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国落とし編

猶予

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 カーリロの町に来た翌日。俺たちは冒険者ギルドへと向かうため、朝早くから借りていた宿屋を出ると、四人で町の中を歩いていた。

「ふわぁ~」

「ルーナさん。おねむですか?」

「リリィ。ルーナはいつも眠そうだから気にしなくていいんじゃないかな?」

「いえ。今日はいつもより瞼が0.26mm下がってます。つまり、今日は特に眠いという事です」

「そうですね。リリィさんの言う通り、欠伸の時間も0.48秒ほどいつもより長かったです。ルーナさん。昨晩はあまり眠れませんでしたか?」

「あー、昨日は感知魔法を使いながら寝てたから。少し眠りが浅かったのかも」

「なるほど、そう言う事でしたか。では、今夜は私が警戒を行います。ルーナさんたちはゆっくり休んでください」

「ならそうさせて貰おうかな。ありがとうミーゼ」

「いえ、お気になさらないでください」

 昨日はこの町に来た初日ということもあり、騎士から報告を受けた毒蛇の鉤爪の連中が攻めてくる可能性も考えられたため、念のため感知魔法と魔力感知を使用しながら眠っていた。

 そのせいか眠りがいつもより浅かったようで、少し寝不足気味なところをアイリスたちに見抜かれてしまったようだ。

「いや、あのさ。一つ聞きたいんだけど」

「どうかした?ナルシェ」

「どうかしたじゃなくて、ルーナ…今の会話おかしくなかったかい?」

「おかしかった?どの辺がおかしかった?」

「どこでしょうか。ミーゼはわかりますか?」

「いえ。特におかしなところは無かったように思えますが」

 シャルエナが理解できないという表情で尋ねてくるのでアイリスとミリアにも話を聞いてみたが、彼女たちもおかしな会話は無かったと首を横に振る。

「本当にわからないの?それとも私が揶揄われてるだけ?とにかく私が言いたいのは、ルーナの瞼がいつもより少しだけ下がってるとか、欠伸が少しだけ長いとか、そんな微妙でわかりにくい理由で君の今の状態を言い当てたんだよ?おかしいと思わないの?」

