何度も死に戻りした悪役貴族〜自殺したらなんかストーリーが変わったんだが〜

琥珀のアリス

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国落とし編

竜人族

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~sideアイリス~

 時は少し遡り、ミリアが酒場へと着いた頃。

 アイリスは酒場から少し離れたところにある、冒険者ギルドの近くへと来ていた。

(凄いですね、このローブ。本当に誰にも気づかれませんでした)

 ルイスに渡された霧の隠者のローブを羽織っているアイリスは、ここに来るまで誰にも見つかることはなく、以前感じていた冒険者たちからの不快な視線も今は感じることもなかった。

 そして、現在もアイリスはギルドの入り口の正面に立っているが、横に立っている冒険者に気づかれた様子はなく、その冒険者の顔の前で手を振ってみても反応が返ってくることはない。

(ですが、音まで消せるわけではありませんから、声や足跡に気をつけていきましょう)

 霧の隠者の効果は気配を感知できなくするもので、そこに声や音の遮音までは含まれていないため、アイリスは音を出さないように気をつけながらギルドの中へと入っていく。

(夜だからか、ほとんど人がいませんね)

 先ほどすれ違った冒険者が最後だったのか、ギルドの中に冒険者の姿はなく、いるのは夜勤のギルド職員と剣を腰に下げた騎士が数名いるだけだった。

(騎士ですか。治安を考えれば、護衛として騎士を雇うのもおかしくはありませんが、雰囲気が普通ではありませんね。警戒心が強いような気がします)

 ギルドの隅に控えている騎士たちは、まるで襲撃を警戒しているかのような雰囲気を醸し出しており、彼らの視線は入り口と窓、そして職員たちを監視しているように感じられた。

(配置も不自然ですね。普通なら入り口や窓を重点的に守るはずですが、彼らが立っているのは二階へと続く階段の近く。守るものが別にあるということでしょうね。やはり騎士たちも黒のようです)

 冷静にギルド内の観察を済ませたアイリスは、騎士たちの間を通って階段を登っていくと、三階の廊下を進んだ一番奥にある扉を開け、その中へと忍び込む。

(ここがギルドマスターの部屋ですか。ルイス様のいう通り、今は不在のようですね)

 ルイスによる事前調査により、ギルドマスターは現在、ミリアがいる毒蛇の鉤爪の拠点へと行っており、ここにはギルド職員と騎士たちしかいないことが分かっていた。

 そして、アイリスは裏帳簿やギルドとクランの繋がりを示す証拠を探すため、机や絵画の裏を探していくが、いくら探してもそれらしいものを見つけることはできなかった。

(困りましたね。時間もあまりありませんし、早くしないといけないのですが……あれは?)

 他に何かないかと思い周囲を見渡すと、ふと壁際にある本棚が気になり近づいてみる。

(この本だけ何度も取り出したのか、角が他の本より汚れていますね)

 棚に並べられた本を確認してみると、端の方にある一冊の本だけ、何度も取り出しているのか角が他よりも汚れていた。

 その本が気になったアイリスは、確認するために本棚からその本を抜こうとすると、どこかで鍵が開くような音が響く。

 すると、突然本棚が右側へと移動し、その後ろには壁ではなく紫色をした扉のようなものが現れる。

(これは魔法?いや、アーティファクトでしょうか。魔力の波長が魔法とは異なりますね。どちらかと言うとダンジョンに近いような)

 仮にこれが魔法であるならば、紫色であることから闇魔法の『深淵の扉』である可能性が高いが、あの魔法は難易度も高く、さらに魔力消費も大きいため常時発動することは不可能である。

 さらに言えば、この扉が放つ魔力は魔法によって誰かに造られたものではなく、ダンジョンのように自然魔力を使って造られた空間の放つ魔力に似ていた。

 そして、そんなことが可能なのはアーティファクトくらいであり、魔力操作に長けたアイリスはすぐにそれを理解したのである。

(ここは一度引き返すべきでしょうか)

 自身がこの場でどう動くのが正解か、それがルイスにとって特になるのか損になるのか、様々な可能性を考えながらチラッと天井あたりに目を向けたアイリスは、扉に向かってゆっくりと歩み出す。

(行きましょう)

 今回は進むことに決めたアイリスは、手を伸ばして紫色の扉に触れると、まるで吸い込まれるようにその場から姿を消すのであった。




(ここは…牢獄でしょうか?)

