上 下
10 / 180
第一章 冒険者に俺はなる

10話

しおりを挟む

「ようやく宿を取ることができたな……うん? なんだこの声は?」


 当面の拠点となる宿を確保した秋雨は、自分に宛がわれた部屋に向かっていたのだが、その道中に妙な声が聞こえてくることに気付いた。
 その声の正体がなんなのか確かめるべく耳を澄ませていると、生々しいやり取りが聞こえてきた。


「はぁ、はぁ、アンジェラ、お前はなんていい女なんだ」

「あんっ、あんっ、ジョージ、もっと……もっと来て、わたしを滅茶苦茶にして」


 とある部屋から聞こえてきたのはまさに本番真っ最中であろうカップルの情事だった。


(おい、マジかよ……こんな真昼間っから盛ってんのかよ?)


 どうやら秋雨が来た時には、すでに男の方が限界に近づいていたようで、フィニッシュを匂わせるような言葉が男の口からこぼれ落ちた。


「ア、アンジェラ、そろそろイキそうだ、な、中に……中に出すぞ」

「あん、あんっ、いいわ、来て、全部受け止めてあげるからっ」


 そんなやり取りがあった数分間、男の荒い息遣いと女の喘ぐような甘い声が続いたが、どうやら男の言葉通り限界だったようでしばらくして声が聞こえなくなった。


(どうやらフィニッシュを迎えたようだな。それにしてもこんな明るいうちからハッスルしやがって、けしからん! 実にけしからん、俺にも遣らせろ!!)


 先ほどまで情事を繰り広げていたカップルに対し、内心で悪態をつく秋雨だったが、その口調はどことなく嬉しそうな色を含んでいた。
 そして、秋雨は改めてこの世界での目標の一つとして、お金に余裕ができたら絶対に【娼館】に行くことを決意するのだった。





 カップルの情事を見届けた後、秋雨は自分の間借りした部屋の前までたどり着いた。
 ケイトから受け取った鍵でドアのカギを開け中へと入ると、すぐに鍵を掛ける。
 この異世界では何があるか分からないので、こういった細かい事が後々になって面倒事に巻き込まれずに済んだりすると秋雨は内心で呟く。


(元の世界でも家に帰ってきてすぐトイレに駆け込み用を足して出てきたら、自分の家に人が侵入してたなんて話もあったしな。鍵はこまめに掛けておくに越したことはないだろう……っていうか結構ぼろい宿っぽかったけど、部屋のドアに鍵があったことに驚きだな)


 という具合に秋雨の元の世界での防犯に対する徹底ぶりの凄さが理解できるのと同時に、何気にこの宿の評価が“ぼろい”の一言で片付けられてしまっていることに彼の人柄が如実に表れていた。
 そんな秋雨だったが、とりあえず部屋の内装をチェックすべく視線を巡らせる。


 そこは六畳ほどのスペースにベッド、一組のテーブルに椅子が二脚、それに服を収納しておける備え付けのタンスのみという実にシンプルなものだった。
 テーブルの上や椅子の背もたれ部分を指でなぞって見てみたが、どうやら掃除の方は行き届いているようで、埃で指が汚れるようなことはなかった。


「へー、意外と定期的に手入れはされてるみたいだな。家具自体は襤褸だが、別に壊れているわけではなさそうだし、機能的には問題ないかな」


 聞く人が聞けば上から目線甚だしい辛辣な感想だったが、幸か不幸かそれを指摘する人間はこの場にはいない。
 ベッドの端に腰を下ろした秋雨は今後の予定を口にする。


「とりあえず、午前三時半までまだまだたっぷり時間があることだし、この時間を利用して、創造魔法で使えそうな魔法を開発していくとするか」


 そう独り言ちると、秋雨はこの世界に転移させてもらった女神であるサファロデから得た能力の一つ【創造魔法】を使った魔法開発を行うことにした。


「まずはこの世界の魔法の基本概念を知る必要があるな……よし、鑑定先生出番です。教えてください」


 最早秋雨の中で実質インターネットの検索サイト扱いになっている【鑑定】だったが、鑑定自体に感情や意志などというのはないので秋雨の質問に対して淡々と情報を開示する。


 鑑定の結果によると、この世界で形成されている魔法というものには属性があり、炎・氷・水・雷・風・土・闇・光の八つが基本的な属性らしい。
 それぞれ修得できる難易度も属性ごとで異なり、比較的修得しやすいとされるのは炎・氷・雷の3つで、次いで水・風・土が先の三つよりも修得難易度が高く、闇と光に関しては修得できれば英雄や勇者扱いされるそうだ。


 もちろんこの八つの属性はあくまでも基本的な属性でしかなく、何事にも例外は付き物なのは世の常だ。
 この八属性の他に無属性と呼ばれる属性が存在し、平たく言えば先で説明した八つの属性に当てはまらない属性のことを指す。


「多分この無属性っていうのは、サファロデの言ってた時空魔法に当たるんだろうな。まあ、このまま考えてても何も進まないし、ひとまず修得しやすいっていう魔法から試してみるか」


 そう呟くと、秋雨は早速創造魔法を使い炎の魔法の開発を始めた。
 まず秋雨が頭の中でイメージしたのは火のついたマッチの炎だった。火の灯ったマッチの炎は静かにゆらゆらと燃えている。
 そのイメージを頭の中で持ちながら右手の人差し指に意識を集中し、炎よ出て来いと祈った。


(爆発なんてしたら洒落にならんからな、使用する魔力も最小限の中の最小限だ)


 自身の魔力の高さを鑑みて、使う魔力量も最低限度になるように集中する秋雨。
 下手に魔力を込めすぎると街の端からでも見えるほど巨大な火柱を上げるか、この宿屋ごと吹き飛んでしまうかもしれないのではと考えた秋雨は、自分の魔力を極最小に留めるべく神経を尖らせた。


 ――ボッ。


「おっ、出たな。ふぅー、なんとか爆発せずに済んだか……」


 初めての魔法が成功したことに喜ぶよりも、この辺り一帯が火の海にならずに済んでよかったという安堵感の方が勝っていることに苦笑いを浮かべつつも、指先に出現した火を観察してみる。


 見たところ特にこれといって変わった点は無く、秋雨がイメージした通りマッチの火を灯した時と同じような小さな炎がゆらゆらと揺れているだけだった。
 

 秋雨はそれに満足すると、指を振って火を消した。
 これで炎魔法が修得できたはずなのでステータスで確認したところスキルの一覧に【炎魔法Lv1】が追加されていた。


「オッケーオッケー、この調子で他の魔法も習得していこう」


 誰にともなく呟いた秋雨は、自身の言葉の通り創造魔法での魔法開発を続けるのだった。
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから

ハーーナ殿下
ファンタジー
 冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。  だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。  これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...