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国落とし編
命は助けますよ
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「よっと」
転移した建物の上から飛び降りた俺は、未だ状況が飲み込めていない様子のアイリスの隣に飛び降りると、改めて周囲の状況を確認してみる。
「ふむ。あそこで気絶してるおっさんがギルドマスターか?んで、他の職員や騎士も拘束済み。こっちもちょうど全部終わった後みたいだな」
ギルドの隅の方には、カーリロの町のギルドマスターらしき男と他の職員たちが何人か拘束されており、さらにその近くには気を失った6人の騎士も縄で縛られている状態だった。
「ルーナさん。これはいったい?」
すると、ようやく混乱から立ち直ることができたのか、近づいてきたアイリスが今の状況について尋ねてくる。
「簡単に言えば、あそこで気を失っている毒蛇のクランリーダーと戦っていたんだけど、その時に吹き飛ばしたら飛んで行っちゃって、後を追いかけてきたらここに来たんだ。リリィがここにいるってことは、ここはギルドで間違いない?」
「はい。間違いありません」
「やっぱりか。それにしても、どんな確率だよ。適当に飛ばしたら、まさかリリィのいるギルドに落ちるとはね。笑えてくるなぁ、あはは」
始めから狙っていればそうでも無かったが、偶然にしてはあまりにも奇跡的なこの展開に、思わずおかしくなって笑ってしまう。
「ふふ。そうですね」
「それで、こっちの状況は?見た感じ、こっちも終わっているようだけど」
「はい。こちらも先ほど終わったばかりで、ロニィさんと二人でギルドマスターと職員。あとは騎士を数名ほど拘束し終えたところです」
「おーけー。こっちも全部終わってるし、そのうちミーゼもここに来ると思うよ」
「わかりました。あの、それより一つお聞きしたいことがあるのですが……」
「ん?なに?」
先ほどまで普通に喋っていたアイリスだったが、彼女が突然改まったことで気になった俺は、周りに向けていた目を彼女の方へと向ける。
「その右腕は大丈夫なんですか?すごく痛そうですし、今にも取れてしまいそうですが」
「右腕?あぁ、気にしなくていいよ。あとで治せるから」
「そ、そうですか」
どうやら彼女が気になっていたのは、ナグライアの攻撃をわざと受けたことでボロボロになった右腕のようで、俺は辛うじて繋がっている腕をプラプラと揺らしながら気にするなと答える。
「それより、他のギルド職員や騎士がこの騒動で逃げると面倒だね」
「はい。ルーナさんがギルドを破壊してしまったので、家にいる職員や他の騎士たちも騒動に気づいているかと」
「だね。仕方ない。面倒ではあるけど、逃げられないように町全体に結界を張っておくか」
カーリロの町全体に結界を張るとなれば、それなりに魔力を消費してしまうため疲れるのだが、逃げられるとそれはそれで面倒なので、仕方なく光魔法で結界を張った。
「これでよしっと。あとは、ナグライアを起こすだけか」
結界魔法を使用したあと、今後について話し合いをするためナグライアのもとに近づいた俺は、彼女に軽く回復魔法をかけ、さらに水魔法で作った水もかけてやる。
「ごほっ、ごほごほ……」
「お目覚めかな?」
「あんたは……あぁ、そうか。あたしは負けたんだね……」
しばらく朦朧とした様子で周囲を見渡し、自分が床に寝転がっていることを理解した彼女は、ようやく先ほどの戦闘についても思い出したようだ。
「その通り。あんたは私に負けた。となれば、この後はどうなるのか……わかっているよね?」
「ふん。敗者に選択権なんざ無いさ。どうせあんたの中では、あたしたちをどうするのか決まってるんだろ?なら、その通りにすればいい」
「ふふ。理解が早くて助かるよ。ならさっそくだけど、ナグライアとその部下たちには、私たちと一緒にサルマージュに行ってもらうよ。それまでは生かしてあげるからさ」
「……サルマージュ?」
突然サルマージュに一緒に行くと言われたナグライアは、その言葉の意味がすぐには理解できなかったようで、訝しむような目で俺のことを見てくる。
「あんたらも、この町のギルドマスターと一緒になって冒険者や貧民を攫い、その人たちをサルマージュに奴隷として売っていたんだろ?その証拠はすでにあるから、言い逃れしようなんて思うなよ?」
「……はぁ、そうかい。証拠があるのなら、確かに言い逃れはできそうに無いね。けど、あんたらとサルマージュに行かなきゃならない理由はなんだい?寧ろ、あたしらがあそこの犯罪者どもと結託してあんたらを襲ったら、今回よりも大変なことになるよ?今ここで殺した方が楽で良いと思うんだけどねぇ」
ナグライアは警告のつもりなのか、それとも俺を脅そうとしているのかは分からないが、残念ながらその言葉は俺にとって何の意味もない。
「ふふ。あの国が一丸となって私に向かってきても、ほとんどの連中は私の前で跪くことになるよ。残念だけど私、あんたが思ってる数倍は強いから」
俺はそう言って辛うじて繋がっていた右腕を自ら捥ぎ取ると、そこに完全回復の魔法を掛けて腕を再生させる。
「あんた、魔法まで使えるのかい?」
「残念。魔法までじゃない。魔法が本業だ」
「つまりあたしは、魔法が本業の小娘に、剣術のみで負けたってことかい?」
「ふふ。そういうこと。どう?悔しい?」
「ふ、あっははははは!そうかい!こりゃあやられたね。あたしの完敗だ。どう足掻いてもあんたには勝てそうにないね。いいよ、あんたの言うことなら何でも聞いてやるさ。サルマージュだったね。あんたらを連れて行ってあげようじゃないか」
ナグライアはどこか吹っ切れたようにそう言って笑うと、俺たちをサルマージュに連れて行くことを約束する。
「理解が早くて助かるよ。ただ、向こうに行くのは俺たちだけじゃなくて、あんたの部下とあんたらに協力していたギルド職員やギルドマスターも一緒だから結構な人数になると思うけど、問題ない?」
「問題ないよ。向こうからは多く連れてくるように言われてる。少なくて怒られることはあっても、多くて怒られることはないさ」
「そう。なら、二日後にみんなでここを出るけど、いつも引き渡しはどうしてた?」
「少ない時は馬車で送ってたけど、人数が多い時はアーティファクトの空間に入れておけば向こうの連中が回収に来てたね」
「なら、今回は逆で行こうか。私たちはみんなで仲良く馬車でサルマージュに向かうよ。馬車の手配をよろしくね」
「それは構わないが、どうしてだい?」
「まぁ、こっちにも事情があるんだよ。これ以上は詮索しないでね」
ナグライアは、意味がわからないと言いたげな表情でこちらを見てくるが、詳しく彼女に教える義理はないので、これ以上は詮索しないように言って終わらせる。
実際のところ、俺たちが馬車でサルマージュに向かう理由は、俺たちが攫われたという事実を明確にするためだった。
仮にアーティファクトを使ってサルマージュに入ってしまうと、人目に触れる機会が減ってしまうし、アーティファクトが壊されてしまえば、本当に攫われたのかと疑われてしまう可能性もある。
なので今回は、攫われた後は馬車でサルマージュに連れて行かれたという事実が必要なのだ。
「はいよ。ちなみにだが、あたしらはその後どうなるんだい?」
「んー、多分死ぬんじゃないかな。運が良ければ生き残れるかもだけど、そこはナグライアたちの努力次第かなぁ」
「そうかい。ならまぁ、あんまり期待しないでおくよ」
「ふーん。意外だね。てっきり、手を貸すんだから助けろとか行ってくるかもと思ってたんだけど」
犯罪を犯す奴らの大半は、自分勝手で傲慢で、自分の欲のためにしか生きていない奴らが多い。
だからいざ自分が死ぬ番になった時、助けてくれと、悪かったと謝罪するのが常であるが、彼女は自分が死ぬと言われても、慌てた様子を見せる事なく受け入れた。
「いつかこんな日が来ると思っていただけさ。自分がこれまでどんな事をしてきたのかは、あたし自身が一番よくわかってる。まともな死に方はできないと思っていたよ」
「ふふ。そっか。でも残念だな。ナグライアの考え方は嫌いじゃないんだけど、ここで助けるのも面白くない。だから、頑張って生き残ってみてね。それはそれで面白そうだからさ」
俺には犯罪者が許せないだとか、その全てを排除したいなんて考えは一切ない。
犯罪者には犯罪者なりの考えと理由があって行動している訳だし、世の中には必要悪というものも存在する。
だから俺にとっては、犯罪者なんて生かしても殺してもどうでも良い存在であり、彼らが俺のやろうとしていることから運良く助かって逃げ切れたのなら、それ以上は深追いするつもりもなかった。
「面白いなんて理由で、犯罪者を逃すつもりなのかい?」
「あはは。私にとっては世界のことなんてどうでもいいんだよ。誰がどこで犯罪を犯そうと、そして殺されようと、私は一切興味がない。寧ろ、私がやったことからどうやって生き残ったのか、その結果がどんな未来に繋がるのか、それを知ることの方がよっぽど楽しくて面白いよ」
あいつがこの発言を聞けば、独自の正義感を押し付けながら俺を非難してくるだろうが、そんな事はどうだっていい。
俺は俺が楽しければそれで良いし、世界を救いたいとか犯罪者を滅ぼしたいなんて大層な目標を掲げている訳でもない。
俺はただ、俺が永遠に死ねる未来が欲しいだけで、そのために世界が滅びる必要があるのなら、俺は喜んで世界を滅ぼす。
「本当に、あんたは頭がいかれてるね」
「言ったでしょ?よく言われるって。それじゃ、私はもう一人とも話す必要があるからそろそろ行くよ。あ、それと逃げようなんて思わないでね。まぁこの町には今、私の結界魔法が張られてるから無理だと思うけど」
「はぁ。ほんと、あんたには敵わないね。わかってるよ、もう無駄なことはしないさ」
「そう」
俺は最後にそう言ってナグライアに笑って返すと、次はこの町のギルドマスターである男のところへと向かい、気絶している男の頭を蹴り飛ばす。
「かは!な、なんだ?!」
「お目覚めかな?ギルマスさん」
「お、お前は誰だ!は!!もしかして私を助けにきた冒険者か!!なら、早く私をこんな目に合わせた小娘を……」
「うるさいな、少し黙れよ」
あまりにも的外れな言葉を並べる男に少しイラッとした俺は、その男を黙らせるために口に靴のつま先を捩じ込むと、下に向かって少しだけ力を入れる。
「このまま意味のない言葉を発するなら、お前の顎を外すからな。お前は私が聞いたことにだけ答えればいい。わかったら頷け」
「ん、んぐ……」
男が頷いたのを確認すると、俺は男の口から靴を抜き、早く終わらせるために聞きたかった事を尋ねる。
「まず、一つ訂正しておくが、私はお前を助けにきた訳じゃない。寧ろお前をこんな目に合わせた女の仲間だから、助けてもらえるなんて期待するなよ」
「そ、そんな……」
「んじゃ、状況も理解できたみたいだからさっそく質問をしようか。と言っても、そんなに難しい事じゃないよ。このギルドでお前に協力してた奴、それとお前のやっていた事を知っている奴を教えてくれればいい。簡単だろう?」
「……それを言ったら、私はどうなるのだ」
「ん?もしかして助かりたいのか?」
俺がそう尋ねると、男はあからさまに瞳に希望の光を輝かせたので、俺はそんな彼を見ながらニコリと微笑む。
「いいよ。包み隠さず全て言ったら、君の命だけは助けてあげるし、長生きできるように協力してあげるよ」
「ほ、本当か?」
「もちろん。私は嘘が嫌いだからね」
「なら、まずはこの縄を解いてくれ」
「いいよ」
俺は風魔法で男を拘束してた縄を切ってやると、彼は安堵した表情で一度息を吐き、それから自身の仲間だった連中について話し始める。
(すごいな。ギルド職員は殆どが知っていたのか。それに、騎士もこの町を任されてる隊長までグルだったとは。真っ黒だな)
男の話によると、彼が新人冒険者や貧民たちを奴隷として売っていた事を知っていたのはギルド職員の殆どで、知らなかったのは最近入ったばかりの新人くらいだと言う。
さらには、この町を任されている騎士の隊長たちもそれに加担しており、金を渡す事で見逃してもらっていたそうだ。
「これで全部だ」
「ありがとう。ロニィ、お前も全て聞いてたな?」
「はい。全員知っているので、残りは私の方で対応いたします」
「任せたよ。んじゃ、この男はもう一度縛って、そこの騎士や他の職員と一緒に適当なところに監禁しといてよ」
「わかりました」
「な?!おい!話が違うではないか!!」
改めて拘束されると聞いた男は、慌てた様子で立ち上がり俺に向かって詰め寄ろうとするが、突然現れた水の剣が地面へと突き刺さり彼の足を止めさせる。
「その汚い手でルーナさんに触らないでいただけますか?殺しますよ?」
「ひっ!?」
アイリスの放つ殺気に恐怖した男は情けなくも尻餅を着くと、青ざめた顔で震え出す。
「落ち着け、リリィ。それとギルマスさん。私は嘘はついてないよ?」
「だ、だか!私をまた拘束すると言ったではないか!」
「そうだね。けど、私の言った言葉を思い出してみてよ。確かにお前の命だけは助ける、長生きできるように協力するとは言ったけど、そこにどこでは含まれていない。だからお前には、サルマージュで長生きしてもらうよ。住めば都って言うし、行ってみたら良いところかもしれないよ?だから、さっきみたいに希望に満ちた瞳で楽しみにしてなよ」
「そ、そんなばかな……」
男は予想もしていなかった言葉に絶望したのか、力無く項垂れると、先ほどの勢いが嘘のように静かになった。
「それじゃあ私たちはもう戻るから、後のことは任せたよロニィ。リリィ、行こうか」
「はい」
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げるロニィに見送られた俺たちは、その後こちらに向かっていたミリアと合流する。
ミリアの方は彼女の毒の効果で明日の朝までは誰も目を覚まさないだろうとのことで、拘束した後は放置してきたらしい。
その後、宿屋へと戻った俺はアイリスたちと別れて自身の借りている部屋に入ると、魔法で体を綺麗にしてからすぐに眠りについた。
なお、アイリスから靴の話を聞かされたミリアは、汚れたので明日からはその靴を履かないようにと言い、何故か収納の指輪から俺にピッタリの新しい靴を取り出すと、「明日からはこれを履いてください」と言って渡してくるのであった。
転移した建物の上から飛び降りた俺は、未だ状況が飲み込めていない様子のアイリスの隣に飛び降りると、改めて周囲の状況を確認してみる。
「ふむ。あそこで気絶してるおっさんがギルドマスターか?んで、他の職員や騎士も拘束済み。こっちもちょうど全部終わった後みたいだな」
ギルドの隅の方には、カーリロの町のギルドマスターらしき男と他の職員たちが何人か拘束されており、さらにその近くには気を失った6人の騎士も縄で縛られている状態だった。
「ルーナさん。これはいったい?」
すると、ようやく混乱から立ち直ることができたのか、近づいてきたアイリスが今の状況について尋ねてくる。
「簡単に言えば、あそこで気を失っている毒蛇のクランリーダーと戦っていたんだけど、その時に吹き飛ばしたら飛んで行っちゃって、後を追いかけてきたらここに来たんだ。リリィがここにいるってことは、ここはギルドで間違いない?」
「はい。間違いありません」
「やっぱりか。それにしても、どんな確率だよ。適当に飛ばしたら、まさかリリィのいるギルドに落ちるとはね。笑えてくるなぁ、あはは」
始めから狙っていればそうでも無かったが、偶然にしてはあまりにも奇跡的なこの展開に、思わずおかしくなって笑ってしまう。
「ふふ。そうですね」
「それで、こっちの状況は?見た感じ、こっちも終わっているようだけど」
「はい。こちらも先ほど終わったばかりで、ロニィさんと二人でギルドマスターと職員。あとは騎士を数名ほど拘束し終えたところです」
「おーけー。こっちも全部終わってるし、そのうちミーゼもここに来ると思うよ」
「わかりました。あの、それより一つお聞きしたいことがあるのですが……」
「ん?なに?」
先ほどまで普通に喋っていたアイリスだったが、彼女が突然改まったことで気になった俺は、周りに向けていた目を彼女の方へと向ける。
「その右腕は大丈夫なんですか?すごく痛そうですし、今にも取れてしまいそうですが」
「右腕?あぁ、気にしなくていいよ。あとで治せるから」
「そ、そうですか」
どうやら彼女が気になっていたのは、ナグライアの攻撃をわざと受けたことでボロボロになった右腕のようで、俺は辛うじて繋がっている腕をプラプラと揺らしながら気にするなと答える。
「それより、他のギルド職員や騎士がこの騒動で逃げると面倒だね」
「はい。ルーナさんがギルドを破壊してしまったので、家にいる職員や他の騎士たちも騒動に気づいているかと」
「だね。仕方ない。面倒ではあるけど、逃げられないように町全体に結界を張っておくか」
カーリロの町全体に結界を張るとなれば、それなりに魔力を消費してしまうため疲れるのだが、逃げられるとそれはそれで面倒なので、仕方なく光魔法で結界を張った。
「これでよしっと。あとは、ナグライアを起こすだけか」
結界魔法を使用したあと、今後について話し合いをするためナグライアのもとに近づいた俺は、彼女に軽く回復魔法をかけ、さらに水魔法で作った水もかけてやる。
「ごほっ、ごほごほ……」
「お目覚めかな?」
「あんたは……あぁ、そうか。あたしは負けたんだね……」
しばらく朦朧とした様子で周囲を見渡し、自分が床に寝転がっていることを理解した彼女は、ようやく先ほどの戦闘についても思い出したようだ。
「その通り。あんたは私に負けた。となれば、この後はどうなるのか……わかっているよね?」
「ふん。敗者に選択権なんざ無いさ。どうせあんたの中では、あたしたちをどうするのか決まってるんだろ?なら、その通りにすればいい」
「ふふ。理解が早くて助かるよ。ならさっそくだけど、ナグライアとその部下たちには、私たちと一緒にサルマージュに行ってもらうよ。それまでは生かしてあげるからさ」
「……サルマージュ?」
突然サルマージュに一緒に行くと言われたナグライアは、その言葉の意味がすぐには理解できなかったようで、訝しむような目で俺のことを見てくる。
「あんたらも、この町のギルドマスターと一緒になって冒険者や貧民を攫い、その人たちをサルマージュに奴隷として売っていたんだろ?その証拠はすでにあるから、言い逃れしようなんて思うなよ?」
「……はぁ、そうかい。証拠があるのなら、確かに言い逃れはできそうに無いね。けど、あんたらとサルマージュに行かなきゃならない理由はなんだい?寧ろ、あたしらがあそこの犯罪者どもと結託してあんたらを襲ったら、今回よりも大変なことになるよ?今ここで殺した方が楽で良いと思うんだけどねぇ」
ナグライアは警告のつもりなのか、それとも俺を脅そうとしているのかは分からないが、残念ながらその言葉は俺にとって何の意味もない。
「ふふ。あの国が一丸となって私に向かってきても、ほとんどの連中は私の前で跪くことになるよ。残念だけど私、あんたが思ってる数倍は強いから」
俺はそう言って辛うじて繋がっていた右腕を自ら捥ぎ取ると、そこに完全回復の魔法を掛けて腕を再生させる。
「あんた、魔法まで使えるのかい?」
「残念。魔法までじゃない。魔法が本業だ」
「つまりあたしは、魔法が本業の小娘に、剣術のみで負けたってことかい?」
「ふふ。そういうこと。どう?悔しい?」
「ふ、あっははははは!そうかい!こりゃあやられたね。あたしの完敗だ。どう足掻いてもあんたには勝てそうにないね。いいよ、あんたの言うことなら何でも聞いてやるさ。サルマージュだったね。あんたらを連れて行ってあげようじゃないか」
ナグライアはどこか吹っ切れたようにそう言って笑うと、俺たちをサルマージュに連れて行くことを約束する。
「理解が早くて助かるよ。ただ、向こうに行くのは俺たちだけじゃなくて、あんたの部下とあんたらに協力していたギルド職員やギルドマスターも一緒だから結構な人数になると思うけど、問題ない?」
「問題ないよ。向こうからは多く連れてくるように言われてる。少なくて怒られることはあっても、多くて怒られることはないさ」
「そう。なら、二日後にみんなでここを出るけど、いつも引き渡しはどうしてた?」
「少ない時は馬車で送ってたけど、人数が多い時はアーティファクトの空間に入れておけば向こうの連中が回収に来てたね」
「なら、今回は逆で行こうか。私たちはみんなで仲良く馬車でサルマージュに向かうよ。馬車の手配をよろしくね」
「それは構わないが、どうしてだい?」
「まぁ、こっちにも事情があるんだよ。これ以上は詮索しないでね」
ナグライアは、意味がわからないと言いたげな表情でこちらを見てくるが、詳しく彼女に教える義理はないので、これ以上は詮索しないように言って終わらせる。
実際のところ、俺たちが馬車でサルマージュに向かう理由は、俺たちが攫われたという事実を明確にするためだった。
仮にアーティファクトを使ってサルマージュに入ってしまうと、人目に触れる機会が減ってしまうし、アーティファクトが壊されてしまえば、本当に攫われたのかと疑われてしまう可能性もある。
なので今回は、攫われた後は馬車でサルマージュに連れて行かれたという事実が必要なのだ。
「はいよ。ちなみにだが、あたしらはその後どうなるんだい?」
「んー、多分死ぬんじゃないかな。運が良ければ生き残れるかもだけど、そこはナグライアたちの努力次第かなぁ」
「そうかい。ならまぁ、あんまり期待しないでおくよ」
「ふーん。意外だね。てっきり、手を貸すんだから助けろとか行ってくるかもと思ってたんだけど」
犯罪を犯す奴らの大半は、自分勝手で傲慢で、自分の欲のためにしか生きていない奴らが多い。
だからいざ自分が死ぬ番になった時、助けてくれと、悪かったと謝罪するのが常であるが、彼女は自分が死ぬと言われても、慌てた様子を見せる事なく受け入れた。
「いつかこんな日が来ると思っていただけさ。自分がこれまでどんな事をしてきたのかは、あたし自身が一番よくわかってる。まともな死に方はできないと思っていたよ」
「ふふ。そっか。でも残念だな。ナグライアの考え方は嫌いじゃないんだけど、ここで助けるのも面白くない。だから、頑張って生き残ってみてね。それはそれで面白そうだからさ」
俺には犯罪者が許せないだとか、その全てを排除したいなんて考えは一切ない。
犯罪者には犯罪者なりの考えと理由があって行動している訳だし、世の中には必要悪というものも存在する。
だから俺にとっては、犯罪者なんて生かしても殺してもどうでも良い存在であり、彼らが俺のやろうとしていることから運良く助かって逃げ切れたのなら、それ以上は深追いするつもりもなかった。
「面白いなんて理由で、犯罪者を逃すつもりなのかい?」
「あはは。私にとっては世界のことなんてどうでもいいんだよ。誰がどこで犯罪を犯そうと、そして殺されようと、私は一切興味がない。寧ろ、私がやったことからどうやって生き残ったのか、その結果がどんな未来に繋がるのか、それを知ることの方がよっぽど楽しくて面白いよ」
あいつがこの発言を聞けば、独自の正義感を押し付けながら俺を非難してくるだろうが、そんな事はどうだっていい。
俺は俺が楽しければそれで良いし、世界を救いたいとか犯罪者を滅ぼしたいなんて大層な目標を掲げている訳でもない。
俺はただ、俺が永遠に死ねる未来が欲しいだけで、そのために世界が滅びる必要があるのなら、俺は喜んで世界を滅ぼす。
「本当に、あんたは頭がいかれてるね」
「言ったでしょ?よく言われるって。それじゃ、私はもう一人とも話す必要があるからそろそろ行くよ。あ、それと逃げようなんて思わないでね。まぁこの町には今、私の結界魔法が張られてるから無理だと思うけど」
「はぁ。ほんと、あんたには敵わないね。わかってるよ、もう無駄なことはしないさ」
「そう」
俺は最後にそう言ってナグライアに笑って返すと、次はこの町のギルドマスターである男のところへと向かい、気絶している男の頭を蹴り飛ばす。
「かは!な、なんだ?!」
「お目覚めかな?ギルマスさん」
「お、お前は誰だ!は!!もしかして私を助けにきた冒険者か!!なら、早く私をこんな目に合わせた小娘を……」
「うるさいな、少し黙れよ」
あまりにも的外れな言葉を並べる男に少しイラッとした俺は、その男を黙らせるために口に靴のつま先を捩じ込むと、下に向かって少しだけ力を入れる。
「このまま意味のない言葉を発するなら、お前の顎を外すからな。お前は私が聞いたことにだけ答えればいい。わかったら頷け」
「ん、んぐ……」
男が頷いたのを確認すると、俺は男の口から靴を抜き、早く終わらせるために聞きたかった事を尋ねる。
