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第一章 冒険者に俺はなる
6話
しおりを挟む盗賊に貞操を奪われそうになっている少女を救うべく、秋雨が動き出す。
まず初めに言っておくと、彼がクリアしなければならない条件は一つで、“誰にも姿を見られてはいけない”だ。
それは盗賊にはもちろんの事、被害者である少女も含めたこの場にいる全ての人間が対象となる。
その理由は至ってシンプルだ。その後の面倒事に巻き込まれる可能性をゼロにするためである。
自分の事を知られてしまえば、それだけ秋雨の実力を知ってしまう可能性が高くなるという事だ。
力ある人間は力無き人間に助けを求められるというのが世の常であり、当たり前に存在する概念でもある。
正義のヒーロー然り、あるいは秋雨と同じく異世界転生した小説の主人公然り、能力のある人間はその力を利用される運命にある。
それが善人であれ、悪人であれ、どちらにしても利用されることに変わりはない。しかも総じてそれは力ある人間にとって面倒なことこの上ない頼み事だったりするのだ。
薬師として高名な人物であれば、不治の病に侵された者を救ってほしいだの、単純に力に秀でている者であれば、とある山脈に棲みついたドラゴンを討伐して欲しいなど、常人が到底不可能とされるような無理難題を吹っ掛けてくるのだ。
そしてその実力が知られるきっかけは、今回の一件のように盗賊に襲われている少女を助けるという極々小さな出来事からスタートすることが多い。
それが噂となり、ある事ない事尾ひれが付き、貴族や王族などの権力者の耳に届く頃には誇大広告のバーゲンセールが如く情報が歪められ、それを修正しようとした時には取り返しのつかない事になっているというのがよくあるパターンだ。
秋雨は過去に読んだ小説の知識でその事を十二分に理解していた。だからこそ今回の少女救出に関して、誰にも姿を見られてはいけないのだ。
彼が掲げる悠々自適なのんびり生活を送るためには、自身の実力を知られることなく面倒事に巻き込まれないよう常に気を配る必要があった。
(こういうのはどこで情報が漏れるか分からないからな、警戒しすぎで丁度いいくらいだ。おっと、もうそろそろ彼女がヤバそうだから、動くか……)
もうすでに盗賊から少女を救わなければならないという面倒事に巻き込まれているのではと秋雨は内心思ったが、自らそこに首を突っ込んでいったため、今回は不可抗力としてすぐに行動に移ることにした。
ここから本題だが、具体的にどうするかと言えば至ってシンプル、この場にいる全員が自分を認識できないほどに早く動いて盗賊達を瞬時に気絶させるという方法だ。
何を馬鹿な事をと言っているように思えるが、それができてしまうほどに秋雨の身体能力は常識を逸脱しているのだ。
(さっきは全力の半分の半分であのスピードだったから、今回は半分の半分の半分くらいで大丈夫だろう……ああ、その前に盗賊の能力を確認しておくか……)
「【鑑定】盗賊のステータス」
盗賊たちに気付かれないように小声で呟き、少女を襲っている頭目の能力を調べた。
名前:ダン
年齢:28
職業:盗賊
ステータス:
レベル9
体力 90
魔力 3
筋力 18
持久力 10
素早さ 13
賢さ 4
精神力 13
運 6
スキル:剣術Lv2、逃走術Lv1
(はぁ、ナニコレ? 弱くね?)
鑑定の結果に思わず驚いてしまう秋雨。だがそれも無理もないことで、あの四人組の盗賊の中で一番強いであろうリーダーらしき男を鑑定してみると、リアクションに困るほどに超絶弱かったのだ。
どういうことかと鑑定先生にお伺いを立てたところ、この世界の住人たちは基本的に能力がそれほど高くなく、一流どころと呼ばれている国の騎士や有名な冒険者のクラスになればレベル60前後でパラメーターの平均は300から400に届かないくらいだという回答を得られた。
(ていうか俺レベル1なんですけど、それで体力と魔力が10万で、他のパラメーターが1000って化け物以外の何者でもないなこれは……)
先の得られた情報を元に瞬時に決断した秋雨は早速実行する。
まず力加減は半分の半分の半分ではなく、さらにその半分のイメージで動くことにし、相手を攻撃する際は本当に最小限の力だけで攻撃することに神経を使うと心に誓った。
そして、その場から地面を蹴って彼らに接敵した秋雨は、まずリーダー格の男の首元に手刀を落として気絶させる。
次いで近くの三人に移動すると同じように精一杯の手加減を込め同じく首元に手刀を落とした。
(おし、これでこいつらは全員気絶したな、あとは……これを彼女の所に置けばミッションコンプリートだ)
そう言って秋雨が少女と盗賊たちに接近する前に摘んでおいた一輪の【コスモリンデ】というコスモスに似たピンク色の花を彼女の膝元にそっと置いた。
そして、再び地面を蹴ると元の場所に戻る。ちなみにこの間の秒数は2秒も掛かっていなかった。
(おし、これでなんとかバレずに済ん――)
――バキッ。
その音はまるで木の枝が折れるような音と似ていたが、それが違うということはすぐに理解できた。
なぜならその音が聞こえてきた場所は、少女を襲っていた盗賊の頭目の首から聞こえてきたのだから。
次の瞬間頭目の首があらぬ方向へと折れ曲がり、そのまま重力に引っ張られるかのように後ろに倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
この世界に来て早々殺人という行為を犯してしまった秋雨だったが、そんな彼の今の心境はさぞ罪悪感に満ち溢れて――。
(くそぉぉぉぉ、力加減間違えたー!! おいダン! てめえ盗賊の頭ならそんな一撃根性でなんとか耐えろよ!!)
……満ち溢れてはいないようだ。むしろ力加減を間違えたことを棚に上げ、少女を襲っていた頭目に悪態をつくという鬼畜な行為に出てしまっている。
だが今の一連の行動は、全て秋雨の心の中で起きている出来事であるため、彼の盗賊に対する扱いを咎める人間などはいないのである。
(まあ、やっちまったものは仕方ないから、今回は許してやるとしよう。幸い部下たちの手加減は完ぺきだったし、四分の三なら75%ということで成功だろ)
身も蓋もないことを宣う秋雨だったが、これも彼の心の声であるためそれを咎める人間はいなかった。
それからようやく襲われていた少女が盗賊たちがいきなり倒れた事に驚き、声を上げながら叫んでいた。
(まあこれで、彼女はなんとか救えたことだし、しばらくすれば行商人か誰か通るだろうから、あとは任せても大丈夫だよな。うん、こうなったらそいつらに丸投げだ丸投げ)
そう判断した秋雨は、心の中で一言「じゃあ、あとは君一人で頑張ってくれ、ピンク乳首ちゃん」と言いながらグリムファームの都市へと向かって歩き出すのであった。
余談だが、この後すぐ別の行商人の隊商が現れ、彼女は無事救い出されたらしい。
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