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第三十三話「失態に気付く少年と旅立ちの準備」
しおりを挟む明暗がくっきりと分かれてしまった状況に、周囲はただその光景を呆然と見つめていた。一方は傷一つなく佇む勝者と、また一方は大地のその身を横たえた敗者という形で……。
ヘドカとサダウィンの模擬戦はサダウィンの圧倒的勝利という結末で決着した。負けたヘドカは、白目をむき口をあんぐりと開けた状態で気絶している。
「お、おい。見えたか今の?」
「いや、ほとんど何が起こってるのかわからなかったぞ」
「でもこれだけは言える……」
「「「すげぇ」」」
ギャラリーの冒険者たちの中でサダウィンの動きを捉えた者は皆無だった。だが、見えないなりにも目の前で起こったことがどれだけすごいことなのかは理解できるため、彼らの口からサダウィンに対する陳腐だが最も伝わりやすい言葉が出てきた。ただただすごい。それだけである。
そんな当の本人であるサダウィンは、模擬戦に勝つには勝ったが、元々乗り気ではなかったこともあって、すぐに宿に戻りたいという感想を抱いていた。
「これで気が済んだだろう。俺は宿に戻らせてもらう」
「……待て。これだけの試合をしてタダで帰れると思ってるのか? ちょっと、話を聞かせてもらおう」
(ですよねー)
彼自身も少々やり過ぎた感が否めないことには気付いていたため、その場の流れで自然にフェードアウトを狙ったのだが、ゴードンがそんなことを許すはずもなく、あっけなくインターセプトされてしまった。
そのままゴードンに腕を引っ張られながら、ギルドマスターの部屋へと連行されていく。訓練場の後始末は、メリーやベティたちギルドの職員に指示を出しておいたので問題はない。
サダウィンが通された部屋は何の変哲もない執務室だった。ゴードン個人の来客用に小さなテーブルと二脚のソファーが設置されており、それ以外の家具らしい家具は書類や資料を保管しておくための本棚が壁際に所狭しと置いてあるだけだ。
「まあ、座れ」
ソファーに座るよう促されたサダウィンは、素直にそれに従いソファーに腰を下ろす。ゴードンは彼の対面のソファーにどかりと腰を下ろすと、鋭い視線を向けて問い掛けてきた。
「単刀直入で聞くが、坊主は一体何者だ?」
「今日冒険者になったばかりの十歳の少年だが?」
「それを聞いて納得しろとでも言いたいのか? あの模擬戦を見る前だったら信じたかもしれんが、あれを見せられて「はいそうですか」と納得できるやつがいたらそいつの顔を見てみたいものだな」
「……」
ゴードンの尤もな言葉に、反論する言葉をサダウィンは失う。だが、彼が正直に話すつもりがないことを悟ったゴードンが彼に言い聞かせる。
「別に坊主が何者でも大したことじゃない。坊主が悪もんならまた話は変わってくるだろうが、そんな感じはなさそうだしな」
「そこははっきりと言わせてもらうが、俺は罪人じゃない」
「それはわかっている。だが、俺としても坊主がどういった素性の人間なのか把握しておく必要がある。それはわかってくれ」
そこからはゴードンの追求をのらりくらりとサダウィンが躱すという別の意味での模擬戦が繰り広げられたが、その攻防はメリーとベティの二人が、事後処理が片付いたという報告にやってきたことで決着がつかないままで幕を閉じた。
「それにしても、サダウィン様凄いです! あたしよりも若いのにあれだけ戦えるなんて。強いです。カッコいいです。たくましいです。結婚して下さ――あいてっ」
「まったく、この子はまた訳のわからないことを言い出して……。でも、ベティの言う通りまさかサダウィン君があれだけ強かったなんて、お姉さん驚いちゃったわよ」
「弱いと言った覚えはないんだが……」