 扉に吸い込まれるような感覚の後、目を開けたアイリスがいたのは囚人を入れておく牢獄のような場所で、そこは光が一切入らない薄暗い場所だった。

(明かりをつけたいところではありますが、誰かいるかもしれませんからね。慎重に行きましょう)

 しばらく周囲の観察した後、まずはここがどこなのか、そして何のための場所なのかを調べるため、アイリスは足音を殺しながらゆっくりと奥へと進んでいく。

(今のところ誰かが捕えられているということも、監視をしている人がいるというわけでもないようですね)

 ギルドマスターにはこの場所が見つからないという自信があったのか、それとも既に使われなくなった場所のため放置されているだけなのかは分からないが、今のところ牢屋の中にも巡回している監視者に出くわすことはなかった。

(これは、人の気配ですね)

 ここに来てからずっと感知魔法を使用していたアイリスだったが、その魔法に弱々しい人の気配を一つだけ感知すると、少しだけ速度を上げて気配があった場所へと向かう。

「どなた…ですか…」

 すると、気配があった場所には片耳や手の指を切り落とされた獣人の男性が牢の中へと繋がれており、放置されて長いのか、体に付いている血は黒く固まっていた。

 今にも死んでしまいそうな獣人の男性は、それでも獣人だからかアイリスの気配に勘づくと、弱々しい声で話しかける。

「はじめまして。私は冒険者のリリィと申します。あなたは?」

 直感的にこの獣人が敵ではないと判断したアイリスは、念の為フードを被ったままその声に答えると、次に彼が誰なのかを尋ねる。

「私…は、カーリロの、冒険者ギルドで…副ギルドマスターをしている…ロニィ、です」

 驚いたことに、この場に捕らえられていたのは冒険者ギルドの副ギルドマスターのようだった。

「何故、副ギルドマスターのあなたがこんなところに?」

「私は、ギルマスの…悪事を、止めるため、その証拠となるものを…帝都のギルドに、送ろうとしました。しか、し…それが、バレてしまい…こうして、ここに捕らえられたのです」

「なるほど。密告しようとしたと」

「は、い。ですが、ギルマスは以前から、私を怪しんでいたようで…協力関係にあるクランに依頼をし、私を監視していたようです」

 どうやら彼の話をまとめると、この獣人の男性はカーリロのギルドマスターが行っている悪事を密告しようとしたようだが、彼を疑っていたギルドマスターが毒蛇の鉤爪を使って彼をここに閉じ込めると、集めた証拠について吐かせるため拷問をしたようだ。

「その証拠というのは、今も見つかっていないのですか?」

「はい。私は、最後まで教えませんでしたからね。ただ、そのせいでほぼ瀕死の状態になり、放置して死ねば問題ないと思われたのか、最近は何もされなくなりました」

「そういうことでしたか。では、今は監視している者もいないということですね?」

「はい」

「わかりました」

 アイリスはそう言って魔法で鍵を壊してから中に入ると、ロニィを繋いでいた拘束具も破壊し、さらに収納魔法が付与された指輪から回復薬を一つ取り出す。

「こちらを飲んでください。完璧には治らなくとも、動けるくらいには回復するはずです」

「ありがとう…ございます」

 ロニィはアイリスから貰った回復薬の匂いを一度確認すると、それを勢いよく喉へと流し込む。

「立てそうですか?」

「はい。おかげさまで。ですが、何故私を助けてくれたのですか?」

「私もあなたと同じだからです。私も訳あって毒蛇の鉤爪を始末するためにこの町へと来たのですが、そこでクランとギルド、さらには町を守る騎士までもが裏で繋がっていることを知りました。なので、今回はその三つをまとめて始末しようと思ったのですが、そこで物証が必要となりまして」

