沈黙が流れたのちガガレスが真剣な表情で語り始めた。
「アキーサという少年について少し調べさせてもらったが、ここに来る以前にそんな名前の少年冒険者はいないという回答が周辺ギルドから返ってきた」
「え、それってどういうことだ?」
「アキーサという冒険者が、このラビラタで新規の冒険者登録を行ったことは確認済みだ。通常であれば、この街で初めて冒険者活動を行ったと判断するだろうが、あるギルドで興味深い情報を得た」
ガガレスの言葉に先を促すような態度を取るミランダに、彼は衝撃的なことを口にする。
「グリムファームという街で、アキサメという名のアキーサと見た目の特徴が酷似した少年が冒険者活動をしていたそうだ」
「アキサメだって」
「そこのギルドマスターはレブロという元Aランクの冒険者だったんだが、そいつを持ってしてもその少年の力量を完全には推し量れなかったらしい。少なくともAランク……下手をすればSランクに届くかもしれないというのがやつの見解だ」
「そいつとアキーサが同一人物だっていうのか? 見た目が似ているだけじゃ?」
「なんでも、そいつが冒険者ギルドにやってくるのは、他の冒険者が酔いつぶれた真夜中らしい。そして必要最低限の手続きを済ませると、音もなく去って行くそうだ。まるで面倒に巻き込まれないよう接触する人間を絞ってるみてぇに」
「アキーサくんも冒険者ギルドに来るのは決まって人気のない真夜中でした。ダンジョンに潜り過ぎたと言い訳してましたが、毎回同じ時間帯……冒険者が酔い潰れて眠っている頃合いを見計らったかのような時間でした」
「夜番のシェリルがそう言うのなら間違いない。グリムファームのアキサメとここラビラタで活動しているアキーサは同一人物だ」
ガガレスの口からもたらされた事実。それは、アキーサと特徴や言動が酷似した若い冒険者の情報であった。そんな奇妙な行動を取る人間が何人もいるとは考え難く、三人ともグリムファームで活動していた冒険者が秋雨であると結論付ける。
「ギルドマスター。すでに登録を済ませた人間が、新しく冒険者の登録をする行為ってギルドの規約に引っかかりませんでしたっけ?」
「偽名で活動する冒険者もいるからな。複数のギルドカードを所持することは特に問題とされてねぇ。だが、それを利用して自分のギルドカードを第三者に渡して、その第三者が犯罪を働いた場合はギルドカードを渡した者も処罰の対象になる」
いわゆる身分証の偽造という行為になるため、何度も新規登録を行えるシステムを利用して、盗賊などの犯罪者が手っ取り早く身分を証明するものを手に入れるための裏取引が行われていたりする。
だが、現時点でギルドカードを複数持つこと自体に制限はないため、ギルドカードを悪用した人間だけではなく、そのギルドカードを第三者に渡した人間も処罰される。
もちろん、譲渡ではなく強奪された場合などのケースバイケースによって情状酌量の余地はあるが、基本的にギルドカードの譲渡が自分の意志であった場合は言い逃れできない。
「とにかくだ。詳しい事情をあの小僧から聞く必要がある。ミランダ、今すぐやつを連れてこい」
「わ、わかった」
そう言って、ミランダはギルドを後にする。シェリルから秋雨の泊まっている宿を聞いて急ぎ足で向かうも、それは無駄足に終わってしまう。
「ああ、あの子なら昨日……いや、今日の夜に出て行ったわよ」
「な、なんだってぇー!!」
ここにきて慎重派の彼の勘が冴えわたり、ギルドの追及の手から逃れることに成功していた。もちろんだが、秋雨が事前にそのことを知っていたわけではなく、ただの勘によるものなのだが、それにしたってベストなタイミングでの出立だったのは間違いない。
あまりのことに叫ぶミランダであったが、すぐに正気を取り戻し、宿の店員に詰め寄る。
「どこに行くとか言ってなかったか?」
「さあ? あまり自分のことは話さなかったからね。あの子」
「こ、こんな……こんな別れ方って」
秋雨には命を救われたこともそうだが、メタリカ鉱石の報酬などいろいろと良くしてもらっていた。このまま何の恩も返さず別れることなどミランダにとってはあり得ないことだったのだ。
「……逃がさんぞアキーサ。いや、アキサメ! 必ず見つけ出してやるからなぁー!!」
こうして、ミランダの秋雨追跡作戦が始まったと同時に、すでにラビラタの街からいなくなった報告を受けたガガレスは、各地の冒険者ギルドに彼の情報を共有することを即決したのであった。
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