上 下
226 / 231
国落とし編

残念でした

しおりを挟む
 カマエルたちが眠ったことで、元々静かだった家にさらなる静寂が訪れた深夜。

 月が濃い雲に覆われ、光が当たらなくなったことで不穏さが漂い始めた時、カマエルたちが休む部屋の扉が何者かによってゆっくりと開かれた。

 その者は音を立てずに部屋の中を歩いてカマエルとソニアが眠るベッドまで向かうと、ソニアの口元へと手を近づけ呼吸を確認する。

 そして、カマエルたちが眠っていることを確認したその者は、腰に下げていたロープを取り出すと、そのロープでソニアを縛るためにもう一度手を伸ばす。

 しかし……

「レディの寝込みを襲うなんて、随分と不埒な輩もいた者ね」

「なに?!」

 その者がソニアに触れようとした瞬間、ベッドに寝ていたはずの彼女の姿が霧のように消え去り、声のした方に顔を向けるとそこには、扉の前に腕組みをして立っているソニアの姿があった。

「はは。まぁ、仕方ないよ。それがこの人の仕事だからね」

 すると、今度は部屋に唯一あった窓の方から声が聞こえて顔を向けてみれば、窓枠に寄り掛かりながらニコリと笑う緑髪の青年、カマエルが立っていた。

「いったい……どういう……」

「おや。声も変えずにそのまま喋っちゃうなんて、君は暗殺者失格だね。まぁ、暗殺者なのに人の拉致なんて柄にも無いことをやってるんだから、想定外の時に慌てちゃうのも無理はないか。ねぇ……ヘレンさん」

「っ……」

 カマエルが侵入者の名前を告げた瞬間、まるで狙ったかのようなタイミングで月を隠していた雲が晴れると、窓から月明かりが差し込み、そこにはカマエルたちを部屋へと案内し、夕食の準備までしてくれたヘレンの姿があった。

「夕方に見た時より、随分と気力に溢れてるみたいだね。まぁ、あれも演技だったんだろうし、君も一応はプロの暗殺者だろうから、それくらいの擬態は問題なくできるよね」

 ヘレンは予想外の事態に困惑してしまい少しの間動きを止めてしまったが、やはりカマエルの言う通りプロの暗殺者だからかすぐに短剣を抜いて構えると、カマエルのことを強く睨んだ。

「何故起きてるんですか。確かに薬を盛ったはずですが」

「あぁ、あの睡眠薬入りのスープのことかな?それなら残念。僕にはとある理由でどんな毒もどんな薬も効かないんだ。便利ではあるんだけど、お陰で風邪を引いた時とか大変なんだよねぇ。薬も効かないから。それに、最近は胃が痛くて胃薬が欲しいと思う時があるのに、それも使う事ができないし」

「そんな……では、いつから私が暗殺者だと」

「んー?それなら初めからだよ?」 

「はじめ……から?」

「そう。君は頑張って普通を装っていたようだけど、残念。歩き方や体の軸、それに足音を自然に殺しちゃうところとか、タートンさんに呼ばれて僕たちの前に最初に姿を現した時点ですぐに暗殺者だって気づいたよ」

「そんな……」

「あ、でも普通の人じゃ気づかないレベルだから、君は実力のある暗殺者なんだろうね。そこは自信を持っていいよ。でも、これまた残念。今回は相手が悪かったね。言っただろう?とある理由で僕も毒に強いって。僕はね、君と同業者なのさ」

「まさか」

 カマエルの同業者という言葉を聞いた瞬間、ヘレンは彼が自分と同じ暗殺者であることに気が付くが、それと同時にこれまで自分にそのことを悟らせなかったカマエルの暗殺者としての格の高さに背筋がゾワリとした。

「まぁそういうわけだから、君が今夜この部屋に僕たちを捕まえるために尋ねて来ることはわかっていたからね。魔法で分身体を作って待たせてもらったよ」

 先ほどまでベッドに横になっていたのは、ソニアが闇魔法で作り上げた分身体である。

 まだルイスのように自在に動かせるわけではないが、それでも寝息を再現する程度の操作は難しくなかった。

「そういうことですか。ですが、そちらこそ残念でしたね。この部屋はあなたがいたから私の襲撃に対応できていますが、別の部屋にいるお仲間ははたしてどうでしょうか」

「ふむ。ラフィたちを人質に、と言うわけか」

「話が早くて助かります。お仲間を死なせたくなければ、今すぐ降参し……」

「ふふ」

「……何が面白いのですか」

 自分の正体がバレていたにも関わらず、ヘレンに慌てた様子が無かったのはどうやら他にも仲間がいたからのようで、その仲間がフィエラたちを捕らえてくれるだろうという信頼により、落ち着いて動くことができていたようだ。

