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第一章 冒険者に俺はなる
12話
しおりを挟む(うん? 誰だ?)
突然部屋に響き渡ったドアをノックする音に、視線をドアに向ける秋雨。
当然のことながらこの異世界に来たばかりの人間である秋雨に、部屋を訪ねてくる親しい人間などいるわけもない。
だからこそ、秋雨が眉をひそめたのは仕方のない事と言えば仕方ない。
とりあえず、ドアが叩かれたという事はその部屋の住人である自分に用があるのだろうと推察した秋雨は、ベッドから立ち上がりドアの側へと歩みを進める。
そして、ドアのカギを開ける前にドアの向こうにいるであろう人物に向かって誰何の声を掛けた。
「誰だ?」
「わたしです、わたし」
その声に聞き覚えのあった秋雨は、声の主がとある少女であるとすぐに分かったが、ここで素直に扉を開けるほど彼の性格はそれほど良くはない。
(ケイトか、時間の経過を鑑みるにおそらく昼食を持ってきてくれたんだろう。だが、ここで普通に受け取っても面白くないし……ここは少しからかってやるか)
そこで“普通に昼食を受け取ればいい”という結論に至らないところが、彼の性格が捻くれている証拠であったが、残念ながらそれを指摘する人間がいないため、彼は自らの本能に従い行動を起こすことにした。
「残念ながら“わたし”という名前の知り合いはいないのだが」
「はぁー、わたしです。ケイトです」
「ふむふむ、確かにケイトという名前の知り合いはいるが、貴様どうしてそのことを知っている!?」
「わたしが、その知り合いのケイトだからに決まってるじゃないですか!? 馬鹿な事を言ってないで、ここを開けてください!」
秋雨のわざとらしい態度に、あからさまにため息をついたケイトは、面倒とは分かっていても、相手が宿の客である以上対応しなければならないと自分に言い聞かせ、彼とやり取りをするも、その言い分があまりにもあまりな内容のため、思わず声を張り上げてツッコんでしまった。
これ以上のやり取りは本当に彼女を怒らせてしまうと空気を察した秋雨が、カギを外しドアノブを捻ってドアを開けた。
すると立て付けが悪いのか、徐々に開いていくドアから“ギギギ”という軋む音がケイトの耳に届いた。
(一度大工さんに見てもらわなくちゃいけないかな?)
その音を聞きながらそんなことを考えていたケイトだったが、それは部屋の住人である秋雨が姿を見せると同時に、自分の考えが杞憂であったことを理解させられる。
なぜなら、その音が発せられていた場所がドアからではなく、部屋の住人である秋雨の口から発せられていたものだと気付いたからだ。
「ギィィィ……」
「何やってるんですか……?」
「そんなあからさまに“面倒臭ぇなこいつ”みたいな顔しなくてもいいじゃないか、ちょっとした茶目っ気だ、茶目っ気」
その常軌を逸した彼の行動に、項垂れそうになる身体を辛うじて筋肉で押し止めることに成功したケイトが、持っていた木製のお盆を秋雨に差し出した。
「はいっ、アキサメさんの希望通り食事をお持ちしました」
「おお、そうか、悪いな」
これほど心の籠っていない“悪いな”もないと内心で呆れるケイトだったが、これ以上彼に振り回されたくなかった彼女は、静かにその場で佇む。
(でもやられっぱなしじゃ癪だから、ちょっとした仕返しです)
そう内心で呟くと、秋雨がお盆を受け取るため両手でお盆の両端を掴んだが、ケイトは彼がお盆を受け取っても自分の手を離そうとしなかった。
「お、おい? どうした? もう手を離してもいいぞ?」
「じー」
「な、なんだよ? 俺の顔に何か付いてるのか?」
そのまま数秒の膠着が続いた後、タイミングを見計らったかのようにケイトが口を開く。
「アキサメさん? この食事食べたいんですよね?」
「そりゃもう昼だし、腹も減ってるからな」
「だったら、わたしの条件を飲んでもらいましょうか?」
「条件だと?」
秋雨は、先ほど自分の取った行動に対する仕返しで、ケイトがそう言っているのだと気付いた彼は、どんな条件なのか興味が出たため彼女の言葉を待った。
「もしこの昼食を食べたいなら、わたしの胸の感触を忘れてもらいましょうか!」
「……」
どうやら秋雨が部屋に向かう時に去り際に残した言葉を根に持っていたようで、ここでそれの清算を企てたらしい。
してやったりと得意気に秋雨を見やるケイトだったが、残念な事に彼女にとって不幸だったのが、彼がその事についてあまり強い興味がなかったという事だ。
秋雨とて男である以上女体に興味がないわけではないし、実際ケイトのおっぱいは柔らかくて気持ちよかったことは、直接触った彼自身がよく理解している。
だがしかし、秋雨はこの異世界に対する知識を持っているため、ここで下手に騒ぐとケイトがヒロイン認定される可能性があるということも分かっていた。
(ここは大人しくケイトの条件を飲むか? いやそれじゃあなんか負けた気がするしな。かといって何か余計な事をすればケイトルートまっしぐらだしな……)
大人しく負けを認めるか、ヒロイン認定覚悟で彼女に一矢報いるか、秋雨にとっては究極の二択でもあった。
しばらく考えたのち、秋雨はとあることを思いつきそれを実行に移すことにした。
「わかった、お前のおっぱいの感触についてもなかったことにしよう」
「ほ、ほんとですか!? やったー!」
まるでいじめっ子に一泡吹かせてやったというような態度を取るケイト。
その事に満足したのか、料理の乗ったお盆を素直に渡してきた。
「ではまた、夕食になったら持ってきますね。食べ終わったお盆は、部屋の外に置いておいてくれれば回収しますので」
「そうか……ああ、そうだ、ケイト」
「なんですか?」
踵を返してその場から立ち去ろうとしたケイトに向かって、秋雨は現実を突きつた。
「確かにお前のおっぱいの感触を忘れるという条件は受け入れた。だが、それはお前の左のおっぱいの感触に対してのみだという事を言っておく」
「え?」
「まだ俺には右のおっぱいの感触が残っている……じゃあ夕食も頼んだぞ。ああ、それと次に食事を使った交換条件は一切認めないからそのつもりでな、ではごきげんよう」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 左のおっぱいだけってどういうことですか!? また詐欺じゃないですか、それ!! アキサメさん聞いてますか? アキサメさぁぁあああああん!!」
そんなガキの屁理屈のような事を事も無げに言い放った秋雨に対して、抗議の声を上げようとするケイトだったが、残念ながらその時にはすでに彼は部屋に籠ってしまった後だった。
ご丁寧に部屋にカギを掛け籠城してしまった秋雨に対し、どうこうできる術などケイトは持ち合わせているはずもなく、精々彼女ができたのはドアを叩きながら文句を言うだけであった。
「うるさいぞ! こっちは徹夜続きの仕事で疲れてんだ、もっと静かにできねぇのか!?」
「あ、す、すいませぇぇぇん! ……むぅ、覚えてなさい。必ず目に物を見せてくれるんだから」
あまりに声を張り上げすぎたため、他の宿泊客に怒鳴られてしまったケイトは、一時撤退を余儀なくされてしまった。
口惜しい表情を浮かべながらうわ言のように、部屋に籠ってしまった秋雨に対し、怨嗟の言葉を呟くと改めてその場を後にするケイトであった。
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