そんなやり取りをしつつ、さり気なくこのまま退室する流れに持っていこうとしていると、突然ゴードンの目が見開かれ、ある場所に視線が固定されていた。
その視線に気付いたサダウィンが、彼に悟られないようにゴードンの視線を辿ってみると、どうやら自身の腰辺りに目を向けているのがわかった。
(ま、まさか。あの剣の鞘に描かれている紋章は……)
(あ、まずいぞ。そういえばこの鞘ってうちの家の家紋が刻まれてたんだっけ)
ゴードンの視線から逃れるように体を翻し、そのまま「今日は用があるのでこれにて失礼」と有無を言わせずサダウィンは執務室を後にする。今日はもう特に急ぐような用もないため、宿に戻って食事を取り、そのまま眠りに就いた。
☆ ☆ ☆
翌朝、宿で目が覚めたサダウィンは、昨日の出来事について考えていた。明らかにやり過ぎた感が否めない模擬戦に、鞘の紋章をゴードンに見られてしまったかもしれないという失態に次ぐ失態を犯してしまっていたことに今更気付いたのだ。
「あれは、恐らく気付いただろうな。まだ二日目だけど、潮時かな」
冒険者になってまだ二日という日にちしか経過していないにもかかわらず、すでにこの街にいられなくなっていることに、内心で苦笑いを浮かべつつ、グロムベルクの街を出る準備を進めていくことを決意する。ひとまずは、次の拠点へ旅立つための資材の調達を行うため、朝食後サダウィンは街の市場へと向かった。
グロムベルクの主要な大通りを抜け、街の中心地から少し離れた場所に露店が建ち並ぶ区画が存在する。そこには食材はもちろんのこと、塩や胡椒などの調味料や旅に必要な保存食などが売られており、店の人間が大きな声で客引きをする姿も見受けられる。
「いらっしゃい、お母さんのお使いかい?」
「いや、自分で食べる用の食材が欲しいんだけど、いろいろ選んでくれないかな?」
「あいよ、ちょっと待っておくんな」
恰幅のいい中年女性が店番をする主に野菜が売られている露店で、旅で使う食料を買い込んでいく。ちなみに、サダウィンは料理に関してはこの世界で生まれ変わってからはほどんとやったことはないが、前世では趣味の一環としてある程度の自炊ができるくらいの腕前があり、お手伝いとして雇っていた家政婦に「料理に関しては、私は必要ありませんね」と苦笑いされたほどだ。
この世界の食べ物は、地球とあまり変わりなく、たまに不思議な形や味のするファンタジー食材があったりもするが、名前が違うことはあれども概ね同じと考えていい。店の女性が包んでくれたのは、レタス、トマト、キュウリなどのサラダによく使われる野菜類や、リンゴ、オレンジなどのそのままでも食べることができる果物類などバラエティに富んだラインナップだ。
「ちょっとおまけして、大銅貨二枚さね」
「ん、ありがとう」
女性から野菜の入った包みを受け取り、魔法鞄に模したポーチに入れているようにカモフラージュしながら、アイテムリングに収納する。魔法鞄自体は、それほど珍しいものでもないため、女性も特に何も言及することなく「まいどあり」と言ってサダウィンを送り出してくれた。
それから同じような感じで、調味料や調理器具、野宿に必要な簡易式のテントや毛布などを買い揃えていく。その道中で小麦粉が売られていたので、可能な限り買っていくことにした。
「よし、これで酵母菌があれば城で食べてたパンが手に入るな。確か、果物から酵母菌が取れたはずだから生活が落ち着いたら、徐々に着手していきたい」
などといろいろと旅の準備という目的から脱線しかけているような気がしなくもないが、一通りの物資を買い揃えることはできたようで、意気揚々と次の目的地に向かうことにした。
次にサダウィンが向かったのは、露店がある市場から北東に位置する店が建ち並ぶ区画で、そこで新たに剣を新調しようと考えていた。
「今使ってるのも、護身用の軽めの剣だし、何よりもこの鞘をなんとかしておかないとギルマスが勘繰ってきそうだからな……」
