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29話
しおりを挟む「これは」
「何です?」
「……やはり、こういう結論を出すか。あの頭のお固い監査部らしい判断といえばらしいが、これは開発部としては看過できない内容だな」
男はそう言い放つと、報告書を女に手渡し問題の部分を読めと促す。男から報告書を受け取った女が、問題の部分が書かれた内容を読み進めていくうちにみるみる眉間に皺が寄っていく。
「主任、これは」
「ああ、そういうことだ」
「“以下のプレイヤーのプレイについていくつか規約違反に触れる内容のものが含まれているため、改めるよう指示を出した”ですか」
「あの頭でっかち共が!!」
女が問題の報告書を読み終わる否や、嫌悪感を孕んだ表情で男が悪態をつく。元々開発部と監査部は犬猿の仲であるということは会社内では有名な話であり、その板挟みによく合うのが七五三俊介が配属された販売促進部なのだ。
「どうするんですか?」
「俺が言ったところであの連中、特にあのハゲには馬の耳に念仏だからな。この手だけは使いたくなかったが止むを得ん」
「監査部の部長をハゲ呼ばわりするのは、この会社ではあなたくらいなもんですよ」
「ああ、もしもし俺だ。こんな時間にすまんな霧島」
『おお、早乙女か。お前がこんな時間に電話してくるなんて珍しいじゃないか、何かあったのか?』
「実はかくかくしかじかで……」
男が電話した相手先、それはMOAOを運営する【ヴァルハラ・エレクトロニック株式会社】そこで代表取締役を務める男、霧島銀次その人である。
実は男と霧島は中学の時からの悪友で、よく下らない悪戯をしては先生から仲良く拳骨をもらっていた。そんな中学からの付き合いのある二人がよくやっていたこと、それはTVゲームだった。
新作のゲームが発売される度に二人一緒になってゲームで遊び、対戦型のゲームであればどちらが強いかひたすら対戦を繰り返したり、謎解き要素の強いゲームではお互いに無い知恵を絞り出しながら二人で協力して攻略していたりした。
そんな悪ガキと呼ばれていた少年たちが高校・大学を進学するにつれ将来のことについて考えた時、二人とも口を揃えてこう言った。“俺にはTVゲームしかない”と。
そして、無名ではあったが彼らの望んだゲーム会社に就職し、そこで五年間の下積みを経験したのち霧島が代表とする小さなゲーム会社を設立する。最初はまったくの手探りだったが、仕事をこなしていくうちに徐々に名前が知れ渡っていき、ヴァルハラ・エレクトロニック株式会社は五指に入るほどの会社へと変貌を遂げるに至った。
という経歴を持つ二人なのだが、男が霧島に事の次第を説明すると電話口から彼のため息が聞こえてきた。そこにはまたかという呆れと嫌気の入り混じったような色を含んでいた。
『鶴津くんにもほとほと困ったものだな。融通の利かないところさえなければ、優秀な人材なんだが』
「それ以前の問題だと俺は思うぞ。あの性根の腐った性格は死んでも直らん」
『性根の部分については、お前とどっこいどっこいだと思うぞ、早乙女?』
「今は俺のことじゃなくて、例の彼についての話だろうが! 霧島の方からあのつるつる野郎に言っておいてくれ」
『はぁー、わかったよ。俺の方から鶴津くんには伝えておく。これでいいだろ?』
「ああ、わりーな。ホントはこんなこと頼みたくはないんだが」
『はは、何らしくないことを言ってんだよ。俺とお前の仲じゃないか?』
そこで一度会話が途切れ、今度は男が霧島に投げ掛ける。
「ところで、雪子さんとはうまくやってんのか?」
『ああ、ぼちぼちってところだな。人並みよりも仲良くはやって『あなたー、お風呂が湧きましたから早く一緒に入りましょー!』――』
「……」
『……』
突如として投下された爆弾発言に男も電話口の霧島もなんだが居たたまれなくなったが、それを誤魔化すように咳払いをした霧島がお返しとばかりに同じことを聞いてくる。
『そういうお前は美奈子さんとはどうなんだ? うまくやってるのか?』
「俺んとこもそれなりってとこだな。俺んとこもお前んとこも子供は二人だろ?」
『実は三人目ができちまったみたいなんだ』
「おいおい、どんだけ頑張ってんだよ」
『仕方ないだろ、結婚して十年以上経つってのに雪子のやつ見た目がほとんど変わってねぇんだからよ』
「はいはい、ごちそうさま」
『それに雪子から聞いたんだが、自分が三人目を妊娠したと知って「わたしも三人目作ってみようかしら?」って美奈子さんが言ってったらしいぞ?』
「な、なにっ!?」
『次家に帰ったら、搾り取られるんじゃないか? はははは』
「洒落になってねぇよ!!」
そこから他愛もない会話をしたあと、男は霧島に監査部の件を今一度念押しすると電話を切った。電話を切る直前に「美奈子さんとの営みで疲れたら、いつでも有給取っていいからな?」という霧島の余計な一言で男が声を張り上げたことを付け加えておく。
「ふう、まったく霧島の奴め」
「……あ、あのー、主任?」
「ああ、すまない。監査部との件は聞いていた通りだ。あとは霧島、社長が上手く取りなしてくれるだろう」
「そうですか、じゃあ奥さんとの子作り頑張ってください。わたしはこれで失礼します」
「待てい、そんなつもりはないぞ! こら、話を聞かんか!!」
女が去り際に放った一言に反論するため男は女を引き留めようとしたが、そのまま逃げるように部屋を出ていってしまったため、先の一件について申し開きをするべく男も部屋を出ていってしまった。
部屋に残された社員たちはまるで嵐が過ぎ去ったような静寂に包まれた部屋の中、その静けさを破るように誰かがぽつりと呟いた。
「爆ぜろ」
その誰かが呟いた一言は機械音のする室内ではよく響いていたためその呟きに全員が同意していたが、これ以上油を売っていると仕事に差し支えると判断し、各自与えられた作業に集中することにしたのであった。
――MOAO配信開始一時間後――
「おい、俺の命令がなぜ聞けないんだ!?」
「なんでボキがそんなことをしなくちゃならないニワ?」
「お前は生産サポートキャラだろうが! 素材集めくらいできるだろ?」
「そんなことしたくないニワ。ご主人がやればいいニワ」
(く、こいつ……)
MOAOが配信をスタートさせてから二時間、ゲーム内時間で一日が過ぎた頃とあるプレイヤーがスケゾーと同じ識別コード【Contrarian】を引き当てていた。しかしながら、あまりに傍若無人な態度と生産活動に非協力的な言動に加え、自身の生産活動の妨害と施設の破壊というバグとしか思えない行為に嫌気が差したそのプレイヤーは、運営にバグとして報告した。
だが、返ってきた答えはバグではなく仕様だという意外なものだったため、仕方なく一度データを抹消して最初からデータをやり直すことにした。開発部がそれを知ったのは既に件のプレイヤーがデータを抹消したあとだった。
貴重なサンプルを失ってしまったと意気消沈していた彼らの元に再び【Contrarian】を持つプレイヤーが現れたという情報が耳に入るのは、もう少し先の話になる。
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