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第八章 ダンジョンの最下層
93話
しおりを挟む「そいっ」
「ギィ」
「なあ、いい加減意地張らないで、あたしとパーティーを組めばいいじゃないか?」
冒険者ギルドが動き出したことを知らない秋雨といえば、相変わらず翌日もダンジョン攻略に勤しんでいた。
ただ、少しだけ状況に変化があり、同行者としてミランダが同行している。というのも、あれから秋雨の実力が自分と同格かそれ以上だということを感じ取った彼女が、正式に彼とパーティーを組むべくダンジョンの入り口で待ち構えていたのだ。
当然、慎重派の秋雨は再びミランダとパーティーを組む気にはなれず、すげなく断ったのだが、勝手に彼の後についてきたというわけであった。
現時点でEランクの資格しか有していない秋雨の攻略できる階層は十階層までであり、今はその限界階層である十階層に潜っていた。襲ってきたダンジョンマンティスを一撃のもとに斬りつけると、ミランダが話かかけてくる。
今はパーティーを組んでいない状態であるため、それぞれがソロとしてダンジョンに潜っているという扱いになる。そのため、秋雨が立ち入ることができる階層は十階層までであり、それ以上の階層に踏み入ることはできない。
そこに付け入る隙があることを見い出したミランダは、自分と組めば二十階層までの攻略ができるぞということを暗に伝えたかったが、ここで彼女にとって誤算が生じた。
「ん」
「そ、それは!? 星付きギルドカードだと!?」
説明しよう。星付きギルドカードとは、自身が持っているランクの一つ上の攻略が許可されている階層までの攻略が可能となる特別なものであり、ギルドの貢献度は足りないものの実力的にある程度認められていればギルドの判断で出される特別なギルドカードだ。
そういった話を、ミランダと一緒にダンジョンに潜った日にシェリルから聞かされたのだ。そもそも、彼がEランクに上がった時にはすでにこの星付きギルドカードを発行しており、だからこそシェリルは秋雨にDとCランクにならないと攻略できない二十階層までの攻略が可能だと告知していたのである。
その時からすでにシェリルは秋雨の特異性に気づいており、彼女にとってそれだけ秋雨の行動に違和感があったのだ。
とにかく、ミランダの手を借りずとも秋雨は二十階層までの攻略が可能であり、わざわざ彼女とパーティーを組む必要性はないということである。
「だから、あんたとパーティーを組む必要はないってことだ。あんたのおっぱいは魅力的だが、もうすでに味わい尽くしたからこれ以上は必要ない」
「くぅ、なぜだろう。この何とも言えない、得も知れぬ敗北感と屈辱感は……」
秋雨のすげない言葉にミランダは拳を握り締めながら、悔しさに打ちひしがれる。まるで散々金品を貢がせた挙句、ボロ雑巾の如く女を捨てるホストのような物言いに、女としてのプライドが引き裂かれるような感覚になっているようだ。
もっとも、秋雨が彼女から金品を強奪したという事実はなく、むしろメタリカ鉱石を譲渡しているため、金銭的にはマイナス収支となっていた。
しかしながら、秋雨の大好物(?)であるおっぱいを堪能させてもらった対価としては、正当な取引であると彼は感じていた。それほどまでにミランダの持っている二つの山は魅力的だったのである。
「もういいだろう。いい加減俺に構わないでくれ」
「あ、ちょ――」
それは刹那の出来事であった。踵を返してミランダのもとから去ろうとした秋雨だったが、それを彼女が引き止めようと手を伸ばした。だが、たまたまそこに罠のスイッチがあり、秋雨に注意が向いていたこともあって普段は引っかかるはずもない単純な仕掛けにまんまと嵌ってしまったのである。
「うわぁぁあああああ」
「なんだよ。ダンジョンの中で叫ぶんじゃな――って、なにやっとんじゃぁぁああああ!!」
すぐに彼女の様子に気付き振り向いた秋雨であったが、その時にはすでに彼女の体の半分が穴に吸い込まれたあとであった。なんとか必死になって駆け出し手を伸ばしたが、すでに手遅れで彼女に触れることすらなく、そのまま穴へと落下していった。
「ちぃ、落とし穴とはまた古典的な。おっと」
穴の縁に掴まりながらそんな感想を口にする秋雨だったが、すぐさま落とし穴が塞がり始めたため、とっさに体を起こして回避する。
