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第四十六話「一方、別の場所では」

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「ここが、殿下のいたグロムベルクですか……」


 サダウィンことレイオールが、ロギストボーデンでゴブリンの殲滅依頼のため目的地に向かっている最中、彼を連れ戻そうとするガゼルたちが差し向けた追っ手ジュリアとレイラスが、彼がいたとされる街グロムベルクへとやってきていた。


 だが、二人以外にももう一人助っ人要員としてある人物も同行していたのだが、これが意外な人物であった。


「王都と比べて少し寂しい気がするな」

「お爺様、あまり一人で行動しないでください。我々の目的は殿下を連れ戻すことですよ」

「んなことはわかっとるわい! まったく、要らぬところばかりライラス似よって」

「レイラス。ザイラス様。孫と祖父の親睦を深めている場合ではありませんよ。とりあえず、レイオール殿下の痕跡を探るために街に出てみますよ」


 ジュリアの言葉に従って、三人でレイオールの情報を探ろうとするものの、街での滞在期間が極端に少なかったことが影響しており、彼に結び付くような目ぼしい手掛かりはなかった。


 一度、冒険者ギルドの方にも顔を出し、今回の情報提供をしてくれたギルドマスターのゴードンにも話を聞いたが、手紙に書かれている以上の情報といえば、オーク三匹を単独で撃破したことと、格上の冒険者を完封したことくらいだった。


 それを聞いたレイラスとザイラスは「さすが殿下です」、「うむ、鍛錬は怠っていないようだな」などと見当違いな称賛を口にしていたが、ジュリアがひと睨みすると、途端に口を噤んだ。


 街中を豪奢な馬車で移動すると目立ってしまうが、短時間で街の情報を得ようとすれば移動で体力を消費してしてしまう。だからこそ、馬車での移動を選択した彼女らだったが、あまり目ぼしい情報が少ないために段々と苛立ちと焦りが目立ってきた。


「あまり情報がないのはどうしてかしら」

「そうですね。あれだけ目立つお方はそうそういないはずなのに」

「ギルドマスターの話では、平民の格好をしていたのだろう? それとあまり積極的に動いていなかったのもあるのかもしれん」


 そんなことを話しながら馬車で進んでいると、とある一軒の店が目に入ってくる。その店構えは何の変哲もなく、特に変わったところはないのだが、店先に飾られている装飾品を見たジュリアが御者をしているザイラスに停止の合図を出す。


「ザイラス様、あの店の前で馬車を止めてください!」

「なんだ。あの店がどうかしたのか?」

「少し気になったもので」


 通りすがった人間は何事かと視線を向けながら去って行く中、外の様子に気付いた顔に髭を蓄えた小柄な店主が外へと出てきた。


「こ、これは一体何の騒ぎだ?」

「この店の方ですね? 少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか」

「あ、ああ」


 突如として現れた美女と護衛らしき二人の騎士風の男たちにどぎまぎしながらも、店主は彼女の問い掛けに頷く。


「まず、私はジュリアという旅の者です」

「お、おう。俺はヘパス。この店で装備を売ってる」

「ではヘパスさん。あの軒先に釣るしてある鈴についてお聞きしたいのですが、あの鈴をどこで手に入れたのですか?」


 とりあえず、お互いに名乗り合った後すぐにジュリアが本題を切り出す。ヘパスはなんでもないことのように「ああ、あれか」と呟いた後、彼女が気になっている鈴について話し始めた。


「あれは二、三日前にうちで剣を買っていった坊主が礼にとくれたものだ。なんでも、とある家で使われている商売繁盛のお守りの鈴らしくてな。坊主の言う通り、一番目立つ場所に飾っておいたんだが」

「……そ、そうですか(何が商売繁盛のお守りの鈴ですか! 殿下、物は言いようですね)」


 レイオールの説明の仕方に、思わず心の中で突っ込みを入れてしまうジュリア。彼女がそうなるのも無理はなく、レイオールがヘパスに渡した鈴には大きな意味があった。


 その鈴は、王家の人間が主に職人や商会などの組織に与える言わばお墨付きのようなもので、平たく言えば“あなたたちを王家の人間として認めますよ”といった意味を持つ王家御用達と似た意味を持つものなのだ。


 特に王太子の持つその鈴は、紐の部分が赤色で結ばれている特別製であり、この国の次期国王が認めるという意味でもあるため、その鈴を持った店は王太子の後ろ盾を得たも同然なのである。


