67 / 180
第六章 料理と錬金術と強敵と治療
67話
しおりを挟む――すた、すた、すた……。
一歩、また一歩と魔族の男に歩を進める。それは男の死を告げるカウントダウンであるのだが、男はそのことに全くといって気が付いていない。
自分が世界でも上位の存在である魔族という絶対の自信と、相手が数多の種族の中でも脆弱な人族だという油断が男の危機感を鈍らせていた。
その間にも秋雨は躊躇うことなく男に近づいていき、とうとう自分の間合いまで接近することに成功する。
そして、男と視線を交わすと、秋雨は改めて男に問い掛けた。
「本当に殴ってもいいのか?」
「構わないとも、魔族たるこの俺ヴァルヴァロスが脆弱な人間如きに負けるわけがない。遠慮せず全力で掛かってこい」
「わかった(今まで全力を出してなかったからな。この際だ100%の俺を知っておくのも悪くない)」
不遜な態度で仁王立ちのまま秋雨の攻撃を今か今かと待つその姿は、まさに誇り高き魔族のそれであった。
だがヴァルヴァロスにとって誤算だったのは、今目の前にいる少年がただの人間ではないということだろう。
ヴァルヴァロスの了解を得た秋雨は、腰を落とし正拳突きの構えを取った。元の世界では武術経験がほとんどない彼であったが、こちらの世界へとやってきたことで強化された肉体と頭脳により、自分の力を100%相手に伝える最適な方法を理解していた。
「いくぞ」
「こい」
ヴァルヴァロスの言葉を受け、秋雨は拳に力を込めていく。全身の力を拳に全て乗せるかのように力を蓄えていく。そして、全ての力を右手の拳に集約させるとその勢いのままに腕を突き出した。
「はあああああああ、100%、全力パンチ!!」
(う、こ、これはまずい)
秋雨が突き出した拳が、体に直撃する寸前で、ヴァルヴァロスは気付いた。秋雨の放った拳が、自分に致命傷を与えうるほどの威力を持っているということに……。
だが、時すでに遅く、ヴァルヴァロスがそのことに気付いた時には、秋雨の拳はヴァルヴァロスの体に直撃する寸前であった。であるからして、そのあとの結末は言うまでもなく……。
「こぼぁ」
秋雨が放った拳の衝撃によって、ヴァルヴァロスはとてつもない勢いで吹き飛ばされていく。十、二十、三十メートルと、その飛距離は留まることを知らない。
吹き飛ばされている間、ヴァルヴァロスは何とか体勢を立て直そうと試みるも、秋雨の放った拳のあまりの威力と衝撃に、森の木々をなぎ倒しながらさらに吹き飛ばされていく。
そして、森から何もない草原まで飛ばされたヴァルヴァロスだったが、そこでようやく重力によって勢いが衰え、その体を地面に叩きつけられる。しかし、それでも勢いは止まることなく、水面に投げた小石のようにバウンドしながら連続で地面と激突する。
「ぎゃああああああああああ」
ここでヴァルヴァロスが、断末魔の叫びのうような声を上げる。その理由を一言で言うのなら“ツイてない”である。
秋雨の拳がヴァルヴァロスの体に直撃する直前、彼は瞬時に全身の魔力を秋雨の拳が直撃する箇所に集め、拳の威力を軽減させていたのだ。いくら魔族とはいえ秋雨の全力パンチを食らえばただでは済まず、その体に風穴が開いていたことだろう。
だが、それはヴァルヴァロスにとって最悪の結果をもたらしてしまったのだ。秋雨の拳によって吹き飛んだヴァルヴァロスだったが、そのまま永遠に飛ばされ続けるということはなく、いずれば地面へと叩きつけられるはずであった。
重力がヴァルヴァロスの勢いを殺し、草原に到着した時には地面に叩きつけられ始めたのだが、彼にとって不運だったのは着地地点だった。
体の制御が戻り始めたヴァルヴァロスだったが、それでも上手く体勢を立て直せず最終的に彼のとある部位がとある場所へと着地してしまう。
ヴァルヴァロスが最終的に止まった場所には、高さが七十センチほどの細長い岩があり、ちょうど道端に佇んでいるお地蔵さんくらいの大きさであった。
もうおわかりだろうが、ヴァルヴァロスが最終的に着地したのがその岩であり、あろうことか着地した部位が彼の股間であったのだ。
彼の種族は魔族であり、この世界で上位の存在であることはまず間違いない。だが、魔族とてこの世界の一種族でしかなく、その繁殖方法も他の種族と変わらず“行為”による繁殖だ。
であるからして、当然男であるヴァルヴァロスの弱点部位は普通の人間の男とほとんど変わらない。そのうちの一つが股間であるということも。
いくら頑強な体を持っている魔族といえど股間までは頑強とはいえず、その部分に衝撃が加わればただでは済まない。
かくして、男であるヴァルヴァロスにとって最悪の結果となってしまったのだった。男であるが故に、その“付いているもの”が原因で地獄を見ることになってしまったという、まさに“付いているけどツイてない”である。
ヴァルヴァロスが今も地面で股間を押さえながら悶絶している間も、ゆったりとした歩調でヴァルヴァロスのいる方へと秋雨は歩いていた。
この世界へとやってきてから始めて全力を使ったことに対し、秋雨はいろいろと考えを巡らせていた。
(全力で殴った割には拳を痛めるとかはないみたいだな、無意識に加減でもしたのか?)