塞がった穴を見た秋雨は、その周辺を調べてみた。だが、そこにあったはずの穴は完全に塞がっており、罠のスイッチなどもどこにも見当たらない。
「どうやら、一回こっきりの一方通行らしいな。こりゃ、面倒くさいことになりやがったぞぉー」
よくある罠といえばそうなのだが、実際にそういった罠に出くわしてしまうとこれほど面倒なものはないと秋雨は内心で嘆息する。こういった類の罠にありがちなのは、下の階層につながっているというものだが、基本的には強いモンスターのいる階層に落とされる場合がほとんどだ。
「どこまで落とされたのやら……」
そう言いつつも、自身の索敵能力を駆使してミランダの足取りを追ってみる。すると、彼女と思しき反応を発見する。
「こりゃあ、二十九階層まで落とされてるな。ああ、面倒くさい」
ミランダが落とされた場所がわかったが、現在秋雨のいる階層は十階層であり、その差は十五階層以上もある。それに加えて、彼が攻略可能な階層は現時点で二十階層であり、仮に彼女の落とされた階層に到達できたとしても、規則的には侵入が許可されていない場所となる。
最悪の場合ギルドの規則を破ることになってしまい、ギルドの資格を失って二度と冒険者ギルドを利用できなくなる可能性があった。
「かといって、助けない選択肢はない。あのおっぱいを失うのは世界の損失だ」
などと冗談めいたことを言っている秋雨であるが、実際はかなり本気である。といっても、もし仮に落ちた人間が男であったとしても、助けないわけではなく、助けるときのモチベーションが異なるというだけである。
誰だって、助ける相手が美女とおっさんであるならば、美女の方がより助けたいという気持ちが強くなってしまうのは仕方のないことであり、それは自然の摂理といってもいい。
もっとも、秋雨の場合はミランダを助ける理由として“素晴らしいおっぱいを持った人物であるから”という思いが強いだけであり、先述の美女とおっさんと意味合いは同じなのだ。
つまりは、秋雨がミランダをすぐさま助けようと判断したのは、女でありなおかつ素晴らしいおっぱいを持っていたからという、本人が聞けば何とも言えない表情を浮かべることは想像に難くない理由であった。
「じゃあ、いっちょ本気でダンジョンをぶち抜きますか」
今まで素材などを考慮して出くわしたモンスターすべてを相手にしていた秋雨だが、ここからはそれを一切考慮しないで動いていく。
クラウチングスタートの姿勢を取り、彼の脳内で「位置について、よーい、ドン!」という掛け声が再生されると同時に、勢いよく飛び出して行った。
「ダンジョンにおっぱいを求めるのは間違っているだろうか? いいや、おっぱいこそ正義である!!」
などと宣いつつ、突如としてダンジョン攻略タイムアタックが始まったのであった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
そんな決意を秋雨がしているとは欠片も思っていないミランダは、現在下の階層に向けて落下していた。
落下といっても、掴まる場所が何もない垂直の穴というわけではなく、どちらかといえば傾斜のある滑り台のような構造になっている場所を滑り降りているという感覚に近く、このまま地面に叩きつけられるという最悪の事態は避けられそうだ。
「くそう、まさかこのあたしがこんな陳腐な罠にかかるなんてな」
平静さを取り戻したミランダが自身の失態に臍を嚙む。もはや彼女が罠にかかったという事実に変わりはないが、まさかCランクである自分がこのようなシンプルな罠に引っかかるとは思ってもみなかった。
今までダンジョン内で様々な罠に出会ってきた彼女だが、その中には当然今回のような落とし穴も存在した。だからこそ、自分がこんな程度の低い罠に引っかかるなどとは思わず、冒険者としてのプライドに傷がついた。
「それもこれも、すべてアキーサのせいだ! そうだそうに違いない」
下の層に落とされながらもそんなことを考えられるほど余裕が出てきたと思うべきか、はたまた自棄になって今自分が置かれている状況を誰かのせいにしたくなったのかはわからないが、秋雨に悪態をつきながらもミランダは滑り落ちていく。
「ん、出口か?」
