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国落とし編

倫理観なんてない

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 ゼファルたちを連れて宿屋を出た後、俺たちはロニィが待っている冒険者ギルドへとやってくる。

「ロニィ」

「あ、ルーナさん。こんにちは」

「うん」

 冒険者ギルドの中に入ると、新人らしきギルド職員を指示しながら、昨日この場にいなかった職員を拘束させているロニィの姿があった。

「頼んだことは?」

「問題ありません。犯罪に関与していなかった新人の職員を使って残りの職員を全員拘束させた後はその人たちに監視を任せ、私は他に使えそうな証拠や私がいなかった間の業務状況を確認していました」

「そうか。他の騎士が来たりはした?」

「そちらも特に問題はありませんでした。昨日の夜、帰り際にルーナさんが掛けてくださった認識阻害の魔法のおかげで、騎士たちがここにくることはありませんでした」

「わかった」

 昨日の夜。宿屋に戻ろうとした俺たちだったが、そのまま帰れば翌朝に騎士たちがこの場所に来て捕まえた職員や騎士たちを解放する可能性に思い至った。

 それを想像しただけでも面倒だった俺は、適当に認識阻害の魔法をギルドの建物全体に掛けて帰った訳だが、そのおかげか俺たちが来るまでこの場所には誰も来ていないようだった。

「ゼファル」

「はい。騎士の連中を捕まえるように指示を出しておきます」

「任せた」

 ゼファルはそう言うと、ギルドの前に待機させていた騎士たちのもとへと向かっていく訳だが、付き合いが長いからか、すぐにこちらの考えを察して行動してくれるのは非常に楽で良い。

 そういう点では、もはや先読みを超えて未来でも見えているかのように行動するミリアも楽で良いのだが、最初の頃はその完璧さに少し恐怖したこともあった。

(あいつはもう手遅れだからな。凄いとか優秀とかじゃなくて、頭がおかしいんだ)

 俺はそんなことを考えながらミリアのことをチラッと見てみるが、何故かこちらを見ていた彼女と目が合うと、ミリアは不思議そうに首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。それよりロニィ。ギルド職員から何か言われたりはした?」

「拘束した最初こそ怒鳴ったりする者もいましたが、彼らが犯罪に加担していた証拠と昨日捕らえたギルマスを見た瞬間に状況を理解したのか、それ以降は文句を言う者もいなくなりました」

「おーけー。なら、そいつらはそのまま拘束しておいて。明日には帝都から新しい職員が来るはずだがら、それまではロニィがこのまま指揮を取るように」

「かしこまりました」

「あ、それとここの新しいギルマスだけど、ロニィになる予定だからよろしく」

「え、私がですか?」

 ロニィは全く予想していなかったのか、少し驚いた顔でこちらを見てくる。

「当然でしょ。ロニィは捕まる前まで副ギルドマスターだった訳だし、ギルマスの悪事も報告しようとしていた。それに、新しい誰かにいきなりここを任せるのも大変だろうし、その方が妥当だと思うけど?」

「しかし……」

「嫌ならせめて、新しいギルマスに自分の手で引き継ぎをしてから辞めてね。それが責任ってものじゃない?」

「……わかりました」

 ロニィはしばらく考えた後、自らの責任を果たすためか俺の話に頷き、新しい職員が来る前に必要な書類をまとめると言って奥へと消えていく。

「それじゃあ、私たちも次の場所に行こうか」

 そう言って冒険者ギルドを出た俺たちは、次の目的地へと向かうため、騎士に指示を出して戻ってきたゼファルも連れてその場所へと移動するのであった。




「ここだ」

 次に俺たちが来た場所は、昨日ミリアと二人で攻め込んだ毒蛇の鉤爪のクラン拠点であった。

「ナグライア」

「ん?あぁ、あんたかい。随分と来るのが遅かっだじゃないか」

「私は朝はゆっくり寝るタイプなんだ。それより、準備は順調そうだね」

「当然さ。まぁ、用意してるのが自分たちを運ぶための馬車っていうのは釈然としないけどね」

「仕方ないだろ?負けたのはあんたたちなんだから」

「はぁ、わかってるよ」

 現在、毒蛇の鉤爪のクラン拠点へと繋がる酒場の前には、大きい馬車が3台も用意されているが、これに全員が乗れるのかは少し疑問だった。

「3台だけで全員入るのか?」

「問題ないよ。入らなくても無理やり入れるからね。それに、この馬車は特別製で、重さを軽減させる重力魔法に馬を疲れにくくさせる継続回復の魔法がかけられている。まぁ、継続回復については微々たるものだから気休め程度の物だけどね」

「へぇ。こんな馬車どこで手に入れたんだ?ここら辺じゃ手に入らないだろ。買うにしても高額なはずだけど」

 魔法が付与された馬車は通常の馬車よりも貴重な物で、例え貴族でも簡単に買うことのできないような物だったが、それを3台も、しかもただの冒険者が持っているというのはおかしな話だった。

「この馬車は例の国から渡された物だよ。よくわからないが、あたしたちの連れてくる奴隷が多いとかで、その報酬として渡されたのさ。要は、期待してるからもっと働けってことだよ」

「なるほど。つまり、向こうには馬車に魔法が付与できる程度には魔法に自信のある奴がいるってことか」

 物に魔法を付与すること自体はそこまで難しくはないが、重要なのは付与されている魔法が重力魔法と継続回復の二つということだ。

 重力魔法は闇魔法の中でもそれなりに難しい魔法だが、それを自身以外の何かに付与するとなれば、難易度はかなり上がる。

 それに継続回復の魔法も同じで、継続魔法は付与魔法を得意とする者がよく使う魔法なので魔法自体は初歩的なものだ。

 しかし、その魔法を物に付与し、さらにそこから別の何かに効果を与えるとなれば、かなり高度な技術が必要となる。

「これは、使えそうな奴がいそうだな」

 俺が直接相手をするのであれば物足りなさを感じるが、重力魔法まで使える魔力量を持っているのであれば、魔王を復活させるために必要な魔力をそいつ一人で二人分くらいは回収できるはずだ。

「まぁ、間違って殺さなければの話だけど、大丈夫だろ」

「あんたが何を考えてるのか知らないけど、望み通りになるといいね」

「どうも。それより、お仲間はどうだった?」

「あぁ、それならあんたが最初に切った奴ら以外はみんな生きてたよ。まぁ、肌を火傷したり精神がいかれた奴らがほとんどで、まともなのは数人しか残ってないけどね」

「そう。生きてるなら状態なんてどうでもいいから、自殺しないようにだけ見張っててよ」

「あたしもかなりの非人道的なことはしてきたつもりだけど、あんたはそれ以上に倫理観とか無さそうだね」

「ふふ。私に一般的な倫理観とか求めても無駄だだよ。そんな物に縛られていたら、とっくに私は壊れてるからさ」

 もし今も俺に倫理観なんて物が残っていれば、今頃は罪悪感と後悔によって押し潰され、こうやってやりたい事だけをやって生きるなんて事はできないだろう。

 おそらくだが、両親が殺された六周目あたりで廃人となり、心を壊して無気力に生きていたはずだ。

「んじゃ、私たちはもう行くけど、ちゃんと全員詰めておいてね。それと、ここが終わったら冒険者ギルドと騎士の詰所にも行って、捕まっているギルド職員と、騎士たちも入れておいて」

「は?全部私がやるのかい?」

「当然でしょ。あんたらも加担してこの状況を作ったんだから、頑張ってくれるよね?」

「はぁ。わかったよ」

「じゃあ、あとはよろしく~」

 俺たちはその言葉を最後にこの場所を離れると、やることも無くなったため宿屋へと戻ることにした。

「坊ちゃん。さっきのあれが例のクランリーダーですか?」

「そうだよ」

「なかなかの実力者に見えましたが、あれを倒すとはさすがですね」

「ありがとう。それでだけど、話は聞いてたからわかると思うけど、今回の犯罪に関与していた奴らは全員私がもらうことにしたから、よろしくね」

「了解です。あいつにもそう伝えておきます。それはそうと、まだ屋敷には帰って来ないんですか?」

「あぁ。残念ながらまだやることがあるんだ。それが終わったら帰るよ」

「わかりました。では、奥様たちにはもうしばらく掛かると伝えておきます」

「頼んだ」

 明日には俺たちはこの町を出ていよいよサルマージュへと向かうが、ゼファルたちは引き継ぎを終えたあと首都ヴィーラントに戻るため、その時にでも母上たちに俺の話をするようだ。