 しかし、そんな彼女の言葉を嘲笑ったのはこれまで黙って話を聞いていたソニアで、彼女は口元を手で隠しながら仲間を心配した様子もなく笑っていた。

「ラフィたちを人質にする?面白い冗談ね。あなたたち程度にそんなことできないわ」

「冗談ではありません。みなさんが飲んだスープにはかなり強力な睡眠薬を入れております。一度眠ってしまえば、三日は目覚めることがありません」

「へぇ。でも、それって何も対策をしていなければの話でしょう?私たち、こういう時に備えて強力な状態異常無効の魔法が付与された魔道具を持たされてるのよねぇ。その証拠に、私は眠らずにこうして活動できてる訳だし、きっと向こうも今頃はお仲間の方が捕まっているからじゃないかしら」

「は?」

「彼女の言葉は本当だよ。僕はそもそも自分の体に入った毒は無効化できても、他人の物までは対処することができない。薬学とか苦手なんだよね。だから、彼女に薬が効いていないのは、今言った通りそういった薬を無効化する魔道具を持っているからだよ」

 今回ソニアが睡眠薬によって眠らなかったのは、旅に出る前にルイスから渡された、状態異常無効の魔法が付与されたイヤリングの効果によるもので、当然だが同じイヤリングを持っているフィエラたちにも睡眠薬が効くことは無い。

 そのため今頃は、ヘレンと同様にフィエラたちによって返り討ちにされているはずであり、寧ろ心配すべきなのは忍び込んだ暗殺者たちの方だろう。

「くっ……こうなったら!」

 ヘレンは悔しそうな表情で胸元から笛を取り出すと、それを口へと咥えて思い切り吹き、笛から発せられた高い音が家の外まで鳴り響く。

「これで外にいる私の仲間が異変に気づいてここへ集まって来るはずです。全員が集まればあなたたち程度など造作も……」

「あはは!」

 どうやらヘレンが笛を吹いた理由は、仲間を呼び寄せてカマエルたちを複数人で捕えるためだったようだが、それを聞いたカマエルは逆に楽しそうに笑った。

「8人」

「え?」

「君の仲間って、村にいた女性たちに扮している8人の暗殺者のことだろう?」

「な、何故そこまで……」

「最初に言ったでしょ?初めから気づいてたって。もしかして、この家に来た時に初めて気づいたと思ったのかな?違う違う。僕が言った初めからっていうのは、この村に来た時さ。確かに全員が本来の村人に紛れて元気のないフリをしていたようだけど、僕のことは誤魔化せないよ。誰が敵で誰が僕たちを狙ってるのか、それを見抜く力には自信があるんだ。当然、この村に来た時点で8人の暗殺者が僕たちを狙っていることには気づいていたとも」

「そんな馬鹿な」

「それに、盗賊の襲撃を装うためにロングソードであちこち傷つけて回ったみたいだけど、詰めが甘かったね。男が多い盗賊にしては切り傷が浅すぎたし、何より滑らかすぎた。本来であれば、盗賊が新しい剣を複数持っているなんてあり得ないから、刃こぼれした切れ味の悪い剣を使うはずなのにそれはおかしいよね。

 であれば、可能性として考えられるのは二つ。一つ目は何者かが盗賊に武器を提供し、裏で手を引いて男たちを攫った。二つ目は盗賊を装った何者かが別の目的で建物に傷をつけ、男たちを何処かに引き渡した。

 ここまで分かってしまえばあとは簡単だよね。だって、村の状況に当て嵌めて考えれば、自ずと答えは見えてくるんだからさ」

「そんな。では、本当に全部わかっていたと言うのですか」

「さっきからそう言ってるよね。それに、あの家の最高傑作である僕を欺ける人なんて、この世にいるはずがないだろう?ふふ。端から君たちは、僕たちに泳がされていただけさ。少しは良い夢が見れただろう?」

「あの家の最高傑作……まさか。くそっ!ですが、今に私の仲間がここに来ます!そうすればあなたたちは終わりです!!」

「残念残念。本当に残念だ。悲しいことに、君の仲間がこの場所に来ることはないよ。今頃は、僕の仲間が召喚した精霊によって捕まってるはずだからさ。ほら、エルフのヴィシェがいただろう?彼女、精霊の扱いが上手いんだよねぇ」

 暗殺者たちが襲撃してくることを読んでいたカマエルは、事前にシュヴィーナにこの村に潜んでいる暗殺者たちの話をしており、彼女が契約しているドーナに頼んで日が沈んだ頃に拘束するよう指示をしていた。

 そのため、今は村の中心に彼女の仲間が拘束された状態で集められており、一歩も動けないままドーナによって監視されている。

「さて。それじゃあ君の目的と、今回の件について誰が指示を出しているのか話してもらおうか。僕、薬学は苦手だけど情報を吐かせるのは得意なんだよ。あ、言っておくけど毒で自殺しても無駄だから。うちのシスターは少し特別でね。死んでも生き返らせることができるんだ。試してみても良いけど、辛いのは君自身だからあまりおすすめはしないかな。それじゃあ、お話ししようね」

