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第六章 料理と錬金術と強敵と治療

60話

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「あっ……アキサメさん、お帰りなさい……もう戻ってきたんですか?」


 そう言いながら、ケイトが秋雨を出迎える。ただ、他の宿泊客と違うのは頬を朱に染め熱を帯びた視線だということだ。窮地を救った男に惚れる……漫画や小説なんかではありがちなパターンだ。しかしながら、そのパターンが通用するのは、主人公がそれを受け入れた場合のみだ。


(ちっ、やっぱありゃ俺の勘違いでも何でもなく、俺に惚れてる……よな?)


 内心でそう呟くと、秋雨は顔に出さないようにポーカーフェイスを気取った。彼は決してラブコメに登場するような朴念仁などではない。寧ろ周囲の人間の顔色を窺い、相手の考えを高確率で言い当ててしまうほど察しが良かった。そんな秋雨がケイトの思いに気付かないわけもなく、どうしたものかと困り果てていた。


 秋雨の気持ちとしては素直に嬉しいと思いながらも、かといってこのまま彼女と親密な関係になるつもりもない。ケイト自身に女性としての魅力が無いわけではないし嫌いなわけでもない。だが、このまま彼女とねんごろな関係になってしまえば、ほぼ間違いなく【宿屋の主人】としてのエンディングが待っているだろう。それはそれで楽しいといえば楽しいのだろうが、せっかく魔法と剣の異世界にやって来たのにも関わらず「最終着地点が宿屋の主人とはこれ如何に?」というのが秋雨の正直な感想であった。


 ケイトに対して思わせぶりなことをしてきたという自覚もあるのだが、秋雨としては「それはそれ、これはこれ」という思いであった。あの豊満な体を一生好きにできるのならそれもありかという考えが秋雨の中で一瞬過ったものの、女はケイトだけじゃないしこれからもっといい女に会えるかもという下種な考えに至り、ケイトに傾きかけた思いを持ち直すことに成功する。


「あのー、アキサメさん。どうかしましたか?」

「え、あ、ああ……」


 またしても、自分の悪癖が発動していたことに内心で苦笑を浮かべながらもケイトに軽く挨拶を交わし、「昼飯は食べてきたからいらない」と自分の宿泊する部屋に誰も近づかせないようにするための嘘を伝え、秋雨は自分の部屋にある二階へと足早に向かって行く。


 自分の部屋に戻る途中、またいつものバカップルの甘ったるいさえずりが聞こえてきたが、なんとか意識を逸らし自分の部屋へと戻ってきた。


(くそう、今度絶対娼館に行ってやっからな!!)


 今までの貯えで娼館を利用できるだけの金額は貯まっていたが、いざ行くとなると二の足を踏んでしまっていたのだ。自分の“初めて”を卒業するというこういったデリケートな問題は、顔見知りの女性に頼むわけにもいかない。ケイトあたりに頼めば喜んで協力してくれるだろうが、待っているのは宿屋の主人ルートなので断固として遠慮願いたいと秋雨はその考えを頭を振って打ち消す。


「今はそんなピンク色の世界はいいんだ。これから料理をするんだから」


 誰にともなく独りごちた秋雨は、さっそく今回の目的に向けて行動することにした。


 彼が市場に向かった目的、それはおざなりになっていた【料理】と【錬金術】に取り組んでいくというものだ。この世界にやってきてから一か月弱ほど経過していたが、未だにその二つのスキルに手を付けていない。理由としては、必要に駆られる状況がなかったということと、生活基盤の構築に心血を注いでいたためによる弊害だ。だが、さすがにそろそろほったらかしにしているのも勿体ないということで、挑戦する運びとなった。


「うし、まずは料理をするための空間作りからだな。てことで【創造魔法】」


 秋雨が常日頃から掲げている“異世界でやってはならない五つの禁忌タブー”のうちの一つに「元の世界にあった料理を異世界の人間に食べさせてはいけない」というものがある。なぜ食べさせてはいけないかといえば、理由は単純明快“美味すぎる”からである。ほとんどの異世界転生の小説に登場する異世界の文化レベルは中世のものが多い。これは魔法という技術が発展していることで、他の文化が衰退の一途を辿っているためだ。秋雨の元居た世界である地球がなぜあれだけの文明力を築けたか、それは魔法という技術が存在せず科学などの他の技術で利便性を追及した結果だからだ。


 そんな発展した文明を持つ世界の食文化が高度なのは想像に難くなく、この世界の人間が高度な文明の料理を口にすれば間違いなく虜となってしまい、今までの食生活に戻れなくなる可能性があるのだ。実際数多くの異世界ファンタジー小説に登場する主人公が作る料理を食べた人間は、その虜となり主人公の料理なしでは生きていけないというレベルにまで堕落している描写が描かれている。


 そして、異世界では珍しい料理のレシピや食材の育成法などの“技術”と呼ばれるものは最初に発見した人間に利権が発生するためその権利を独占し利益を得るのが定石となっている。だからこそ、美味しい料理のレシピはなかなか出回らず、それが異世界の食文化発展の妨げにもなっている。


 さらに人間の三大欲求の一つに挙げられるほど食欲というのは単純な欲であるため、美味いものを食べたいという欲は尽きることがない。そこに美味い料理を作る人間が現れればどうなるのかは言うまでもないことだろう。


 閑話休題。とにかく何が言いたいのかというと“美味い料理が作れるとバレれば面倒事に巻き込まれる”というのが秋雨の考えだということだ。


 そのためにはまず料理を作っても周囲に気付かれない空間を作ることが重要になってくる。そのためにカギとなってくるのが創造魔法だ。


 秋雨は創造魔法で新たに【結界魔法】を作製し、空気を外に出さない結界を部屋全体に張り巡らせた。これは料理の匂いを外に漏らさないためである。だが、そうなってくると人間が呼吸をするためには一定の酸素が空気中に含まれている必要があるため、このままでは最終的に酸素が欠如し窒息死することになる。


「うーん、じゃあ空間内の空気は外に出さないが外の空気は入ってくるようにしようか。あとは充満した空気の処理だが、これはアイテムボックスに一時的にしまうのが手っ取り早そうだ」


 そう言っていろいろと試行錯誤した結果、指定した空間内の空気を外に漏らさず外の空気はそのまま取り込むという特殊な結界を作り、空間内に充満した料理の匂いや煙を含めた全ての空気をアイテムボックスに収納することで他の人間に料理しているのがバレないようする空間を作り出すことに成功した。


「【クッキングフィールド】とでも名付けるか? いや、別に名前を付けなくてもいいか」


 こうして、誰にもバレずに料理ができる空間【クッキングフィールド】という超絶限定的な魔法が生み出されてしまった。
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