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第七章 レベル上げ目的のダンジョン攻略
87話
しおりを挟む「タタタタン、タンタンターン♪ 秋雨のレベルが上がった。……なんつって」
スチールスライムに止めを刺した秋雨は、某国民的RPGのレベルアップした時に流れる効果音を口にし、ナレーション風の口調で誰にともなく結果を報告する。そして、どれだけレベルが上がったのか実際に確認するため、鑑定先生で自身の能力を調べた。
名前:日比野秋雨
年齢:15
職業:冒険者(Fランク)
ステータス:
レベル31
体力 635827
魔力 775516
筋力 5687
持久力 6147
素早さ 6924
賢さ 6477
精神力 6088
運 9782
スキル:成長促進Lv5、身体制御Lv5、格闘術Lv5、採集術Lv5、剣術Lv5
創造魔法Lv5、料理Lv2、錬金術Lv1、鑑定Lv7、
炎魔法Lv4、氷魔法Lv4、水魔法Lv4、雷魔法Lv4、
風魔法Lv4、土魔法Lv4、闇魔法Lv5、光魔法Lv5、
時空魔法Lv6、分離魔法Lv6、精神魔法Lv3、生活魔法Lv4
「oh my goddess……スチールスライムの経験値がうま過ぎる件について」
鑑定の結果を見た秋雨は、思わず母国語でないにもかかわらず英語で感想を述べる。討伐時獲得経験値三千倍のスキルによる恩恵は凄まじく、今までちょこちょことしか上がらなかったレベルがここにきて一気に上昇した。
ステータス自体もすでにFランク冒険者のそれではなく、どう考えても異常であることは間違いない。
本来の目的を達成できたことに喜ぶ秋雨であったが、ここで新たな問題が浮上したことに彼は気づいた。それがなにかといえば、自身の特異性を他社に知られるリスクだ。
今までの秋雨の言動から、彼が特定の人物と必要以上に親しくせず、接触する相手も慎重に選んできたことから、自分の持っている能力がいかに規格外であるかということを念頭に置いて行動していることは明白だ。そのお陰もあって、今のところ突発的な面倒事は起きているものの、彼の秘密を知った人間から無茶な頼み事をされるといった出来事は起きていない。
これが凡庸な異世界転生や異世界転移をテーマにした物語ならば、地球での知識をフルに活用して目立ちに目立った挙句、貴族や王族などの権力者に目をつけられて取り込まれるというオチが待っていることだろう。
しかし、秋雨はそういった手の話を題材にした小説をよく読んでおり、その度に物語の主人公にツッコミを入れていたのだ。
“なぜ、自ら目立つ行動を取るのか? 馬鹿なのか?”と……。
現代社会においても、優秀な人間であればあるほど難しい仕事や面倒なことを押し付けられる傾向が強い。そんな中で最も賢く生きる方法は、優秀であることをひた隠し、それなりの仕事を淡々とこなし、それなりの給料をもらうということである。
人間誰しも裕福な暮らしに憧れを抱いたりするものだが、いくら金があってもそれを使うための時間と余裕がなければ何の意味もない。
上に行けば行くほどそれを妬む人間や逆恨みする人間もおり、下手に己の優秀さを知られてしまうと、そういった面倒な相手の対処も考えなければならなくなってしまう。
であるからして、最も賢い選択は己の優秀さを隠し、相応の報酬をもらいつつ無難に生きて自分の趣味に時間を使う悠々自適な生活を送るというものである。
大学生でこの世を去ってしまった秋雨だが、彼がもしあのまま生き続けていれば、そういったつまらないが自分のやりたいことに時間を使える実りある人生を送っていただろう。
そして、例え異世界に来ようが生まれ変わろうが、彼の信念は変わらず、今もこうして隠れて活動している。