 それからしばらくの間、部屋の中には苦痛に悶える声と死を望む言葉が何度も響き渡り、その声が止まった頃には日が登り始め、空が少しだけ明るくなっていたのであった。




「この度は、本当にありがとうございました」

 太陽が空へと登り、明るく大地を照らし始めた頃。

 タートンの家の前に並んだカマエルたちは、タートンや他の村人たちに深く頭を下げられ、何度もお礼を言われていた。

「気にしなくていいですよ。タートンさんはあの暗殺者たちに命を狙われ、ご家族も人質に取られていたのでしょう?なら仕方ありません。それに、あなたが視線を外してあの暗殺者を見たおかげで犯人もわかりましたからね」

「ありがとうございます。ですが、私がやったことはとても許されることではございません。家族が人質に取られていたとは言え、関係のない多くの冒険者様を犠牲にしてしまいました。きっと神は、こんな私を許すことは無いでしょう」

 全てが終わりタートンに詳しく話を聞いたところ、実は暗殺者たちがこの村に来たのは数ヶ月も前のことであり、その時に男たちは全員が何処かへと連れて行かれたそうだ。

 そして、タートンの本物の娘もあの暗殺者によって人質に取られていたらしく、協力しなければ殺すと脅されていたらしい。

 その結果、指示されたとおり村を尋ねて来た冒険者たちを家へと招き入れ、今回のように薬で眠らせた後、暗殺者たちがまたどこかへと連れて行く悪事に協力していたのだという。

「ご安心ください。神は平等に私たちを愛してくださいます。確かに悪事に加担したことは許されない行為かもしれませんが、ご家族の命が掛かっていたのであれば、それもまた仕方のないこと。これからの行動次第では、神にお許しいただけるかもしれません。なので今後は、悲観し嘆くのでは無く、失った善を取り戻すため、善行を積んでください」

「あぁ、ありがとうございます。シスター様」

 罪悪感に苛まれていたタートンに対し、セフィリアは一歩だけ前に出て僅かに魔力を放つと、彼女から溢れた温かい魔力に触れたタートンは、涙を流しながら感謝した。

 ちなみにだが、本物のタートンの孫は村から少し離れたところにある小屋に監禁されており、そちらも朝方にカマエルたちが救出してタートンの横に立っていた。

「それじゃあ、僕たちはもう行きますね。それと、暗殺者の話で連れて行かれた人たちの行き先もわかりましたから、そちらも助けておきます」

「本当に、何から何までありがとうございました」

 最後まで何度も頭を下げるタートンや他の村人たちに見送られたカマエルたちは、しばらく移動して誰の姿も見えなくなった頃、歩いていた道から外れて草むらへと入っていく。

 するとそこには、昨日カマエルたちを襲撃したヘレンとその仲間たちが膝をついて待っており、その後ろにはボロい馬車が一台停まっていた。

「お待ちしておりました。レハムー様」

「待たせたね。マシュリー。こっちの準備は出来てる?」

「滞りなく。ご指示いただいたとおり、普段移送に使用している馬車を一台ご用意いたしました」

「そっか。なら、予定通り君たちの主人がいるクラン王国まで運んでくれるかな」

「承知しました」

 ヘレン改め本名がマシュリーという暗殺者は、まるで長年付き従って来た部下のようにカマエルの言葉に従って他の仲間に指示を出しながら準備を始めると、カマエルたちはそんな彼女たちの横を通り過ぎて馬車へと乗り込む。

「あれ。どういうこと?」

「んー?何が?」

「暗殺者たち。どうしてあんなにレハムーに忠実なの?」

 馬車へと乗り、カマエルたちだけになったところで、先ほどの光景が気になっていたフィエラは、状況を教えてもらうためにそう尋ねる。

「あれは僕の魔法の能力だよ。詳細は教えないけど、彼女たちが僕たちを裏切ることは無いから安心してよ。それより、ようやくクラン王国に向かえるね。しかも馬車での移動だし、かなり楽ができそうだ。面倒ごとは早いとこ終わらせて、さっさと帰りたいよ」

 カマエルはそう言って座っていた椅子に深く寄り掛かるが、馬車がボロいためか木の軋む音が響き、今にも壊れてしまいそうな雰囲気すら感じさせた。

 今回カマエルがマシュリーを拷問した結果、彼女たちはクラン王国に仕える暗殺組織のメンバーであり、上の命令で帝国の小さな村を襲撃し、村の男とその村を訪ねて来た冒険者たちを攫って王国に連れて行く事が彼女たちの任務だと分かった。

 なのでカマエルたちは、当初の予定通り人攫いの当事者であるマシュリーたちをこちら側に裏切らせ、人攫いにあった体を装ってクラン王国に忍び込むことにしたのである。

「それじゃあ、クラン王国に行こうか」

 カマエルのその言葉を合図に馬車が動き始めると、ゆっくりと目的地へ向かって移動を始める。

 こうして、カマエルたちもルイスに指示されたとおり、誘拐を装ってクラン王国へと向けて出発するのであった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

異世界に飛ばされた俺は霊感が強いだけ!

夜間救急事務受付
ファンタジー
突然異世界に飛ばされた士郎。 士郎にあるのは霊感のみ! クスッと笑えてホロっと泣ける 異世界ファンタジー!

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...