「なるほど。私の集めた証拠が必要というわけですね?」

「その通りです」

「わかりました。その証拠についてはここを出てからお渡しいたします。なのでまずは……」

「貴様ら、何をしている?」

 アイリスとロニィがこの場所を離れようとした瞬間、先ほどまで誰もいなかったこの場所に男の声が響くと、暗い通路の奥から黒髪の男が現れる。

 その男は額から一本のツノが生えており、赤い瞳孔は魔物のように鋭く、背中にはドラゴンのような翼が生えていた。

「まさか、竜人族」

 竜人族。それは魔族とは異なる特殊な種族であり、ドラゴンの血を引くその種族は、強靭な肉体と人間では敵わない力、そして竜人族特有の竜魔法という魔法が使えるまさに最強クラスの種族であった。

 強さは一番弱い者でSクラスの魔物と同程度、強い者はSSSランクに匹敵する力を持つと言われている。

「竜人族が何故こんなところに?」

「何故だと?おかしなことを聞くな。それはこちらのセリフである。そこの獣人は、今日我々が引き取ることになっていたのだが、何故牢から出ておる?何故貴様と共に逃げようとしておるのだ?」

「まさか、ギルマスが竜人族とまで繋がっていたとは…」

 ロニィはあまりの事実に絶望しそうになるが、そんな彼の前にアイリスが立つと、竜人族には聞こえないよう小さな声で彼に指示を出す。

「ロニィさん。私が時間を稼ぐので、あなたは逃げてください」

「で、ですがあなたを置いていくなど」

「気にしないでください。今はあなたの情報の方が大切です。ここを出たら、カーリロの町で一番立派な宿屋に向かってください。そこに私の仲間がおります。私の名前を出せば保護してくれるはずなので、あとは仲間たちに情報を渡してください」

「そんなことできるわけ…」

「あなたもギルド職員ならわかりますよね。情報は時に人の命よりも大切です。それが今なのです」

「っ…!わかりました。あなたのお仲間を呼んで助けに来ます。それまで耐えてください」

「はい」

 ロニィはそう言ってアイリスに背を向けると、出口に向かって駆け出していく。

「逃さんぞ」

「残念ですが、そうはさせません。『海の竜王』!」

 逃げたロニィを捕まえるため竜人族の男が動こうとした瞬間、アイリスは迷わず海の竜王を竜人族の男に向けて放つ。

「ほぉ?我に竜を模した魔法を使うとは。舐められたものよ。はっ!!!!」

 迫り来るレヴィアタンを前にした竜人族の男は、しかし逃げるそぶりを見せることなく大きな声を出すと、それだけでアイリスの魔法は壁に当たったかのように打ち消され、レヴィアタンはただの魔力となって霧散する。

「どうだ?これが竜魔法の一つ、『竜鳴』である」

 竜鳴とは、声に竜人族が持つ特有の魔力を乗せて音を飛ばす魔法で、その衝撃は計り知れない威力があり、その音に衝突したものは振動数に耐えることができず消滅してしまう。

「やはり効きませんでしたか」

「ぬ?あまり驚いておらんな。絶望もしておらん。つまらん反応だ」

「私の魔法が通用しないことはわかっていましたからね。私は時間を稼ぐだけで良かったのです」

「時間を稼ぐだと?」

「はい。あの方が、あなたのような強者を見て我慢できるはずがありません。なので、私はあの方がここに来るまでの時間を稼ぐだけで良かったのです。ですよね、ルーナさん」

「ふふ。よくわかってるね、リリィ」

 アイリスが誰もいない空間にそう呼びかけた瞬間、月明かりに照らされた夜空のように綺麗な濃紺の髪を靡かせ、海のように美しい青い瞳を、まるで獲物を見つけた獣のように鋭く細めた美少女が現れる。

「時間稼ぎお疲れ。あとは私がやるから帰ってもいいよ?」

「いえ。もしよければ、ルーナさんの戦いを見させていただいてもいいですか?」

「まぁ構わないけど。巻き込まれて死んでも文句は言わないでね?」

「もちろんです」

 こうして、自身の最後の役割を終えたアイリスは、今後のためにルイスの戦闘を見て勉強をするため、静かに後ろへと下がるのであった。





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