グロムベルクの街に来る間もいろいろと使ってきた剣だったが、そろそろ耐久的な問題もあり、いつ折れてもおかしくはなかったのだ。
そんなこんなで、店が並ぶ区画へ到着したサダウィンは、その中の一つに当たりを付け、一度様子見で入ってみることにする。
「らっしゃい、駆け出しの冒険者か?」
「まあ、そんなところだな。剣が欲しい。見繕ってくれ」
店には、ずんぐりむっくりとした体形だが、筋骨隆々とした背の低い髭面の中年男性がいた。一瞬ファンタジーに出てくる種族で有名なドワーフを彷彿とさせる風体だった。
「ドワーフに似ているが、これでも人族だ」
「何も言ってないが」
「“ドワーフじゃないのか?”そう顔に書いてあるぞ。まあ、一見は俺を見て大抵そう思うから気にしてないが」
「まあ、腕が良ければドワーフでも人でもこの際どっちでもいい」
「はっ、ちげぇねぇ。面白いこと言う坊主だな。ほれ、出来合いの剣の中で選ぶならこの中の三本くらいだ。他はあまりお勧めできん」
そう言ってドワーフ似の店主が持ってきたのは、鉄製の三本の剣だった。それぞれ手に取って確かめてみると、確かに三本ともしっくりと来る感触が伝わってくる。
だが、この中から最良を選ぶとなれば、どれも似たり寄ったりという質で正直なところどれを選んでも同じというのがサダウィンが抱いた感想であった。
「そうだな。これをもらおう」
「……その剣を選んだ理由はなんだ?」
「見たところ、どれも同じ鉄で作られている何の変哲もない剣だ。だが、一つだけ違うとすれば……。この剣だけ厚みが少し違う気がする。まあ、ほんのわずかだがな」
「ふっ、坊主。いい目を持っているな。正解だ。その剣だけ僅かに刀身の厚みが違っている。その分少しだけだが無理も効きやすくなっている。といっても、他の二本と比べて見た時だけだがな」
サダウィンが三本の剣の違いに気が付いたことが嬉しいのか、顎髭をいじりながら自慢気に話をする店主。それに気を良くしたのか、なんと剣の代金を負けてくれたのである。
「じゃあ、これで」
「確かに。何かあったらまた来い」
「いや、実は明日には別の街に行こうと思っているから、今日で最後だ」
「そうか、それは残念だ。……坊主、少し待ってろ」
そう言って、店主は店の奥に引っ込んでいってしまった。しばらくして戻って来た店主の手には、メダルのような丸いものが握りしめられている。
「これを坊主にやる。また、装備のことで店を訪ねることがあった時には、それを見せるといい」
「これは?」
「まあ、職人同士の間で通じる“紹介状”のようなものだ。受け取っておいて損はない」
そのようなものをどうして自分にくれたのだろうという疑問が頭に浮かんだサダウィンだったが、店主の厚意を無下にするのも忍びないと思い、有り難く受け取ることにした。
「有り難く受け取っておこう。俺の名前はサダウィンだ」
「へパスだ。旅の道中、気ぃ付けてな」
「ありがとう……へパス。これのお礼といっては何だが、こいつを店の軒先に吊るしておくといいことがあるかもしれないぞ」
「これは?」
「まあ、ある家で使われている“商売繁盛のお守りの鈴”だ。吊るすなら、できるだけ目立つところにしておいた方がいい。その方が見つけやすいからな」
「ふむ、わかった。有難く受け取らせてもらおう。それじゃあ、まいどあり」
そのようなやり取りをした後、サダウィンは清々しい気持ちで店を後にしたのだった。サダウィンの助言通り、その鈴を軒先に吊るしたある日のこと、突如として王家の紋章が描かれた馬車が現れることになるのだが、それはまた別のお話である。
そして、サダウィンが受け取ったメダルもまた、ただのメダルではないということを後になって思い知ることになるのであった。
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