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3話
しおりを挟む炊き出しの用意が出来たからと、わたしを呼びに来てくれたモランくん。
まだまだ柔らかい黒髪が駆けるたびに、ふわんと揺れる。逃亡の旅の最中にあって、幾分くすんではいるものの、まだまだ艶やか。若さってすごいな。
家が商売をしているとかで、幼い頃から率先してお手伝いをしているせいか、とにかくよく気がつくし、きびきび動くし、なにより頭の回転が速い。
ぶっちゃけ、お姉さん、こんな出来る弟が欲しかったよ。
そんな子が年相応の無邪気な笑みを浮かべるのは、母親のユーリスさんと話しているとき。細めのおっとりした美人さんながらも、下から見上げたときの胸の山脈の景観は圧巻。二つの世界をまたにかけた、このわたしが断言しよう。
世界遺産に認定する。
そしてモランくんの天使の笑みが消えるのが、父親のイゴールの姿があらわれたとき。
びっくりするぐらいに表情がするりと抜け落ちる。
小太りの男にて、商売人の悪い部分をわざわざ寄せ集めてこり固めたかのような人物。いつも居丈高な態度で、ことあるごとに「グズ」だの「ノロマ」だのと、息子のモランくんを怒鳴り散らすいけ好かないヤツ。
しかもこんな状況にも関わらず家族は二の次にて、雇った傭兵にて守るのは我が身と商売道具の大量の荷駄。
みんなが貴重な食べ物を出し合い炊き出しをして支え合っているときに、一切食材を提供することなく、自分だけ荷を解いて腹いっぱい食べてる。
これにはさすがに奥さんと息子も見かねて注意をしたのだけれども、聞く耳持たず。
かえって「オレの食糧をオレが食べて何がわるい? 食い物が欲しければカネをもってこい」とのたまう始末。
あきれた母子はみんなと行動をともにするように。
正直言って、なんでユーリスさんのような菩薩さまと、こんなクソ虫が一緒になったのか? それでどうしてあんな天使が生まれてくるのか? これぞ女神の為せる生命の奇跡の賜物なのかしらん。
なんておもっていたら、モランくんとイゴールってば、じつは血の繋がりがないんだって。
行商をしていた先夫を事故で亡くし、幼い息子と夫が残した借金でにっちもさっちもいかなくなったユーリスさんに、近寄ってきたのがイゴール。
ようは金で巨乳未亡人を買い叩いたわけだ。
べつにそれはそれでかまわない。ホレたハレたは個人の自由。経済力もまた男の魅力のひとつさ。
でも、だからって連れ子を邪険に扱っていいわけではない。しかもあんなに可愛いらしいお子さまだというのに、何かと辛く当たる意味がわからん。
わたしならばむちゃくちゃ猫かわいがりするね。そして「ボク、将来、大きくなったらお姉ちゃんのお婿さんになるんだ」とか言わせてみたい。
と、まぁ、冗談はさておき。
これはいささか邪推が過ぎるのかもしれないけれども、何もかもがイゴールにとって都合が良すぎないかな?
こいつがユーリスさんに横恋慕した挙句に、旦那さんをぶち殺して奪ったとか、借金を捏造したとか、ついつい考えちゃうんだけど。
で、死んだ男の面影が残る子どもが邪魔でうっとうしいとか。
「そこんところ、ルーシーさん的にはどう思う?」
「そうですねえ……、心証は真っ黒ですけど確証はゼロ。でもってコイツはいらないってのがワタシの本音です。とはいえ個人の好みだけで移民を選別するのもちょっと。ですからハジくための確証を得るために、とりあえず近くの人間をシメあげるというのはどうでしょうか」
「近くの人間?」
「ほら、こんなたいへんな時にも関わらず、ずっとイゴールのそばにいる男たちのことですよ。傭兵との触れ込みですが、映像越しに見た限りでは、どちらかというと野盗の類にしかワタシには見えません。イゴールとはなんだか古い付き合いみたいですし、きっと叩けばホコリがばふんばふん」
「なるほど、ばふんばふんか……、わかった。じゃあ早速洗ってみる」
「あっ、でもあまり派手にはしないで下さいよ。難民たちの中には身重の女性もいるのですから。大きな音とか過激なのは胎教によろしくありませんので」
「うぃーっす。まかしといて」
通信を終了し、何喰わぬ顔にてみんなに混じって、野菜の欠片が入った薄いスープをすする。
こりゃあ栄養面からもお腹の子どもによくないね。
とっとと調査をすませて、サルベージとしゃれこまないと。
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