「んー?あー、なるほど。そのことか」

「そのことかって、軽すぎない?二人ともかなりアレな発言だったと思うけどね」

「まぁ確かにあの発言は私もヤバいとは思うけど、指摘しても意味ないだろうし、否定するのも面倒だからもういいかなって」

「えぇ、面倒って」

 シャルエナは呆れたと言いたげに顔を顰めるが、実際、二人のあんな発言に毎回反応していたら疲れるのはこっちなのだ。

 アイリスの気持ちが重いことは薄々気づいていたし、ミリアが俺の細かいところに気づくことだって今に始まったことじゃない。

 それに、フィエラも俺にかなり依存しているし、シュヴィーナの愛の重さもフィエラに負けず劣らずだ。

 さらに言えば、ソニアはどうしようもないストーカーになってしまったので、この全員に反応していたら、俺は人生初の過労死をすることになるだろう。

「ナルシェ。世の中には必要以上に触れない方が良いことが山ほどあるんだ。その一つが彼女たち。覚えておいた方がいいよ」

「それはそれでどうなんだろうか」

「まぁ、君もいずれわかるかもね。それより、私は町の雰囲気の方が少し気になるけどね」

「町の雰囲気?」

「そうですね。全員に、という訳ではありませんが、何人かが隠れてこちらの様子を窺っているようです」

「本当ですね。さすがルーナさんとミーゼ。私は気づきませんでした」

「私も気づかなかったよ。けど、言われてみれば確かにこちらを見ている視線をいくつか感じる」

 宿屋を出てからずっと誰かが俺たちを監視しているようで、しかも隠れるのが上手いのかアイリスとシャルエナはその誰かに全く気づいていないようだった。

「ルーナさん。もし良ければ私が始末してきましょうか」

「いや、今は放置でいいよ。監視されてるだけならそこまで影響はない。どうせミーゼがまとめて始末してくれるんでしょ?」

「わかりました。ではその時に始末しておきます」

「任せたよ。それじゃ、冒険者ギルドに行こうか」

 監視している奴らのことは後でミーゼに任せることに決めると、俺たちは本来の目的であった冒険者ギルドへと向かうのであった。




「ここがカーリロの冒険者ギルドだね」

「とても立派ですね。ルーマルーニャのギルドよりも大きい気がします」

「雰囲気も悪くありませんね。建物も新しくしたばかりなのか見た目も綺麗です」

 町の中央付近にある一際大きな建物がカーリロの冒険者ギルドで、ミリアの言う通り最近新しくしたばかりなのか建物の外壁には汚れや傷が一つもなかった。

 そして、ギルドの中も新しい木材を使っているのか新鮮な木の匂いが広がっており、とても落ち着く雰囲気があって良いのだが、そんな中でも俺たちをじっと見てくる視線が至る所から感じられる。

「なんともまぁ不躾な視線だね。ここまで堂々と視線を向けられると、逆に清々しさすら感じるよ」

「やはりルーナさんの読みは当たっていそうですね」

「はい。おそらくクランとギルドの癒着。そうでなければ、この様に建物自体を新しくする予算もないはずです」

 ミリアの言う通り、帝都や各領地の首都にある冒険者ギルドであれば、冒険者も多いため建物を新しくする予算もあるだろう。

 しかし、ただの町にしかない冒険者ギルドに建物自体を新しくする予算は正直言って無いはずで、俺が見てきた他のギルドも修繕をするのが精一杯で建物全てを新しくしたなんて所は一つも無かった。

「まぁ、可能性としてはそれが一番高いだろうけど、もしかしたらギルドマスターが頑張って貯蓄してきた可能性もあるからね。疑いはすれど、決めつけは確実な証拠を得てからにしよう」

 俺の言葉にアイリスたちが頷いたのを確認すると、俺たちは不快な視線に晒されながら適当な依頼を選び、それをギルドの受付へと持っていく。

「おはようございます。依頼の受注ですか?」

「はい。こちらの依頼をお願いします」

「かしこまりました」

 受付の女性は笑顔で手早く手続きを行うと、依頼書の複製を俺たちの方へと渡してくる。

「お待たせいたしました。これで手続きは終了です。気をつけて行ってきてください」

「どうも」

「無事に帰って来れることを祈ってますね」

 最後まで笑顔だった受付の女性に見送られると、俺たちはギルドを出るため入り口の方へと向かおうとするが、そこで見覚えのある五人の男が俺たちの道を塞いだ。

「ちょっと待てや!おめぇら!」

「ん?あぁ、イッチーじゃん。それと、あの時私に揶揄われた男とその仲間たち。こんなところにどうした?」

「俺の名前をきやすく呼ぶんじゃねぇ!!」

「お前しか名前知らないんだから仕方ないだろう?なぁ、イッチー」

「てめぇ!」

「少し黙れ、イッチー」

 イッチーが腰の剣を抜こうと剣の柄に触れた瞬間、リーダーの男がイッチーの肩を押さえて下がらせると、彼は一歩前に出て俺のことを見下ろしてくる。

「お前。何故クランに来なかった。町に着いたら来いと言ったはずだが?」

「ちゃんと報告聞いてないの?最初にあんたらのところに行ったら泊まる宿がなくなるから断るって、あの騎士さんに伝えたはずだけど?」

「それは聞いた。だがな、お前らがクランに来た時点で帰るなんて選択肢は無いんだよ。だからあのまま俺らの拠点に来てれば、それでこの話は終わってたんだ。そこがお前らの今後の生活場所になるんだからな」

「あはは。本当お前は話を聞いてないんだな。それとも、耳だけじゃなく頭も飾りなのか?私たちをお前らのような無名のクランが殺せると思わない方がいいって言ったはずだけど?それと、潰すとも言ったよね。だから、昨日お前らのクランを潰したら、その後に泊まる場所が無くなるだろう?それじゃあ困るんだよね」

「はっ。随分と自信があるようだが、お前ら程度の実力じゃうちの連中を全滅させることはできない。だから安心しろと言ってるんだ。お前の耳も飾りなのか?前に話はしっかり聞けと教えたはずだが」

