引退した元生産職のトッププレイヤーが、また生産を始めるようです

こばやん2号

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33話

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⦅元宮廷筆頭薬師【メディス】に弟子入りしますか? 【はい】 / 【いいえ】⦆


 突然出現したウインドウに俺は思わず目を見張る。だってしょうがないじゃないか、人間――いや、そういうことが言いたいんじゃないんだ。


 とにかく、今俺の服の裾を引っ張っている老人が、宮廷筆頭薬師という役職についていた人間には到底見えないのだ。精々が浮浪者かホームレスが妥当といった所だろう……ってどっちも同じ意味だったか?


「なんじゃ、わしの顔に何か付いとるか? 顔は今朝洗ったんじゃがの。昨日の食べ残しが洗いきれとらんかったか?」

「いや、何でもない」


 これである。こんなリアクションをするような人間が果たして王宮の要職に就けるものなのだろうか? “元”という文字が入っているから現役ではないことは間違いないだろうが、何とも釈然としない。


(早乙女主任に指示されているから素材ダンジョンに向かいたいところだが、こんなヘンテコ爺さんに出会ってしまったのが運の尽きと思って諦めてもらうことにするか)


 このあとやる予定があるものの、この機会を逃したら次はないだろうとなんとなく思ったため、心の中で早乙女主任に謝罪しつつ俺は黙って【はい】を選択した。







 ~ Side 早乙女 ~


 七五三君と別れたあと他の社員に進捗の報告を聞きつつ開発部の部長室として宛がわれた部屋へと戻ってきた俺は、徹夜明けの体に更なる追い打ちを掛けるべくサラリーマンの間で定評のある栄養ドリンクを一本開ける。


 腰に手を当てくびくびという音を立てながら栄養ドリンクを飲み干すと、体の底から力が湧いてくるような気がした。


「ぷはぁ~、この一本のために生きてるわけじゃない~!!」


 などという自虐的なことを言っていると、そこに彼女がやって来た。


「……なに、馬鹿なことを叫んでるんですか? 外にまで丸聞こえですよ、早乙女主任」

「ふん、そういうお前こそ丸出し一歩手前じゃねぇか。もう少し布の表面積が多い服を着たらどうだ。今にもこぼれ落ちそうじゃないか――って、実際こぼれてっぞ」

「きゃ、主任。セクハラで訴えますよ?」

「そんなことはどうでもいい、お前が俺んとこに来るってことはだ。なにかあったんだろ? 話を聞こう」

「わたしにとってはどうでもよくはないですが、報告したいことがあるのでそちらを優先します。実は、例のプレイヤーが識別コード【Pharmaceutical薬剤師】に遭遇したようです」

「ぶふぅー」

「きゃあ、汚い!!」


 ちょうど朝飯の代わりにと思って買っておいたゼリーの入った携行食を食べながら彼女の報告に耳を傾けていたため、耳に飛び込んできた情報に驚いた拍子に口の中にあったゼリーを吹き出してしまった。幸いというべきか残念というべきか、彼女の方に顔を向けていなかったので吹き出したゼリーが彼女に掛かることはなかった。ち、運のいい奴め。


「なんだと、それは間違いないのか!?」

「わたしも信じられませんでしたが、実際見ればわかることです」


 彼女はそう言いながら、部長室の隣の部屋に手を向ける。まるで“わたしの言ったことが信じられないのなら、実際その目で見てみればいいでしょ”と言わんばかりに。


 もちろん確認のため俺は部長室から、他の社員たちが働いている隣の部屋へと移動する。そこには真面目に働いているはずの社員たちが大型モニターに釘付けになっており、何かに注目していた。


 そのモニターに映っていたのは、白髪白髭のヨレヨレの白いローブに身を包んだ老人が七五三君の服の裾を引っ張っている光景だった。


「オーノー! 七五三君、マジか!! マジで【Pharmaceutical】と接触してやがる!」

「だからそう言ったじゃないですか」

「さりとてあの【Pharmaceutical】だぞ!? 【Pharmaceutical】!!」

「連呼しなくてもわかりますから」

「おい、状況はどうなっている!?」


 俺は部下である彼女の言葉を無視して、自分と同世代の社員に状況を聞いた。なんでもマイエリアから生産ギルド、そして素材ダンジョンへと向かっている道中に【Pharmaceutical】が出現したらしい。


「早乙女主任、確か【Pharmaceutical】ってレアMOBキャラに分類してましたよね?」

「ああ、ある特定の条件を満たさないと出現判定が出ないようになっていて、しかもその出現確率も超々低確率になっている」

「その条件とは一体?」

「まず調合で【異物が混入した薬草の汁】を三個以上作るということが一つ、もう一つが初級調合のレベルが5未満であること、この二つの条件を満たした状態でマイエリアを含むすべての公共の施設以外の場所を通過した時、0.000081%の確率で出現する」

「081……おっぱ――」

「やめんか! そして、お前もなのか!!」


 出現条件のうちの一つである【異物が混入した薬草の汁】を三個以上作ることは比較的簡単だ。だが問題なのは初級調合のレベルである。


 大抵のプレイヤーは、調合を始めると様々なアイテムを作製しようとしてしまうため、ほとんどが最初の調合作業でレベル5以上になることが多い。【異物が混入した薬草の汁】を三つ以上作製し、なおかつ初級調合のレベルが4以下でなければ条件から外れてしまうのだ。


