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国落とし編

厄介なことに

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 俺はフーシルの攻撃を全て受け流して桜華流水拳を理想的な形に仕上げると、次は俺から攻撃を仕掛けていく。

「ほい、発勁」

「がはっ!!!」

 フーシルの拳打を受け流して無防備になった彼の懐に入ると、右手を胸元へと添えて衝撃波を内部へと与える。

 この技は二年前にアドニーアの森でビルドと戦った時に使用した発勁だが、威力は当時とは比にならないほど上がっている。

「油断するなよ。ほら、もう一度……反転」

「ごほっ!!おぇぇぇぇ」

 反転は、衝撃を内部に与える普通の発勁とは異なり、臓器にひっくり返ったと誤認させることのできる技だ。

 この技でフーシルの胃をひっくり返ったと誤認させることで、胃は中の物を逆流させ、酷い吐き気が彼を襲う。

「クソ…が。クソがクソがクソが!!我が!最強たる竜人族が、人族如きに負けるはずがない!!!『竜鳴』!!!!」

「いつも思うけど、負けるはずがないって言ってる時点で、もう負けが頭に過ぎってるよな。『海の竜王』」

 フーシルの放った音の衝撃波が地面を抉りながら迫ってくるが、俺はそれに対して魔力を解放して水の竜を作り出すと、それを竜鳴に向けて放った。

「はは!馬鹿め!その技は先ほどそこの小娘も使っていた魔法だな!しかし!魔法は効かぬ!我の竜鳴に打ち消されるのだからな!」

「ふふ。馬鹿はお前だよ。私がなんの対策も無しに同じことをするとでも?」

「なに?……な、なんだと!竜がすり抜けた!!?」

 俺の放ったレヴィアタンとフーシルの竜鳴は中間地点で衝突するが、アイリスの時のように両方が消滅することはなくそのまますり抜ける。

 そして、俺のレヴィアタンは大口を開けて驚愕したフーシルを飲み込み、フーシルの竜鳴は土壁を作って防ぐ。

「ふふふ、どうだ?痛かったか?」

「な、ぜだ……確かに、我の竜鳴は当たったはず………」

 地面に這いつくばるその姿は、風を司る竜というよりは本当に蜥蜴のようで、何とも無様な姿で笑えてくる。

「確かにお前の竜鳴は当たった。けど、残念ながらその効果は発揮できなかったんだよねぇ」

「だから、その理由を……聞いているんだ!」

「はぁ、本当にわからなかったのか?リリィは?」

 フーシルは自分の技が通じなかった理由が本当に理解できなかったようなので、今度はずっと俺たちの戦いを見ていたアイリスに聞いてみる。

「……振動、でしょうか。ルーナさんの海の竜王は、僅かですが表面が震えているように見えました」

「正解」

「振動……だと?」

「そう。私がさっき放った海の竜王は、リリィの時とは違って表面に振動を与えていた。お前の使う竜鳴は音に魔力を乗せて飛ばす魔法だろう?けど、結局その本質は音にある。音は空気を振動させることで波を生み出し、それが音になるんだけど、それと同じ波長の波をぶつけると、一瞬だけ波が大きくなり、その後は互いに干渉することなく通り過ぎるんだ」

 音とは不思議な性質を持っており、音が発生する原理は空気を振動させる波にある

 そして、その波に反対向きの波を当てることで音が打ち消される訳だが、逆に同じ波をぶつけることで一度波が大きくなり、その後は通り過ぎて元の波へと戻る。

 俺がこの事に気づいたのは、他者の魔力の波長に自身の魔力の波長を合わせたときだった。

 自分の魔力を変質させ他者の波長に合わせるということは、他者が独自に持っている魔力の波に自身の魔力の波を僅かな誤差もなく合わせる必要がある。

 仮に違う魔力の波や波に誤差があるまま魔力をぶつけてしまえば、魔力が拒絶反応を起こし、そのまま死に至るのだ。

「さらに言えば、水は密度が高いから音が作り出す波の衝撃を受けやすい。だからリリィが作り出した魔法はその振動によって簡単に消滅させられた。

 けど、私が作った魔法の表面にはお前が作った音の波と同じ波の振動を僅かな誤差もなく与えていた。

 その結果、私の魔法はお前の竜鳴に衝突しても打ち消されることはなく、お前の竜鳴の振動は私の魔法の表面を通るだけで終わり、まるですり抜けたように見えたってわけだ」

「そんな……馬鹿なことが……」

「それがあるんだなぁ。これが経験の差だよ。一つ勉強になったね」

 俺はそう言って未だ地面に転がっているフーシルのもとへ近づいていくと、容赦なく彼の背中を踏みつけながら気になっていたことについて尋ねていく。

「さて。お前には聞きたいことがいくつかあるんだけど、まず一つ。お前の目的は何だ?」

「……」

 「ふーん。答える気無しか。そう言えば私、一つ気になってることがあるんだよね」

 俺はニタァっと嗜虐的に笑いながらフーシルの翼を握ると、彼を踏みつけていた足にさらに力を込める。

「な、何をする気だ貴様……」

「蜥蜴ってさ、身の危険が迫ると尻尾を切って逃げるよね?そして、日にちが経てば尻尾が再生する。なら、竜人族の羽はどうなのかな?」

「や、やめろ!!」

「ははは!」

「ぐわぁぁぁあ!!!」

 必死な形相で止めるよう叫ぶフーシルの言葉を無視すると、翼を掴んでいた手に力を入れ、そのまま勢いよく剥ぎ取る。

 ブチブチという皮膚が裂けるような音を響かせ、赤い血を撒き散らしながら剥ぎ取った翼を、俺はゴミを捨てるように地面に投げる。

 そして、あまりの苦痛に叫ぶフーシルを黙らせるため、今度は容赦なく頭を踏みつけた。

「さぁ、早く答えろ。お前の目的は?」

「くっ…うっ。誰が、誰が言うものか!!」

「そうか。まぁ安心しな。落とせるところはまだまだあるんだからさ」

 それから俺は、フーシルが全ての質問に答えるまで翼、竜人族の誇りでもあるツノ、腕、足、耳、目など、容赦なく彼の体の一つ一つを剥ぎ取り、折り、切り落とし、抉り取っていく。

 それでも全てに答えなければ回復させ、答えるまで何度も同じことを繰り返した。

 牢獄がフーシル血の匂いで充満し、床一面が血で赤く染まった頃、ようやく俺の聞きたかったことを全て聞き出すことができた。

「なるほど。お前らの目的は竜帝を復活させることか。そのためには多くの人間の血が必要で、人間同士で戦争を起こさせて必要となる血を集めようとしていたと」

「そ、そう……だ……」

 戦闘前の威勢がすっかり無くなったフーシルは、ご自慢の翼もツノもなくなり、黒かった髪は過度なストレスで白が染まって変わり果てた姿となっていた。

「竜帝ねぇ」

 二年前。ヴァレンタイン公爵領でミリアや街の住民が攫われる事件が発生したが、その時の犯人も竜帝の復活を目論む連中の仕業だった。

(確かあの時の犯人はガイザルといったか。つまり、あの時から戦争に向けての準備が始まっていたということか)

 てっきり、サルマージュを始めとした国家間の協定と戦争準備は最近の出来事だと思っていたが、思った以上にその根はかなり前から伸ばされていたようだ。

「つまり、お前がサルマージュの王を唆し、戦争をするよう命令したんだな?」

「いや、それは、違う……。サルマージュの現王は、元々戦争を起こすつもり……だった。我はそれを利用して血を集めようと思い、力を貸すと言っただけだ。戦争自体は、我の命令では…ない……」

(ふむ。戦争を引き起こそうとしたのはサルマージュの現王か。これは、何か理由がありそうだな)

 サルマージュは国を名乗ってはいるが、総人口は帝国には遠く及ばず、軍事力もヴァレンタイン公爵領で抑えられる程度でしかなかった。

 それに、犯罪者が多い国であるため頭が回るのは殺しのことばかりで、自分が楽しければそれで良いという連中が集まった国であるため、他国を巻き込んでまで戦争をしようと考えるような国でもなかった。

「お前、現王に会っているんだろう?そいつの名前を言え」

「現王の、名前は…ローグランド・ルーゼリア。奴は自身のことを、そう名乗っていた」

「ローグランドだと」

 俺はその名を聞いた瞬間、まさかの人物の登場に僅かだが驚いてしまうが、それは離れたところにいるアイリスも同じであった。

 ローグランド・ルーゼリア。その名は帝国では口にしてはならない禁忌の名とされた人物であり、既に死んだとされている人物でもあった。

 彼は現在のルーゼリア帝国の皇帝、つまりシャルエナの父であるオルセナ・ルーゼリアの兄であり、彼女の叔父にあたる人物であった。

 しかし、今から約12年前。まだシャルエナが4歳だった頃。ローグランドは現在の皇室に対して突如叛逆すると、部下たちを引き連れて皇城へと攻め込んだ。

 幸いにも、その日は緊急会議により皇城に父上と剣聖と呼ばれるホルスティン公爵、それに騎士団と魔法師団の隊長がいたため事なきを得たが、会議がなければ負けていたのは皇帝側であり、叛逆が成功して皇帝が変わっていたかもしれない。

 皇帝の兄であるローグランドが叛逆したという話は瞬く間に帝国全土へと広がると、人々はあまりの恐ろしい出来事からその名を口にすることは無くなった。

 当時の調べによる叛逆の理由についてだが、自分よりも劣る弟が皇帝になったことが許せなかったらしく、自分こそが皇帝に相応しいからという理由で叛逆したらしい。

 確かに、魔法の才能も武術も現皇帝よりローグランドの方が上だったと父上も言っていたが、彼はあまりにも野心と選民思想が強く、独裁的な思考を持っていたため、前皇帝がそれを見抜き、弟のオルセナ現皇帝に地位を譲ったと話していた。

 その後、ローグランドは秘密裏に処刑されたと聞いていたが、どうやら彼は生きていたらしく、こうして12年の時を経て、復讐しようとしているようだ。

 そして、特に重要なのがここからで、そのローグランドに一番懐いていたのは、他でもないシャルエナだった。

 彼女は慕っていた叔父の裏切りに耐えきれず一度塞ぎ込んでしまった過去があり、このままサルマージュに向かった場合、ローグランドとシャルエナが再会することで、彼女がトラウマを思い出す可能性があった。

(はぁ。これは面倒なことになってきたな)

 サルマージュとの戦争で故郷が潰された過去はあったが、その時は残念ながら相手の王を知る前に故郷と共に俺も死んでしまった。

 だから今回のサルマージュという国への襲撃は未知の出来事ばかりではあったが、それでもあまりの予想外の展開に俺ですら頭を整理するのに少し時間を要しており、シャルエナがこの事を知ったらどうなるのかを想像する余裕もなかった。

「とりあえず、お前たちの目的はわかった。お前は……そうだなぁ」

 しばらくフーシルをどうするべきか考えたが、魔族の男と同じでこの男も使えるだろうと判断し、頭の中をシャルエナのことから竜帝のことへと切り替える。

「いくつか質問だ。まず、竜帝を復活させるのに必要なのは何人分の血だ?」

「人族の血で20万人分だ」

「20万か。人族のということは、多種族ではダメなのか?」

「そうだ。古くから伝わる話によると、人族の血液のみでなければ復活しないそうだ」

「なるほどね」

 サルマージュだけを犠牲にして解決すればとも思ったが、サルマージュの総人口は奴隷商人や奴隷も含めて15万人程度しかいないはずなので、人数としては足りない。

 かといって他の国を勝手に潰せば、今度は人族と竜人の戦争につながるため竜人族も簡単には手を出すことができず、その結果サルマージュの王と手を組んで戦争を起こし、竜人族は必要となる分の血を集めようとしたようだ。

(サルマージュの連中に加え、他国の犯罪奴隷と犯罪組織の連中も集めれば足りるか?あとでミリアとカマエルに情報を集めさせよう)

 この世界は魔物との戦闘や国家間の戦争が起きやすいため命の価値が非常に軽く、犯罪を犯す連中も山のようにいる。

 さすがに何もしていない人間を犠牲にするほど俺も腐ってはいないため、今回はミリアとカマエルに犯罪奴隷と犯罪組織がどれほどいるのか情報を集めてもらうことにした。

「お前の目的はわかった。そこで一つ交渉だ。まず、お前は今回の戦争の件から手を引け。その代わり、私が竜帝の復活に手を貸してやる」

「……は?」

 俺からの思いもしなかった提案に、ずっと下を向いていたフーシルが驚いた表情をしながら顔を上げると、その瞳に困惑を滲ませる。

「お前がサルマージュへの関与を止めるのなら、私がその血を集めるのに手を貸してやる。まず、今回私たちはサルマージュという国自体を潰しに来た。あそこは犯罪者の巣窟だからね。一人残らず始末するつもりなんだ。だからお前は、その後サルマージュの住民から血を集めるだけでいい。足りない分は私の方で犯罪者たちの情報を集めてお前に渡すから、お前はそいつらを殺して血を奪うだけ。どう?」

「どうって、なぜそんな事をするのだ?その者たちも貴様と同じ人族であろう?同族は守るべきではないのか?」

「あはは。守る?私に他者を守りたいなんて思いは一切無いよ。ましてやそれが犯罪者なら、死んだって何とも思わない。それよりも復活した竜帝と戦うことの方が楽しみだよ」

 俺の考えは一貫して、死ぬことと自分が楽しむことしか考えていない。

 俺を死なせてくれるのなら、例え同族を危険に晒すことになろうともそんなことは関係なく、魔王であろうと竜帝だろうと復活させる。

「お前は竜帝を復活させられれば良いんだから、私と手を組むことに損は無いはずだ。もしこのまま敵対するのなら、お前の存在は邪魔だからここで殺す。どうする?」

「わ、わかった。言う通りにする」

「おーけー。なら、お前はこれからサルマージュに戻ってこれまで通りローグランドの仲間のふりをしろ。私たちは別ルートでサルマージュに向かうからさ。全てが終わったら詳細について話すことがあるから、絶対に逃げるなよ」

「あ、あぁ」

「んじゃ、私たちは戻るからな」

 俺はそう言ってフーシルに回復魔法をかけて全てを元通りにしてやると、アイリスが待つ場所へと戻るためフーシルに背を向ける。

 すると、彼は俺から逃げるように全力で来た道を戻っていき、彼の気配がどんどん離れていった。

「はは、本当に蜥蜴みたいな奴だな。私たちも戻ろうか、リリィ」

「はい。ルーナさん。あ、少しお待ちください」

「ん?」

 俺たちも宿屋に戻ろうと話をすると、何故かアイリスから待つように呼び止められ、彼女はポケットから取り出したハンカチで俺の頬を優しく拭いた。

「血がついておりました」

「あぁ、ありがとう。それじゃ、今度こそ戻ろうか」

「はい」

 その後、俺たちはギルドマスターの部屋まで一度戻り、本棚のギミックを元に戻してからその場で転移魔法を使うと、一瞬で宿屋へと帰るのであった。






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