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第一章 冒険者に俺はなる
13話
しおりを挟む「……行ったか? まったく、何が“覚えてなさい”だ。何処の世界に客に食事を出すときに、交換条件を持ちかける宿の店員がいるんだ。……あ、ここにいたな」
ケイトがその場を後にしてから、呆れた表情で秋雨はそう呟く。
元はと言えば、自分の蒔いた種でこうなってしまっている事に気付いていない秋雨だったが、そんな事など捨て置いて今は飯だと頭を切り替える。
ケイトから受け取った木製のお盆を備え付けのテーブルの上に置いていたので、さっそく椅子に腰かけ食べることにした。
この宿に来る道中、露店で肉串を買って食べていた秋雨だったが、魔法の開発で魔力を消費したせいなのか、腹具合はかなり空いていた。
(これはもしかしたら、今の俺の身体って燃費が悪いのかもしれないな……まあその分沢山食べればいいから問題ないといえばないのだが、金のない今食費はできるだけ抑えたいな)
異世界に転生してから、自分の身体の変化に少し戸惑いつつも、目の前の料理に視線を向ける。
木製のお盆の上に乗っていたのは、3つの皿に盛りつけられた料理だ。
一つが黒みがかった丸いパンで、おそらく異世界でよく食べられている【黒パン】というものだと秋雨は推察する。
二皿目が底の深い木の食器に入った透明度の高いスープだ。
見たところ様々な野菜と一緒に煮込まれたものらしく、秋雨のいた世界でいう所のポトフというフランスの家庭料理によく似ていた。
最後の皿はどうやらメインディッシュのようで、何かの肉を焼きそこにソースのようなものがかけられている。
食べやすいようサイコロステーキほどの大きさに切り分けられており、美味しそうな匂いが漂う。
「よし、じゃあとりあえず食べるか。いただきます」
両手を合わせて日本人の食前の挨拶を呟く。
まず秋雨が注目したのは、おそらくこの世界での主食であろう黒い色をしたパンだ。元の世界で例えるなら、ライ麦パンに近い物だと秋雨はそう結論付ける。
「どれどれ……もぐもぐ、うーん、少し硬めで酸味のようなものがあるっぽいな、やはりライ麦パンに近いようだ。まあ、食べられるな」
秋雨本人も気づかなかったが、最初の一口目でこの世界の料理が上手いか不味いかではなく、食べられるか食べられないかに論点が置かれてしまっていた。
元々あらゆる文化が発展している世界からやってきた秋雨にとって、中世ほどの文明しかない世界に存在する食文化などたかが知れていると考えていたからだ。
これは元が地球出身であることの弊害であるといってもいい事であり、豊かな国にいた転生者は総じて舌が肥えてしまっているのだ。
それは本人が高級思考が強いというよりも、元の世界の食文化が発展しすぎてしまっていたことが原因でもあった。
だからこそ、秋雨は女神から貰える加護の一つとして【料理】のスキルを要求した。
異世界というものは文明力が低く、そのために食文化もあまりよくないと知っていたためだ。
「まあ腹に溜まれば料理なんて同じだしな」
そんな身も蓋もないような事を呟く秋雨。
今の発言は全ての料理人を敵に回しかねないほどのものだったが、幸か不幸かこの場には秋雨以外誰もいないため、それを指摘するものはいない。
「次はスープだな」
そう呟くと、底の深い皿に入ったスープに手を付ける。
まずは肝心のスープ自体の味を確かめるべく、一口飲んでみた。
「うーん、なるほど。少し薄口ではあるものの、具材である野菜のエキスがスープににじみ出て、野菜の香りと甘みを上手く利用した一品だな。野菜自体も火が通っていて、冬場に食べれば体の芯から温まるだろう。うむ、食べられる」
どこかのグルメ評論家のような感想を呟く秋雨。
そして、このスープも“食べられる料理”という枠組みから抜け出すことはできなかったようだ。
最後の皿は肉料理だが、果たして彼の口から“美味い”という言葉はでるのだろうか。
そしてついに肉料理に手を付けた秋雨は肉を口に運んでいく。
「もぐもぐ、……うん、これは美味いな!」
お聞きになられただろうか? この世界に来て秋雨の口から初めて“美味い”という言葉が出てきた瞬間であった。
「適度に火の通った柔らかく処理された肉に、食べやすい大きさに切ることで女性でも無理なく食べられるよう配慮が成されている。そして何よりも極めつけはこのソースだ。少しの酸味と甘みが混然一体となっているこのソースが、柔らかい肉を包み込み、肉料理としてのレベルを一段も二段も引き上げている。うむ、美味である」
いよいよもって、どこぞのグルメ漫画を彷彿とさせる秋雨のセリフだったが、残念な事にそれを聞いている者は誰一人としていなかった。
その後、肉を食べ、パンを頬張り、それをスープで流し込むという食べ方を実践すると、とても美味だという事が分かり、あっという間に完食に至った秋雨であった。
それからケイトがお盆を回収したときに空になった食器たちを見て、可愛らしい微笑みを浮かべていたというのは、また別のお話である。
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