人間には過度な力によって肉体などの機能が壊れてしまわないよう、ある一定の力を出そうとすると脳がそれをさせまいと制御が掛かってしまう。秋雨は全力を出したのにも関わらず、拳に何の影響も出ていないことに対する答えをそう導き出した。
そんな他者にとってはどうでもいい下らないことを考えていると、いつの間にやらヴァルヴァロスのもとへとたどり着いていた。
秋雨がヴァルヴァロスの姿を視認して最初に思ったことはといえば、なぜ彼が悶絶しているのかということであった。いくら自分の攻撃が強力であったとしても、あれだけ自信満々だったのだからダメージはあるにしたってこれくらいは耐えるだろうと秋雨は予想していたのだ。
しかし、今目の前にいるヴァルヴァロスといえば、何か激痛に耐えるような見ていてなんだか切ないような感情が湧き上がってくる。
(あ、まさかそういうことなのか)
一体これはどういうことなのかと考え始め、何気なく周囲を見渡してみると、ヴァルヴァロスの悶絶する傍らにお地蔵さんくらいの大きさの岩を発見する。
その岩と今ヴァルヴァロスの置かれている状況から一つの答えにたどり着いた秋雨は、未だ激痛から解放されぬ相手に向かって自分の推測を投げ掛けてみた。
「股間を強打したのか?」
「~~~~~~!」
「な、なんか、すまん」
秋雨の問い掛けに、屈辱と怒りの視線を向けるヴァルヴァロス。その視線で全てを察してしまった秋雨は、思わず謝罪の言葉を口にしていた。
いくら敵対する相手とはいえ、男としてやってはならないことはままあるものだ。その一つが股間への強打であった。
それからヴァルヴァロスが立ち直るのに約十分の時を要したが、その間秋雨は相手への情けなのか一切手を出さなかった。
「貴様、よくもやってくれたな!」
「いや、一発殴っていいって言ったのお前じゃん。俺が殴った後でこんなことになるなんて誰が予想できる?」
「ぐ、だ、黙れ!」
秋雨のもっともな正論にぐぅの音も出ず、ただの悪態と知りながらもそう切り返すしかないことにヴァルヴァロスは顔を顰める。今彼の中にある感情は、目の前の人間によって与えられた屈辱を晴らすべく、如何にして惨たらしい死をくれてやるかということだけであった。
「今度はこちらの番だ。この俺にこれほどまでの恥辱と屈辱を与えたこと、後悔するがいい!」
「……」
ヴァルヴァロスの激昂に、なにも言葉を発することなく、ただただ秋雨は視線を交わす。彼の態度に秋雨の頭の中には再びあの言葉が浮かんでいた。その言葉とは、そう“殴っていいって言ったのお前じゃん”と……。
そんなことを秋雨が考えている今も、体内の魔力を高めヴァルヴァロスは一つの魔法を行使しようとしていた。その魔法とは――。
「髪の毛一本残らず、消し炭となれ! 【魔法高威力化】、【灼熱の煉獄炎】」
高められた魔力によって放たれた魔法は、もはや常識の範囲を逸脱していた。ただでさえ高い魔力に、高位の強化魔法である【魔法高威力化】という魔法の威力を高める魔法が加わって、その威力は数千の軍隊を一撃で殲滅できるほどにまで高められていた。
圧倒的な暴力と呼べるほどの力が、秋雨に迫りくる。それは秋雨に考えを巡らす時間を与えることなく、彼に襲い掛かった。
102
お気に入りに追加
5,814
あなたにおすすめの小説

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから
ハーーナ殿下
ファンタジー
冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。
だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。
これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。


システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる