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第一章 冒険者に俺はなる

16話

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「ここが冒険者ギルドか……」


 現在午前三時を少し回った真夜中と言ってもいい時間帯、秋雨は冒険者ギルドへとたどり着いた。
 ケーラが教えてくれた道順に従って歩いて来たところ、ものの十数分で目的の場所に到着することができた。


 建物は木造で、それほど新しいものでもなく、かと言って襤褸いわけでもないという新築と襤褸の間位の建造物だ。
 まるで西部劇に登場するような酒場がモデルになっているかのように、入り口のドアは観音開きのスイングドアが用いられている。


 中から人の声は一切聞こえず、静まり返っていて少し不気味な雰囲気だ。
 他の冒険者に絡まれないようにするためにこの時間帯を選んで来ているため、静まり返っているのは秋雨にとっても好都合であった。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか、どっちにしても行くしかないよな)


 意を決し、スイングドアに手を掛けようとしたその時、秋雨はふとあることに気付いた。
 それはと言えば、普通の人間であればさほど気にするような事ではない些細なものだったが、その時の彼にとっては、今後の命運を分けるかもしれない重大な選択のような気がしてしまい、その事で頭が一杯になってしまった。


(どうする? このままこのドアを押し開いて入ると、ドアの軋みで中の冒険者を起こしてしまう可能性がある。かといって冒険者ギルドの入り口は一つしかなく、他に入り口はどこにもない)


 秋雨は苦悩していた。
 他の人間にとって、スイングドアを開けるという行為自体はどうという事はないただの行動の一つでしかないだろう。
 だがそれは、眠っている人間がスイングドアの軋みにより起きてしまう可能性を考慮していないという注釈が入る。


 ただドアを開けるという事であれば、秋雨がここまで苦悩することはないだろう、それこそ禿げるほどに……。
 だがしかし、今は中の冒険者に起きていられたら都合が悪いのだ。
 だからこそ秋雨は目の前の観音開きのドアを殺意の籠った目で睨みつけながら、この状況を打開する方法を模索している。


 そして、悩みに悩む事382秒後、秋雨はスイングドアの弱点ともいうべき個所を発見する。
 想像して欲しいのだが、スイングドアというものは先に述べたように、西部劇の酒場などでよく設置されているドアだ。


 基本的にドアというのは開口部と呼ばれる個所、部屋と部屋を仕切る壁に開いた空間、所謂出入り口の枠組み全体に嵌め込むタイプの物を指すことが多い。
 だが今回のスイングドアは2メートル半の開口部に1メートル20センチほどのスイングドアが中心部に設置されているタイプの物であった。


 もうお分かりだろう? 枠組み全体に嵌め込むドアとは異なり、スイングドアが設置されている個所以外は何もない空間なのだ。
 つまり上部の空間、スイングドア、下部の空間という具合に隙間が空いているという事だ。


 しかもその空間は、2メートル半の枠組みから1メートル20センチのスイングドアを差し引いて半分にした、65センチという大人でも通り抜けられるほどの隙間だった。
 増してや、15歳という身体が成長しきっていない少年と言っても差し支えないであろう今の秋雨であれば、その隙間を通り抜けることは造作も無いことである。


 そして、その結論に至った秋雨が取る行動は最早必然と言っても過言ではない。
 秋雨はしゃがみ込む様に前かがみになると、そのままうつ伏せに床に身を預ける。そして、そのまま両手両足を這わせながら、スイングドアの下に開いている隙間から中に侵入を試みたのだ。


 断言しよう、秋雨が転生した世界において世界初のスイングドアの下を匍匐前進で潜り抜けた男の誕生であった。


(っ……、っ……、っ……)


 秋雨の名誉のために言っておくが、本人は至って真面目である。
 だが、彼以外の誰かが彼の行動を見た時、十人中十人が怪訝な表情を浮かべるのは間違いない。
 そして、スイングドアを通れば数秒程度で済む事を、60秒という時間を掛けてようやく冒険者ギルドの中に入るに至った。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 知らない人もいるかもしれないが、匍匐前進という行為は存外に体力を使うもので、それは化け物染みた体力を持つ秋雨も例外ではなかったようだ。
 

 息が整うまで膝に手を付きながらその場に佇む。
 呼吸を整えた秋雨は服についた埃を手で払った後、改めてギルド内に視線を巡らせる。


 入り口から見て左手には受付カウンターが数か所設けられており、そこで依頼の受注や素材の買い取りなどの手続きを行うようだ。
 右手には階段状になっている段差を降りた先に十数組のテーブルと椅子が所狭しと設置されていて、そこには武装した人間が眠りこけていた。


(あれが冒険者共だな、予想通り酔いつぶれて寝てるな)


 現在の時刻は午前三時半を回ったところで、それぞれのテーブルには空になった木製のジョッキや酒瓶が転がっていた。
 眠っている冒険者と言えば、テーブルに突っ伏している者や大口を開けて寝ている者、あるいは床に大の字になっている者もいた。


(こりゃ、ホントにこの時間帯に来て正解だったかもな)


 これほど素行の悪い連中に絡まれた日には、面倒事に巻き込まれること必至だなと秋雨は内心でため息を吐く。
 いつまでもむさい男の寝顔など見ていてもいいものではないと秋雨は彼らから意識を外し、受付カウンターに向かうことにした。
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