「まず、一つ訂正しておくが、私はお前を助けにきた訳じゃない。寧ろお前をこんな目に合わせた女の仲間だから、助けてもらえるなんて期待するなよ」
「そ、そんな……」
「んじゃ、状況も理解できたみたいだからさっそく質問をしようか。と言っても、そんなに難しい事じゃないよ。このギルドでお前に協力してた奴、それとお前のやっていた事を知っている奴を教えてくれればいい。簡単だろう?」
「……それを言ったら、私はどうなるのだ」
「ん?もしかして助かりたいのか?」
俺がそう尋ねると、男はあからさまに瞳に希望の光を輝かせたので、俺はそんな彼を見ながらニコリと微笑む。
「いいよ。包み隠さず全て言ったら、君の命だけは助けてあげるし、長生きできるように協力してあげるよ」
「ほ、本当か?」
「もちろん。私は嘘が嫌いだからね」
「なら、まずはこの縄を解いてくれ」
「いいよ」
俺は風魔法で男を拘束してた縄を切ってやると、彼は安堵した表情で一度息を吐き、それから自身の仲間だった連中について話し始める。
(すごいな。ギルド職員は殆どが知っていたのか。それに、騎士もこの町を任されてる隊長までグルだったとは。真っ黒だな)
男の話によると、彼が新人冒険者や貧民たちを奴隷として売っていた事を知っていたのはギルド職員の殆どで、知らなかったのは最近入ったばかりの新人くらいだと言う。
さらには、この町を任されている騎士の隊長たちもそれに加担しており、金を渡す事で見逃してもらっていたそうだ。
「これで全部だ」
「ありがとう。ロニィ、お前も全て聞いてたな?」
「はい。全員知っているので、残りは私の方で対応いたします」
「任せたよ。んじゃ、この男はもう一度縛って、そこの騎士や他の職員と一緒に適当なところに監禁しといてよ」
「わかりました」
「な?!おい!話が違うではないか!!」
改めて拘束されると聞いた男は、慌てた様子で立ち上がり俺に向かって詰め寄ろうとするが、突然現れた水の剣が地面へと突き刺さり彼の足を止めさせる。
「その汚い手でルーナさんに触らないでいただけますか?殺しますよ?」
「ひっ!?」
アイリスの放つ殺気に恐怖した男は情けなくも尻餅を着くと、青ざめた顔で震え出す。
「落ち着け、リリィ。それとギルマスさん。私は嘘はついてないよ?」
「だ、だか!私をまた拘束すると言ったではないか!」
「そうだね。けど、私の言った言葉を思い出してみてよ。確かにお前の命だけは助ける、長生きできるように協力するとは言ったけど、そこにどこでは含まれていない。だからお前には、サルマージュで長生きしてもらうよ。住めば都って言うし、行ってみたら良いところかもしれないよ?だから、さっきみたいに希望に満ちた瞳で楽しみにしてなよ」
「そ、そんなばかな……」
男は予想もしていなかった言葉に絶望したのか、力無く項垂れると、先ほどの勢いが嘘のように静かになった。
「それじゃあ私たちはもう戻るから、後のことは任せたよロニィ。リリィ、行こうか」
「はい」
「本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げるロニィに見送られた俺たちは、その後こちらに向かっていたミリアと合流する。
ミリアの方は彼女の毒の効果で明日の朝までは誰も目を覚まさないだろうとのことで、拘束した後は放置してきたらしい。
その後、宿屋へと戻った俺はアイリスたちと別れて自身の借りている部屋に入ると、魔法で体を綺麗にしてからすぐに眠りについた。
なお、アイリスから靴の話を聞かされたミリアは、汚れたので明日からはその靴を履かないようにと言い、何故か収納の指輪から俺にピッタリの新しい靴を取り出すと、「明日からはこれを履いてください」と言って渡してくるのであった。
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自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
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