しばらくして、薄暗いトンネルから解放されるように出口が見えてきた。そこを抜けると、彼女を待っていたのはなにもない小さな空間だった。
場所自体はダンジョンということもあって、相変わらず四方を岩壁に包まれた洞窟のようだが、その壁の色は岩らしい灰色ではなく黒みがかった緑色をしている。
「どれぐらい落とされたのかわからないけど、壁の色的には最下層に近い場所であることは間違いないな」
冒険者の間では、壁の色が下層になるにしたがって変化するというのは常識であり、それぞれ灰・青・黄・緑・橙・赤・紫・黒・白というように変化し、それぞれ階層の難易度を示唆している。
ミランダは瞬間的に自分が落とされた場所がラビラタのダンジョンでも最高難易度である最下層付近まで落とされたと理解し、警戒を最大に強める。
幸いにも、ミランダが落とされたエリアにモンスターはいなかったが、いつ出くわしてもおかしくない状況であることに変わりはない。
「このまま動かずにいたところで、助けが来るわけじゃないからな。いくらアキーサが強いかもしれないとはいえ、たった一人でダンジョンの最深部に来られるとは思えない」
自分が置かれている状況を精査し、ミランダは元の地上へ戻る選択肢を取ることにする。彼女にとって幸運だったのは、各階層ごとに地上へ戻るための転移魔法陣が設置されており、上に戻るための階段または下に行くための階段がある場所に辿り着くことができれば、地上に戻ることができるということだろう。
ダンジョンの中には階層ごとではなく、三階層や五階層といった特定の階層ごとに転移魔法陣が設置されている場所もあるが、ラビラタのダンジョンは一階層ごとに転移魔法陣が設置されているため、こういった突発的なトラブルが起きても、生還する確率は比較的高い。
命知らずな冒険者の中には、あえてそれを狙って到達階層を更新する者もおり、毎年少なくない犠牲者が出ている。
「ちぃ、いやがるな」
できるだけ気配を殺し慎重に進んでいたミランダであったが、ここにきて問題が発生する。彼女が進む先にモンスターの気配があり、それに気付いたため一旦立ち止まる。
「ブモォー」
「ありゃあ……ミノタウロスじゃないか」
様子を窺うべく先を窺うと、そこには牛の頭を持った二足歩行のモンスター、ミノタウロスの姿があった。ミノタウロスはBランクに分類されるモンスターであり、手練れのCランクパーティーでようやく辛勝、Bランクパーティーで苦戦して勝利できるレベルの相手である。
当然、Cランクとはいえソロであるミランダがどう転んでも勝てる相手ではなく、精々が逃げることができるくらいである。
「くそう、ここにきて足止めかよ」
「ブヒヒーン」
そこに偶然だが、馬の頭を持つ二足歩行モンスター、バトルスタリオンが現れる。ミノタウロスと同様Bランクに分類されるモンスターであり、その脅威度もあまり変わらない。
どうやら、ミノタウロスとは仲間意識がないようで、お互いに姿を視認すると縄張り争いが始まった。ミノタウロスの持つ巨大な斧を躱し、それと同じくらい大きなモーニングスターをバトルスタリオンが振り回す。
その攻防は一進一退であり、なかなか見ごたえのある戦いではあるが、今のミランダにそれを楽しんでいる暇はない。
「なにはともあれ、チャンスだ。今のうちに通らせてもらおう」
二体のモンスターがお互いに意識を向けている今がチャンスと思った彼女は、気配を押し殺しなんとかその場をやり過ごすことに成功する。
それから、何度か危ない場面を経験しつつも、なんとかモンスターと戦わずに進んできたが、ここにきて問題が発生した。
「おいおい、ここにきてそりゃねぇだろう!」
気付かれないよう小声で悪態をつくミランダ。それもそのはず、彼女の視線の先には三体のミノタウロスがおり、その先には最深部である三十階層に降りるための階段が見えていた。
つまりは、三十階層に行くためにはその三体のミノタウロスをなんとかせねばならないのだ。
「ど、どうすればいい? ……あ、これならいけるか?」
人は追い詰められた時突拍子もないことを考え付く生き物であり、ミランダはこの状況をどうにかする策を咄嗟に思いつく。
思い立ったが行動あるのみとばかりに、彼女はさっそく動き出した。
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