「ところで、その少年はどんな見た目をしていましたか?」

「うん? そうさな。金髪に目の色は綺麗な青色で、やけに美形な顔だったな。背はこんくらいだった」


 パトスはジュリアの質問にそう答えた。そして、その答えで鈴を渡した少年がレイオールであるということを確信する。どういった意図で彼がパトスに鈴を渡したのかは不明だが、この鈴を持っている以上、レイオールが認めたことになり、ジュリアとしてもこの店を捨ておくことはできない。


「なるほど。ところでパトスさん。あなたはこの街で鍛冶職人として働くことに満足していますか?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。もし、この街に執着がないのでしたら、王都で鍛冶職人として働きませんか?」

「王都でか?」

「もちろん必要な設備や物資はすべてこちらでご用意します。いかがですか?」

「うーん」


 ジュリアのいきなりの提案に戸惑うパトスだったが、職人独特の思い切りの良さですぐに答えが返ってくる。


「確かに、それが本当なら悪い話じゃない。だがなぁ……俺はどこにでもいる鍛冶職人だ。そこまでしてもらう義理はない――」

「おぉ、やはりパトス殿ではないか! 久しいな!!」


 ジュリアの提案を断ろうとしたパトスだったが、その言葉は彼の姿を見つけたザイラスの手によって遮られた。ザイラスは元騎士団長であるため、騎士たちが使う武器を作る腕のいい職人ともコネクションがある。そんな彼が、現役時代職人の中でも腕がいいとされているある職人に、専属で剣を作ってくれないかと頼んだことがあった。


 当時、自身の腕を磨くことに心血を注いでいたその職人は、ザイラスの勧誘を断った。彼も幾度もその職人を口説き落とそうとしたが、ついぞ彼が首を縦に振ることはなかったのである。そして、その職人というのが、目の前にいるパトスなのだ。


「騎士団長様じゃないですか。本当に久しぶりですな」

「もう騎士団長の座は息子に譲ったから騎士団長ではないがな。ところで、何の話をしていたんだ?」

「ザイラス様、実はあれを見てください」

「うん? ……なるほどな。さすがは殿下だ。パトス殿の才を見抜いておられたか」


 ザイラスの問いに、ジュリアは店先に吊り下げられた鈴を指差す。さすがは元騎士団長だけあって、その鈴の意味を瞬時に理解し、手放しでレイオールを称賛する。


 だが、パトスにとっては一体何の話をしているのか理解できず、今度はジュリアにパトスが問い掛ける。


「殿下とは一体なんだ?」

「……そうですね。パトスさんが王都へ来てくれるなら知ることになると思うし、ここは話してしまいましょうか。実はですね……」


 ジュリアはパトスに自分たちの素性を明かした。王都で王太子の行方がわからなくなっていること、集めた手掛かりでロギストボーデンに向かったことを突き止めたこと、そしてパトスを驚かせたのは、客としてやってきたあの若い駆け出し冒険者が王太子だったということだった。


「あの坊主が王太子殿下だって!?」

「パトスさん、殿下が何の意図をもってあなたにあの鈴を託したのかはわかりません。ですが、王太子がお認めになった職人を王都へ招かないのは、我々としても不義理となるのです。できれば、王都に来ていただきたいのですが」

「……」


 ジュリアの説明を聞いた後、パトスは腕を組み目を瞑ってしばらく考える。それほど時間を置かず、パトスが一つため息を吐くと、覚悟を決めたような顔で彼女に返答する。


「そうさな、俺も少々一所に居すぎたかもしれん。ここいらで、王都の職人たちの技を見てみるのもわるくないかもな」

「それでは」

「ああ、王都へでもどこへでも行こうじゃないか!」

「はっはっはっはっ、まさかパトス殿を口説き落とすとはな。さすがは我らが王太子殿下だ!」


 パトスの言葉に、ジュリアが安堵し、一方のザイラスは結果的にだが、自身が口説き落とせなかった難攻不落の要塞をいとも簡単に崩してしまったレイオールに尊敬の念を抱く。彼は心の中で思った。“やはりこの国にはあのお方が必要なのだ”と……。


 こうして、レイオールの情報収集のついでに腕のいい職人を獲得したジュリア達は、あとのことを王都の人間に任せる手紙を出すと、彼が滞在しているであろうロギストボーデンへ向け出立した。


 余談だが、パトスの王都入りで最もこのことを喜んだのは、彼が王都にやってくる経緯を聞いたレイオールの家族たちであったことは言うまでもない。
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