 さらに厄介なのが、例え条件を満たしていたとしても【Pharmaceutical】の出現確率は0.000081%という低確率なため、出会うことは奇跡でも起こらない限りほぼないだろう。


 にもかかわらず、現在大型モニターに映し出された人物――今朝会ったばかりの青年が【Pharmaceutical】に服を引っ張られているのだ。起こるはずがない奇跡が今目の前で起きてしまっているのだ。


「しゅ、主任。彼迷ってるみたいですよ?」

「なにをだ」

「【Pharmaceutical】の弟子になるかどうかをです」

「それはいかん、七五三君【はい】を押すんだ!」

「主任、ここからじゃ聞こえてませんよ」

「むぅ、こうなったら直接ゲームに介入して――」

「それはだめです主任。明らかな越権行為になります」


 そう言うが早いか、俺と同世代の社員は俺の後ろに回り込むと、俺を羽交い絞めにした。おそらく俺に直接介入させるのを妨害するためだろう。


 VRMMOを運営する上でいくつか運営側がやってはいけない禁則事項があるのだが、その一つに“正当な理由なく、特定のプレイヤーとの直接的な接触行為の禁止”が存在する。


 運営側が特定のプレイヤーを贔屓すると、他のプレイヤーとの差別化が生まれてしまい公平性が失われてしまう。それに加え、事前に情報を得てしまうと、何も知らない状態で得られる感動やプレイヤーの行動選択の自由性も失われてしまうとのことで、基本的に運営側はプレイヤーに直接接触することができないのだ。


 今朝もゲーム内で彼と話したが、あれはナビゲーターの部屋であったために禁則事項ぎりぎりの接触だったのだ。あれ以上の接触行為をするとあの監査部のハゲがうるさいからな。


「ええい、放せ! 直接言わなければ伝わらんではないか」

「ダメです。プレイヤーの選択の自由が損なわれます」

「そんなことを言って、七五三君が【いいえ】を押してしまったらどうするんだ!?」

「その時は諦めるしかありません……」

「七五三くーーーん!! 【はい】を押すんだああああああ!! 放せ、介入させろ!!」

「ダメです」


 その後、何度か押し問答が繰り広げられたが、それは強制終了となってしまった。なぜなら――。


「よっしゃああああああ! 【はい】を押したぞおおおおお!!」

『おおおおおおおおお!』


 七五三君が【はい】を選択すると部屋にいた社員たち全員が歓喜の声を上げた。これで貴重なサンプルがまた増えるのだ。開発部としてこれ以上嬉しいことはない。


「おい、いつまで俺を羽交い絞めにしておくんだ。放さんか」

「ああ、すいません」

「こうしちゃいられん、さっそくデータを収拾しろ。一つのデータも見逃すな!」

「あの、彼に頼んでいた素材ダンジョンの調査はどうしましょう?」

「そんなもん、そこらへんの有象無象にやらしとけ!! 今は七五三君だ」

「有象無象って、主任……」


 社員からの非難の目が飛んでくるが、そんなことは知ったことではない。目の前に未知なるものがあるのに、それを黙って見過ごすのは男が廃るってもんだ。……なに、そんなことは関係ないとか言われそうだが、苦情は一切受け付けん!


 そんなことが裏で繰り広げられているとは微塵も思っていない七五三君の姿を見ながら、俺は定位置になりつつある大型モニターとにらめっこを再開するのであった。













 メディスに弟子入りすることにした俺はそのまま彼の案内でとある路地へとやってきた。そこは人通りが少なかったが、これといって何もない場所だった。


 なぜこんなところで留まっているのかメディスに問いかけようとしたところ、壁に向かって手を翳し始めた。するとよくわからない魔法陣が展開され、そこにはなかったはずの通路が現れたのだ。


「おお、ゼ〇ダみたい」

「しー、それはいっちゃいかんやつだ」

「じゃあ、ごまだ――」

「それから離れんか!!」


 そのまま出現した通路を進んで行くと、一軒の屋敷にたどり着く。その屋敷は大きな大木が屋敷に巻き込まれたように隣接しており、いかにもファンタジーにありそうな屋敷ですといった感じを醸し出している。


 老人に促され中に入ると、そこは調合するための機材が所狭しと並べられた研究所のような場所だった。中に入ると老人は自己紹介をしていなかったことに気付き、改めて名乗り始めた。


「言い忘れておったが、わしはメディス。これでも王宮で働いていたこともある名の知れた薬師なんじゃよ」

「ご丁寧にどうも、俺はスケゾー。調合はまだまだ始めたばかりでわからないことが多いが、爺さんの持っている技術を全て受け継ぐ勢いでやるつもりだからよろしく頼む」

「ほっほっほっ、言っておくがわしの指導はきびしいぞい。若造のお主が付いてこれるかな?」

「その前に爺さんが寿命で旅立ちそうじゃないか」

「お主もなかなか言ではないか。であれば、さっそく始めるとしようかの。まずは……これじゃ」


 こうして、元宮廷筆頭薬師による指導が開始された。
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