 俺たちはそれからしばらく睨み合うが、その間も周りにいる他の冒険者たちからの視線が無くなることはなく、寧ろ俺たちがこの場で戦闘を始めれば、全員が敵になりそうな雰囲気すらあった。

「まぁ、お前たちの相手はそのうちしてやるよ。けど、今日は依頼を受けてるからそっちを優先させてもらう。てことで、私たちはこれで失礼するね」

 これ以上はここにいる意味も無いと判断した俺は、短距離転移を使って男たちの背後に移動すると、アイリスたちを連れてそのまま扉の方へと向かって歩いていく。

「は?今どうやって移動を……」

「それじゃ、お前らのボスによろしくね。会いたければ、自分から来いってさ」

「おい!待て!逃げるのか!!」

「ん?逃げる?」

 あと一歩でギルドを出ようとした時、後ろからなんとも哀れな声が聞こえたので振り返ると、彼らにもわかりやすいよう殺気を込めながら目を細める。

「っ……」

「私たちが逃げるんじゃないよ。お前たちに逃げる時間を与えてやるのさ。まぁ、逃げてもお前たちに居場所なんて無いだろうけどね。せいぜい足りない頭で考えな。どうするのが正解なのかをさ」

 最後にそう言って今度こそギルドを出ると、後ろを歩いているアイリスたちにだけ聞こえるよう声を抑えて話しかける。

「ミーゼ。今夜クランの雑魚を片付けろ」

「了解しました」

「いいのかい?クランとギルドの繋がりを示す証拠がなければ、クラン側からギルドに訴えられると私たちが捕まる可能性が高いけど」

「いや、繋がっているのは確実だよ。その証拠に、私とあの男が言い合いをしていた時、ギルド員たちはすぐにでも私たちを取り押さえられるよう準備をしていた。それに受付嬢が一人減っていたから、恐らくあのまま戦闘になれば、受付嬢が呼んできた騎士によって捕まっていたはずだ」

「そこまで見ていたんだね。気づかなかったよ。けど、やっぱり物証が無いと不利なのは私たちの方だ。それはどうするんだい?」

「今夜私がギルドに忍び込んで証拠になりそうな物を探そうと思う。裏帳簿だったり契約書だったり、そういうのはあるはずだからね」

「なるほど。確かにそれがあれば、ギルドやクランを潰しても正当性は私たちにある」

「そう。だから今夜は少し忙しく……」

「ルーナさん。そのギルドへの侵入の件、私にやらせて貰えないでしょうか」

「リリィが?」

「はい」

 シャルエナと夜のギルドに忍び込む話をしていると、これまで黙って話を聞いていたアイリスが突然自身がそれをやると言い出した。

「昨夜はルーナさんが宿屋周辺を警戒してくださっていたと聞きました。であれば、今度は私がやるべきです。ミーゼさんはクランの方がありますし、ナルシェさんは小回りが利くので仮に宿を襲撃されても上手く立ち回れるはずです。その点、私は魔法しか使えませんから、襲撃されれば宿屋ごと破壊してしまう可能性もあります。なので、今回は私にやらせていただきたいのです」

「なるほど」

 確かにアイリスの言うことにも一理あり、彼女がいくら魔法操作に長けていようとも、屋内という狭い場所で襲撃されれば他の宿泊客にも迷惑をかけてしまう可能性がある。

 その点、シャルエナであれば刀ほどでは無いが短剣も扱えるし、剣に魔法を纏わせて戦う彼女なら被害を少なくすることができるはずだ。

「わかった。なら、ギルドへの侵入はリリィに任せるよ。あと、これを渡しておくから使って」

「これは?」

「霧の隠者っていうアイテムで、魔力を流せば気配を消してくれるし、感知系の魔法にも引っ掛からなくなる」

「ありがとうございます。頑張りますね」

 アイリスはそう言って霧の隠者を受け取ると、収納魔法が付与された指輪にローブを収納する。

「さぁ、作戦開始だ」

 その後、俺たちは受けた依頼を手早く済ませて宿屋に戻ると、夜に備えた準備を行うのであった。





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