「とにかくだ。今は、もっと強くなることを考えよう」
スチールスライムを倒せたことでかなりレベルアップした秋雨だが、感覚的にあの女の魔族との力量にまだまだ隔たりがあるということを感じていた。それだけ、あの魔族の力が強大であったということなのだが、あの時戦わなくて本当によかったと彼は内心で胸を撫で下ろした。
「ん? こりゃあなんだ?」
鑑定結果を見たあとスチールスライムがいた辺りに目をやると、そこに光り輝く物体を発見する。それはテニスボールくらいの大きさで、見た目的には核のような丸い物体だ。
「なんか、昔流行ったアルミホイルで綺麗な球を作る動画に出てきたアルミの球みたいだな。なになに……【メタリカ鉱石】? 何ソレ、美味しいの?」
それはどうやらスチールスライムが落とすドロップ品であるらしく、異世界特有の鉱石で、ミスリルやオリハルコンと同系統の鉱石らしい。
だが、その希少性は高くかなり高額で取引されることから、別名【金貨の塊】と呼ばれることもあり、冒険者や商人はもとより素材を求める職人はもちろんのこと希少なものをコレクションするコレクターや貴族・王族などの権力者も血眼になって探し求めているアイテムだった。
「元の世界でいうところのレアメタルってところか? いやでも、鑑定先生の説明的にはこれ一つで相当な価値があるらしいから、同じ大きさのダイアモンドと思えばいいのかな。ブリリアント的なやつ?」
どちらにせよ、新しい剣を新調しようとしている秋雨にとっては嬉しいアイテムであり、もしかするとこれで剣の代金を支払うことができるかもしれないということで、小さくガッツポーズをする。
「ということで! メタル狩り……いや、スチール狩りじゃぁぁぁあああああああ!!」
その後、さらなるスチールスライムを求めて出現するモンスターを見つけたそばから狩りまくったが、それ以降スチールスライムと出会うことはなく、その日ダンジョンにモンスターたちの断末魔の叫びが響き渡った。
(あ、またこの時間に来た)
冒険者ギルドの受付嬢であるシェリルは、今し方やってきた少年に目を向けていた。今がまだ明るい日中であるのならば、若い冒険者がやってくることはさして珍しいことではない。だが、彼がやってくる時間帯は、いつも決まって冒険者が酒に酔いつぶれた夜も深い時間帯であり、まるで人目を憚るかのような行動を取っている。
一度や二度であるのならば、ただの偶然だと片づけられるのだろうが、それも四度五度ともなればそれはあからさまに狙ってやっていることだと理解できる。
冒険者になりたての頃は、悪知恵の働く悪質な冒険者に騙されたり、若いだけというそれだけの理由で他の冒険者から難癖をつけられたりする光景は珍しくはない。そういったトラブルを回避するためにも、人目を忍んで行動するということは間違いではないのだが、かの少年はそれを徹底し過ぎていた。
それこそ、一日に何百人何千人という冒険者を相手にする受付嬢の印象に残るくらいに彼の行動は違う意味で目立っていたのだ。
「いらっしゃいませ。本日はどういった御用でしょうか?」
「素材の買取を頼む」
そう言って、少年は背負っている麻袋からダンジョンで手に入れたであろう素材を取り出していく。しかし、その行動もまたシェリルの中で大きな違和感を抱くものとなっていた。
この少年が最初に納品していたダンジョンの素材は、スライムやゴブリンといった比較的登録したての駆け出し冒険者でもなんとか対処することができるモンスターばかりであった。だが、彼女が違和感を抱き始めたのは、少年がランクアップをしてからであった。
(また同じ納品数だわ。まさかとは思うけど、あらかじめギルドに納品する量を決めている?)
少年がGランクからFランクに上がったことで、十階層までのダンジョン攻略が認められた。そこまでは大したことではないのだが、問題は彼が納品する素材の種類と量であった。
毎日まったく同じ種類の素材を同じ量だけ納品していくのである。そして、その量はあくまでもソロのFランク冒険者が納品する平均的な量であり、それだけを見ればごくごく普通のことである。
しかしながら、人間とは日々体の調子など諸々の状態が異なる生き物であるからして、毎日同じ種類の素材を同じ量納めることなどありはしないのである。
調子のいい日は納品量が多く、悪い日は量が少ないというのが当たり前であり、場合によっては入手できなかった素材もあるはずだ。だというのに、かの少年は毎日毎日まったく同じ種類の素材を同じ量だけ納めていくのである。
「かしこまりました。ところで、持っている素材はこれだけでしょうか? 他にもお持ちでしたらそちらも買い取りますが?」
「いや、今日納品できるのはこれだけだ」
(なに、その言い回し。まるで一日に納品できる量が決まっているかのような言い方ね)
仮にシェリルの質問に対し、納品する素材を持っていない場合の返答は「持っている素材はこれだけだ」という答えになるはずだ。だが、少年から返ってきた答えは違うものだった。
その返答はまるで一日に納品可能な素材の量が決まっており、それを超えると何か問題が発生してしまうかのような言い方で、少年がギルドに納めている以上の素材を所持しているのは明らかであった。
「本当にこれだけですか?」
「本当にこれだけだ」
「……わかりました。少々お待ちください」
そう言いつつ、シェリルは少年が提出した素材を一つ一つ精査する。そのほとんどが、十階層未満のダンジョンに出現するモンスターの素材ばかりであり、特に不審な点は見られない。
確認を終えたシェリルは、素材の買取金を用意する。そして、いつものように買取金額を少年に告知する。
「確認しました。合計で銀貨八枚、大銅貨七枚、銅貨四枚になります。よろしいでしょうか?」
「ああ」
「では、こちらが買取金となります。ご確認ください」
彼女がそう言うと、少年は積み重ねられた銀貨や銅貨を崩して一枚一枚確認する。それを何度か繰り返すと、腰に下げたポーチから硬貨の入った皮袋を取り出し、それらを入れた。
「確かに受け取った。では、これで失礼する」
「少々お待ちください」
「何だ?」
報酬を受け取った秋雨は、そのまま踵を返してギルドを後にしようとした。だが、シェリルの一言で呼び止められる。
彼女は彼女で咄嗟に出た一言であったため、次の言葉が出てこない。秋雨の行動には不審な点がいくつもあるが、それを追求するための違法性はなく、ただ通常と異なる動きをしている程度に過ぎない。
しかも、その行動はちょっとした言い訳程度で辻褄が合う程度のものでしかなく、意図的ではなく偶然そういった行動が重なったと言われてしまえば、それ以上の言及は難しい。
やめろと言うには、違法性やギルドに実害が出たわけではなく、他とは少し違うというからといってそれを改めさせるには、ギルドの職権乱用と受け取りかねない。
(といったところか。まあ、それを狙ってやってるんだけどな)
呼び止められた秋雨自身が、意図してそういった行動を取ってきたため、シェリルが自分を呼び止めたはいいもののなんと言えばいいのかわからないという状況を一番に理解していた。
「いえ、怪我のないようお気をつけて」
「どうも」
結局、彼の行動について追及することはできず、ありきたりな送り出しの言葉を口にすることしかできなかったようだ。それを聞いた秋雨は、表上は平静を装ってシェリルの言葉に頷いた。その時、彼女のおっぱいに視線を向けていたことは言うまでもない。
その一方で秋雨の姿を見送った彼女はといえば、先ほどの出来事を体験したことで歯がゆい気持ちで溢れかえっていた。明らかにおかしいことをしているのにもかかわらず、違法性がまったくないため追及したところではぐらかされる可能性が高く、かといって捨て置くにはどうにも納得がいかないといった状況であった。
「まさか、最初からこれを狙ってやっている? でも、どうしてそんな回りくどいことを」
秋雨の不審な行動に、シェリルは彼がそういった行動を取る理由について思案する。そして、いくつかの可能性のうち最もその可能性の高い事象を口にした。
「もしかして、本当の実力を隠したいということかしら?」
能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったもので、有能な人材は有能というただそれだけのことで難しい仕事や面倒事を押し付けられる。であれば、自身の有能さを隠すことでその面倒なことを回避できるのだとしたら、秋雨の不審な行動にも説明がつく。
「……いろいろと調べなきゃいけないことが出てきたわね」
しかしながら、ギルドとしてはそういったことをされると本来なら対処できるはずの案件が対処不可能なこととして処理せざるを得なくなってしまう。だからこそ、冒険者ギルドのみならず各ギルドは所属する人間の能力をある程度把握し、その能力に合った仕事を割り振っているのだ。
もし、秋雨がランクに見合っていない実力を秘匿しているのであれば、ギルドとしてもそれを把握しなければならない。しかし、追及しようにもギルドの規定にはそういった実力を隠してはならないという内容のものは一切なく、また法律自体にもそういったことを禁止する文言はどこにもない。
つまりは、秋雨が行っていることにギルドや国が定めた規律や法律に照らし合わせても違法性はなく、何ら問題はないということになる。
「まずは周辺のギルドに問い合わせてみるところからね」
その後シェリルが動いた結果、十日ほどしてとある街のギルドから秋雨の特徴と酷似した少年が、実力を隠して活動していた疑惑があるという回答を得ることになる。そして、そこから秋雨包囲網が確実に形成されていくことになるのであった。
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