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第三章 ヒュージフォレストファング
32話
しおりを挟む「た、大変だぁああああ!!」
そう叫びながら冒険者ギルドのスイングドアを押しのけて飛び込んでくる男がいた。
時は秋雨が中二病甚だしい名前の魔法を修得していたその時にまで遡る。
時間帯は早朝を少し過ぎた午前9時に差し掛かろうかという時間で、ちょうど早朝からクエストを求めてギルドにやって来た冒険者たちが、受けた依頼に出発しようとギルド内にたむろしていた時であった。
「なんだ、“死にたがり”のニコルソンじゃねぇか」
「ホントだ、“死にたがり”のニコルソンだ」
入り口付近にいた二人組の男性冒険者が、建物内に入ってきた男の名を口にする。
その二つ名を口に出した時、肩で息をしていた男が抗議の声を上げた。
「こらそこー、誰が“死にたがり”だ、誰が。俺は疾風、“疾風のニコルソン”だ」
二人組の男性冒険者に対し、自分の本当の二つ名を宣言するニコルソンであったが、残念ながら彼の言っている二つ名は、あくまでも彼が自称しているものであったため、彼以外にその名を口にする事はなかったのである。
「おめぇの言う“疾風”っていうのは逃げ足の事だろうが、そんなのは疾風とは言わねえんだよ」
「精々“逃亡者のニコルソン”がお似合いだな、はははは」
「な、なんだとぅー!」
「何の騒ぎですかこれは?」
ニコルソンと男性冒険者が一触即発の雰囲気になり始めたその時、ギルドの奥から眼鏡を掛けた男性職員が姿を現す。
男性職員は騒ぎの元凶となっているニコルソンに対し、眼鏡をくいっと上げながら睨みつける。
その眼光に一瞬気圧されそうになるニコルソンだったが、自分がこのギルドに来た本来の目的を思い出すと、その内容を男性職員に伝える。
「そうだ、こんなことをしてる場合じゃねぇ。おい、あんた至急報告したいことがある」
「なんですか?」
「……ヒュージフォレストファングが出た」
「な、なんですって!?」
ニコルソンが【ヒュージフォレストファング】の名前を出した途端、喧騒に包まれていたはずのギルド内が静寂に包まれる。
そして、その沈黙を破るかのように冒険者達が口々に話始める。
「おい、聞いたかよ? ヒュージフォレストファングだってよ」
「確か、Dランクのモンスターだよな? ホントに出たのか?」
「情報提供者があの“死にたがり”だからな、何かと見間違えたんじゃねぇのか?」
ニコルソンの手によってもたらされた情報であったが、彼自身の冒険者としての評価が低いためか他の冒険者たちは半信半疑といった様子だ。
その事に内心で苛立ちを覚えながらも、ここは情報を正確に伝えるべきだと判断した彼は、詳細な情報を話始める。
「俺がヒュージフォレストファングを見たのは、グリムファームから西に40分ほど進んだ先にある【ダリアの森】の奥にある【ザヴァル山脈】の麓付近だ。正確な数までは分からんが、少なくとも三十匹前後のフォレストファングの群れを率いてやがった」
ヒュージフォレストファングとはその名の通り、フォレストファングが長きに渡って生き続けることによって突然変異を起こし、独自の進化を遂げた上位個体である。
例外なくフォレストファングの群れを率いるボス的な役割を担うことが多いため、そのほとんどがフォレストファングの群れと一緒に発見されることが多い。
身体能力もFランクのフォレストファングとは比べ物にならないほど高く、その巨体からは想像できないほどに俊敏な動きで獲物に襲い掛かる。
モンスター単体としてのランクはDランクではあるものの、フォレストファングの群れと徒党を組んだ時の討伐難易度はCランクの下位にまで及ぶほど脅威的な存在となる。
「改めて確認しますが、本当にヒュージフォレストファングが出たのですね?」
男性職員は念を押すようにニコルソンに確認する。
そして、彼はその問いに大きく首を縦に振った。
「ああ、間違いない。あれは紛れもなくヒュージフォレストファングだった」
ニコルソンが男性職員の問いに返答したその時、ギルドの入り口から息を切らしながら入ってくる二人の冒険者がいた。
ニコルソンの姿を視認したその二人組の冒険者の内の一人が、彼に向かって叫んだ。
「こらぁー、ニコルソンてめぇ! いつもいつも俺らを置いて先に突っ走りやがって! この“死にたがり”が!!」
「げっ、クシャーク」
「“げっ”ってなんだ、“げっ”って。そんな元気があんなら、今度遠征する時はお前に馬車を引っ張っていってもらうからな」
「そ、そりゃねぇだろ!?」
クシャークの言葉に抗議の声を上げるも、その言葉を黙殺した彼は、近くにいた男性職員に話しかけた。
「あの、ニコルソンから話は聞きましたか?」
「え、ええ、なんでもヒュージフォレストファングが出たとか。本当のことなんですね?」
「はい、“今回”は残念ながら本当の事です」
その言葉を聞いたほとんどの冒険者が色めき立った。
なぜなら、彼クシャークはニコルソン、ハタリーを加えた三人組冒険者パーティー【イエロートリプルズ】のリーダーであり、冒険者としてのランクもDランクに属している一角の冒険者だったからだ。
ちなみにニコルソンとハタリーのランクはEランクで、実力はクシャークより劣るものの、三人による連携の取れた攻撃は冒険者たちの間でも一目は置かれていた。
「マジか、“死にたがりの名付け親”が認めたってことはヒュージフォレストファングが出たのは本当らしいな」
「ああ、あの男の言うことは信用できるからな」
「同じパーティーに属してるのに不思議なもんだな」
クシャークの言葉を聞いて口々に話す冒険者の言葉に、思わず顔を顰めるクシャークであったが、今はそんなことよりもすべきことがあると判断し、男性職員を促す。
「それで、早急にギルドマスターに事の次第を報告していただきたいのですが?」
「了解しました。直ちにギルドマスターに報告し、指示を仰ぎます。報告ご苦労様でした」
そう言うと男性職員は、すぐさま受付カウンターの奥に引っ込んでいった。
その後ギルドマスターに情報が伝えられ、緊急の討伐クエストが組まれることとなった。
この一件があったことを魔法開発に夢中になっている秋雨は後になって知る事となるが、それはまた次の機会のお話である。
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