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第八章 ダンジョンの最下層

95話

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「よし、この手で行こう」


 秋雨がミランダのもとへと向かっている中、彼女は三十階層に向かうための最後の試練に挑戦していた。


 現在彼女の妨げになっているのは、三十階層に降りるための階段手前に三体のミノタウロスがたむろしているということだ。


 彼女一人では、三体どころか一体の相手すらできない。そのため、戦ってミノタウロスをどうにかするという選択肢は最初からなく、今回は搦め手を使うことにした。


「おーい、こっちだ!」

「ブモォ!? ブモブモ!!」


 注目されやすいようミランダはミノタウロスたちの正面に立ち、自分の居場所を知らせるかのようにミノタウロスに向かって手を振る。当然そんな目立つことをしてやつらが気付かないはずもなく、すぐにミランダのもとへと向かってくる。


「しっかりついて来いよ!」


 そう言いながら、ミランダは踵を返し今までやってきた道のりを駆け抜ける。そして、一つ前のエリアに戻りそこに佇んでいたモンスターに向かって小石を投擲する。


「ヒヒーン?」

「今だ!」


 前のエリアにいたバトルスタリオンの注目をこちらに引き付けると同時に、自身の姿を岩へと潜ませる。一方のバトルスタリオンが視線を向けた先には、ミノタウロスたちがこちらに向かってくる姿であり、先ほどの小石がやつらの仕業であるという結論に至るのは自然な流れであった。


「ヒヒーン!! ブルルルルル!!」


 自分の縄張りに入ってくる侵入者を撃退するべく、バトルスタリオンが歩を進める。騒ぎに気付いた他のバトルスタリオンもまた、先行したバトルスタリオンに加勢するべく鼻息荒く突進する。


 一方のミノタウロスもミランダのことなど忘れ、日頃縄張り争いを行っている相手であるバトルスタリオンに向かっていく。数メートルという巨体と巨体がぶつかり合う様子は圧巻であり、見ごたえのある戦いではあるが、今はそんなことをしている暇はない。


「今のうちだ!」


 ミノタウロスとバトルスタリオンが争っている隙に、ミランダは戻ってきた道を取って返す。彼女のことを気に掛けるモンスターはおらず、作戦は見事に成功しあっさりと突破することができた。


「さて、これで地上に戻れる」


 ようやく三十階層に行くための階段がある場所へとやってきたミランダであったが、ここで思ってもみないことが起きる。なにかといえば、通常であればそこにあるはずのものがなかったのだ。


「あれ? ない。ない。なんでないんだ!?」


 通常であれば階層と階層の間には転移魔法陣が設置されており、それを利用することで一階層から再挑戦という手間を省くことができる。だが、二十九階層と三十階層の間にあるはずの転移魔法陣がなかったのだ。


 これは単純にダンジョンの仕様の問題で、最深部直前に転移魔法陣があると、ボスだけを攻略するために周回する輩がいることを想定した作りになっている単純な理由なのだが、今のミランダにとっては最悪の仕様となってしまっていた。


「またあのモンスターどもがいる道を戻るなんて無理だぞ」


 戻れば、モンスターどもにやられる可能性が高く、かといって三十階層を進めばさらに強いモンスターがいることは明白だ。


 どちらにしても悪手であるが、一縷の望みにかけこのまま三十階層に行く方が生き残れる可能性は高い。


「ここはこのまま三十階層に進むしか――」

「ブモォー!!」

「や、やばい!」


 ミランダが悩んでいると、ミノタウロスの雄たけびが木霊する。声のした方を見るとものすごい勢いでこちらに向かってくるミノタウロスの姿があった。どうやら、バトルスタリオンとの戦いを終えて戻ってきたようで、まごまごしている彼女を見つけたようだ。


「くっ、行くしかない!」

「ブモォー」


 そう決断したミランダは、すぐさま三十階層に向かう階段を下りる。その後ろからミノタウロスが猛撃してくる。


 三十階層は特質すべきものはなにもなく、ただただ長い通路が続いているだけであった。モンスターも罠の気配もなく、それがかえって不気味な雰囲気を醸し出している。


 だが、ミノタウロスに追いかけられている彼女に細かいことを気にしている余裕はなく、少しでも距離を稼ぐべく全力で駆け抜ける。


「終着点はここか!」


 そんな中、とうとうダンジョンの最深部に到達したミランダであったが、そこには何もないただの空間が広がっていた。一つだけ異なる点があるとすれば、それは直径が五メートルくらいの濁った緑色の球体のようなものが存在しており、見るからに禍々しいオーラを発している。


「出口は? 出口はどこだ!?」

「ブモォー」


 ミランダがまごついているうちに、とうとうミノタウロスに追いつかれてしまい、絶体絶命の危機に陥る。このままではやつの餌食になってしまうかと思われたその時、突如としてそれは起こった。


「ブモォー!?」

「な、なんだ? ミノタウロスが」


 それは見るからに植物のツタのような触手のようなものがミノタウロスの体にまとわりついており、それは球体から出ているようだ。それはまるで肉食植物のようにミノタウロスを引きずり込もうとしていた。


 数メートルもの巨体がいとも簡単に球体へと引きずり込まれる。持っていた斧をかなぐり捨て引きずり込まれまいと最後の抵抗をするミノタウロスであったが、その健闘もむなしくまるでミノタウロスを飲み込むかのように球体へと引きずり込まれる。


 そして、咀嚼するかのうように球体だったものがもぞもぞと動き出すと周囲に血しぶきが飛び散った。当然だが、それはミノタウロスのものであり、文字通りその球体の餌食となってしまったようだ。


「こ、こいつがこのダンジョンのボスだってのか!?」

「オオオオオオオオオオ」


 球体だったものが突如として変形し、そこから現れたのはまるで大木のようなモンスターだった。幹の中心には苦悶に浮かぶ表情をした人間の顔のようなものがあり、そこからおぞましい声を発している。


 イービルトレント……トレント種の中でも凶悪な存在で、植物系モンスターであるにもかかわらず肉食という見た目と異なる食性を持つ。当然人間も補食の対象であり、過去の記述でこのモンスター一体で一つの街が壊滅したという記録も残されているほどのモンスターである。


 Aランクモンスターに分類され、複数のBランク冒険者パーティーでも討伐が困難とされる最悪の存在であった。


「く、やるしかないのか? いや、あれは……」


 絶望に打ちひしがれるミランダだったが、そこに一つの光明が見える。イービルトレントの背後に淡く輝く光が見えており、それは彼女が待ち望んだ転移魔法陣の光であった。


「なんとか、やつをやり過ごしてあそこに飛び込めれば……」


 一か八かの賭けだったが、生き残るためにはその賭けにベットしなければならない。そう判断したが早いか、ミランダは転移魔法陣目掛けて一直線に走り出す。


 決死をかけた彼女の走りは素晴らしく、そのスピードはかなりのものであった。だが、残念ながら敵の方が一枚上手であった。


「なっ!?」


 あと一歩というところで、ミランダの足が止まる。何事かと彼女が視線を足元に向けてみれば、地面からツタのようなものが生えており、それが彼女の足に絡みついていた。


 つまりは、自分自身を囮にして相手にとって最後の望みであった転移魔法陣という餌をちらつかせることで視野を狭めさせ、足元に注意を向けさせないように仕向けたイービルトレントの巧妙な罠だったのだ。


「し、しまった」

「オオオオオオオオオオ」


 瞬く間に地面からツタが現れ、ミランダの体が宙吊りになる。さらに残った両手と片足もイービルトレントの触手のようなツタに絡めとられ、まるで十字架に張り付けにされた状態で空中に拘束された。


「くっ」

「オオオオオオオオオオ」

「なっ、ふ、服が……」


 そのままミノタウロスのように食べられてしまうのかと考えたミランダであったが、意外にもそんなことはなく、代わりに何故か服を引き裂かれ、一糸まとわぬあられもない姿にされる。


 スイカのように大きな胸、くびれたウエスト、安産型の美しい臀部の何もかもが露わとなり、そこにはエロスな光景が広がっていた。


 ここでイービルトレントの習性について追加情報が一つある。植物系モンスターでありながら肉食という食性を持つイービルトレントだが、もう一つ植物でありながら変わった習性を持っている。


 それは、他種族の雌個体を利用した繁殖行為であり、イービルトレントが種を増やすため自分以外の他種族である雌を利用するという点だ。当然だが、その対象に人族が含まれているのは言うまでもなく、イービルトレントによって壊滅した街にも、種を増やすための苗床として生き残りの女性が何人かいたという記述が残っている。


 そして、イービルトレントの最も恐ろしいのは、その繁殖行為が他種族にとって圧倒的な快楽を伴うということであり、毎年イービルトレントの被害に遭った女性がその時感じた快楽が忘れられず、人知れず行方不明となる事例が後を絶たない。


 おそらくは、イービルトレントを求めてモンスターの生息域に足を踏み入れ、そのまま他のモンスターの餌食となり帰ってこないというのが周囲の見解であり、そういった意味ではまさに人の欲に付け込み相手の魂を貪る悪魔のような存在である。


「な、なにをするつもりだ!? なんだそのうねうねと動く気持ち悪いものは!?」

「オオオオオオオオオオ」


 心なしかイービルトレントの顔のような部分がニヤついている気がして、ミランダは身の危険を感じる。さらに、まるで男のアレを彷彿とさせる触手を彼女に見せつけるかのように動かしている。


 それはいかにも“今からこれを使ってお前を天国に連れてってやる”と宣言しているかのようであり、その卑猥な動きでこれから自分の身に何が起こるのか彼女は悟った。


「や、やめろ!」

「オオオオオオオオオオ」

「くっ、お前のようなやつに汚されるくらいなら、いっそのこと殺せ!!」


 そんなミランダの叫びもむなしく、イービルトレントの触手が迫ってくる。もはやこれまでかと思われたその時、静寂を破るかのように声が上がる。


「やれやれ、助けに来てみれば、ずいぶんとお楽しみのようだな」

「ア、アキーサ!」


 そこには、呆れを含みながらもふてぶてしく口端を吊り上げた秋雨の姿があった。
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