「それはそうと、その姿を見せたら奥様はさぞかし喜ぶでしょうな」

「冗談はやめてくれ。そんなことすれば、余計に女物の服を買うようになるだろう」

「あはは。見ている側の俺としては仲睦まじくて面白いですがな」

「そんなことしたら、お前の家族にお前の恥ずかしい秘密をバラすからな?例えば、子供の頃に女の子に泣かされたとか」

「な?!それはまさか!!」

「父上から聞いた話だ。嫌なら母上には言うなよ」

「はぁ、わかりました。言わないでおくので、坊ちゃんもお願いしますよ」

「お前が言わないなら私が言う必要もないさ」

「よかったです」

 それから宿に戻ってきた俺たちは、夕食を食べてからそれぞれ部屋で休むが、ゼファルや他の騎士たちは引き継ぎ作業で忙しそうにしていたのであった。




 翌日。この日は朝から新しいギルド職員がカーリロの町に到着したため、俺たちはゼファルたちの時と同じように町の入り口まで迎えに行き、彼らをギルドへと案内した。

 その後はロニィの指示のもと、新しいギルド職員への引き継ぎやこれからの確認を彼らが行っているのを眺め、俺たちは隅の方でゆっくりと休んでいた。

「みなさん、本当にありがとうございました。何から何まで助かりました」

 ひと通りの説明が終わったのか、ロニィが少し疲れた様子で近づいてくると、俺たちに頭を下げながらお礼を口にする。

「気にしなくていいよ。ついでだったから」

「それでもです。みなさんがこの町に来て私を助けると判断なさらなければ、私はとっくに死んでいたでしょう」

「まぁ、助けたのはリリィだから、そのことに感謝するなら彼女にね」

「はい」

「そういえば、無くなった耳とかはどうするの?」

「残念ですが、私には治すほどのお金が無いので、このままでしょうね」

「ふーん」

 ロニィの傷に関しては、ミリアが回復薬を使ったので欠損部位以外は治ったが、無くなった耳や手の指までは戻らなかった。

「仕方ない、今回は手伝ってくれたしね」

 俺はそう言って指を鳴らすと、ロニィの体が淡く光だし、無くなった耳や指が元に戻る。

「え?」

「今回のお礼ってことで」

「ほ、本当にありがとうございます!」

 諦めていた耳や指が治ったからか、ロニィは嬉しそうに何度も頭を下げると、俺たちはそんな彼に軽く手を振りながら冒険者ギルドを後にする。

「ルーナ」

 それから俺たちは、ナグライアが用意した馬車に向かうため町の中を歩いていると、真剣な声でシャルエナが話しかけてくる。

「どうするのか決めた?」

「あぁ。私は君について行くよ」

「そう」

 ローグランドのことでずっと悩んでいたシャルエナは、どうやらサルマージュについて来ることに決めたようで、その表情には先日までの迷いは感じられなかった。

「ふーん」

「っ!!」

 一応確認のため、収納魔法から取り出した剣をシャルエナの首を狙って振るが、彼女は何とか反応して自身の刀で受け止めた。

「まぁ、及第点かな。とりあえず覚悟は伝わったよ。あとはあの人を前にして迷わないことを願ってるよ。もし迷って死んだとしても助けないから、それだけは理解しておいてね」

「わかってる。寧ろ私も、それで生かされたら恥ずかしくて生きていけない。だから、もし私が死んだら、死体はそのままにしてくれて構わない」

「ふーん。ちなみに、どういう心境の変化か聞いても?」

「あぁ。私はずっと自分が一人だと思っていた。兄たちも私のことを嫌っているし、叔父上には裏切られた。でも、私が辛い時に助けてくれたのは叔父上だけで、知らないうちに彼に執着していたのかもしれない。彼が生きていると知った時、困惑したのも確かだけど、それと同時に嬉しいとも感じたんだ。自分を理解し、寄り添ってくれた人が生きていた。それが嬉しくて、もう一度その希望を失うのが怖かったんだ」

 俺も、彼女がどういう環境で育って来たのかは知っている。

 だから、そんな彼女が幼い時に自分に寄り添ってくれたローグランドに対し、並々ならぬ執着を抱き、救いを求めてしまうのも仕方がないことだろう。

 そんな希望をもう一度失うことになると思えば、誰だって躊躇してしまうのは当然だと言える。

「でも、私はもう一人じゃないと教えてもらった。まだ全員を信じるというのは難しいが、それでもリリィたちが側にいてくれると言ってくれた。だから、私ももう逃げるだけじゃなく、一歩を踏み出そうと思う」

俺はアイリスの名前が出たことで大体のことを察すると、アイリスは満足気にニコニコと笑っており、ミリアも表情こそ変わらないが、少し嬉しそうに見えた。

「そう。まぁ、私としては例え躊躇っていてもナルシェが行くというなら連れて行くつもりだったけどね。それで死んだら自己責任だと思ってたし」

「はは。手厳しいね。わかってる。これは自分で決めたことだ。死んでも文句は言わないし、やっぱり生き返らせてくれとも言わない」

「りょーかい。なら、そろそろ行こうか」

 それから俺たちは、ナグライアたちと合流して馬車に乗り込んだ後、ゼファルやロニィたちに見送られながらカーリロの町を出て行く。

 人数は50人とかなりの大人数になりはしたが、魔法が付与された馬車のおかげでそこまで辛いと感じることはなかった。

 ちなみにだが、ナグライアに魔剣ヨルムをくれと言ったら、自分には合わないからと普通にくれた。

 こうして俺たちは、いよいよ本来の目的地であるサルマージュへと向かうため、馬車に揺られながら移動するのであった。





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