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第六章 料理と錬金術と強敵と治療
69話
しおりを挟むマリアナとの直接対決を避けることに成功した秋雨は、緊張の糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
なんとか上半身は起こしているものの、膝を地面に着き今にも倒れてしまいそうだ。
そんな秋雨が、ふととある場所に視線を向けた。その場所とは、仮に今の状況をビデオカメラで撮影していた場合においてカメラが設置されているであろう場所だ。
そして、見えないカメラに目線を合わせ、首を傾けながら力なく秋雨は呟いた。
「……ちょー疲れたんですけどぉー?」
それは秋雨の心からの呟きである。ヴァルヴァロスとの戦いにおいて、傷らしい傷は付いていないのだが、如何せんこの短時間の間にいろいろとイベントが発生したことによって、彼の精神にかなりの負荷が掛かってしまった。
そして、その精神的な疲労がピークに達してしまったことで、あるはずもないビデオカメラに向かって呟く奇行を起こすという普段の秋雨であればあり得ない行動を取る結果に至ったのであった。
その後、極度の精神的疲労からとうとう大の字に倒れ込んだ秋雨は、しばらく動かずそのままボーっとして過ごした。幸いなことに、ヴァルヴァロスとの戦いで周囲にいた魔物たちは逃げてしまっていて、無防備な姿を晒す秋雨を襲ってくることはなかった。
秋雨が大の字になってから数十分後、ようやく落ち着きを取り戻した。そして、今回の戦いに対しての反省会をする。
「やっぱ、今の俺では逆立ちしたってあの女魔族には勝てん。そもそも鑑定先生をもってしてもあいつのステータスすらわからんとか、漠然とだが桁違いに実力差があるとしか思えん。ここは自身のレベル上げを行うべきだろうな……」
今回の戦いで自らの実力が不足していることを思い知った秋雨は、今後やってくる戦いに向けて自身の強化をすることを決意する。
「さて、こんなところで油売っててもしょうがないし、街に帰るか。……む? なんか忘れてる気がするが……ま、いっか」
それから、転移魔法を使って宿の部屋に帰還した秋雨だったが、その十数分後イビル病を治すための薬草を採取していないことに気付き、再び草原に戻ることになるはご愛嬌である。
かくして、今回の一件で自分よりも格上の相手がいることを知った秋雨は、自身の強化に向け動き出すことを決めるきっかけとなったのである。
「よし、次あの女に会ったらあいつに気付かれないよう懐に飛び込んで、あいつのおっぱいを鷲掴みにしてくれるわ! はははははは、はぁーはっはっはっはっ!!」
そして、いつものことながら最後の最後で全てを台無しにするのは、秋雨のお約束であった。
「よし、これであの領主の病気を治す薬の材料は揃ったから、さっそく調合をしていこうか」
あのあとすぐさま転移魔法で草原に逆戻りをし、目的であったイビル病を治すための薬草を手に入れた秋雨は、再び宿に戻ってきた。
イビル病を治す薬草は【アンジュ草】という名前で、まるで天使の羽の形を模したような葉を持っている。
すぐにイビル病の薬を作ろうと思ったが、アンジュ草の数に限りがありまた採りに行くのが面倒くさいという理由から、まずは一番効果の低い回復薬をお試しで作ってみることにした。
「てことで【鑑定先生】一番下の回復薬の作り方、おなしゃーっす!!」
秋雨の軽い言葉にも嫌な顔一つせず、鑑定先生こと鑑定スキルが彼の望む結果を表示する。
【初級回復薬】:この世界において最も下位の回復薬。調合素材:ブルーム草 + 水
鑑定スキルの結果によると、以前の薬草採集で入手した【ブルーム草】という薬草に水を加えるだけの簡単なものらしい。
さっそく用意したボウルにブルーム草と水を加え、錬金術を使って調合を試みる。
「スキル錬金術【調合】!」
秋雨が錬金術を使うと、たちまち水に浸されたブルーム薬がボウルの中で混ざり合っていく。それは次第に水の中に溶け込んでいくかのように消失し、無色透明だった水に淡いエメラルドグリーンの色彩を彩らせていった。
出来上がった水を鑑定すると、それは期待していた通り初級回復薬だった。ただ一つだけ不満だったことがあるとすれば、品質的に良くもなく悪くもないものらしいということであった。
ひとまず、初級回復薬の調合には成功したのだが、ここで用意していなかったものがあったことに秋雨は気付く。
それがなんなのかというと、初級回復薬を保存しておくための薬瓶だ。秋雨の考えでは、TVゲームのように調合が成功すると薬瓶に初級回復薬が入った状態で出てくるものであるという認識だったため、薬瓶の用意をしなかったのだ。
「まあ、瓶がないなら作ればいいだけだがな」
そう言うが早いか、秋雨はものの数十秒で薬瓶を作ってしまった。
具体的な作製法は七輪を作った時に出現させた岩を土に変え、さらにそれを【精錬】を使って土砂に変化させる。その変化させた土砂をさらに【精錬】で珪砂やソーダ灰などのガラスの原料となる砂に変化させ、最後に【形成】と【物質固定化】を使い、回復薬を入れるための薬瓶を完成させた。
通常何日も掛かる工程を、ほんのわずかな時間で完成させてしまう秋雨の能力はまさにチート級といえるのだが、残念なことにそれを指摘する者がいないため、それが異常であることに秋雨は気付くことはなかった。
ちなみに薬瓶の形状はファンタジーでよくある試験管型やフラスコ型のようなものではなく、ワインやシャンパンなどを保存しておくために使われるボトル瓶を二回りほど小さくした形をしている。
作製した薬瓶に回復薬を入れ、ようやく初級回復薬が完成する。これで、調合の概要は理解できたので、次はイビル病の専用薬を作るための工程に移った。
世界で初めて作成する薬ということで難航するかと思われたが、秋雨の持つチート級の能力の前ではその難易度もたかが知れていたのである。
特に苦労せずランバー伯爵の病気を治癒する薬が完成した。そのあと、いろいろと調合を試した結果、思わぬ薬が完成するが、それが披露されるのは少し先のお話である。
かくして、魔族との遭遇というイレギュラーが発生したものの、目的の薬が完成した秋雨は疲れ切った体を休めるべく、ベッドに体を預けたあとすぐに意識を手放すのであった。
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