74 / 180
第六章 料理と錬金術と強敵と治療
74話
しおりを挟む「ん……」
とあるベッドの上でとある男の意識が覚醒する。彼の目にまず飛び込んできたのは、見覚えのある石造りの天井だった。
それは自身が根城としている城の一角であり、男が寝室として利用している場所でもあった。冷たい印象を与える石造りの内装に、必要最低限の家具が設置されているだけの簡素な造りをしている。
男が自分部屋だと認識した瞬間、彼はなんとなしにこう呟く。
「知っている天井だ」
「どうやら目が覚めたようね。ヴァルヴァロス」
彼の独り言に返答する者がいることに若干驚きはしたものの、その姿を見てヴァルヴァロスは納得する。彼が横たわるベッドの対面側の壁に背を預け、腕を組みながら蠱惑的な笑みを顔に張り付けている女がいた。
「マリアナか……俺は一体どうなった?」
「覚えていないの? あなたがあの坊やに負けそうになってたところをわたしが助けてあげたんじゃない」
「くっ……余計な真似をするんじゃない! 貴様に助けてもらわなくても、俺はまだ負けていなかった」
蘇る記憶とマリアナの言葉が合致したところで、ヴァルヴァロスは半ば八つ当たりのような悪態をつく。そんな彼の言葉など歯牙にもかけないといった様子で、マリアナは話を続ける。
「そんなことより、あなたの耳に入れておきたいことがあるから聞いてちょうだい」
「なんだ?」
「わたしたちが狙っていたマリエンベルク家の当主だけど、どうやら病気が治ったみたいなの」
「馬鹿な! あれの治療薬は存在せず人間の間では不治の病とされていたはずだ。一体どうやって治療したというのだ!?」
マリアナの言葉に、ヴァルヴァロスは目を見開き驚愕する。マリエンベルク家の当主であるランバーをイビル病にしたのは、他でもないこの二人だ。
そもそもイビル病というのは、魔族が住まう土地に生えるとされるある毒草が原因で引き起こされる病で、そのメカニズムも至ってシンプルだ。毒草から抽出した毒液を一滴だけ飲み物や食べ物に混入させるだけでその毒素が体内で増殖していき、最終的に致死量を超え死に至るというものだ。
魔族の間では古くから暗殺の手段として使われてきた手ではあるのだが、この毒草から取れる毒は魔族にとっては毒になり得ないため、通常魔族以外の他種族に使われるのが通例となっている。
だからこそこのイビル病という病は魔族以外の種族間では不治の病とされており、魔族の土地にしか自生していない毒草なため、たとえ毒の成分を検出できたとしてもその毒が何の毒なのかが断定できないので、解毒薬を作ることは至難の業なのだ。
そんな毒を食らってランバーが生き続けることなど不可能なため、マリアナの言葉をヴァルヴァロスが信じれなかったのにも頷けるというものだ。
「それについては原因は不明なんだけど、問題はそこじゃないのよね」
「……どういうことだ?」
「実はあなたが眠っている五日の間に、何者かがグリムファームの街に結界を展開したみたいなのよね」
「なんだと! 一体どういうことだ!?」
「どうもこうのないわよ。いつの間にか知らないうちにグリムファームにけっか――」
「俺は五日間も眠っていたというのか!?」
「……気にするところそこなの?」
マリアナの説明を聞いたヴァルヴァロスが、見当違いなところを気にし出したため、呆れを含んだ視線を彼女は向けた。
実際のところヴァルヴァロスが眠っていたこの数日の間、マリアナはただ彼が目覚めるのを待っていたわけではなく、ヴァルヴァロスに重傷を負わせたあの少年を監視するため使い魔を放っていた。
ところが、少年が拠点としているであろうグリムファームの街に使い魔が侵入しようとしたところ、目には見えない壁に阻まれ街に侵入することができないという事態に見舞われたのだ。
その調査に赴くべくマリアナ本人が直々に現地に赴き結界の正体を調べた結果、その結界が魔族に特化したものであるということを突き止めていた。
そんな本人の涙ぐましい努力を無下にするかのようなヴァルヴァロスの態度を見て、マリアナが呆れるのも仕方のないことだといえるだろう。
目覚めたばかりで寝ぼけているヴァルヴァロスの目を覚まさせるかのように、マリアナは自身の考えを口にする。
「グリムファームに結界を張ったのは十中八九あの坊やの仕業ね」
「なぜそう言い切れる?」
「簡単なことよ。グリムファームを治めるマリエンベルク家当主の命をわたしたち魔族が狙っていることを知っている人間は、死んでいる者を除けばあの坊や以外にはいないもの」
「だからといって、あの小僧が結界を張ったという証拠にはならない。他にも俺たちの動きに気付いた連中がこれ以上好きにさせないためにやった可能性もあるだろ?」
マリアナの見解に対し、反対の意見を述べるヴァルヴァロス。実際に結界が張られている状況を目の当たりにしていない彼らにとって、今この場で議論したところでその結論は推測の域を脱しない。
推測を決定的なものに昇華させるには今二人の持っている情報では不足なのだ。それ故に、今二人の取るべき行動はたった一つであったが、ヴァルヴァロスがこれに異を唱えた。
「あの小僧以外に俺たちの邪魔する勢力があるっていうんなら、あの小僧を八つ裂きにするついでに潰すだけだ」
「待ちなさい、今はあの坊やに復讐するよりも情報の収集に専念するべきよ」
「そんなものは必要ない。俺を止めたきゃ、殺してでも止めることだ」
それだけ言うと、ヴァルヴァロスは部屋を去って行った。マリアナが本気になれば、止めようと思えば止めることはできたであろう。だが、意固地になった男が聞く耳を持たないことを長年生きている彼女は理解しているため、止めるだけ無駄だと判断したのだ。
寝室を後にしたヴァルヴァロスに向けるように部屋の扉に視線を向けながら、マリアナ一つため息を吐くと誰に向けることもない言葉を呟く。
「まったく、これだから男っていうのは……。しょうがないわね。坊やの動向はヴァルヴァロスに任せて、わたしは別路線から情報を集めることにするわ」
マリアナが決意を新たに呟いたあと、次の行動に移るべく部屋をあとにする。
かくして、魔族側にも新たな動きが起こっている最中、そんなことになっているとは毛ほども思っていない秋雨といえば、次の目的地に続く街道を鼻歌交じりで暢気にスキップしていたのであった。
95
お気に入りに追加
5,819
あなたにおすすめの小説

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから
ハーーナ殿下
ファンタジー
冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。
だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。
これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる