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国落とし編

お留守番

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「おはよう」

 翌朝。

 一足早く起きてアイリスたちと一緒に朝食を食べていると、遅れて食堂へとやってきたシャルエナが、力の無い声でそう言ってミリアの隣へと座る。

「大丈夫ですか?ナルシェさん」

「はは。心配してくれてありがとう、リリィ。私なら大丈夫だよ」

 シャルエナはアイリスを心配させない為に笑って見せるが、その笑顔にいつもの元気は無く、昨夜はあまり眠れなかったのか目の下には薄っすらと隈が見えた。

「とりあえず、全員が揃ったから今後の予定について再確認しよう。まず、午前中はミーゼが部屋で休んでいるロニィを連れて、彼の集めたギルドの悪事についてまとめられた証拠の回収。リリィは毒蛇のクラン拠点の近くに行って、奴らの監視をお願い」

「わかりました」

「お任せください」

「その間、私は申し訳ないけど休ませて貰う。昨日も感知魔法を使っててあまり眠れなかったから」

「もちろんです。昨日の夜はルーナさんのおかげで私たちがゆっくり休めましたから、今は私たちに任せて休んでください」

「ありがとう、リリィ。ナルシェは今の様子を見るに、あなたにも休む時間が必要そうだから、部屋で休むといい」

「だが……」

「今のナルシェは、自分が思ってるよりもだいぶ酷い顔をしてるよ。その状態のあなたに任せられるようなことはないから、何もしなくていい」

「……わかった」

 今のシャルエナは、ローグランドの事もあり集中力に欠けている状態だ。

 そんな彼女に任せられるようなことなんて今は一つも無く、無駄に場を乱されては困る為、部屋でじっとしててもらった方が助かる。

「そして、今日の夜にクランとギルドを潰しに行く。明日の朝にはうちの騎士たちがこの町に着くはずだから、騎士の方はそっちに任せればいいだろう。詳細は全員が揃ってから改めて話すよ。何か質問は?」

「大丈夫です」

「問題ありません」

「おーけー。なら、何かあれば魔力を解放して教えてくれ。リリィとミーゼの魔力から、寝てても反応できるから」

「ふふ。何だか、そんな事を言われると嬉しくなってしまいます」

「頑張ります」

 アイリスは何が嬉しいのかは分からないが、頬を僅かに赤く染めながら幸せそうに笑い、ミリアは先ほどよりも気合の入った様子で答える。

「それじゃあ解散」

 俺がそう言うと、アイリスは支度をするため部屋へと戻り、シャルエナも疲れた様子でアイリスに続いて階段を登っていく。

「ミーゼ」

「はい」

「少しこっちに」

 ミリアもロニィのもとへ向かうため席を立つが、俺は彼女が戻る前に声をかけて呼び止める。

 そして、近づいてきたミリアの耳元に口を寄せると、誰にも聞かれないよう小声で彼女にだけ指示を出す。

「……かしこまりました」

「それじゃ。私はもう少し寝るよ」

 俺は一度欠伸をしてから席を立つと、ミリアにそう告げて部屋へと戻り、そのままベッドへと倒れ込む。

「あ~、やっぱりベッドは最高」

 水クッションで寝るのも悪くは無いのだが、あれは魔力で作った魔法であるため、どうしても起きた後は疲労感を感じてしまう。

 しかし、ベッドはそういった疲れを癒してくれる至高の存在であり、俺を優しく包み込んでくれるこの柔らかさは、何度経験しても堪らない。

「はぁ。あとはフィエラの尻尾があれば最高なんだが……」

 フィエラの尻尾は本当にふわふわで触り心地が良く、あれに触れながら寝るのが今世の俺の最大の癒しで、ベッドとあの尻尾があれば、俺は永遠に寝ていられる自信がある。

「まぁ、未だ永遠に死ぬことはできないんだけど」

 そんな自虐的な事を考えながら目を瞑った俺は、そのままゆっくりと意識を手放すのであった。




「ルーナさん……ルーナさん……」

「んん……」

 聞き慣れた声に呼ばれて目を覚ますと、頼んだことを終えて帰ってきたらしきミリアと目が合った。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう。もう終わったのか?」

「はい。問題なく証拠を回収して参りました」

「そうか。リリィは?」

「途中で合流して一緒に戻ってきましたので、今は私たちの部屋でルーナさんが来るのを待っております」

「わかった」

 ベッドから降りた俺は、ミリアに髪を梳かされながら身なりを整え、アイリスたちが待つ部屋へと移動する。

「お待たせ」

「そんなに待ってないので大丈夫ですよ。それより、ゆっくり休めましたか?」

「あぁ、おかげさまでね。ロニィもご苦労様」

「いえ。ミーゼさんの魔法のおかげで何事もなく証拠を回収できました。ありがとうございます」

 獣人族は身体能力は高いが属性魔法が使えないため、誰にも気づかれず行動するということが難しい。

なので、今回はミリアが風魔法で自分とロニィのことを不可視化し、誰にも見つかることなく隠して置いた証拠を回収してきたのだろう。

 そして、シャルエナは相変わらずローグランドのことを考えているのか心ここに在らずといった感じで、静かに椅子へと座っていた。

「それで、これがロニィが集めた証拠か」

「はい。この書類には、ギルドとクランの繋がりや騎士との繋がりが全て書かれております」

 俺はテーブルの上に置かれた紙の束を手に取ると、一枚一枚に目を通していく。

 そこにはギルドマスターが犯罪組織と癒着し、そのリーダーと数名の仲間を冒険者として斡旋したこと。

 彼らと一緒に町の貧民や新人の冒険者たちを違法奴隷としてどこかに売っていること。

 その犯罪を騎士達に金を渡すことで見逃してもらっていることなど、様々な悪事が書かれていた。

「ふーん。これはまた、想像以上に真っ黒だな」

 犯罪組織を冒険者として斡旋したというのはおそらく毒蛇の鉤爪のことで、その犯罪組織を中心に盗賊やこの町で生き残るために加入したのがクランメンバーということなのだろう。

 そして、違法奴隷というのはサルマージュに渡すための奴隷達のことで、どうやって繋がりを持ったのかは分からないが、いなくなっても困らない貧民やまだ力の無い新人冒険者達をフーシルに渡していたのだろう。

(あのアーティファクトの空間には、確か入り口が他にもあったな。てことは、この町以外にも、その入り口を使ってフーシルに協力していた町があるということか。多分、あの空間に捕まえた人間たちを集めて、それを定期的にフーシルが回収していたんだろうな)

 あのアーティファクトで作られた空間は、おそらくだが距離を短縮することのできる空間で、サルマージュからどれほど距離が離れていようと、あの空間を通れば距離を短縮することができるのだろう。

 簡単に言ってしまえば、何も無かったところに新しい道を作るようなもので、例えば現在地のAから目的地のCまで行く間には大きな亀裂があり、その亀裂を迂回して互いの町に行くには10日掛かる。

 しかし、あのアーティファクトを使うということはその亀裂にBという橋を作り出すようなもので、その結果、10日掛かるところを3日まで時間を短縮することができるという感じだ。

(まぁ、他の町はあのアーティファクトの出入り口を探ればどこが繋がっているのかわかるから気にしなくていいな)

 他の町の対処は父上やその町を管理している領主に任せることに決めると、次はアイリスの報告を聞くことにする。

「毒蛇の鉤爪の方はかなり混乱しているようでした。ミーゼに襲撃されたことで仲間の半数以上が死んだこともありますが、その襲撃者に繋がる証拠が何一つ無く、さらには襲撃者を見たという証言もない。突然の仲間の死に恐怖して逃げ出そうとしている者たちもいましたが、リーダーらしき人物が現れると、その混乱が一瞬で静まりました」

「なるほど。カリスマ性はあるってことかな。まぁ、実力があるから信頼されているって可能性もあるか」

「おそらく後者だと思います。私が見た感じではありますが、実力としてはSランクの冒険者と同程度の雰囲気を纏っておりました」

「Sランクか。他に特徴は?」

「武器はおそらく腰に下げていた剣で、魔法を使うタイプというよりは近接戦を得意としているように見えました。性別は女性で、緑色の髪が特徴的でした」

「ふーん。女がリーダーなのか」

 てっきり男がリーダーなのだと思っていたが、どうやら実際は女がリーダーだったようで、少し意外ではあるが、やるべきことは変わらないため気にしないことにする。

「状況はわかったよ。なら、これ以上はこっちも待つ必要はないし、必要な証拠も手に入れた。予定通り今夜、毒蛇の鉤爪を潰しに行こうか。ただ、その前に……」

 俺がそこで一度言葉を区切ると、ミリアが気配を消して移動し、一瞬でシャルエナの背後へと回り込んで彼女の首元に短剣を構える。

「っ?!どういう……つもりだい、ミーゼ」

「申し訳ありません。ですが、ルーナさんの命令でしたので」

「ルーナの?」

 シャルエナは驚いた表情で俺のことを見てくるが、俺はそんな彼女を無視してミリアに手で合図を送り席に座らせると、大きく溜め息を吐いてから今回の作戦について説明していく。

「今回の作戦は二手に分かれる。私とミーゼがクランを潰しに向かい、リリィとロニィがギルドの方に向かう。リリィ、水魔法でギルドから誰も出ないようにすることは可能だよね?」

「もちろんです」

「なら、誰一人逃さないように」

「わかりました」

「それじゃ、これで作戦会議は終わりだ。あとは各自で警戒しながら、夜に備えて体を休めておいてくれ」

「ま、待ってくれルーナ!」

 俺は話し合いも終わったので部屋に戻りもう少し休もうとするが、そんな俺を慌てた様子で呼び止めたのは、今回の作戦に名前が挙がらなかったシャルエナだった。

「わ、私はどうしたらいいだ?何故私の名前がどちらにも入っていない」

 珍しく慌てた様子を見せるシャルエナだが、彼女は本当に自分が外された理由が分からないのか、その声には困惑と僅かな怒りが込められていた。

「はぁ。理由がわからないのなら教えてあげるよ。今のナルシェは使い物にならない。このまま連れていけば、間違いなく足を引っ張ることになるし、他の奴らを危険に晒すことにもなる。現に、さっきのミーゼの攻撃に反応できなかったでしょ?普段なら気づいて反撃できそうなものに反応すらできないようじゃ、正直言って邪魔だ」

 俺がミリアにやらせた事はとても簡単なことで、要はシャルエナが今回の作戦に連れて行ける精神状態なのかを確認させることだった。

 ミリアには予め普段のシャルエナなら気づく程度に気配を消して後ろから攻撃するように伝えており、彼女はそれを実行に移した。

 しかし、シャルエナはそれを避けるどころか気づくことすらできず、簡単に背後を取られたのである。

「ナルシェが集中できない理由はわかるけど、その状態じゃ今回の作戦に連れていく事はできないよ。だから、今回は大人しくここで待ってるといい。あぁ、安心して。二日後にここを出る時は、あなたがついてくると言えば連れていくから。ただ、それで死んでも私は責任を取らないよ。慎重に考えて選んでね」

 昨日は躊躇うようなら邪魔だと言いはしたが、それでもシャルエナがついてくると言うのなら、俺は彼女を連れていくつもりだ。

 例えそれで死んだとしても、それは彼女が選択した結果であり、彼女の自己責任だからである。

 シャルエナにはそれが今世の彼女の運命だったと諦めて、その死を受け入れてもらうしかない。

 もちろん、その時はセフィリアに蘇生を頼むつもりもない。

 だってそれは、彼女自身が選択した結果なのだから。

「それじゃあ、今度こそ解散で」

 俺はそう言って部屋を出ると、先ほどまで休んでいた自分の部屋へと戻り、作戦が始まる夜まで本を読んでゆっくりと過ごすのであった。






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